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第八話 知られざる事実

 ずずっとラーメンをすする。

 これで二杯目なのだが、まったく飽きが来ない。もしかしたら、俺が今食べているラーメンは神の域に達したものなのかもしれない。


 繊細さと複雑なうまみを兼ね備えたスープを飲み込むと、脳みそを洗濯機でぐるぐるにかき回されたようなサイケデリックな快感が立ち現れる。

 まさに完璧なラーメンなのかもしれない。


 ここはもしかしたら敵地なのかもしれない鬼室邸だ。

 それにこのラーメンを作ったのは、新しい神である妹杏理に反旗を翻した鬼室兄弟の片割れ。新しい神である妹杏理の命を狙っているかもしれない人物だ。


 敵地かもしれない場所で、敵が作ったかもしれないラーメンを食べる。

 しかもそれが、究極に限りなく近い一品なのだ。


 何たる皮肉だろうか。

 俺はスープをすすりながら世の不条理さを憂えた。


「どうだいうちのラーメンは?」


 鬼室兄弟の片割れの表情は自信満々だ。まあ、これほどのラーメンをまずいという奴など想像できないのだろう。


「おいしいです。ラーメンは好きでよく食べ歩いているんですが、ここまで衝撃的なものは初めてです」


 彼は当たり前だ、といった顔をした。これほどの物を作るのだからそれなりの矜持もあるのだろう。下手に褒めたって、聞きなれた言葉を繰り返しているだけなのかもしれない。

 ここはいっそ、どこかにケチをつけてやろう。


「お変わりはいくらでもある。好きなだけ食べるといい」


 気前が良い。

 新しい神である妹杏理への反逆者というから、陰険陰湿な人物を想定していたが、俺は色眼鏡で彼を見ていたようだ。


「では、もう一杯いただけませんか?」


 彼はうれしそうな顔をし厨房へ入ると、新しいラーメンを持ってきた。


「うちはこの一種類だけで勝負している」


 三杯目のラーメンをすする。


「うちのラーメンは何杯食べても飽きないだろう?」


 確かにもう三杯目だというのに、初めての感動が再現される。それどころか、一口食べるごとに快感は増幅していく。


「うちのラーメンはな、出汁にちょっとトリッキーなものを使ってるんだ」


 スープをすする。確かに豚や鳥以外に、何か得体の知れないものが、深みを下支えしている。


「うちの出汁の秘密を知ろうと大勢の人間がやってきたが、結局秘密がばれることはなかった」


 突然だが俺はある記憶を思い出した。

 それは、新しい神である妹杏理が神になった日に起こった怪事件。

 新しい神である妹杏理は、新しい神であるという立場上、新しい神を狙う輩に常に狙われることが想定された。


 敵対者は物理的なものから呪術的なものまで様々な方法で新しい神である妹杏理を狙うのだが、無量の知識を誇る新しい神である妹杏理が真に恐れたのは物理的な攻撃や呪術的な攻撃ではなく毒殺であった、無量の知識を誇る新しい神である妹杏理はその対策として新しい神の無限の力の一部を分け与えることを思いつき新しい神である妹杏理自ら司祭である俺に接吻をして新しい神の無限の力の一部である卓越した味覚認識能力を分け与えたのだ。


 つまるところ俺は()()()()()()()()()()のだ。


「どうだい。出汁が何か、お前も当ててみるかい?」


 もちろんやってやろうじゃないか。

 新しい神である妹杏理からもらった力をこのままさび付かせておくなんて馬鹿げている。

 俺はこの秘密を解き明かす義務がある。そんな気がした。


「ならやってみな」


 もう一度スープをすする。

 繊細で複雑な味が口の中に一気に広がる。

 塩味、甘味、苦味、うま味、酸味。様々な要素が渾然一体となって、複雑な味を作り上げている。

 一つ一つ要素を分解していく。


「なかなか面白い分析だ」


 だが、俺の語彙では何とも形容しがたい味が突然現れた。

 これだ。

 この味こそが、陰に隠れて働いているこの味こそ、秘密に違いない。


「さすがだな。さすが司祭さまだ。そこまで分析できた奴は今までいなかった」


 ただ、この味は何者だ?

 こんな味、俺は知らないぞ!


