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異世界恋愛作品集

過去の青き聖女、未来の白き令嬢

掲載日:2020/09/06


 私は青き聖女と呼ばれ、その結婚相手は王子様だと前から決まっていた。

 だけど、私の気分が晴れることはない。


 なぜなら、私はアレックス殿下の望む相手ではないのだから。

 聖女を国につなぎ止めるだけの結婚。

 それだけの愛のない結婚。


 王国にとって、聖女が不要になる時。

 私はいったいどうなるのか。


 でも、これだけははっきりと言える。

 私はアレックス殿下を愛している、と。



「ソフィア! 下がれ!」


 そう言ってくださったアレックス殿下を庇い、私は【不死者退散(ターンアンデッド)】の呪文を唱える。

 聖女魔法の効果は絶大で、死霊に多大な損傷を与えることに成功。

 しかし死霊は最後の力をふり絞り、毒の霧を生み出した。


 私は咄嗟に息を止める。

 だが間に合わず肺に僅かに入り込んだ毒が身体を冒していく。


 ゴホッと咳をすると、鉄の味がする液体が喉からあふれ出た。

 同時に私は目の前が暗くなり、意識が遠ざかっていく。

 死とは、こんなに寒いものなのか。


 でも、これでやっと。

 もう聖女としての私の役目は終わっている。

 その上で、私自身が殿下の役に立てたのであれば。


「殿下、大好きでした」


 最後に殿下の盾となることができて、本当に、よかった——。




 私には生まれつき身体に刺青のような、青い聖女を示す痣が刻まれていた。

 痣を見て、平民の両親はいたく喜んだという。

 私は王城に招かれ、両親と離れて過ごした。


 同い年の第二王子アレックス殿下は、とても聡明で、顔立ちも整っていた。

 剣の扱いはもちろん、頭脳明晰で皆の憧れの的だ。

 アレックス殿下は、我こそはという貴族の少女たちにいつも囲まれている。


 私は、アレックス殿下を遠くから眺めるだけだ。

 時折目が合うと、彼は私を見据えてにっこりとしてくれる。

 その視線をまっすぐに受け取れず、私は顔を赤く染め俯くだけ。

 殿下の眼差しを想像するだけで、頬が熱を持った。


 私はあくまで、アレックス殿下とは友人として接していた。

 殿下に迫る貴族令嬢達に、城勤めの私が嫉妬されないように。



 そして私が十五歳になったとき——。


「ソフィア、私と結婚して下さい」


 第二王子アレックス殿下は私の前で跪き、そう言ってくださったのだ。



 婚約は聖女である私を王国に繫ぎ止めるだけの政略に過ぎない。


 あのキラキラした令嬢の方々と比べるべくもない。

 私は劣等感を抱きながら城勤めを続けた。

 毎日、聖女の力で結界を張り続けるという日々。



 そんなある日、彼が見知らぬ令嬢と親しげに話をしているところを見かけた。

 私は殿下の笑顔に激しく動揺する。


 結婚は政略的なもので、殿下は私を愛してなどいない。

 そう思っていたはずなのに。

 以降、黒い強烈な嫉妬の感情を抱き、殿下を強く意識するようになってしまった。


 私は間違いなく、アレックス殿下のことが好き。

 でも、きっと。

 殿下はあの令嬢のことが好きなのだろう。


 身分も十分に高く、美貌はもちろん性格も温かく優しげな貴族の令嬢。


 殿下の気持ちは、あの公爵令嬢の元にあるんだ……。

 それ以降、私はできるだけ、感情を隠すようにして暮らすようになった。



「まだ結婚前であるし、聖女の力は男女の関係を持つと失われてしまう。そのため、寝室を分けたいと思う。だが、いずれ……体制が整って聖女としての働きが不要になった時は一緒に——」


