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019 怒るエステル

「なぜだ!」


 アンドレイは目の前のローテーブルに両手を叩きつける。


「アンドレイさん、私は貴方の父親・ベントレイ様にとても大切なことを教わりました」


「大切なことだと……?」


「お客様と仲間を大切にすることです」


「――!」


「ベントレイ様は常にお客様のことを第一に考えていました。どんなランクの依頼でも受け、低ランクの依頼を高ランクの者が担当する時でも割増料金を取りませんでした。そして、同じくらいに仲間のことを大切にしていました。私はその考えを心から支持しています。ですから、〈YMHカンパニー〉を離れることはありません」


「そのせいでギルドが潰れてもいいっていうのか! お前のせいで潰れるのだぞ! お前の大事なギルド! 〈ホワイトスターダム〉が!」


「かまいません」


「なっ……」


「私にとって大切なのは、ベントレイ様や他の皆様と過ごした日々であり、その思い出こそが私にとっての〈ホワイトスターダム〉なのです。ギルドが潰れたとしても、私の中の〈ホワイトスターダム〉は潰れません、いつまでも」


「意味不明な戯れ言を言うな! もういい! こうなったら強引にでも連れて帰る! ギルドの惨状を見ればお前の気持ちだって変わるに違いない! 本当に大事なのは思い出なんかより今だってお前にも分かるはずだ!」


 アンドレイは立ち上がり、エステルの手首を掴んだ。

 そのまま引っ張って出て行こうとする――が、動けない。

 エステルが魔法で自身の足下を固定したせいだ。


「いい加減にしなさい!」


 バチンッと強烈な音が鳴る。

 エステルがアンドレイにビンタしたのだ。

 ついに怒ってしまった。


「どうして貴方はそうなんですか!」


「なに……?」


「ベントレイ様の息子なのに、どうして目先のことしか考えられないのですか。それが自分の首を絞めているとどうして分からないのですか。ベントレイ様はいつも言っていましたよ、『息子のアンドレイは頭のいい学校を出ていて誇らしい』と」


 エステルの目に涙が浮かんでくる。

 アンドレイを見ていると腹が立ってしかたなかった。

 今まで我慢していた思いの丈をぶちまける。


「貴方は頭がいいのでしょう? だから私を不当に解雇することができた。なのに、どうして考えが及ばないのですか。その場しのぎのことばかりじゃダメだって、なんで分からないんですか」


「貴様、この俺に経営を語っているのか!? 俺は経営コンサルタントとして多くの組織を立て直したプロなんだぞ!」


「経営のことなんか知りませんよ! だけど、これだけはハッキリしています。今の貴方は論外です。改心したかと思いましたが、そんなことありませんでした。あまりにも酷くて、あまりにも醜い!」


「何が論外だ! 何が改心したかと思いましたが、だ! 結局は沈みゆく船である〈ホワイトスターダム〉に戻りたくないだけだろ! それなのに都合のいい御託を並べやがって、クソが!」


「貴方って人は……!」


 エステルは呆れるあまり続きの言葉が出なかった。

 だから大きく息を吐き、感情を落ち着かせる。


「分かりました、もう結構です」


「結構だと?」


「経営コンサルタントだというのなら、自らの失敗を分析して糧にしなさい。そして、お父様の築き上げた偉大な資産を食い潰すのではなく、ゼロからスタートして成功させてみなさい。それができるまで、貴方とは金輪際、話をしません」


 エステルは扉に目を向ける。


「ゴリウスさん、ジークさん、盗み聞きしているのは分かっていますよ。入ってきて下さい」


 扉がゆっくりと開く。

 ばつの悪そうな顔のゴリウスとジークが現れた。


「いやぁ、別に俺達は盗み聞きってわけじゃなくてだな……」


「そ、そうだぜ、エステル、たまたま近くにいただけで……」


「どうでもいいです。お客様がお帰りのようですから、お見送りしてあげてください。私は疲れたので寝ます」


 エステルの雰囲気がいつもと違う。

 それ故に、ゴリウスとジークは震え上がった。

 口を揃えて「はい」と応じる。


「いくぞ、どら息子」


「お前のせいで後が怖いだろ、責任取れよ」


 ゴリウスとジークはアンドレイの両脇を押さえ、部屋を出て行く。


「待てよエステル。話はまだ終わっ――」


 バタン、と扉が閉まった。


「…………」


 エステルはソファに横たわる。

 怒ることに慣れていないからどっと疲れた。


「思い返したら、私の発言もなんだか滅茶苦茶だったなぁ」


 もう少し上手に受け答えできたのではないか、と反省する。

 とはいえ、今更どうにかできることではない。

 深くは考えないでおこうと思った。


「ええい、こんな時は寝るに限る! 寝る!」


 そう言って、エステルは眠りに就いた。


 ◇


「二度とその面を見せるんじゃねぇぞ。ベントレイ様の息子でも次は容赦しねぇからな」


 ゴリウスに背中を蹴飛ばされ、外に転がるアンドレイ。


「貴様、傷害罪で訴えてやるからな! 許せん!」


「だったらお前は不当解雇罪と書類偽造罪だ! このクソ野郎!」


「そんな罪はない! 勝手に作るな!」


「なんだっていい、とっとと失せろ! 訴えるなら好きにしろ!」


 ゴリウスはホームの扉を力任せに閉めた。

 それからジークに尋ねる。


「……で、どうする?」


「どうするって?」


「エステルだよ。本当はアイツとお前さんと俺の三人でメシに行こうって話だったんだが、疲れたので寝ますって言ってただろ」


「流石に今はメシの気分じゃないだろ。俺ですらそのくらいは分かるぜ」


「いや、それは俺も分かるよ。問題は声を掛けるかどうかだ。一声掛けるべきか、そのまま黙って出て行くべきか」


「黙って出て行くほうがいいとは思うが……エステル、キレてたからな。あんなエステルを見たのは初めてだから分からない」


「だろ? これで何も言わずに出て行って、さっきの怖いエステルに『どうして声を掛けなかった』と詰め寄られてみろよ。どうするんだ?」


「それは……。だが、声を掛けたら掛けたで、同じように詰められるかもしれないぜ。空気を読めと怒る可能性がある」


「要するにどっちを選んでも最悪の場合はキレられるわけだ」


「そうだな……」


 ジークは黙考の末、静かにエステルの部屋を指す。


「とりあえず、様子を窺おうぜ」


「だな」


 二人は再び部屋に忍び寄り、扉に耳を当てる。


「んふふぅ、もう食べられませんよぉ、むにゃむにゃぁ」


 中からエステルの寝言が聞こえてきた。


「アイツ、本当に寝ているぜ」とジーク。


「黙って出ていこう」


「そうだな」


 二人は静かにホームを出て、その足で酒場に向かった。


 こうして、アンドレイの計画は失敗に終わった。

 〈ホワイトスターダム〉の再建がますます遠のいていく――。

お読みくださりありがとうございます。

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楽しんで頂けた方は是非……!

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