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ep45


「源助」


誰かが僕の名前を呼ぶ。


「源助、起きて」


懐かしい。初めて聞く声のはずなのに、心が落ち着く。


ゆっくりと眼を開けると、そこには見知らぬ女性がいた。若くはあるのだろうが、見窄らしいというか、悪く言えば小汚い身なりをしていた。


「誰?」


と言ったつもりだが、声が出ない。


「朝ごはん、できてるよ。食べよう」


自然と体が起き上がる。自分の意思と関係なしに体が動いてしまう。


そうか。これは夢だ。


そう理解した源助は、この状況を受け入れ、呆けた。


「大家さんから卵を貰ったから、今日は目玉焼きもあるんだ」


彼女は嬉しそうにはにかむ。食卓に並ぶのは白米と目玉焼きのみ。それも1()()()()()


「さ、いただきますしよっか」


女性は傷だらけのちゃぶ台の前に座り、手を合わせる。そこに()()()()()


「ママのは?」


「ママはもう食べちゃったから。ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」


セピア調に差し込む朝日は夕日よりもノスタルジックに、残響はオルゴールよりも切ない。


この時がいつまでも続けばいいのに。


融けた思考に寄り添えば、狂気さえも感情のひとつにしか過ぎない。赤子のように泣いたとして、それがなぜ愛の叫びだと解せないのだ!!!


「罪ゆえに」


聖母は告げる。


「蓋し人間とは罪そのもの」


四畳半から聖堂へ。


「無垢なる人間など存在しない」


歯車が煩い。


「もし、例外があるとするならば」


脳が軋む!!!


()()()()()()()()()


──────────────────



「ぁはっっぐ!」


目を覚ますと知らない天井だった。


「源!」「源助!」


でも、そこには僕の知っている友人たちが待っていてくれた。




「そっか。心配かけてごめんね」


虎太郎たちから事の次第を聞いた源助はベッドから半身を起こし、頭を下げる。


「謝る必要なんかねぇよ。それよりも、身体の方は大丈夫なのか?」


「うん。今はなんともないよ」


「しかし、まあなんとも奇妙な話だな。平井、お前自身にその自覚はないのか?」


「わかりません。その時の事もあまり覚えてないので。ただ……」


「ただ?」


()()()()()。その感覚だけはなんとなく……」


「楽しかった、ねぇ。そりゃ結構なことだ」


沢井はケラケラと笑いながら、源助の肩を叩く。


「なぁ、知ってるか?こいつら、さっきお前の踊りが神様みたいだって言ってたんだぜ? そんな踊りを楽しく踊られたから、ダンスの神様がお前に嫉妬しちまってよ、天罰を喰らわしたんだぜ、きっと。なんてな、ブァッハッハッ!!」


ひとりでボケてひとりで大ウケする沢井。周囲の目は冷たい。


「阿呆な大人の意味のわからんくだらねぇ冗談はさておき、本当に大丈夫なんだな?」


「うん。ちょっと眠いくらいだよ」


「源が無事でよかった」


源助を抱きしめる梨佳。この一瞬を噛み締めるように、そして慈しむように。永遠と須臾の狭間で、そっと瞳を閉じた。


「鹿島、さん」


感情が流れ込んでくる。そんな感覚に見舞われた源助は、彼女を抱き締め返したい衝動に駆られる。しかし、奥底に潜む本能がけたたましく警鐘を鳴らす。視界が赤く明滅するほどに、鼓膜が収縮して千切れかけるほどに、身体に負担をかけてまで理性を寄り戻そうとする。


「ありがとう」


感謝の言葉を紡ぐ。それくらいは許されるのではないか。そう呟いた瞬間



()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「えぶっ」


「源ッ!!!」


「沢井ィッ!!!!」


「分かってる!!!」


血は穢れ


「『天使の右手(フロウレンス)』!」


地上に堕ちたモノたちの罪


「早く血を止めろ!!」


野蛮たる象徴


「今やってるだろうが!!!」


赤も黒もこの天上には存在しない


「止まってねぇから言ってんだ!!!!」


全て抜き取って


「駄目!源!!目を閉じないで!!!」


聖浄な液で満たさなければ


─やれやれ、ほんの少し目を離した隙にこの有様ですか。まったく手が掛かりますね。


停止(プロベレ)


