010 真剣勝負
公爵領の都市〈ラグーン〉にある城。
白く塗装した岩で作られたその城に、エステルとジークはいた。
公爵に招待されたからだ。
「お待たせして申し訳ございません、公爵様!」
二人が謁見の間に姿を現す。
真っ直ぐに伸びる赤い絨毯を歩く。
絨毯の先にある椅子で公爵は待っていた。
そして、絨毯の両サイドには文武官がずらりと並んでいる。
二人が絨毯を歩き終えると、公爵が口を開いた。
「エステル、ジーク、この度の活躍、実に見事であった」
二人が呼ばれたのは、先の戦争における功績を讃えるため。
どちらも勝利に大きく貢献した。
「そなたらにはクエスト票に記載されている報酬に加えて、別途で特別報酬を与えよう」
「わー! いいのですか?」
エステルはぴょんぴょん跳ねて大喜び。
ジークは「ふん」とすまし顔で、内心は大はしゃぎ。
周囲にいる文武官は、二人を見て頬を緩めていた。
「そこで問うが、どのような報酬を望む? 言ってみよ」
「んー……」
エステルは顎をつまんで考える。
ジークは「ふっ」と言うだけ。
何も考えていない。
なのに、彼は肘でエステルを小突いて言う。
「エステル、言ってやれ」
「言ってやれって……何をですか?」
きょとんとするエステル。
「報酬だ。アレしかないだろ?」
「アレ?」
「そう、アレだ」
ジークの「アレ」は何もない。
いかにも事前に考えていました感を出しているだけ。
何も考えていないのはダサい、という見栄から出た発言だ。
にもかかわらず、エステルは――。
「そうだ! アレがありましたね!」
――何か閃いた。
ジークは「ふっ」と笑って誤魔化す。
「アレとはなんじゃ?」と公爵。
「ギルドランクです! 私達のギルド〈YMHカンパニー〉のランクを上げてください!」
ジークは思った。
その手があったか、流石はエステル、天才だな。
だから彼は言う。
「そういうことだ」
ドヤ顔まで決めた。
何も知らないエステルは、ジークを見てニッコリ。
「ジークさんは戦闘以外のこともしっかり考えていますね!」
「ふっ、当然だ。俺はお前の先輩なんだぜ?」
「流石です!」
「ふっ」
公爵は「ふむ、なるほど」と呟く。
「そなたらのギルドのランクは?」
「Eです!」
「E!?」
場が騒然とする。
文武官が口々に話し始めた。
「Sランク魔術師とAランク剣士を擁するギルドのランクがEだと……」
「てっきりB以上、おそらくAだと思っていたが……」
「俺もだ……信じられん……Eとは……」
公爵が「静粛に」と黙らせる。
「本当にEなのか? Bと言おうとして上手く言えなかったとかではなく?」
「はい、本当にEです! BじゃなくてEです!」
「なら問題ない。B以上であれば儂の独断で勝手に格上げするのは難しいが、EからDにする程度なら造作もないこと。今回の功績があれば儂が何をせずとも昇格されるとは思うが、念を入れてセントラルに使者を出しておこう」
「よろしいのですか!?」
「それはこちらのセリフじゃ。他に何か必要なものはないか?」
「いえ! 特にありません!」
エステルは即答だった。
公爵はどう言おうか悩んだ。
最初、反射的に「遠慮せずに言うがいい」と言うつもりだった。
しかし、そう言ったところでエステルは意見を変えないだろう。
そんな風に感じたので、直前でセリフを変えた。
「そうか、では以上だ。今夜はこの城に泊まっていくがいい。最大級のもてなしをさせてもらおう。そのくらいはかまわないだろう?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
こうして、〈YMHカンパニー〉のランクはDになった。
Eになった数日後に再び昇格したわけだ。
この昇格ペースは前代未聞、異例中の異例だった。
◇
その日は城で宴が開かれた。
主賓はエステルとジークで、皆が二人を祝った。
最高の料理人が最高の食材を最高の環境で調理して振る舞う。
吟遊詩人なども招いて賑やかに盛り上がった。
そして宴が終わり、夜も深まりつつある頃――。
