陰キャで、ほぼ引きこもりで、ゲーム実況者で、元魔王の俺。
明かりがついていない暗闇の中。小さな画面だけがピカピカと光っている。
小さな緑色の肌をしたモンスターたちが、男に襲いかかってくる映像だ。男は跳び跳ねて潰したり、剣を振るったりしながら、モンスターを倒していくが、無数に出てくるモンスターたちは切っても切っても一向に減らず、キリがない。
画面を一心に見て、手元をカチカチ動かしていた俺は小さく舌打ちした。
「あー…うぜー。何、このモンスター。雑魚がじゃんじゃん出てくるんですけど?もう足の踏み場もないんですけど?踏みますよ?踏むんですよ?なのになんでモンスター共って恐れもせずに敵に突っ込んでいくんですかねー。Mなの?苛められたいの?」
コメント:Mなの?(笑)
コメント:流石、”転まおう様”。そこ、プレーヤー潰しって言われてるとこっすよ。モンスターは弱いけどじゃんじゃんアホほど出てくるエリア。誰しもがゲーム機投げたくなるっていう。
俺はゲーム実況者をやっている。最初は趣味でやっていただけだったが、最近では徐々に登録者も増えてきていた。俺の実況なんて見ても何も面白くはないと思うけど。こんな奴の動画を見てくれるなんて世の中には優しい人が多いんだな。
俺の口の近くにはマイクが置かれていて、俺の声を拾う。今は動画実況の生ライブ中で、そのため俺が言った感想に対し、反応が返ってくる。
普段はライブは少なめで動画を録ってから編集をするのだが、今日は編集が面倒臭くなったのでそのままライブをすることにした。ちなみに、”転まおう様”というのが実況者としての俺の名前だ。
「ええ…。マジっすか?あ、ヤバイわ。俺の腕もこのゲーム機放り投げたくなってきた。止めていい?」
コメント:ゲーム実況者が止めていい?って(笑)
コメント:駄目ー。ほら、”転まおう様”の格好いいとこ、見てみたいー。
コメント:きゃー。格好いいー。抱いてー。(大の男の精一杯の裏声)
コメントに応援され、えぇやるの…?と思いながらも必死にキャラクターを動かしていく。ぽこぽこぽこ、可愛らしい音を立てながらもキャラクターは、ジャンプして剣振り回してまたジャンプ…と忙しく動く。ついでに俺の十本の指も高速で動いている。
どうにかモンスターの山を乗り越えて、次のステージへ。しかし、画面一面を侵食する緑色に、思わず「うげぇ」と声が出た。
「鬼畜すぎね?」
コメント:やっっば。
コメント:一面モンスターじゃん。
もはや地面はモンスターで埋まっていると言っても良かった。キャラクターは空が飛べるわけではないので、このモンスターを踏みつけて進むしかないようだ。キャラクターの体力を見る限り…三回でも当たれば死ぬ。結構ギリギリだ。
「ウザイ。ウザイ。ウザイ。ウザイウザイウザイウサギウサギウサギ…ん?うさぎ?」
リズムよくモンスターを踏み潰していく。あ、一回当たった。くそ。あと二回か。どこかに回復薬ねぇかな。
コメント:「ウザイ」に合わせてモンスター倒してたら、いつの間にか「ウサギ」になっているという(笑)
コメント:なんでうさぎなん?
うさぎ。あぁ、うさぎといえば。俺は幼少期の頃のことを思い出す。
「うさぎって何で一羽二羽って数えるんでしょうかね。一匹とかでいいじゃん。俺、昔、そのせいで幼馴染みに馬鹿にされたんですけど。うわー、うさぎって一羽って数えるんだよ!そんなことも知らないのー?って。ドヤ顔された。ヤバくね?」
皆もそう思いませんー?と呟くと、何故か一気にコメントが増えた。鬼畜ゲームしながらコメント欄を見るのって結構難しいんだけど、ざっと見た限りだと、俺に幼馴染みがいるのが予想外だったらしい。
コメント:ザワッ。
コメント:速報「”転まおう様”に幼馴染みが?!」
コメント:どんな子っすかー?女の子?男の子?