「まあそうだろうな。はっきり言ってそれはこの世の味じゃない」


 この世の味じゃないだと。つまりどういうことだ。


「この世の味じゃない? それはつまりどういう意味だ」

「何、大した意味はない。今の言葉は忘れてくれて結構だ」

「結構だといわれても、そんな意味深なことを言われたら……」


 司祭殿はもう一度スープをすすり始めた。

 さっきの言葉の意味を必死に理解しようとしているようだが無駄なことだ。

 どんな舌を持っていても、秘密の出汁の正体がわかるはずがない。


 それにしても言い食いっぷりだ。


「分からない。杏理から貰った力でしても、分からない」


 司祭殿はうなだれながらもレンゲのスープを口に注いでいく。

 そんなことをしても無駄だとは分かりきっているが、彼がどんな答えを出すのかは興味がある。


 ふと司祭殿が宙を見上げた。そこにはメビウス球が浮かんでいた。

 まさか、気づいたのか……


「メビウス球。お前もラーメン食べるか?」


 メビウス球の答えは「そんな忌まわしいもの食べられるか」だった。彼らにとってはもっともな答えだろう。

 兎に角、これ以上考えさせたら、もしかしたら答えに到達してしまうのではないだろうか。

 もうそろそろ諦めて欲しいのだが。


「いや。もう少し粘らせてください。もう少しで何かつかめそうなんです。そうだ!」


 司祭殿はそう言うと箸でメビウス球をつかんだ。

 宙にぷかぷか浮いているあのすべすべした球をよくつかめるもんだ、よほど器用なんだろう。


「まあ日頃の鍛錬のたまものですね。妹を守るのにはいろいろな能力を必要とされるんです」


 つかんだメビウス球を観察しているようだ。このままでは気づかれてしまいかねない。

 俺の言えたことじゃないが、一応メビウス球を放してやるように助命嘆願してみる。


「いや、メビウス球がこのラーメンと関係している気がするんです」


 一体どんな関係があるって言うんだ。言ってみろ!


「まだ考えがまとまらないけど、いや、もしかしたら……」


 その瞬間、司祭殿は箸でつかんだメビウス球をラーメンスープの中に沈めた。


「俺の予想が正しければ。これで合ってるはずです」


 司祭殿はラーメンスープをすすりながらメビウス球にかじりついた。

 出汁の秘密にたどり着いたことに気づいたようだ。


「この味です。ラーメンスープからメビウス球の味がします」


 さすが司祭殿だ、その推理力には脱帽だ。

 いかにもラーメンスープの秘密の出汁の正体はメビウス球だ。


「そうなんですか。メビウス球でとったスープがこんなに美味しいなんて未だに信じられませんな」


 信じられないのも仕方がない。俺もはじめて出汁をとったときは戸惑ったものだ。

 仕方ないメビウス球で出汁を取っているところを見せてやる。


「いいんですか? これって企業秘密ですよね」


 本当のところは誰にも知られたくなかった極秘の出汁だったが、相手が司祭殿なら仕方ない。

 彼なら口も軽くない、他所にこの秘密を言いふらしたりはしないはずだ。


 俺は厨房の中に司祭殿を案内する。


「え? ここは何というか、すごい場所ですね。飲食店の厨房とはとても思えない」


 そこを指摘するとはさすが司祭殿だ。鋭い。

 厨房全体に堆積した様々な物質がラーメンにコクを生み出すのだ。


「コクですか……、あっ、これですか?」

「ああ、この鍋の中身こそが秘密の出汁の正体だ。見ろ、メビウス球がぎっしり入っているだろう」

「すごい光景ですね。メビウス球が一か所にこんなに集まっているのは初めて見ました」


 それはおぞましい光景に他ならなかった。鍋の中に放り込まれたメビウス球はまずそうと言い表すしかない。

 だが、鬼室兄弟の片割れは誇らしげだった。箸でメビウス球をつんつんと突いている。

 メビウス球の亡骸が何の反応も見せないのが哀愁をそそる。


「でもどうやってこんなに大量のメビウス球を集めてるんですか?」

「心当たりはないのか?」

「いや、わかりません」


 メビウス球が複数現れるだけでも珍しいのに、こんなに大量に手に入れる方法など思いつきもしない。


「この近くで大量にとれる場所があるんだ」

「この近くって、もしかして……」

「そのもしかしてだ。龍ノ宮学園の校舎内に大量に沸くんだ」

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