沢井がどれだけ魔力を注いでも止まらなかった源助の出血が止まる。


「『反転(インバス)』」


そして、大量に吐き出されていた血が源助の身体に戻っていく。シーツに染み込んだ跡すら残さず、まるで全てが巻き戻っているかのように。


「な、何が起こってるんだ?」


忘却(オヴィ)


その場にいる全員が意識を失った。




「ほれ、いい加減起きぬか。小僧」


頬の痛みで目が覚める。


「玉藻?なぜこんなところに?」


「なぜってお主、ここが我らの本拠地だからに決まっておるからだろう」


「な」


虎太郎は驚愕した。保健室にいたはずが、いつしか例の場所へと移動していたからだ。


「私が連れてきたのですよ」


マリィは茶を啜ると、溜息を零した。


「では、なぜすぐに起こさぬのだ。我が業を煮やす姿を茶菓子代わりに楽しんでおったとでも?」


「眠っている者を無理やり起こすなど可哀想ではありませんか。理由はそれだけです」


「痴話喧嘩を見せるために俺を連れてきたのか?」


虎太郎は苛立ち混じりに立ち上がる。マリィはチラリと虎太郎の方に目配せすると、また一口、茶を啜った。


「ほぅ」


「用がないなら帰るぞ」


「感謝の言葉もなしですか?」


「なんだと?」


「貴方にまで『忘却』をかけた覚えはないのですが。まさか、寝起きで混乱して、状況を忘れているなんて間抜けな事はありませんよね?」


「あ」


その言葉を皮切りに、虎太郎は意識を失う前の状況を思い出した。


「まさか、あそこまで意地汚い女神だとは思いませんでした。さすがの私も乾いた笑みが漏れましたよ。いつもあのような姑息な手であれば、こちらも楽で助かるのですが……」


「お前が助けたのか?なぜだ?殺したい相手だったんだろ?」


更なる困惑が虎太郎を包む。マリィたちにとって、平井源助とは殺害の対象だったはずだ。それは事実として間違いはない。


「私たちが狙っているのはあくまで()()()()()()()。今の彼には興味ありません。しかし、先程の『()()』はこちらも看過はできない行動でしたので干渉したまでです」


「『()()』?」


「端的に言えば、『界位上昇(アセンション)』の過程における儀式のひとつです。穢れである血を抜き取り、代わりに天に存在する不浄の液で満たす。そうして、人はようやく天に足を付けることができるようになる」


理解できないでいる虎太郎を置き去りにして、マリィは言葉を続ける。


「貴方が知りたがっていた『献身』もまた、そのうちのひとつです。その者が持つあらゆる"気"を聖気へと変換させる。しかし、無知なる神はいくつかの"気"が人間の本質を担うモノであることを知らなかった。それもそのはず、かつてその神に『()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「その神ってのがアリア、か?」


「そのとおり。さすがにここまで話せばそれなりの知能でも理解できたようですね。なによりです」


いや、事前に玉藻から情報を聞いていなかったら辿り着けなかった。聖国といえども、何も信仰されてるのは()()()()()()()()()。アリアがその筆頭なだけであって、戦神ギアラや宝神ピモルを始めとした聖神たちが聖国では祀られているのだ。


「話を続けますと、『界位上昇』における一連の儀式は断続的に行われることを想定しています。特に『献身』を完遂させるには数十年にも及ぶ祈りが必要になるのです。だからこそ、私も少し余裕を持って計画を練っていたのですが、見直す必要がありそうですね。彼女たちを買い被りすぎていました。あの様子では、発情期の獣の精神と何ら変わりない」


玉藻の眉がピクンと跳ねる。


「おや、気に障りましたか?」


「構わん。お主が我をそういう目で見ていることなど承知の上だ」


「まさか。あの愚神らよりはマシだと思っていますよ」


玉藻はフンッと鼻を鳴らして、社の方へ歩いていった。


「あらあら、拗ねちゃいましたね。少々意地悪でしたか」


「それよりも、なんでお前がそんなことを知っているんだ?」


虎太郎が問うと、マリィは妖しげに口元を手で隠した。


「さて、なぜでしょうか?」














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