017 第七師団のオルフェ
「どうしましょう、どうしましょう、魔族ですよ!」
慌てふためくエステル。
「どうするもこうするも戦うしかねぇだろ。こっちは借り物の漁船だ。追われたら逃げ切れない」
「ならここで迎え撃つわけですね!」
「そうだ。魔法の準備をしておけよ。いざとなったら容赦なく殺せ」
「分かりました」
二人は船から下り、砂浜の上で待ち構える。
一方、敵方の軍船は――。
「ゴリウスさん、白旗を振っていますよ」
「話し合いをしたいようだな。だが油断するなよ。相手は魔族だ」
いよいよ魔族軍の船が到着する。
エステル達の漁船にぴたりと横付けした。
並べて見るとよく分かる。
船の規模がまるで違っていた。
ゴリウスの借りた船の乗船人数はせいぜい5~6人。
一方、魔族軍の船には1000人以上が乗れそうだ。
当然ながら、軍船には大量の魔人が乗っている。
続々と船から下りてきて、エステル達の前に立つ。
最終的に、その数は800人を超えた。
「攻撃を控えていただき感謝する、人間の方々よ」
この軍を指揮する魔人が船から飛び降り、ゴリウスの前に着地する。
赤髪で、他の魔人より体が大きく、角と尻尾も長い。
「私はオルフェ。この第七師団を率いている」
オルフェが右手を出して握手を誘う。
しかし、ゴリウスは応じなかった。
「第七師団……マジかよ……」
「知っているのですか?」とエステル。
「少数精鋭で有名なところだ」
オルフェが「いかにも」と頷く。
魔族の一般兵はDランク相当の戦闘力であることが多い。
それをCランク相当の隊長が率いている。
多くの隊長をまとめ上げる師団長はAランク以上。
しかし、第七師団は違っていた。
一般兵ですらBランク相当なのだ。
当然、隊長や師団長はもっと強い。
「白旗を振ったのはどういうつもりだ?」
「あれはそなたらとこうして話すためだ。私は軍人以外の人間を殺すつもりはない。だが、言わなければそなたらは無謀な戦いを挑んできたかもしれん。そうなれば応戦せざるをえないだろう。だから敵意がないことを示すために白旗を振らせた」
「俺達がお前らに勝てないって言いたいのかよ」
「言いたいのではなく、そう言っている」
「だったら試してみようじゃねぇか」
ゴリウスが左右の拳を合わせる。
オルフェは変わらずだが、背後の兵士達は殺気立った。
「ゴリウスさん、やめましょうよ」
「エステル、お前まで俺達が負けるって言いたいのかよ」
ゴリウスがエステルを睨む。
その目は血走っていて、怒りに満ちていた。
彼は魔人が相手になると、どうしてもこうなってしまう。
家族を殺された恨みがあるから。
「負けるとか負けないとかじゃないですよ。ここは戦場じゃないのですから、わざわざ戦う必要ないじゃないですか。相手も戦う気がないわけですし」
「そちらの女性が言ったとおりだ。退いたほうがいい」
「うるせぇ! 俺の家族を殺した奴らがよくも言う!」
オルフェが「むっ」を眉間に皺を寄せる。
「そなたの家族は軍人だったのか?」
「違う! 一般人だ! お前ら魔族にやられたんだよ!」
「やったのは我が第七師団の者か?」
「さぁな。だが、魔族がやったことに違いはねぇ! 許せねぇんだよ!」
「それは暴論だろう」
「なんだと!?」
「人間がそうであるように、魔人にも色々なタイプがいて一枚岩ではない。魔人の人口は人間よりも遙かに多いのだから尚更だろう。それを一緒くたにまとめて魔族を批判するのはいかがなものか」
「黙れ! お前らは戦争で民間人を殺した! それが事実だろうよ!」
「それは人間だって同じことだ。魔人の村を襲った人間の軍が、無抵抗の女子供を虐殺したり強姦したりしている。それも一度や二度ではない。そなたの家族のことは気の毒に思うが、だからといって魔族全体を恨むのは筋違いだ」
「ぐっ……」
反論できないゴリウス。
エステルは「今がチャンス」と思った。
今ならゴリウスを説得できそうだ。
「ゴリウスさん、今回は撤退しましょう。ここで敵意のない魔族軍に戦いを仕掛けるのは、ゴリウスさんの家族を襲った魔族と同じようなものですよ」
「……クソッ、分かったよ」
ゴリウスは怒りの矛を収めた。
「今日のところは見なかったことにしてやる」
そう言って、彼は船に乗り込み出発の準備を始める。