 殿下は、言葉を付け足して私の気持ちを引き留めようとしてくれた。

 そんなこと言わなくても、私はずっとあなたのそばにいるのに。


 ——私が用済みとなるその日まで。



 王国は、以前より国境付近の森や洞窟から湧き出す魔物に、頭を悩ませていた。

 聖女を示す痣が私に現れたのは、その危機的な状況が原因だと考えられている。

 私の、聖女の祈りの力で国を防衛する結界を張ることができるようになる。


 結界により防衛に力を注ぐ必要がなくなると、王国側は攻勢に転じる。

 全力を挙げて、魔物が湧き出る洞窟や、魔物が潜む森の清浄化を進めていくことになった。


 清浄化が達成されたとき、私は王城から追い出されるかもしれない。

 あるいは、王族のことを知りすぎたからと命を奪われるかもしれない。

 平民出であり、不要となった私をここに置いておく理由がないと思う。


 いずれ私を追い出し、あの公爵令嬢を正式に王妃として迎える可能性が頭を(よぎ)る。



 その公爵令嬢ジェーン様がある日、私に会いに来た。

 一対一で、話をしたいということだ。


 彼女との会話は、思いのほか楽しいものだった。

 公爵令嬢といえば、やたら平民を見下しその一切を認めないものだと思っていた。

 しかし令嬢ジェーン様は、趣味の話や私の家族の話などを時には真剣に、時には笑顔で頷きながら聞いて下さった。


 令嬢ジェーン様には白き令嬢と別名があるくらいに、外見も美しく内面も非の打ち所がない。

 身分も完璧であり、まさに殿下に相応しい。

 私でさえ憧れてしまうほどだ。


 殿下の奪い合いで白き令嬢に勝てるはずがない。

 私は、身の程を知るが良いとでも言われたような気になった。



 様々な話をした後、彼女はこう言った。


「あなたが、アレックス殿下を大好きなのは分かったわ。私も好きよ。()()()()()()()()()()()を楽しみに待っているといいわ」


 そう言って、彼女はニヤリと口元を曲げる。

 殿下を奪うつもりだから覚悟しておけ、という意味なのだろう。

 宣戦布告ということだろう。



 それ以降も、令嬢ジェーン様は私に嫌がらせのようなことをすることはなかった。

 彼女はとことん、正々堂々と勝負しようと考えているのだろう。


 益々勝てるはずがない。


 でも、同時にとても幸福な事だと思う。

 彼女が素敵な令嬢なら、殿下を奪われても仕方ないと思えるし、きっと二人は幸せになれるだろう。


 私は、いずれ故郷からか……空の上から彼らを見守るのだ。



 アレックス殿下は私の手を引き、何事も優先してくださった。

 それは、私を愛しているというわけではない。

 単純に王子として注目されることを気にしているだけなのだろう。


 毎日の祈りに欠かさず付き添ってくださった。

 それは、聖女の勤めを確実に果たさせるための監視なのだろう。


「何か欲しいものはないか?」


 時々そのように気遣ってくれるのも私へのご機嫌取りだ。

 あるいは、いずれお役御免となる私への、手切れの品だというつもりなのかも知れない。


「今の生活で十分満足しています。ここにいられるのであれば、あなたがいれば、それだけで」


 私はそう答えた。


 私が不要となった時に、同時に処分するものは少ない方がいい。

 何か貰っても、もったいないから。


 殿下は、期待していた言葉を得られなかったためか、


「ソフィア……じゃあ……」


 と言って、私をぎゅっと抱き締めた。

 彼の温もりを感じて、私はこれ以上にない幸福感に包まれる。


 これを手切れの品とする、という意味なのだろう。

 形はなくても私には何よりもかけがえのないものだ。

 それで十分だった。



 令嬢ジェーン様は、時々城を訪れ、私と時には政治や外交の書類の仕事を手伝うように言ってきた。

 私は彼女の様子をのぞき見て、仕事の内容を覚えていく。

