013 パプリカップグラタン
〈YMHカンパニー〉のランクがDになった約2週間後――。
「お、いたな、お前達」
エステルとジークが馴染みの酒場で昼食を堪能していると、ゴリウスがやってきた。
彼は「いつもの」とマスターに頼み、二人のいる丸いテーブル席についた。
「エステル、明日と明後日は暇か?」
椅子に座るなり、ゴリウスが言った。
「暇ではないですけど……急ぎの仕事ですか?」
「話が早くて助かるぜ。その通り急ぎだ。他の仕事は後回しにしてくれ」
「分かりました! それで、どんなご依頼ですか?」
エステルが大きく切ったハンバーグを豪快に頬張る。
口の端についたデミグラスソースをペロリと舐めて「むふぅ」とニッコリ。
そこらのレストランにも負けない美味しさだ。
「依頼はレジェンドマスタードの調達だ」
「割に合わない仕事を受けたものだな、おっさん」
「今回はそうでもないぞ。何せ急ぎの案件だからな。報酬は通常の20倍だ」
「それは相場の20倍ってことでいいのか?」
「いや、一般的なBランクの報酬の20倍だ」
レジェンドマスタードの調達はBランクの依頼だ。
簡単に説明すると、魔物の棲息する島でマスタードを作るだけ。
島の魔物がB相当の強さなので、Bランクになっている。
ただし、数が多く、そこら中に棲息していて危険だ。
その為、多くのギルドは4~5人でこのクエストをこなす。
報酬も通常の4~5倍が相場だ。
「相場の20倍じゃないとはいえ、それだけ貰えるならまぁ悪くはないな」
「だろ? もっとも、ウチは仕事を選ばない方針だから、報酬が相場通りでも受けていたがな」
「そうですよ! 仕事を選ぶなんてもってのほかです!」
「ということで、だ」
ゴリウスがエステルを見る。
「明日と明後日はレジェンドマスタードを作るべく〈マスタードアイランド〉に行くぞ。必要な物は俺のほうで用意しておく」
「わっかりましたー!」
「おっさん、俺は?」
ジークが自分の胸を指す。
「お前は溜まってる仕事を適当に消化してくれ」
「同行しなくていいのか? おっさん、雑魚でハゲだぜ?」
「ハゲじゃなくてスキンヘッドつってんだろ! 見ろ、少し生えてきている!」
ゴリウスが頭頂部を見せつける。
ジークは「どうでもいい」と一蹴。
さらに続けた。
「それで、大丈夫なのか?」
「問題ない。俺はSランカーだからな。Bの敵なんざ余裕だ」
「おっさんの戦闘力はAランク相当だから不安になるぜ」
「大丈夫ですよ! いざとなったら私も戦いますから!」
ゴリウスは「そういうこった」と頷く。
「それにジーク、お前さんは忙しいだろ、今」
「まぁな」
ギルドランクが上がって以降、ジークは大忙しだ。
ひっきりなしに戦闘系の依頼が舞い込んでいる。
冒険者PTの助っ人や引率、行商人の護衛、盗賊退治、等々。
「お待たせいたしました。ゴリウス様専用パプリカップグラタンです」
マスターがゴリウスの前に料理を置く。
赤いパプリカを容器に見立て、その中にグラタンを詰めた物だ。
大柄なゴリウスの見た目に反して実に可愛らしい一品である。
「これこれ、これを食わないとやっていけねぇよな!」
ゴリウスは嬉しそうに食事を始める。
「ゴリウスさん、本当に可愛いお料理が好きですねー!」
「料理は見た目も大事だからな!」
「乙女かよ」と言い、ジークは「ふん」と鼻を鳴らした。
「いいじゃないですか、可愛らしい一面があって!」
「言うだけ無駄だぞ、エステル。黒ずくめのガキには分からないのさ」
ガキというワードがジークの癪に障る。
「誰がガキだ。俺は26だぞ、おっさん」
「俺だってまだ31だからおっさんじゃねぇよ!」
「30超えたらおっさんなんだよ。世界の常識だぜ」
「おっさんに向かっておっさんって言う奴がガキってのも常識だ!」
「うるせーハゲ、馬車に轢かれて死んでろ」
やんやん言い合う二人。
今にも殴り合いに発展しそうだが問題なかった。
「こういう時間、幸せだなぁ」
いつものことなのでエステルは動じない。
それどころか、ニコニコ顔で傍観していた。
こうして、エステルの新たなクエストが始まった。
お読みくださりありがとうございます。
【ブックマーク】や下の【★】で応援していただけると励みになります。
楽しんで頂けた方は是非……!




