表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/51

ep47


聖国。

西洋の孤島にひとつまみほどの面積を有しているそれは、教義のためならばその命を捧げられるほどの敬虔な信者しか立ち入ることしかできない。

全世界に数千万を超える教徒の中に、その国の成り立ちを正しく説明出来る者は果たしてどれくらいいるのだろうか。おそらく、計数機を用いらずとも手足の指の数で事足りるだろう。




「うーん」


彼女を信奉する教典は、驚くほど簡単に虎太郎の手に届いた。それも、彼が日常生活で使用する言語で翻訳されたものが書店に並ぶほど、現代社会に深く馴染んでいたのだ。だが、実際にその内容について吟味したことなど記憶にない。


仰々しい言葉の羅列にため息を吐きながら、重要な節はないかと本を捲り続ける。


福音、洗礼、行脚、詩韻、手紙。


「……わからん」


本を閉じて、そのまま机に突っ伏した。


「何を読んどるんじゃ?」


玉藻が虎太郎の手から本を掴み取る。

もはや虎太郎は彼女が部屋にいることに疑問を抱かなくなってしまった。言及したところで意味がないと悟ってしまったからだろう。


「ほぅ、我の助言を頼りに情報収集しておるのだな」


満足気に鼻を鳴らす玉藻に気怠げな眼差しを向けながら、虎太郎は椅子から転がり落ちて、そのまま布団に入る。


「なんの参考にもならなかったがな」


「詮無いか。ふむ、確かにこのような文字の羅列に意味など無いように思えるのう」


彼女は丁寧に本を机に置くと、するりと虎太郎の居る布団の中に潜り込んだ。


「そういえばお主、()()()()()を扱う友はおらんのか? 其方から話を聞けば何か情報も掴めるだろうて」


「聖気は、教会といったような専門の機関でのみ育成が行われているらしい。まあ、所謂門外不出だ。少なくとも、この国に留学なんてするはずがない。未だ土着信仰の根強いこの国に来る目的といったら専ら布教活動くらいか」


虎太郎は玉藻を足蹴にしながら、質問に答える。


事実として、留学という選択をする学生は極端に少ない。それはこの国に留まらず世界的に見られる傾向であるが、母国を出て得られる知識や経験に価値を見いだせないというのが理由であろう。

本国ではアニミズム的な価値観から、精霊と協力して魔法を放つことが一般的な考えだが、西洋では魔力を媒体にして神の力の一部を顕現するといったように魔力ひとつとっても、捉え方に大きな違いがある。

見識を深めるといった学問的な観点から研究生が渡ってくるといったことはあっても、実践的な学習を学びにやってくる者は無に等しいのだ。


「ならば、行くか?その聖国とやらに」


「随分と協力的だな。何が目的だ?恩でも売って取り入ろうってか?」


せせら笑う虎太郎と裏腹に、玉藻は思い耽るように扇子で口元を隠した。


「妙、だとは思わぬか?」


「何がだ」


「たった十数年しか生きておらぬお主にはわからぬのだな。それもまた、仕方の無いこと。一言で示すならば、()()() といったところか。聖国、それに関わるその全てがまるで塗り潰してきたかのように歴史の中に現れた」


その言葉に虎太郎の眉間の皺が深まる。

玉藻は虎太郎の表情を逐一確認しながら、ゆっくりと言葉を選んでいく。


「この我ですらあの女が現れるまでその違和感を確信にすることができなかった。西洋のことなど毛ほども興味がなかったということもあるが、それでもそやつらの偽装が上手かったことも事実」


「なんとなく、話が掴めるようで掴めないな。そうやって、俺を泳がそうってか?回りくどい奴だなお前も」


虎太郎の嫌味に玉藻は満足気に顔に弧を描いた。


「理解とは単に知識の提示だけでは足り得ない。如何に己の脳で解を導き出すかによって、その智の質は変わる。無論、我は()()()()()()()()を持ち合わせておるが、やはりそれはお主自身で辿り着いた方が好都合だろうて」


好都合。

それにしては出来すぎた展開だと、虎太郎は思考の沼に嵌る。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

未知数のリスクを負うのか?

だが、それで友人の状態が改善に向かうのであれば構わない。


決断には三十秒も要さなかった。


「たとえ、行くとしてそれを奴らが許すと思うか?」


「ふん、要らぬ杞憂よ。どうにもお主は我を侮りすぎておるなぁ。お主程度の妨害霊波(ジャミング)が通用するのであれば、我は一生奴らから身を隠すことができるぞ」


「ッ!」


「愛いのう愛いのう、バレておらぬとでも思っていたのか。あの女は気づいておらぬようだが、お主が所々で監視の目をすり抜けておることなど我には丸分かりじゃ。安心せい、そんな愉快なこと、奴らに漏らすわけなかろう」


玉藻前。

数千年のも間、海を越えて数々の任役を退けてきた生きる伝説。

たとえ、どんな神であったとしても彼女をその掌で廻すことなど不可能だろう。それこそ、彼女もまた神と崇められる時代もあった。


故に、彼女の言葉には信憑性がある。説得力がある。


だからこそ


「なら、連れて行け」


利用する手しかないのだ。


彼女がまだ友好的な態度を示しているうちに……。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