 しかし、そのたびに感じるのだ。


「これくらいの知識もないのに、妃になれると思っているの?」


 そう感じるほどに、彼女の知識量は圧倒的だった。

 政治、経済、外交の幅広い知識に加え、貴族としての身だしなみや振る舞い、さらに趣味は薬草集めが高じた薬学など、とんでもない人だった。


 仕事を頼まれるのは嫌ではない。

 むしろ、仕事に没頭できる分、助かる気がしていた。

 アレックス殿下が忙しく、なかなか会えないことの寂しさが癒されるから。


「……聖女のソフィアさんは仕事もできるのね。他のことでも勝負しましょう」


 そう言われたときは、褒められたみたいで嬉しかった。

 他のこととは、殿下との関係のことなのだろうけど。


 もっとも、仕事ができるのは聖女の力によるところが大きい。

 聖女というだけで、瞬間記憶能力など、身体の機能が向上しているためだ。


 聖女というズルをしてやっと白き令嬢ジェーン様と張りあえる。

 私とは、所詮そういう存在であり、彼女はとてつもなく優秀なのだ。


 令嬢ジェーン様がアレックス殿下とよく会っていることを私は知っている。

 勝てないことを私は知っている。



 ある日のこと。

 私は、どうしても自分の気持ちを抑えられず、殿下に質問をしてしまった。


「殿下は、白き令嬢さまのことを、どう思っていらっしゃるのですか?」

「うん? 彼女とはいずれ家族になるわけだし、親しく思っているよ」


 ことなげに彼はそう告げた。

 ああ……分かっていたつもりだけど……勝負は決まっていたのだ。

 私は敗北し、あとは表舞台から姿を消すだけ。



 そうした日々を過ごしていく内に、王城の中を慌ただしく騎士や貴族達が走り回る姿を見ることが多くなった。


 白の令嬢もたびたび来城され、第一王子殿下やアレックス殿下と一緒に話をされるのを目にすることが多くなっていった。

 いよいよ……大詰めなのかもしれない。

 私は覚悟を決めた。



 そして。


 ついに、その日がやってきた。

 魔物の討伐隊が、国境付近にある魔物が湧き出す森の攻略に成功。

 魔物が湧き出す洞窟もほぼ攻略が終わり、残るは(ボス)のみということだった。


 王国周辺の清浄化が実現したのだ。


 毎日の祈りはもう必要ない。

 聖女は、私は、用なしとなったのだ。


 ここまで十分な生活をさせてくれた上、大好きな殿下と一緒に過ごすことが出来て……。

 これ以上望むことなどあるのだろうか?


 聖女の力はもう必要ない。

 癒やしの魔法や、悪霊退散、不死者撤退(ターン・アンデッド)の魔法は聖女の力によりとても強力になっている。

 しかし、神官だって鍛練を積めば威力が弱いものの、同じ魔法が使えるのだ。

 私がここに居続ける理由は無い。


 このままでは単なる穀潰しだ。

 追い出されるなり殺されるなりされても仕方が無い。

 私は、自室にある私物の整理を始めた。



 殿下が危機に晒されたのは、私物の整理がほぼ終わった頃だった。


 執務室。

 テーブルに殿下と向かい合って座っていたとき。

 午後のお茶を頂いていたとき。


 部屋の片隅に黒いモヤのようなものが現れたと思った瞬間、その内側から魔物が現れたのだ。


悪霊(リッチ)か!?」


 上位不死者(アンデッド)

 生前は高位の司祭だったのだろう。

 今にも朽ちそうな、ボロボロの法衣を纏っている。

 その顔は黒光りしており、邪悪な笑みを浮かべている。

 どんな怨念があったのか分からないが、心身共に魔に侵され不死者となってしまっていた。


 周囲に何体か、下位の不死者(グール)も現れた。

 その不死者たちは、無言で私たちに向かってくる。


「こいつが報告にあった洞窟の主か……ソフィア! 下がれ!」


 しかし私は、一歩も引かない。

 ここで役に立たない聖女など存在意義がない!