幼馴染みがいるって言っただけでこんなに反応くるのか、と驚きつつ、俺はコメントに答える。
「女子」
また一気にコメントが増えた。今度は呪いの言葉が多い。
コメント:裏切り者め!お前は俺たちと一緒だと思ってたのに!彼女いない歴イコール年齢の俺たちと!女子の幼馴染みだと?!羨ましい!少女漫画でよくある展開じゃないか!
コメント:リア充には死を!裏切り者には罰を!
「めっちゃ、荒れてんじゃん(笑)炎上したみたいになってる。ウケる。…でもさぁ、そんないいもんでもないですよ?幼馴染みって。マジ」
コメント:何なに?訳あり?お、”転まおう様”がプライベートのこと、話すなんて珍しい。個人情報全く出してないし。
コメント:メモの準備はオッケーだ。さぁ、どうぞ。俺たちに何でも相談してください。貴重な”転まおう様”の情報だ。言い値で買いますぜ?
ちょうどゲームがモンスターが少ないエリアに出たので、俺は側に置いてあったコーラを飲んで人心地つく。
「だってさぁ、アイツ、俺のことめっちゃ嫌ってるんですよ。いや、嫌われて当然のことしてたんですけど。それについては俺も反省してますけど。でも復讐にボコボコにされて、土下座して泣きながら許しを請うたんでふよ。あ、ふって言っちゃった。請うたんですよ。ならもう許してくださいってなるじゃん?」
コメント:何をしたかによるかなー。あまりにも最低なことされたら、私も許せないかもー。
コメント:何やったんすかー?好きな子苛めたくなるとか、子供特有の典型的なやつです?
コメント:いや、「でふよ」って可愛いな。
俺と幼馴染みのことなんて大して面白くないと思うんだけどな。なんでこんなに食い付きがいいんだろう。そんな疑問を覚えつつ、俺は昔のことを思い出しながら答える。
「腕の骨折った」
コメント:ハイ?
コメント:ハイ?オッタ?
コメント:ナニヲ?
コメント:ウデヲ?
「コメント欄、皆、片言になってんだけど」
コメント:腕?!腕の骨を折る?!
コメント:勿論事故っすよね?!女子の?!腕を?!
「いや、故意」
コメント:…(絶句)
コメント:あぁ…それなりに気に入っていたゲーマーが、そんなクソ野郎だったなんて…。こんな奴を応援していたなんて。一生の恥だ!クソが!女の子はな!皆、天使なんだ!分かるか!ふわふわで、儚くて、可愛くて、その場にいるだけで価値があんだよ!そんな女の子の腕をアンタは折ったって?腹を切れ。万死に値する。
コメント:ちょっと落ち着けって。何か理由でもあったんじゃ?
「…弁解もしようがないくらい俺が悪い。いや、ほんとあれは俺が悪かった」
今でも後悔している。少し力を入れただけで、ポキッと軽く音が鳴った。あまりの脆さに驚いたのを覚えている。少し驚かすだけのつもりだったのに、まさかほとんど力を入れてない状態で折れてしまうとは思わなかった。
コメント:ええー…。本人が認めちゃってるじゃん。
コメント:具体的にはどんな状況だったんっすか?
「あの時は…大分荒れてたし。アイツもズボンはいてて、男の格好してたし。しかも剣をつきつけられたら、『あ、こりゃまた勇者が来たわ』ってなるじゃん?面倒だから腕を一本折ったら帰ってくれるかなーと思って、折って、アイツが悲鳴上げて、それが女性の声で…。女性に手を出したとか最低じゃんか。死にたくなったよね」
本当に。あの時は死ぬほど後悔した。曲がってはいけない方向に曲がった、男にしては細すぎる腕。白くて綺麗だった肌は、腫れていき醜いものになっていく。彼女の高い悲鳴が響く。そこで漸く俺は彼女は男ではないのだと気が付いた。
コメント:えっ…えっ…えっっ??情報多すぎ。頭が処理しきれねぇ。
コメント:勇者?男の格好ってその子男装してたの?で、”転まおう様”は男だったら骨折るわけ?
