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第三話 神罰

 気持ちのいい音を立てて窓ガラスが粉々に割れた。

 破片は廊下にも飛び散り、月明かりにきらめいている。


 まるで宝石を床一面にちりばめたような美しい風景だ。

 割れたガラスを見下ろして、赤い金属バットを片手にたたずむ華奢な少女こそ、新しい神である妹杏理だ。


「キャハ。割れましたよ、兄さん。窓ガラス粉々ですよ」


 杏理は嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべた。

 俺はその光景の美しさのせいで何も言えずにいる。


 新しい神である妹杏理は誰よりも優しく無用な殺生を好まない。

 新しい神である妹杏理は誰よりも優しく無用な破壊を好まない。


 ただ一つ例外があるとすれば、彼女は窓ガラスをぶち壊すのが大好きなのだそうだ。

 なぜ窓ガラスを割るのか、前に一度聞いたことがあるが、答えは「美しいからです」との一言だった。


 俺はそれを聞いたとき無性にうれしくなった。なぜなら俺も妹が窓ガラスを割る光景を美しいと思うからだ。


 ただここは龍ノ宮学園つまり神殺し学園の敷地内だ。

 彼女の破壊欲求を野放しにするのは、当然リスクがある。

 俺は最愛の妹、新しい神杏理の身をおもんぱかって忠告をした。


「新しい神杏理。ここは神殺し学園の中、いわば適地の真っただ中、目立つような行動はまずいんじゃないか?」

「違うんですよ、兄さん」


 彼女はクスクス笑いながら、金属バットを大きく振り上げた。

 そしてまた、新しい窓ガラスを叩き割ったのだ。


「これは神罰なんです。神をも恐れぬ神殺し学園への神罰です」


 休む間もなく次々と窓ガラスを割っていく。

 杏理はそれが割れるたびに新鮮な反応で、破壊を純粋に楽しんでいるようだった。


「割れました、すごい、粉々です!」

「校舎の中に神殺し学園の生徒が潜んでいるかもしれないぞ」

「大丈夫ですよ。兄さんが一緒だもん」


 俺には新しい神である妹杏理を説得することはできそうにない。司祭ゆえの限界がそこにあった。

 仕方ないので、いつどこから襲い掛かて来るか分からない襲撃者に対して警戒する。

 何かあったらすぐに取り出せるように、ポケットの中の拳銃を握りしめる。


 すでに三階の窓ガラスは全て割ってしまったのだ。

 もうやめるように説得しその努力が実るよりも、窓ガラスをすべて割ってしまう方が早いだろうことは火を見るよりも明らかだった。


 疲れないのだろうか?

 いや、疲れないのだろう。


 新しい神である妹杏理は常人離れした体力で二階のすべての窓を割ってしまった。

 考えてみれば神なのだから当たり前のことだし、以前大神殿の窓ガラスをすべて割ったことがあるのだから、これぐらい彼女にとっては朝飯前なのかもしれない。


 神は階段を下りて一階に降り立った。

 神に忠実な司祭である俺も彼女に続く。


 そして杏理はまた、何かにとりつかれたように窓ガラス割りを再開するのだった。

 また新しいガラスが割れ、杏理が満足そうに笑う。

 と、彼女は俺がポケットに右手を突っ込んでいるのに気が付いたようだ。


「何をしているんですか、兄さん?」

「いや、ちょっとね」

「へぇー、妹に言えないようなことをしているんです?」


 仕方ないので拳銃をポケットから出して、何かあったときに備えていることを杏理に示した。

 しかし、杏理に拳銃を見せびらかしたことを俺はすぐに後悔することになった。


「それ本物!?」


 新しい神である妹杏理は突然俺に飛びついてきて拳銃を奪い取ろうとする。

 彼女の眼は好奇心のためにキラキラと輝いているであろうことが暗闇の中でもわかる。


「本物だよ。神を護る最終兵器として野本さんから貰ったんだ」


 今や彼女の興味のすべては、俺の手に握られた一丁の拳銃に移ってしまったようだ。


「お願い、一発でいいから撃たせて」


 新しい神である妹杏理は上目遣いで俺にそう懇願するのだった。

 これは神を守る武器なのだから当然断るべきなのだがその時俺の脳裏によぎったのは、会うたびに妹であることを忘れ一目ぼれしてしまうほどの美貌を兼ね備えた新しい神である妹杏理が、拳銃を構えて窓ガラスをぶち抜く、あまりにも美しいシーンであった。