「【不死者撤退(ターン・アンデッド)】!」


 呪文を唱えると、眩い光が部屋を包んだ。

 その光の中で、バーンという音と共に、下級の不死者(グール)たちはその全てが粉々に砕け散った。

 彼らの破片は、床に落ちる前に消滅していく。


 残るは主のみ。

 その主でさえ、大きな衝撃を受け、怯んでいる様子。


「すごい……これでは、まるで攻撃魔法ではないか」


 強烈な呪文の成果に殿下が驚いてくださる。

 そんなやり取りを無視するかのように、悪霊が私を見据えた。


「——貴様らが……我を苦しめた王子と、聖女か……」


 不死者撤退(ターン・アンデッド)がよほど効いたのか、悪霊は動きを止めている。

 アレックス殿下を避難させるなら、今のうちだ。


「殿下、私が時間を稼ぎます。騎士たちを呼んでください」

「何を言っている……!」


 私たちが言い合っている中、突然、悪霊は高笑いを始めた。


「ははははは! 部下を失った我の悲しみを知るがいい……!」


 悪霊が私たちを指差すと、その先端から紫色の煙が吹き出した。

 私は、どん、とアレックス殿下を押しのける。


「ソフィア! 何を!」


 紫色の煙が私の周囲を覆っていく。

 これは毒だ。

 こうなっては私はなすすべもなく、その状況を見守るしかなかった。


 同時に、悪霊の姿が霧散していく。

 置き土産の効果を見て、その顔は、満足げに頷き——悪霊は光に包まれ消滅していく。


 それを見守るうちに、私は抉るような胸の痛みを感じた。

 息を止めたが間に合わず、紫色の煙を吸い込んでしまっていたのだ。

 黒いものが私の体内を侵していくのを感じる。

 同時に、私の周囲に漂っていた煙が消えていく。

 

「ソフィア!」


 崩れ落ちた私の元に、殿下が駆け寄って下さった。


 喉の奥が熱く、ゴホゴホと咳き込む私の口から黒い血が溢れる。

 その血で汚れるのも構わず、殿下が私を抱き起こして下さった。


「毒です……殿下、どうか毒を含む血に、私に、触れないでください。捨て置いて下さい……」

「……何を……バカな……ことを……」


 殿下の声がとても遠くに聞こえた。

 その凜々しいお姿が、やけに小さく見えた。


 聴覚も視界も……真っ黒に覆われていく。

 ああ、せめてもう少しだけ、彼の温もりを感じていたかったな。

 私は意識が途切れる瞬間、そう思った。




 途切れたはずの意識。

 その遠くから、私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「……ソフィア、ソフィア!!」


 アレックス殿下の声。

 さっきより悲壮感が増し、少しかすれた声に変わっている。


 目を開けると、ぼんやり殿下の顔が見えた。

 ぽつぽつと、私の顔に降りかかる水滴を感じる。

 それは温かく、私を濡らしていく。


「おお……!」


 周囲に誰かいるのだろうか?

 複数人の声が聞こえる。


「ソフィアさん、ソフィアさん!」


 白き令嬢ジェーン様の声も聞こえてくる。

 そういえば、さっきから聞こえてくる声は全部見知った人たちの声だ。

 なぜみんなが? ここは天国じゃないの?