コメント:まだ頭が全部理解してねぇけど、この人の「女性」って言い方丁寧で好きだな。女子に手を上げる人には見えねぇけど。
コメント:ゲームの話じゃないよね?
「マジの話。前の生でだけど。俺前世の記憶あるから。それで。信じるか信じないかはご勝手に」
コメント:(゜ロ゜)
コメント: ゜ ゜ ( Д )
コメント:( ゜д゜)ポカーン
コメント:厨二病?
まぁ信じてもらえないだろうな。お、またモンスターが出てきた。ゲームを操作しつつ、
「信じなくていいよ。マジで。俺もアイツに会うまでは自分の妄想だと思ってたし。ははっ…妄想だったらよかったのになぁ…」
と言う。驚いた顔文字が続いた後、しばらくコメントは書かれなかった。飽きてきたかな、と俺が思った頃、
コメント:急に現実味を帯びてきた。
コメント:えっと、じゃあ、前世で女子の腕折って、死ぬほど今は後悔してて、しかも何の因果か幼馴染みがその腕折られた子ってことでオーケー?
コメント:どんなライトノベル的展開だよ。
とコメントが書かれる。まさか信じてもらえるとは思わなかったので、驚いてゲーム機を落とすところだった。
「だよねぇ…俺もそう思う。でも聖女の本人が来ちゃったんだからしょうがない。前世でめちゃくちゃ謝ったよ。土下座もしたよ。泣いて謝った。今でも反省してる。流石に悪の限りを尽くした俺だけど、女性に暴力を振るうほどまで腐ってはなかったから。でも転生しても、嫌いな奴のところにわざわざ現れて四六時中ぐちぐち文句言われてみ?だんだん、もう堪忍してくださいって気持ちになるから」
コメント:え?何?聖女?
コメント:聖女って何?
コメント:勇者と聖女?なら、”転まおう様”の前世ってもしかして…。
コメント:あっ、だから、”転まおう様”?
「ん?あぁ、転生した魔王からつけた名前。様はノリ。嫌なら様はつけなくていいよ」
コメント:こんなフランクな態度の魔王っているのか?俺たち平民ぞ?
「いいでしょ。別に。今の俺はほぼ引きこもり野郎だし」
前世は前世。今の俺はそんな大層な身分じゃないし、そもそも勝手に魔王に祭り上げられただけで、自分からなろうと思ったことなんて一度もなかった。運がよかったのか悪かったのか、前の魔王に喧嘩売られて勝ててしまっただけ。俺はそんなすごいヤツでもない。
コメント:ほぼ引きこもりの元魔王(笑)
「そーそー。転生した俺はふっつーの学生だよ。陰キャだよ。元魔王っていう異例の経歴以外は君たちの仲間だよ」
コメント:親近感わいてきたわー。
コメント:”転まおう様”。経歴ーーーー元魔王。陰キャ。半引きこもり。ゲーム実況者。
コメント:すげー経歴。色んな意味で。
コメント:話戻していい?腕折った子大丈夫なの?憎んだりとかしてるんじゃない?