 そんな光景を想像してしまっては断れるはずもない。

 俺は拳銃を杏理に渡すしかなかった。


「一発だけだからな」


 そうは言ったものの、彼女に拳銃を渡すということがどういうことか、俺はすでに知っていた。

 杏理は慣れた手つきで安全装置を外すと、拳銃を構えた。


「兄さん。撃ちますよ。撃っちゃいますよ」


 いよいよ新しい神である妹杏理が実銃を撃つのだ。

 俺たち兄妹はその特殊な出生に反して、銃を実際に撃ったことはないのだ。モデルガンで練習をさせられたことはあるが、実銃は今までなった。


 彼女が引き金を引き金を引くとパンッという脳天を貫くような音が響いて、窓ガラスに穴が開いた。

 せっかく撃ったというのに、当の杏理は眼をパチパチさせて何も言わない。

 なんか変だ。

 普段彼女は新しいことをした後は過剰とも思えるリアクションをするはずなのだ。


 もしかして杏理は、間違って俺の脳天めがけて撃ってしまったのではないかと俺が不安に思ったとき、彼女は小声で何かをつぶやいた。

 杏理が何を言ったのかは聞こえなかった、彼女はもう一発撃った。また窓ガラスが割れる。


 するとやっと杏理はリアクションを見せた。


「すごい……すごいですよ。拳銃って最高の破壊兵器ですよ!」

「満足したなら返してくれないか……」

「いやです。兄さんには渡しません」


 新しい神である妹杏理はそう言うと拳銃の弾を打ち尽くしてしまったのだった。

 予備の弾はないかと聞かれ、ないと答えると杏理は一瞬だけがっかりしながらも、またあのハイテンションで窓ガラスの破壊を再開しただった。


 拳銃の弾をすべて撃ち尽くしてしまったのは、リスクが増えるという点では決して良いことであったとはいえないかもしれない。

 しかし、俺は見たのだ、あの美しい瞬間を。

 それは眼福だった。


 誰よりも美しい新しい神である妹杏理が、真夜中の校舎で窓ガラスを打ち抜く姿は俺の脳裏に一生残ることだろう。


 さて、窓ガラスを言葉通りすべて割ってしまった杏理は少し落ち着いてきた様子だった。

 やっと忠実な司祭である俺の言葉が届くかもしれない、そう期待して俺は言った。


「こんなに暴れたのに出てこないってのは、神殺しの連中は今はいないみたいだな」

「でも、まだ調べてないところがありますよ。体育館ともう一つの校舎です」


 見たところこの校舎からは神殺し要素は見つからなかったが、他の場所にはそういった禍々しいものがあるかもしれない。

 ということで、もう一つの校舎を探索することになった。


 ただ不安なこともあった。


「まだ窓ガラスを割るつもりなのか」

「いや、もう飽きました。当分は窓ガラスを割りたいという欲求にさいなまれることはないと思います」


 ほっと溜息をため息をついて校庭を横断してもう一つの校舎へ向かう。

 杏理の話によると俺が来る前に体育館は調べて、何もないことを確かめたらしい。


「しかし驚きましたよ。兄さんがわたしの後を追ってくるなんて」

「当たり前だ。神殺し学園に神一人で行かせるのは危険すぎるだろ」

「兄さんは心配性なんですね」


 そんな会話をしていると何か違和感のようなものを感じた気がした。

 誰かの視線を感じた気がした。

 周囲を見回すが、それらしい人影はない。


 おかしいなと思って下を向くと、校庭に描かれた巨大な杏理の自画像とちょうど目が合った。


「そういえば、これどうするんだ?」


 神殺し学園の校庭に神の自画像を描くなんて宣戦布告のようなものだ。

 当然、俺たちが学園に侵入したこともばれてしまうに違いない。

 俺の心配もよそに杏理はクスクスと笑った。


「兄さん。天気予報によると明日は雨らしいですよ」


 雨で流されることを想定していたらしい。

 さすが天才と名高い新しい神である妹杏理だ。何事にも抜かりがない。


 俺たちはもう一つの校舎へとつかつかと入っていった。

 そして探索を始めたのだが、別に変ったところは無いように思われた。


 しかし、最初の教室で新しい神である妹杏理は、ここが神殺し学園である決定的な証拠を発見したのだ。


「兄さん。ちょっと見てください」


 杏理は俺の袖をつかんで、教室の後ろの壁を指さした。

 そこには生徒たちが書いたであろう習字が所狭しと貼られていた。

 一見、何の変哲もない──いや、ここは廃校のはずなのだから十分におかしい光景だが、しかし、その書かれている文章はおぞましいものであった。


「な……なんだこれは!!」


 そこに書かれていた文章は「神殺し」だったのだ。

 やはりここは、神殺しを目指す生徒たちが集まった神殺し学園だったのだ。

 俺はその壮絶な事実を前にして武者震いを禁じえなかった。


 新しい神である妹杏理もそれをじっと眺めていた。

 起こっているのか、それとも怯えているのか、どちらとも取れるような微妙な表情だった。


 俺は弾のなくなった拳銃を握りしめる。もしもの時、威嚇ぐらいには使えるかもしれないからだ。

 そんなとき杏理は唐突に脳天気な声を出した。


「この子、字下手ね。この川原(すず)って子」


 確かにあまり上手いとは言えない字だった。


「隣の、たぶん双子の姉妹だと思うけど、(りん)ってこの字はすごく上手いのに」


 川原燐が書いた字は、確かに惚れ惚れするほど達筆だった。達筆すぎてなんて書いてあるのかわからないぐらいだが。

 とにかく、敵である神殺しの生徒たちが書いた字を、俺は苦々しい思いで見ることしかできなかった。


 その後、すべての生徒たちの名前をメモすると、いったん引き上げて作戦を練ることにしたのだった。


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