015 カラシナと涙
「川の流れがそれなりに速いし、この辺りでいいだろう」
適当な川辺でゴリウスが足を止める。
「疲れたぁ!」
エステルはバタンッとその場に座り込む。
バックパックは隣に置いた。
「荷物持ち、よく頑張ったな。準備は俺がしよう」
ゴリウスはエステルの頭を撫でると、バックパックを開ける。
中から〈魔封じの杭〉という大きな杭を取り出した。
「ハンマーは……あったあった」
慣れた手つきでカンカンカンとハンマーを打つゴリウス。
杭はするすると地面に埋まっていく。
完全に埋まった瞬間、地面に光の円が現れた。
円は杭を中心に半径10メートルの広さだ。
魔物の攻撃や侵入を阻止する効果があり、効果時間は約50時間。
「これで安心だな」
魔物対策が終わったらテントの設営だ。
バックパックの過半数を占めていた折りたたみテントを取り出す。
「ふっかーつ!」
エステルがいきなり立ち上がる。
両腕を上げ、背筋をぐーんと伸ばした。
「手伝いますよ!」
「テントは俺だけで十分だ。お前さんは忘れ物がないか確認してくれ。マスタードを作るのに必要な物は揃っているか?」
「ワインビネガーに塩、それに砂糖もあるので……大丈夫です!」
「あとはこの島で採れるものだけだな」
エステルは「ですね!」と頷き、テントの設営を手伝う。
「別に俺だけで十分だって」
「そう言わずに! 二人でやったほうが効率的ですよ!」
「まぁそうだがな」
エステルが鼻歌を口ずさみながら作業する。
かと思いきや、唐突に手を止めた。
「ゴリウスさんって、どうして私に手伝われるのが嫌なんですか?」
「別に嫌じゃねぇよ。今だって一緒にマスタードを作りに来ているだろ?」
「そうじゃなくて、テントですよ。料理とかもそうですけど、私が手伝おうとすると嫌がりますよね?」
「そうか?」
「そうですよ!」
「ふむ」
ゴリウスは思い返してみた。
言われてみるとたしかにエステルのヘルプを拒んでいた。
仕事に関しては気にせず求めるが、そうでない作業は避ける傾向にある。
「それはきっと……」
「きっと?」
ゴリウスはしばらく黙る。
エステルが再び「きっと?」と首をかしげたので言った。
「お前さんが頼りないからだろうな」
「えー! そんなぁ、酷いですよー!」
「がはは! もっと頼れる女になれ、エステル!」
「今だって十分頼れる女ですよ! たぶん!」
ゴリウスは笑みを浮かべる。
頼りないというのは、咄嗟についた嘘だった。
彼の本音は「亡くなった妹を思い出す」から。
(俺はエステルのことをどう思っているんだ……?)
ゴリウスはしばしば自問することがあった。
ある時は妹のように見えるし、またある時は異性として魅力に感じる。
かといって、妹に恋愛感情を抱いていたわけではない。
だからこそよく分からなかった。
恋愛的な意味で好きなのか、可愛い後輩として好きなのか。
男の心は難しいな、と思うゴリウスであった。
◇
マスタードを作るには、カラシナと呼ばれる植物の種子が必要だ。
この種子はマスタードだけでなく、カラシを作るのにも使われる。
「ありました! 青いカラシナ!」
エステルは腰をかがめてカラシナを摘む。
一般的なカラシナは黄色だが、彼女が採取したのは青色だ。
花だけでなく茎まで青色なので気味が悪い。
「できました!」
バックパックから取り出した瓶に、カラシナの種子を詰める。
瓶の中には、他にも紫や緑色の種子がたくさん入っていた。
「これであと1種類か」
「はい! 赤色だけです!」
レジェンドマスタードでは、複数のカラシナを使う。
それらのカラシナは全てこの島にしか生えていない。
「赤は……」
ゴリウスが地図を確認する。
「チッ、沼地を経由する必要がある。ルート選択を誤ったな」
「迂回しますか?」
「いや、沼地を突っ切っていこう。汚れてもお前さんの魔法で綺麗にすればいいだけだからな」
「分かりました!」
エステルは軽妙なステップで歩く。
バックパックの中がスカスカなので快適だ。
いよいよ沼地にやってきた。