「強くなったな、エステル」
「まだまだジークさんには敵いませんが、成長しています!」
「俺に敵わないのは当然だぜ。なぜなら俺は強い」
中庭で、エステルとジークは模擬戦をしていた。
ジークは黒い剣を片手で振るい、エステルは魔法剣の二刀流だ。
結果はエステルの敗北だった。
まだまだジークには歯が立たない。
「その調子で精進するがいい、エステル」
「はい、師匠!」
エステルはジークに剣術を学んでいた。
イフリートとの戦闘で剣を扱えたのもその為だ。
「この様子だと来年にはジークさんに勝てそうですよね、私!」
「100年経っても俺が負けることはない」
「くぅ!」
エステルの剣術は可も無く不可も無く。
そこそこの剣士と同程度の強さでしかない。
魔法の腕は一級品でも、剣の腕は平凡だった。
「最後に真剣勝負をして終わるか、久々に」
「いいんですか? 怪我しちゃっても知りませんよ?」
「ふっ、さっさとかかってこい」
「いきますよー!」
エステルは魔法で身体能力を高め、ジークに突っ込む。
ジークは精神を集中させて迎え撃つ。
両者の剣が激しくぶつかり合い、火花を散らした。
「悪くない」
鍔迫り合いの中、ジークは満足気に頷く。
「まだまだ!」
エステルは体を引いてジークを崩そうとする。
その結果、バランスが崩れたのは彼女のほうだった。
ジークはエステルの動きを読んでいたのだ。
彼女が体を引くのに合わせて、さりげなく足を引っかけた。
「おわわーっ」
エステルは魔法剣を解除して、伸ばした両腕を風車の如く回す。
そうやって転倒を防ごうとするが、体が傾きすぎていて耐えられない。
「これで俺の勝ちだな、エステ――」
ジークが勝利を確信した、その瞬間。
エステルは彼の肩を掴んで引っ張った。
「道連れだー!」
「ちょ、おい、おま……」
仰向けに倒れるエステル。
その上にうつ伏せのジーク。
二人の体が重なった。
「エ、エステル……」
「ジークさん……」
息の掛かる距離に迫る両者。
月光が二人を照らす。
「「…………」」
互いに見つめ合って沈黙する。
緊張や恥ずかしさから顔が火照っていく。
エステルが目を瞑る。
ジークの心臓が大きく震えた。
(キスしていいのか、これ。いいんだよな?)
ジークはゴクリと唾を飲み込む。
それから目を瞑り、ゆっくりと唇を近づける。
そして両者の唇が重なる――と思った、その時。
「ぷぷぷぷ、あははははは、ぶふーはっは!」
突然、エステルが吹き出した。
ゲラゲラ、ゲラゲラ、腹を抱えて笑い転げる。
目から涙が出ていた。
ジークは慌てて立ち上がる。
二歩後退して、ビクビクしながらエステルを見た。
「な、なんでいきなり笑い出す!?」
「だって、今、なんか妙な空気になったじゃないですか!」
「妙な空気だと?」
「キスしてもおかしくないような空気のことですよ!」
エステルが笑いながら立ち上がる。
「キ、キス!?」
「分かってますよ! ジークさんがキスするわけないのは! 私達はそういう関係ではないわけですし。ただ、なんだかすごいロマンチックと言いますか、そんな空気になったじゃないですか! だから私、ジークさんとキスする姿を想像しちゃったんです。そしたらもう面白くて面白くて!」
ぬぅ、と唸るジーク。
適切な言葉が浮かばなかった。
だから彼は、強がってこう言う。
「キスなんかするわけないだろ? バカかお前は」
「だから分かってますってばー! 勝手にそういう妄想しちゃったんですよ!」
「ふっ」
と言いつつ、ジークは言いたかった。
妄想を現実にしてみないか、と。
しかし、シャイな彼には言うことができなかった。
言ったら気まずい関係になるかも、という恐怖もあった。
「流石に肩を引っ張るのはダメですね! 真剣勝負は私の負けです! それじゃ、今日はそろそろ寝ましょうか!」
「おう、そうだな」
「ではでは、おやすみなさい、ジークさん、また明日!」
エステルが一足先に去っていく。
「私達はそういう関係じゃない、か」
ジークは空を見上げ、月に眺めながら息を吐く。
ふっ、と。




