011 最終手段
エステルとジークが公爵領の北東戦線で活躍している頃――。
アンドレイのギルド〈ホワイトスターダム〉では異変が起きていた。
「またボウズかよ! やる気あるのかお前ら! 高い給料を払ってるんだぞ!」
アンドレイがボウズの従業員達を怒鳴りつける。
ボウズとは、その日に一件の仕事もないまま終わることを指す。
最近、ギルドメンバーの中にボウズが増えていた。
セントラルでハイエナをさせているのに仕事を獲得できないのだ。
「Sランクギルドのハイエナなら冒険者共は諸手を挙げて喜ぶだろ!」
アンドレイの怒りは収まらない。
資料に並ぶ大好きな数字とグラフが感情を高ぶらせていた。
芸術的とすら言えるほどに美しい右肩下がりである。
「だったらマスターが手本を見せてくださいよ」
ボウズの一人が言う。
それに他のボウズが「そうだそうだ」と賛同した。
「いいだろう」
アンドレイは自信に満ちた顔をする。
「俺が直々に教えてやるよ。部下に手本を見せるのもリーダーの務めだからな。明日は俺もセントラルに行くぞ」
◇
次の日。
アンドレイはセントラルにやってきた。
フォーマルな服でビシッと決め、髪も完璧な七三分け。
ジェルでガチガチに固めている為、暴風に見舞われようと七三のままだ。
「見ておけ」
アンドレイは襟を正し、冒険者の三人組に近づく。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
満点の営業スマイルで話しかける。
三人組は足を止めた。
クエスト票を持っているリーダーの男が答える。
「あんた、〈ホワイトスターダム〉の人?」
「ええ、その通りでございます。そちらのクエスト、我がギルドにご依頼していただくことはできないでしょうか?」
「嫌だね。あんたの所にだけは絶対に依頼しねぇ」
アンドレイの営業スマイルが一瞬だけ崩れる。
しかし、すぐに元通り。
「それはどうしてでしょうか? 我がギルドのメンバーは最低でもBランク。非常に優秀な人材が揃っています。にもかかわらず、割増料金の請求をすることなくお受けいたしていますよ?」
「たしかにそうだが、あんたらに依頼すると強引にクリアするじゃないか。前に依頼した時、俺達は後方支援を頼んだんだ。なのに先頭で突っ走っていってさ。そんなのでクリアしても意味ねぇんだよ」
「あー……なるほど。それは担当者が悪いですね。他の者ならそんなことはありませんよ」
何食わぬ顔で嘘を言うアンドレイ。
しかし、この手も通じなかった。
「そのセリフを信じて三度も依頼したが全部同じだったよ。だから二度と依頼しねぇよ、〈ホワイトスターダム〉ってクソギルドにはな!」
「なっ……クソだと……」
アンドレイが固まっている間に、冒険者達は去っていった。
「ぐぬぬ」
振り返るアンドレイ。
部下共は「どうだ、分かったか」と言いたげな顔で見ている。
「営業なんてのはこういうものだ。何度も数をこなして当たりを掴む。最初から上手くいくなんざ思ってねぇよ!」
そう言ってアンドレイは違う冒険者に声を掛けた。
――数時間後。
部下の一人がアンドレイに言った。
「もう分かったでしょ、マスター。無理ですよ」
「そんな……なぜだ……」
アンドレイはボウズに終わった。
どの冒険者に声を掛けても上手くいかなかったのだ。
「どうにかしたほうがいいですよ、マスター」
「どうにか……」
「自分らは雇われなんで気楽なものですけど、マスターはそうじゃないので」
いつもなら「労働者の分際でなめた口を利くな」と怒っていただろう。
しかし、今のアンドレイには怒るだけの気力が残されていなかった。
怒るよりも改善策を考えるのが先だ。
◇
「知っての通り冒険者の仕事が減ってきたので、方針を転換しようと思う」
翌日、アンドレイは別の方針を打ち出した。
といっても、基本的にはこれまでと変わりない。
対象を冒険者から別のタイプに変えただけだ。
利益率の高い仕事をハイスピードで回す。
顧客の満足度なんて二の次三の次でかまわない。
「以上だ。よし、行け!」
アンドレイの号令で、ギルドメンバーがセントラルへ向かう。
「冒険者はカスばっかだ。しかし今度は違うぞ」
そう意気込むアンドレイであったが……。
――数時間後。
「なんでボウズなんだよ! お前ら! なんで!?」
従業員の多くがボウズに終わったのだ。
ボウズ共をホーム内で一列に立たせ、アンドレイは喚く。
彼には意味が分からなかった。
しばらくしてボウズが増えるならまだしも、初日からこれだ。
何かの間違いではないのかと思った。
「ギルド名を言った途端に断られまして……」
「どこもウチに仕事を依頼したくないようです」
「はぁ? なんでだよ?」と、ホームの床を蹴るアンドレイ。
「ウチが冒険者に特化していた頃、他の仕事には塩対応でしたよね。それで恨まれているみたいです……」
当たり前と言えば当たり前の話だった。
ギルドは無数にあるのだから、気に食わない相手を選ぶ必要はない。
「そんなことでか? ウチはSランクギルドなのに割増料金を請求しないんだぞ!? 低位の依頼ですらB以上の人間が対応する。これほど優れたサービス、他の大手ではやってないだろ!」
「たしかに仰る通りです。ですが、割増料金を請求しないだけであって、料金自体は一般的なものですよね。クエスト票に記載されている報酬額の通りです」
「当たり前だろ! どこに『こんなにも報酬をもらえません』なんて言う馬鹿がいるんだよ! 安くする意味もねぇだろ! Sランクギルドなんだから!」
「だから、駄目なんです」
「……どういうことだ?」
「特別に安いわけではないので、価格面で魅力がないんです。マスターだって、気に食わない相手に仕事を依頼するなら、我慢できるだけのメリットが欲しいと思うんじゃないですか。そういうことなんですよ。今のウチにはそのメリットがない」
「むぅ……」
アンドレイは言い返せなかった。
しばらく沈黙し、その場で考える。
色々と検討するが、どれも上手くいきそうにない。
脳裏に「最終手段」の四文字が浮かぶ。
黙考の末、彼は言った。
「……もういい」
「はい?」
「今日はもういい。帰れ」
定時きっかりに部下を帰らせる。
アンドレイの就任以降、初めてのことだった。
「やるしかないか……」
マスタールームの執務机に座り、大きく息を吐くアンドレイ。
経営コンサルタントだった彼には、起死回生の手が一つある。
それが組織の再構築――リストラだ。
「人件費を削減し、ギルドの特色を強める……。割増料金を請求し、利益率を高める……。この世界でも屈指の精鋭部隊として生まれ変わるんだ……」
アンドレイは書類の偽造を始めた。
不要な部下を不当解雇する為に。
普通に解雇しては退職金が出る。
なので、あくまでも懲戒解雇。
相手の過失を理由としたクビである。
「今回は規模が大きいから念を入れないとな」
不当解雇をする際、アンドレイは少しずつ切っていく。
徒党を組んで刃向かわれると鬱陶しいからだ。
しかし、今回はそういうわけにはいかない。
多くのメンバーを一気に切ることになる。
その為には、絶対に隙を作ってはならなかった。
「完成だ……!」
そして、完成する。
どこからどう見ても本物にしか見えない偽造書類が。
この手の不正行為において、彼の右に出る者はいなかった。
「抜けは……ないな、よし」
偽造書類には大量の名前が書かれている。
これからクビになる者達の名だ。
クビの対象はBランクの従業員。
ギルドメンバーの半数以上を切る大改革の始まりだ。
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