「よかった……本当に……ソフィア」


 だんだん視界がはっきりしてくる。

 アレックス殿下は、口元を真っ赤に染めておられる。

 お召し物も、赤く汚れている。


「で……殿下……?」


 殿下の顔の横に、令嬢ジェーン様の姿が見えた。


「喋らないで。殿下が毒の血を吸い出して下さったのです。それに貴女の体内に残った毒素は薬で中和したわ。もう安心して……大丈夫よ」


 ジェーン様もせっかくの化粧が濡れ、どろどろになってきている。


「よかった……本当に良かった」


 再び殿下の声。

 アレックス殿下の腕の力を感じ、私の顔は彼の胸に触れた。

 それはとても温かく、たくましい。

 彼の体温を感じることで、私は死の淵から戻ったことを実感したのだった。



 翌日、ほぼ回復した私の元へアレックス殿下が訪れてくださった。

 私たちが襲われた事実を伝えるために。


 魔物の(ボス)は、洞窟や森を封じられ怒り狂ったのだという。

 恨みを晴らそうと自らが滅ぶ前に、退路も確保せず城に侵入してきたのだ。

 そして、討伐を指示したアレックス殿下の最も大切な人間を殺すつもりだったらしい。


「最も大切な人……それなら、その魔物は失敗をしましたね」

「そうだな。聖女が相手で勝てるはずがない」

「いえ、そうじゃなくて……殿下にとってもっとも大切な人とは、白き令嬢……ジェーン様のことでしょう?」

「はぁ? ……あのな?」


 アレックス殿下が、滅多に怒らない殿下が、今怒っている。

 すごく怒っている。

 そんなに怒らせるようなことを私は言ったのだろうか?


「俺が一番大切なのは、ソフィア、君だ」

「えっ?」

「そこに全ての誤解があったのだな……すまない。何度でも言うが、俺がこの世で一番大切だと思っているのは……ソフィア、君だ」


 あまりの事に声が出ない。

 アレックス殿下が何を言っているのか。

 頭が、理解を拒絶する。

 しかし、心はその言葉を聞いて喜んでいた。


「ずっと、ソフィアしか見ていなかったのだぞ。俺も鈍感であったし、忙しく言葉が足りなかったと思うが……君も……いや、そういう、奥ゆかしいところがよかったのかな」

「えっ……?」

「初めて会ったときは、正直よく分からなかった。だが、遠くから俺を見つめる君の視線がちょっとずつ気になっていった。我を我をと私を追い立て、君を蹴落とそうとする令嬢達にうんざりしていたのかもしれない」


 そんなに前から、私のことを思っていてくださったとは。

 そうすると、気になるのは白き令嬢——。


「あの、令嬢ジェーン様は……? 家族になると、親しく思うと殿下は(おっしゃ)いました」

「ジェーンは、兄上と一緒になるのだ。もうすぐ婚約が決まる。家族になるわけだ」


 ようやく事態が飲み込めてきた私は、安堵の息を吐いた。

 

「ということは、ジェーン様とよく話されていたのは——」

「ソフィアと俺の様子を見て、ジェーンに問い詰められてな。俺がソフィアを愛していると言ってからは、色々と相談に乗ってもらった。彼女は君の気持ちをも確かめようとしていたはずだ」


 確かにジェーン様は私に会いに来て、いろいろな話をした。

 じゃあ、別の勝負って言ったのも。


「記憶力や頭の良さを大変褒めていた。仕事以外でも、飲み込みが早かったようだな。あっという間に淑女として恥ずかしくない姿に成長していく君を見て、ジェーンは喜びつつも君に負けないぞと思っていたようだ」


 ジェーン様に私は認められていたんだ。

 とても嬉しい。


「どうして……そんなことを……?」

「もちろん、結婚後の公務を行ってもらうためだ」

「結婚後の?」

「そうだ。ジェーンは、君を妹のように感じていたようだ。俺と君との関係については、傍観することに決めたようだったが……公務を君と共にこなすことを楽しみに待っている」


 なんと言うことだ……ジェーン様は、殿下との関係をも見守って下さっていたのだ。


「じゃあ、じゃあ……殿下が手切れの品として何が欲しいか聞いてきたのは?」

「手切れの品? 何の話だ。君が質素な生活を続けているから、何か欲しいものが無いかと聞いたのだ。ネックレスでも指輪でも、なんでも用意するつもりだったのだが……あの時は、最高の答えをくれたね——」


 最高……?