「ここか」
「うげげぇ……」
二人は顔をしかめた。
水は濁っていて、中に何が潜んでいるか分からない。
魔物の排泄物が蓄積されているのか、鼻に悪そうな臭いがする。
「根性で進むぞ! 根性!」
ゴリウスは深呼吸してから沼地に踏み込んだ。
一方、エステルは――。
「根性がなくてすみませーん!」
魔法を使って快適に進む道を選んだ。
付近の木を魔法で加工して板状にし、その上に乗る。
その板を風魔法で浮かせ、沼地をサーフィンのように滑っていく。
「こら、エステル、お前ずるいぞ!」
「ゴリウスさんが魔法を習得しないから悪いんですよ!」
「てめぇ、このやろー! 待て、一緒に沼の中を歩け!」
「嫌ですよー!」
エステルは快適に沼を渡った。
◇
「ぜぇ……ぜぇ……死ぬかと思ったぜ……」
ゴリウスは這々の体で沼地を横断した。
一方、エステルは。
「遅いですよー! 種子の採取は終わりましたよ!」
作業を終えて休んでいた。
木の上にハンモックを作り、そこでくつろいでいたのだ。
周囲にはクローモンキーの死骸が散乱していた。
待っている間に倒したものだ。
「お前さん、たまにクソみたいな性格になる時があるよな」
「えー、そんなことないですよー!」
エステルはニヤニヤしながら魔法を掛ける。
ゴリウスの体が綺麗になった。
「待ってるのはいいけど、マンドラゴラの涙も調達したんだろうな?」
「あ! 忘れてました! ――なんちゃって、ありますよ!」
エステルが懐から小瓶を取り出す。
ただの水と見間違えそうな液体が溜まっていた。
マンドラゴラという魔物の涙だ。
「お、偉いじゃないか」
「でしょー? ゴリウスさんと違って殺しませんでしたよ! 友好型モンスターは殺さないって決めているので!」
魔物は原則として好戦的だが、中には例外も存在する。
そういった例外を「友好型モンスター」と呼ぶ。
手のひらサイズの魔物・マンドラゴラもそのタイプだ。
人なつこくて、人間に危害を加えることはない。
「何が友好型だよ、魔物は魔物だろ!」
「ダメですよそういうの。マンドラゴラ、すごく可愛いじゃないですか。木の根っこ形をした妖精さんなんですよ? よく殺すことができますね!」
「お前さんみたいな甘ちゃんのほうが珍しいんだよ。どうせ今回も唐辛子を使ったんだろ?」
「そうですよ! もちろんじゃないですか!」
マンドラゴラの涙を調達する方法は大きく分けて二つ。
一つはデコピンなどで痛めつけて泣かせる方法だ。
ゴリウスをはじめ、大半の人間がこの方法を選ぶ。
効率よく大量の涙をゲットできるからだ。
一方、エステルが用いた方法は唐辛子を食べさせるもの。
持ってきていた赤唐辛子を食べさせて、その辛さによって泣かせる。
マンドラゴラはすぐ泣くので、唐辛子を囓ればイチコロだ。
「とにかくこれで作業は終わりましたし、テントに戻ってレジェンドマスタードを作りましょう!」
エステルはハンモックから飛び降り、地面に木の板を敷く。
そこに乗り、魔法を発動した。
木の板がふわりと浮かぶ。
「私は沼地を横断して戻りますね! ゴリウスさんは迂回してきてくださいね! ではではー!」
「おうよ。気をつけろよ――って、逃がすかよ!」
エステルが動き出した瞬間、ゴリウスは飛びついた。
背後からエステルにしがみつく。
「わわわっ、ゴリウスさん、離れて下さい! この魔法、バランスをとるのが難しいんですから!」
「離れるかよ! 俺も乗せてけ!」
「ダメですって、ゴリウスさん、離れて、離れてー!」
二人を乗せた木の板が蛇行運転を繰り広げる。
沼地に潜む魔物は不気味がって逃げていく。
そして――。
バシャーン、と強烈な水しぶきが上がった。
バランスを崩したエステルが、ゴリウスもろとも沼地に落ちたのだ。
「もー! ゴリウスさんのせいで汚れたじゃないですか!」
ぷくっと頬を膨らませて怒るエステル。
ゴリウスは「やったぜ」と豪快に笑った。
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