第四話 情報収集
龍ノ宮学園つまり夜な夜な神殺しの生徒たちが集うという神殺し学園からいったん離れて、俺と新しい神である妹杏理は、この地に仮の神殿を立てることにした。
これから悪しき神殺しの輩に対処する拠点とするための本拠地のようなものだ。
俺たちは学園からでると、夜道を五分ほど歩いたところに川が流れていることを見つけた。
川にはコンクリート製の橋が架かっていた。
「兄さん。この橋なかなか頑丈そうですよ」
「それに川と道が交わる、神学的にも象徴的な位置にあるな」
「そうだ。ここに神殿を立てて拠点にしませんか」
新しい神である妹杏理もなかなか面白いことを考えるものだ。
こんな目立つところに神殿をつくりでもしたらすぐに俺たちの存在がばれてしまう。それ以前に交通の邪魔になるじゃないか。
最初はそう思ったのだが、
神が考えたことだ。よくよく考えてみると、なるほど素晴らしいアイデアだということが理解された。
目立つことはちっとも悪いことじゃない。それどころか、神の権威によって神殺し学園の連中を威圧することさえ可能になるのではないだろうか?
作ると決めたら、完成まで何のトラブルもなく神殿は完成した。
仮の神殿ではあるものの、独特なフォルムのおかげで神の威厳は十分に表現されている。
橋の真ん中に二つの螺旋階段があって、椎茸のかさのような神殿本体に通じている。
この仮神殿を作るのにかかった時間は二時間弱、もうすぐ夜が明けそうだ。
そして建築費用はざっと一億五千万円くらいだろうか。
神の威厳を示すためなら安いほうだ。
「兄さん。やっとできましたね。中に入ってみましょう」
「それじゃあ、一歩を踏み出そう」
俺と新しい神である妹杏理は、別々のらせん階段を上った。
神殿の中でそれはつながっていて、俺と杏理はほぼ同時に新しい神殿に足を踏み入れた。
神殿は東西南北に一つずつ窓がついていて、周囲の景色を眺めることができた。
「それじゃあ、今回の探索で得た情報を整理してみましょう」
杏理は学園の生徒たちの名前をメモした紙を、中央のテーブルの上に置いた。
そこには三十二人の生徒たちの名前が書かれていた。
「これをどう思いますか、兄さん?」
「分かるのは生徒が三十二人以上と、学園というのだから教師もいるだろうな」
「習字が張られていたのはあの教室だけだったけど、もし全ての教室に三十人ずつ生徒がいるとしてら、神殺し生徒たちの数は千人以上ということになる」
確かに教室は全部、まだ使われているかのような清潔さを保っていた。
敵がどの程度の規模かを現時点で決めつけてしまうのは早計だろう。
「それと、三十二名の生徒の名前か……」
「夜な夜な集まるって話でしたけど、いませんでしたね」
奴らが校舎のどこかに潜んでいたという可能性も排除しきれない。
つまり、俺たちは神殺し学園についてほとんどわかっていないのと同じだった。
とにかく探索の成果を、大神殿にいる瀬戸に知らせることにした。
中央にあるテーブルの真ん中に、卵型の鏡が置かれた。
鏡の下についているボタンを押して、神官たちの情報交換システムを起動させる。
すると鏡は曇って、俺たちの姿を映さなくなった。
「瀬戸さんは寝てるだろうな」
鏡を見つめながら俺が言うと杏理は首を振った。
「いえ、この時間だともうとっくに起きているはずです」
やはり賢い妹だ、神官の起床時間を把握しているとは、神のみがなせる業だ。
しばらく俺たちは卵型の鏡と睨めっこをしていた。
神官たちの情報交換システムに採用された鏡の形は、全国の神官たちによるアンケートによって決まったものだ。
新しい神である妹杏理はこれとは違う、四角い鏡を推していたので、卵型が正式に採用されたときは大いに怒った。
その時も夜中に大神殿の窓ガラスをほとんど割ってしまったはずだ。
ふと俺は不安になった。
こんな長時間、因縁の卵型の鏡を見続けた杏理があの時の感情を思い出して、この仮の神殿の窓ガラスを割ろうとするのではないだろうか。
そんな不安が頭によぎったとき、ちょうどいいタイミングで鏡に老神官瀬戸の姿が映った。
「瀬戸」
「これは神さまと司祭さま。ご無事で何よりです。それで神殺しの輩はどうされましたか?」
「龍ノ宮学園が神殺し学園であることは確かそう。だけど誰もいなかったわ」
それを聞いた瀬戸の顔は何やら考え事をしているようだった。
新しい神である妹杏理はメモを鏡に見せる。
「もちろん得たものもあった。学園に通ってる生徒たちの名前よ」
「ほう。しばしお待ちをメモをしますから」
そう言うと老神官瀬戸はスマートフォンを取り出して、メモ帳に生徒たちの名前を打ち込み始めた。
打ち込みが終わるまで俺たちは数分待った。
「はい。これで全員分メモしました」
「それでだけど、調べてほしいことがあるの」
「何なりとお申し付けください」
「二十年前に失踪した生徒と、神殺し学園の生徒で同姓同名の人物がいないか調べてくれる」
「お任せください。一時間もあれば結果をお知らせできると思います」
一時間後に結果を知らせると約束したところで神官たちの情報交換システムは通信を終えた。
二十年前の事件と神殺し学園に関係があるかもしれない。
ただそれは憶測にすぎない。
だが、実際に関係があったら?