「——『あなたがいれば、それだけで』」


 確かにそう言った。

 もちろん、それは正直なあの時の気持ちだ。

 思い出になるようなものなど要らない……という意味を込めていた。

 でも、それがまさか、そんな風に伝わっていたとは。


「俺がいれば何も要らないなんて、最高の言葉じゃないか? 感無量になって、俺は君を抱き締めてしまった……」


 私はカッと顔に血が上るのを感じた。

 顔が熱くなり、瞳が潤む。

 とても恥ずかしい……。


「じゃあ……寝室を分けたのは」

「あの時言ったことそのままだ。うっかり俺が我慢できず、聖女の力を失わせるわけにはいかないからね」


 それって……。

 私を抱きたいと?

 嬉しさのあまりニヤつく口元を隠すのに必死になる。


「だが、いつまでも聖女の祈りを強いることは君の負担になるし、俺だってずっと我慢——というか、君と一緒になるために、俺主導で魔物の討伐を開始したのだ。騎士達には無理をさせてしまったが、彼らはやれやれと言いながらも良くやってくれた」


 急に殿下は早口になり、関係の無さそうなことを口にしはじめた。


「我慢……?」


 そう言うと、殿下は真っ赤に顔を染め、そっぽを向かれてしまう。


「そ、そこは拾うんだな。だから……だから……そんなことはもういいではないか」


 真っ赤に頬を染める殿下はとても可愛らしく。

 私は、もうどうにも我慢ができなくなって殿下を抱き締めた。

 殿下は私の背中に腕を回しつつも、不満を漏らす。


「だから、我慢できなくなるだろう!?」



 私が誤解していただけ。

 殿下の行動は全て、私を思いやって下さった結果。

 それに、私と早く一緒になりたくて討伐を急いだため、忙しくされていた。


 ああ……もっとちゃんと向き合って話していれば、取り越し苦労はしなくてもよかったのに。

 今では笑い話にできる幸せ。

 殿下は、気持ちを伝えることを、私も溜め込まず気持ちを伝えるようにすることを、お互いに約束した。

 これからは無理することなく俺に頼れと、殿下は言ってくださった。

 


 私とアレックス殿下の結婚式が行われた。

 お披露目の際も、私のこれまでの聖女としての実績に加え、令嬢ジェーン様から学んだ気品ある振るまいのおかげで、恥をかかずに済む。

 そして……なんと、ジェーン様と王太子殿下の結婚式と同時に執り行われ、王都は大きく湧いたのだった。


 待望の初夜は、もう恥ずかしくて。

 でも幸せで。

 思いっきり甘えた私に彼は応えてくれた。

 もう我慢しなくてよいのだと、安堵の表情を浮かべて。


 その日、私は聖女から「普通の人間」になった。

 力を失っても、殿下の態度は全く変わらないどころか……今まで以上に、愛して下さった。

 聖女としての力はなくなったけど、その特別な魔法の力以外は、ほぼそのまま。

 元々、この身体の能力だということなのだろう。


 結婚後に聞いた話だけど、私たちの子孫から、再び聖女が生まれるという説もあるそうだ。

 とはいえ、そう言われたところでピンとこないし、本当かどうかは分からない。



 私は、白き令嬢ジェーン様より教えて頂いたことを用いて、殿下の公務に付き添う。

 知識は奪われない。

 将来に繋がる力を与えて下さったジェーン様に頭が上がらない。



 過去、国を守ってきた青き聖女。

 未来に向かう力を下さった白き令嬢。


 私たちは、国王や王子らと共に王国を盛り上げていく。

 その結果、王国は更なる興隆を極めていくのだった——。







お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 婚約前の公爵令嬢が出しゃばらなければ問題が複雑にならなかったのでは? 公務の為ならそのように説明なされないのも疑問です。あくまで公爵令嬢であって王族ではないのですから。 [一言]…
[一言] 今回も楽しく読ませて戴きました! ジェーンさんがいい人だった!(笑)
[一言] すごく良かったです!
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