018 アンドレイの勧誘
アンドレイは両腕を広げ、最高の笑みでエステルを見る。
まるで十年来の旧友と奇跡的な再会を果たしたかのように。
もちろん、エステルの表情は渋い。
隣に立っているゴリウスに至っては敵意を剥き出しにしていた。
「ウチに何のようだよ、どら息子」
「君に用事はないよ、おハゲ君」
「あのなぁ、俺はもうお前の部下じゃねぇんだ。舐めた口利いてんじゃねぇぞ」
ゴリウスがアンドレイの胸ぐらを掴む。
エステルは慌てて止めた。
「なんだか騒がしいな……って、なんでこのゴミがいるんだ」
ジークが戻ってきた。
アンドレイを見た瞬間、表情が歪む。
「安心しろ。俺が話したいのはエステルだけだ」
アンドレイはエステルに顔を向け、にんまり笑う。
「エステル、我が〈ホワイトスターダム〉に戻ってきてくれ!」
「「「えっ」」」
三人は耳を疑った。
この男は何を言っているのだ、と。
「お前何を――」
ゴリウスが言葉を止める。
エステルが手で制止したからだ。
「事情は分かりませんがお断りします」
「ではまず事情を聞いて欲しい」
「分かりました。私の部屋でお話を伺います。案内しますね」
「おいおい、エステル……」
「大丈夫ですよ、ゴリウスさん。お話を聞くだけですから」
ゴリウスはそれ以上何も言えなかった。
ジークも無言で立ち尽くしている。
「それではこちらへ」
エステルとアンドレイが、彼女の部屋に消えていく。
「おっさん、本当に大丈夫なのかよ」
「どうだろうな。エステルは情に訴えられると弱い」
「だったら――」
「ま、今は待つしかないだろう。俺達が喚いたところで邪魔にしかならない」
「そうだな」
エステルの部屋の扉を見るジーク。
「だが、話の内容を聞くくらいはしてもいいはずだぜ。だろ? おっさん」
「おうよ!」
二人は忍び足でエステルの部屋に近づく。
そーっと耳を当てて、会話を盗み聞きするのだった。
◇
「エステル、まずは非礼を詫びさせてほしい。君を蹴ったことや他の部下に対して酷い当たり方をしたこと、それに何より、父のギルドを滅茶苦茶にしてしまったことを。本当に申し訳なく思う。反省している。この通りだ」
アンドレイは部屋に入るなり頭を下げた。
深々と。
「反省していただけて何よりです。お顔を上げてソファに座って下さい」
「許してもらえるのか!?」
「人は誰しも間違う時があります。反省しているのであれば、許すのが当然だと思いますよ」
アンドレイは思った。
こりゃ楽勝だな、と。
彼は素早くソファに座り、エステルを見る。
「だったら、我がギルドに――」
「戻りません」
「なっ……」
「私は〈YMHカンパニー〉で働いていますので、戻ることができません」
「転職すればいいではないか。ここよりいい待遇を約束しよう」
「待遇の問題ではありません。私が辞めると、ギルドの方やお客様に迷惑がかかってしまいます。それが嫌なので辞めません」
アンドレイは考えを改めた。
思ったよりも手強いな、と。
作戦を変更する必要がある。
「どうしても気が変わらないのか?」
「はい、どうしてもダメです」
「だったら仕方ないな……」
アンドレイは大きく息を吐き、ニコッと笑う。
「だったらおしまいだ。〈ホワイトスターダム〉は潰れる」
「えっ」
「ウチは少し前にお客様を大事にする路線へ切り替えた。しかし、その頃には既に、従業員の心が離れていた。一時的には赤字でも、しばらくすれば立て直せる見込みだったが、従業員はそこまで待ってくれなかった。で、一斉に辞めていったんだ。だから今、〈ホワイトスターダム〉には10人程度しか残っていない。この人数ではどうやっても赤字は免れない。王都の一等地に構える大きな事務所の維持費だけで稼ぎを全て吐き出しても足りないからな。よって、もうおしまいだ」
「じゃ、じゃあ、人を増やせばいいじゃないですか」
「そうしたいが無理なんだよ」
「どうしてですか?」
「君も知っての通り俺は嫌われ者だ。募集をかけたところで人は集まらない。だから君に声を掛けた。君が入ってくれれば、俺が改心したことをアピールできる。君さえいれば、ギルドは潰れなくて済むんだ」
アンドレイの作戦は、エステルに負荷を掛けること。
断ればギルドは潰れると言ってプレッシャーを与えていく。。
そうすれば、エステルの性格上、断るのは不可能だ
と、アンドレイは考えていた。
「私のせいで潰れるなんて嫌ですよ。それにどうして私なんですか。私より凄い人なんていっぱいいるじゃないですか」
「Sランカーの中で唯一、君だけが現実的な価格で雇えるからさ。他のSランカーを招聘するだけの余力はもう残っていない」
「そんな……」
「だから選んでほしい。ここに残ってウチを潰すか、ウチに転職するか。転職すれば、たしかに同僚の二人は顧客に迷惑をかけるだろう。しかし、それは一時的なことに過ぎない。だが、残れば、ウチは跡形もなく消える。俺の父親にはよくしてもらったのだろう? だからギルドに残っていたんじゃないのか? 君にとって〈ホワイトスターダム〉は思い出の場所じゃないのか?」
たしかにその通りだ。
エステルにとって、〈ホワイトスターダム〉は思い出の場所である。
そして、アンドレイの父親には返しきれない恩があった。
――エステルが〈ホワイトスターダム〉に入ったのは15歳の時。
貧困な家庭の出である彼女は、義務教育が終わると同時に働き出した。
その職場が、新進気鋭の〈ホワイトスターダム〉だった。
当時のエステルは魔法が使えず、こなせる依頼もFランクのみ。
そんな彼女を成長させたのがアンドレイの父親・ベントレイだ。
自腹で学費を払い、彼女を魔術師学校へ通わせた。
仕事に対する姿勢と無尽蔵の魔力量を買ったのだ。
エステルは絶対に大成する――ベントレイは常々そう言っていた。
その読みは的中した。
3年後、エステルは魔術師学校を首席で卒業。
ギルドに復帰するなり、魔法を駆使して活躍しまくった。
だからエステルは、ベントレイに心から感謝している。
彼がいなければ今の自分はいない、と思っていた。
また、エステルはギルドメンバーとも良好な関係を築いていた。
ベントレイやゴリウス、ジークだけではない。
ベントレイ時代の同僚達は皆、エステルにとって家族のようなものだ。
それでも――。
「申し訳ありませんが、戻ることはできません」
エステルは首を縦に振らなかった。
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