例えば失踪した生徒と神殺し学園に所属する生徒が同じだったら。
もしそうなら、俺たちは一筋縄ではいかない大きなうねりに巻き込まれようとしているのかもしれない。
「またそんな顔をして。兄さんはすぐに顔に出ますね」
どうやら考え事をしていたらしい。
俺は考え事をしているとき難しい顔をするようで、新しい神である妹杏理に何度も指摘された。
どうやら馬鹿げたことや下品なことを考えているときほど、より難しい顔になるようなのだが、そのことまでは杏理も知らないようだった。
「やれることはやったわけだし、ちょっと休憩、仮眠でも取ろうか」
「えー、反対です。せっかく青森まで来たんだから観光しましょうよ」
「さすがに眠いよ」
新しい神である妹杏理はかなりのショートスリーパーで、睡眠時間が少ないことを友人たちに自慢しては顰蹙を買っているらしいが、俺はそんなことはない。
とはいえ神の頼みを無下にすることもはばかられるのだ、俺は妥協案を提案した。こんな時は早め早めに妥協案を出すのが神をなだめるコツなのだ。
「一か所だけにしようよ。一時間でそんなたくさん回っても記憶に残んないだろ」
「そうですね。それにわたしが特に行っておきたかったのも一か所だけです」
「へえ。どこに行きたかったの?」
「十三湖です。この近くです」
早速俺たちは十三湖観光をすることにした。とは言え歩いていける距離ではない。
仮の神殿の本体を飛ばして、上から見学することにした。
時間がないので急ぐ。
椎茸のかさの部分がまるでUFOのように飛ぶことになる。
もちろん全て自動運転だから安心だ。
椎茸のひだに当たる部分から青い光が放たれているのだろう、窓からそれが確認できる。
ボタンを数個押すだけ、それ以外に必要なことはない。
「飛び始めましたね、兄さん」
「高い……」
俺は高所恐怖症かどうかはわからないが、新しい神である妹杏理と違ってこのUFO型の乗り物に乗った経験はなかった。だから、これがこんなに早く移動するものだとは知らなかった。
窓の外を見た俺は腰を抜かしていしまった。
「兄さんは外を見ないほうがいいですね」
新しい神である妹杏理の慈悲深い言葉が胸にしみる。
それから数分で十三湖の上空についたらしい。
空は明るくなり始めているが大地はまだ暗い。
なんで妹はこの湖を見たがったのか、それが俺にはわからなかった。
杏理はかなり長い間その湖を眺めていたので、俺も見てみたのだがそこまで変わったところは無いように思える。
「なるほど、分かりました」
突然、杏理が真剣な面持ちでそう言った。
「すぐに龍ノ宮学園前に帰りましょう。もうすぐ一時間がたちます」
仮の神殿が元の場所に戻ってすぐに、大神殿から連絡があった。
その内容は驚くべきものであった。
瀬戸の調べたところによると、神殺し学園の三十二人の生徒の名前がすべて、二十年前に失踪した生徒の名前と一致したということだった。