「戦いを避けてくださってありがとうございました」
エステルはペコリと頭を下げ、船に向かう。
「エステルといったか、そなた」
オルフェが呼び止める。
「はい、エステルと申します」
「一つ尋ねてもいいか?」
「いいですが、その前に私も質問させてください」
「なんだ?」
「どうしてこの島に来たのですか?」
「材料を調達する為だ。この島にある植物で調味料を作る」
「なるほど。それで、私に質問とは何でしょうか?」
「仮にそなたの相方である男が怒りを暴走させて戦闘になっていたとしたら、我が第七師団とそなたらのどちらが勝っていたと思う?」
エステルは迷わずに答える。
「そりゃ私達ですよ! ゴリウスさんと私は強いですから! 特に私はたくさんの魔法を使えますから、数の差なんてあっさりひっくり返しちゃいますよ!」
オルフェは「そうか」と笑った。
「早くしろ、エステル!」
「はい、今行きますー!」
エステルは「それでは」と頭を下げて船に戻った。
「ゴリウスさん、不快な気分にさせちゃってごめんなさい」
船が動き出したのを確認してから、エステルはゴリウスに謝った。
「謝る必要はない。むしろ感謝している」
ゴリウスは笑みを浮かべ、エステルの頭を撫でる。
それからこう言った。
「止めてくれてありがとうな。無駄死にするところだった。あのオルフェとかいう奴、たぶん俺より強かったからな」
「たしかに一人じゃ辛いかもしれませんが、私が一緒なら勝てていましたよ! 後ろのたくさんいた魔人達も私の魔法でイチコロですし!」
「そんな簡単に勝てたら苦労しねぇよ。お前さんの目は相変わらずどうかしてやがるなぁ!」
ゴリウスは声を上げて笑う。
「絶対に勝てましたって! 戻って戦いを挑みますか!? 勝てる自信ありますよ、私! 絶対にいけます! 試してみましょうよ!」
「俺に戦うなと言って戻れってどういうことだよ!」
「だって! 勝てましたって! まずは私が魔法でパーってやるじゃないですか。それでゴリウスさんがうりゃりゃーってやって、オルフェさんを二人でドッカドカにすればいけます! ね!? 勝てるんですよ!」
しばらくの間、エステルはいかに勝機があったかを語っていた。
◇
王都に戻った二人は、その足で依頼人の店に向かった。
そこは完全予約制で上流階級の人間しか利用できない超高級店。
「たった数日でレジェンドマスタードを……! それも指定のレシピ通りで、指定した数よりもたくさん……! 本当にありがとうございます!」
料理長の男が感動する。
「非常に厳しい依頼でしたが、自分の頑張りによって成し遂げられました! 是非ともまたご依頼くださいませ!」
ゴリウスがニッコリ微笑んで頭を下げる。
「マスタードを作ったのは私です! 今度から私にご依頼ください!」
「おい、俺の客を奪おうとするな!」
料理長が笑う。
「それはもう当然、次回以降も〈YMHカンパニー〉様にご依頼させていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします」
エステルとゴリウスは「はい!」と口を揃えた。
◇
「手伝ってくれてありがとうな、エステル」
「いえいえ! こちらこそありがとうございました! すごく楽しかったです!」
「ギルドに戻ったらジークをつれて三人でメシに行こう」
「ですね! ジークさん、きっと寂しそうにしていますよ!」
「あいつはああ見えて寂しがり屋だからな」
夕暮れ時、二人は楽しく話しながらギルドホームに戻った。
ホームの扉には「ただいま留守にしています」の貼り紙。
鍵は開いたままになっていた。
「ジークさん、いないみたいですね」
ドアノブに手を掛けるエステル。
鍵が開いていた。
「もー、また鍵を開けっぱなしにして!」
「盗まれて困る物なんざないしかまわないさ」
「それもそうですね!」
「あの馬鹿はじきに帰ってくるだろうし、待っていようぜ」
「はーい!」
エステルが扉を開ける。
次の瞬間、顔から笑顔が消えた。
「ようやく戻ったか! エステル!」
〈ホワイトスターダム〉のアンドレイがいたからだ。
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