016 レジェンドマスタード
テントに戻ったエステルとゴリウス。
「ではでは、作っていきましょう!」
「おう、頑張れよ! 俺はメシの準備をしておく」
ゴリウスは漁網を持ち、川魚の一網打尽に向かった。
「えーっと、今回のレシピは……」
エステルはクエスト票に記載されているレシピを確認する。
依頼人によって材料の配分などが微妙に変わってくるからだ。
ただし、それを守っている人間は少ない。
この島が危険なので、忠実に再現することが難しいのだ。
エステル達のように軽々と材料を集められる方が珍しい。
依頼人もそのことを承知している。
なので、クエスト票のレシピには「可能であれば」の文言がつく。
もちろん、エステルは絶対にレシピを厳守する。
可能でない場合は、材料の再調達に赴いてでも可能にする。
「これなら大丈夫そう!」
ということで、彼女は直ちにマスタード作りを始めた。
まずはカラシナの種子に魔法を掛けていく。
水魔法で洗い、火と風の複合魔法で素早く乾燥させる。
綺麗になった色とりどりの種子をすり鉢へ移す。
軽く潰して風味を出したら、今度はそれを瓶の中へ。
あとはワインビネガー、塩、砂糖、マンドラゴラの涙を混ぜるだけ。
「涙は小さじ1杯……っと、これでよし!」
1日寝かせたら完成だ。
基本的な作り方は普通のマスタードとさほど変わりない。
「できましたよー! ゴリウスさーん!」
「丁寧に作ってたなぁ。こっちはもう準備完了だぜ」
「いやいやいや、何やってるんですかー!」
エステルは目玉が飛び出るかと思った。
ゴリウスが200匹近い数の川魚を調達していたからだ。
「何って、魚を焼いているんだが?」
ゴリウスは岩に座り、隣に積まれた魚に手を伸ばす。
1匹掴んでは竹串を丁寧に突き刺し、塩をまぶして、目の前の焚き火で焼く。
魚の皮と塩が焦げて香ばしい匂いが漂っていた。
「数が多すぎますよ!」
「思いのほか獲れちまってなぁ」
「もー、ここのお魚さんが絶滅したらどうするんですか!」
「その時は別の川から魚を運んできて放流すりゃいいだろ」
「よくないですよ!」
「全くお前さんはうるさい奴だなぁ。そこまで言うならお前さんの魚は無しでいいよな? 俺が全部食うぞ?」
「だ、ダメですよ! ダメ! 私も食べます!」
それから二人は協力して魚の串焼きを堪能するのだった。
◇
日が暮れて夜になる。
エステルとゴリウスは、テントの前で焚き火を囲んでいた。
〈魔封じの杭〉が作る円の外では、クローモンキーが蠢いている。
夜でも、いや、夜になるとますます活発になる魔物だ。
「なぁエステル、お前さ……」
エステルは手作りの生姜湯を飲みながら、ゴリウスを見る。
輪切りのレモンと蜂蜜を混ぜているので飲みやすくて美味しい。
「好きな男とかいないのか?」
ブッと吹き出すエステル。
ゴリウスの顔が生姜湯でまみれた。
「なんですか急に!」
水魔法でゴリウスの顔を綺麗にしながら言う。
「お前さん、もう21かそこらだろ」
「22歳ですよ!」
「だろ? 恋愛の一つや二つしてもおかしくない年頃だ」
「それはまぁそうですが……」
「なのに男を作る気配すらねぇ。かといって同性愛者でもないだろ?」
「違いますね」
「だから不思議なんだ。お前さんの年頃の女は他にも知っているが、どいつもこいつも男に、いや、恋愛に飢えているぞ。恋愛小説だって大人気だしな」
「たしかに」
「お前さんは恋愛したいと思わないのか?」
エステルは、うーん、と考え込む。
「興味がないといえば嘘になりますよ。ですが、なかなか機会に恵まれなくて……」
「お前さんのお眼鏡にかなうようないい男がいないってことか」
「そうではなくて、ほら、私、異性としての魅力が皆無なので……」
ゴリウスは固まった。
この女、自分のことをそんな風に思っているのか。
「エステル、お前は魅力に溢れているだろ」
「そ、そうですか? どこがですか?」
「優しいし思いやりがある。料理は上手だし、魔法技術も高い。ついでに金をたんまり稼いでいて、顔もいい」
ゴリウスは言っていて恥ずかしくなった。
素直に魅力を挙げたら、思いのほか褒める箇所があったからだ。
一方、エステルは腹を抱えて笑った。
「何がおかしいんだ……?」
「だってそれ、異性としての魅力というよりギルドメンバーとしての魅力じゃないですかー!」
「いや、そんなことは……」
「そりゃSランカーですからね、ギルドメンバーとしては優秀ですよ! これでも!」
「まぁそうか」
ゴリウスは思う。
エステルが恋愛をする日は来るのだろうか、と。
そして、こうも思う。
少なくとも俺は恋愛対象になれないだろうな、と。
◇
翌日。
朝食を済ませると、二人は島を発つ準備を始めた。
「マスタードの状態はどうだ?」
「もう落ち着いていますよ! これなら振動で品質が劣化することもありません! いつ出ても大丈夫です!」
「なら長居は不要だな。さっさと帰ろう」
「ですねー!」
準備が整うと、二人は直ちに船へ向かった。
クローモンキーの縄張りである森の中を一直線に進む。
道中でしばしば戦闘になるが問題ない。
「クソッ、右腕をやられた!」
「気をつけて下さいよー!」
「すまねぇ、助かったぜ」
怪我は回復魔法でサクッと治す。
これによって、実質的に無傷の状態で海辺に到着した。
「錨を上げて出発だ」
「おー!」
二人が船に乗り込む。
だが、錨を上げる作業は行わない。
「ゴリウスさん、あれ!」
「ああ、こっちに来ているぞ」
海から一隻の軍船が近づいてくるのだ。
船のマストは真っ黒で、赤色で国章が描かれている。
それを見れば、魔族軍の船だと一目で分かった。
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