「あー…アイツは…」
俺がそう言いかけた時だった。バンッ。部屋のドアが大きな音を立てて開けられる。暗闇から一気に光が入ってきた。ドアの前には制服姿の幼馴染みが仁王立ちしている。目が据わっているので、どうやらお怒りらしい。
「まーちゃん!!」
「…何?」
ゲームに視線を戻して、再開しようとする。しかし、彼女はばっとゲーム機を取り上げた。
「何じゃない!もう学校の時間だよ!また徹夜でゲームなんてして!ゲーム実況だがゲームらっきょうだが知らないけど!学校にはちゃんと行かなきゃ駄目でしょ!」
「ゲームらっきょう」
ゲームらっきょうって何。食べ物じゃないんだけど。
「ほらほらほら、制服着て!もう!夜更かしはしたら駄目だって言ったよね?!私の命令は絶対に従うって言ってたじゃない!前世で私の腕を折った詫びだって!男には二言がないんでしょー?」
「えぇ…いやそんな命令聞くわけないし。もっとほら…自分の骨を折れとか、目玉をえぐり出せとか、首を吊れとか。そういうのを期待してるんだけど」
「ほ、骨を?!目玉?!首を吊る?!絶対に駄目!!」
「なんで?俺のこと嫌いなんでしょ?」
「…っそうよ!嫌いよ!だからまーちゃんは生きながら苦しまなくちゃいけないの!私の隣で!私の命令だけに従って!それがまーちゃんへの罰なんだから!」
ぐいぐいとハンガーにかけていた制服を押し付けられる。
「えー…学校行かなきゃ駄目?ほら、ゲーム実況も途中だし…」
あともうちょっとでゴールなんだけどなぁ…。別に学校なんて行かなくても俺は構わないし。
「だーめ!これは命令です!ほら、まーちゃんが嫌いな学校行くことも罰になるじゃん。だからまーちゃんは私と一緒に学校行くんですー。嫌でも行くんですー」
「分かったよ。君の命令なら」
どれだけ言っても彼女は言い返してきた。最後には命令だと言われたので、その言葉に逆らえない俺は渋々支度を始める。
教科書はバッグの中に入っていたので、制服を着替えてすぐに支度は終わった。俺が行く気になったことが分かった彼女は上機嫌になって、「さ、今ならまだ遅刻しないから急ご!」と俺の手をとる。そのまま俺は部屋を引っ張り出された。
「ところでさ、そろそろその”まーちゃん”っていうの止めてくれない?恥ずかしいし。せめて呼び捨てとか、君付けでもいいから」
「まーちゃんは、まーちゃんでしょ?」
「はぁ…もういい」
この幼馴染みに何を言っても無駄なのだ。俺は彼女の命令を聞くだけ。それくらいしか今の俺にできることはない。俺は溜め息をついて、彼女と共に部屋を後にした。
その頃のコメント欄。
コメント:俺たちは何を聞かされてるんだ?
コメント:”転まおう様”ライブ切らずに行っちゃったよ…。切るの忘れてたのかな?
コメント:いやいやいやいやいや、それよりも!
コメント:あの子だよね?あの子だよね?あの子だよね?ね?(圧)
コメント:どこが嫌われてんねん。
コメント:それな。
コメント:まじ、それな。
コメント:ツンデレなんじゃないの、あの子。声とかで嘘だって分かるでしょ。普通。
コメント:いや、”転まおう様”気付いてないっぽいぞ。怪我をさせたって負い目があるんだし、嫌われて当然って思ってるかも。
コメント:マジか。
コメントマジか。
コメント:マジっほい。
コメント:…聖女×魔王。推せる…。
コメント:(゜ロ゜)
コメント:(゜ロ゜)
コメント:(゜ロ゜)
コメント:”転まおう様”男だから、魔王×聖女じゃ?
コメント:いや、彼は受けだ。何が何と言おうと彼は受けの素質も持っている!
コメント:せいまお…。
コメント:せいまお、推せる。
コメント:推す。
コメント:今まで二次元にしか推しがいなかったけど、「分かったよ。君の命令なら」が性癖に突き刺さった。初めて三次元カップルが好きになった。推す。私は貢ぐぞ!
コメント:推す。推す、私はそう決めた。
コメント欄では、色々なことが起こっていた。