ep6
「は?」
そう声をあげたのは"なにか"だった。
「ちょっと武立さん!貴方─「柚井、止すんだ」
興奮する"なにか"を平井が宥める。
他の生徒からの視線も俺に突き刺さってくる。
「すまなかった、武立くん。無理に誘ってしまって」
「あぁ、別にかまわん」
「武立くん、理由を聞かせてもらえるかしら?」
丸く収まろうとしたのに、担任の藤原が首を突っ込んでくる。
「理由って?」
「決まってるじゃない。断ろうとする理由よ」
「あぁ、それは単純に俺が彼らとは違い、そんなに強くないからですよ」
そう言うと、教室に納得の空気が流れた。
「確かに…」やら「そうだよなぁ…」と言った声が漏れる。
これを好機だと思い、さらに捲し立てる。
「たとえ、俺が彼らの組に入ったとしてもついていけず、足手まといになるだけです。だから、俺は嫌です、と言ったんです」
決まった。この論に隙はない。
「そう、なら最初からそう言えばいいじゃない。なんで誤解を生むような言い方をするの…」
「それに関しては説明する前にあの人が邪魔をしたからです」
そう言って俺は"なにか"を指差す。
「なっ!貴方!婚約者である私に向かって─「四条宮さん、静かに。貴女が話の腰を折ったのは事実よ」
今度は藤原に宥められる。奴は「ギギギ…」と声を漏らした。
「オイオイオイ!ちょっと待てよ!」
また誰かが声をあげる。
「こたっちゃん!なんでそんなこと言うんだよ!」
戦犯クソ野郎か。まだ食い下がってきやがる。
「はいそこまで。君たちだけに時間を取ることはできないわ。そうね、この件に関しては保留。後で個人で話し合いなさい」
「いや、待って下さい。俺は─「分かりました」
答えたのは平井だ。
こいつ…。
「じゃあ、また後で話合おうか」
爽やかな笑顔を浮かべる奴に、少し粘着質なものを感じた。
※
─────キーンコーンカーンコーン────
昼休みになり、俺は孝雄の所へ向かった。
「お前、さっきのあれ、なんだよ」
「"あれ"って?あぁ、種目決めのこと?」
「そうだ。どうやら、死にたいらしいな」
「もしかして、怒ってる?」
「去ねや!狂虎崩撃!」
奴の正中線に沿うように五発、突きを入れた。
「ぐぼぎぐげぇ!おま、そこ、あかんやつぅ!」
悶える孝雄を放って、俺は食堂の方へ足を運ぶ。
あいつは丈夫だ、すぐに回復して追い付いてくるだろう。
「やぁ、武立くん、君も食堂かい?」
教室を出た直後、平井が話しかけてきた。
「あぁ、そうだけど。おまえたち、屋上だろ?」
そう、彼らはいつも屋上でイチャイチャしながら昼休みを過ごしている。これは周知の事実だ。
「いや、今日は気分を変えて食堂でね。よかったら一緒にどうだい?」
と笑顔を浮かべながら提案してきた。
この笑顔は…。
「もし、これも嫌だと言ったら?」
「そんな冷たいこと言わないでくれよ。もしかして、柚井がいるからかい?彼女にも突っ掛からないように言うからさ」
食い下がってくる、か。どうやら、逃がしてくれそうにない。
「仕方ない。いいよ、別に一緒でも」
「本当かい!ありがとう!武立くん!」
心底嬉しそうに浮かべる笑顔に先ほどのイヤらしさはない。
「あ、そういえば西行くんは?」
「教室で伸びてるよ」
「え?なんで?」
「さぁ?俺もよく分からん」
「話し合い、終わった?」
待ちきれなかったのか、鹿島がひょこっと頭を出した。
「あぁ、武立くんたちも一緒にお昼を取ることになったよ」
いつの間にか孝雄も含まれている。
こいつら、勝手に追加するの好きなのか?
「そう、じゃ、早くいこ。お腹すいた」
「あぁ、そうだね」
平井がそう言うと、彼女たちがどこからか湧いてきた。
「もぅー、遅いぞ!げんげん!」
「よかった。話し合い上手くいったんだ」
「…………」
一気に廊下は騒々しくなり、浴びたくもない注目を浴びた。
※
食堂に入ると既に人が溢れかえっていた。一部を除いて。
「しょうがない。いくか、VIP席」
俺にとってはしょうがなくはない。むしろ、孝雄と今日から1ヶ月この席に通うのだ。この席は座るだけでも金を取られる。しかも頼めるメニューはプレミアムのみ。完全に金持ち御用達のものだ。
つまり、特待生の平井には厳しいはず。これで俺から離れろ!
「いや、空いてるよ。あそこ」
平井が指差す窓際には、7席ほど空いていた。現実は厳しい。
「軽々とVIP席なんて言葉が出るなんて、お坊っちゃんらしいわね」
"なにか"が小声で嫌味を言うが、無視だ。
「おーい!こたっちゃんたち~!」
後ろから、孝雄が走ってきた。
「あーよかった~。屋上にいなかったから俺、はぶられたのかと思ったよ」
そう言う孝雄は息切れもしていないし、汗一つ浮かんでいない。
多分"気"を使ったのだろう。
「そうか。俺は平井たちと飯食うから」
そう言って、俺は孝雄に樋口さんを渡す。
「これ、なに?」
「なにって今日から1ヶ月、プレミアム奢る約束だったろ?」
「うん、そうだね」
「そうだろ?」
「でも俺、ボッチになる」
「そうだな。でも約束だろ?」
「俺、こたっちゃんたちとがいい」
「いいのか?普通席ではプレミアム頼めないぞ?」
「いいの!その代わり、今日はデザート付きな!」
しめた。ここならデザート付きでも1000円いくかいかないかだ。これに関しては平井に感謝だな。俺は孝雄の手から樋口さんを奪い取り、野口さんを渡す。
「いいぞ。ほら、平井たちはもう頼んで席に着いてる。お前も早く頼んでこい」
「こたっちゃんは?」
「今日はいい」
俺は踵を返し、平井たちのいる席へ向かった。
ここから飯を食ってる余裕なんてない。
平井が俺を誘ったのは十中八九、体育大会のことだ。おそらく、ここで俺を丸め込もうという算段だろう。
種目の登録も本人がいないところではできない。
つまり、勝手に俺をメンバーに入れることはできず、説得するしかないということだ。
種目決めの最終締め切りは明日の朝だ。
この昼休み、放課後をやり過ごし、明日の朝一に職員室に行けば俺の勝ち。
さて、こっからは一たりとも気が抜けないな。
色々と思案を巡らせながら、俺は席についた。