ep42
幾年ぶりです
長い目で見守って欲しいです(泣)
※
性善たれ
性善たれ
望みたれば
決して穢るることなかれ
惑わず
清を善しとせよ
さすれば導かれん
※
「虎太郎君、その、相談があるんだ」
昼休みの最中、購買で買った安いパンを齧る手を止めた源助が真剣な表情で呟いた。
「わかった。ちょっと待ってろ」
深刻そうな話題だろうなと虎太郎は思ったので、マリィの監視下から逃れるために結界を張る。
「改めて言うが、持って5分だ。手短に頼むぜ」
「ありがとう。じゃあ、単刀直入に言うね。僕に神楽の舞を教えて欲しいんだ」
「はあ?」
あまりにも想定外の話題だったので、思わず虎太郎の語気が強まる。
「ごめん!やっぱりこの話は聞かなかったことに……」
「いやいや待て待て。なんとなく予想は着くが、何故俺に頼むんだ?そういうのは鹿島本人から教えてもらえばいいだろ」
「そうなんだけど……」
─私が教えても意味ない。むしろ、私が源から教わりたいから、舞ってほしい─
「って言われたんだ」
「なんじゃそりゃ」
もはや隠す必要もないことなので、虎太郎は結界を解いた。呆れと困惑が入り混じったため息を零す。
「悪いが、俺も専門外だ。舞どころかダンスすら踊ったことねぇよ。それで、なんで鹿島はお前に教わりたいなんて言ってんだよ」
「それも聞いたんだけどさ……」
─源の舞は、世界で1番神掛かってるから─
「そりゃ随分な言い草だ。そんなに言うなら1回ぐらい踊ってやればいいじゃねぇかよ」
「それっぽく踊ろうとはしたんだよ!でもさ!踊り終わった後に彼女、なんて言ったと思う?こういう風に眉間を抑えて言ったんだ」
─はぁ、壊れかけのロボットダンス…………─
「ぶっ!」
「彼女のあんな呆れた表情、初めて見たよ。普段の無表情さを見てると、余計にそう思った。あの表情からは実感したくなかったギャップだよ」
大きく項垂れる源助。どうやらいつも梨佳から優しくされてる反動で今回の失望は大きく堪えたようだ。
「まあ、なんだ。そう気を落とすなって。別に鹿島だってそんなに気にしてないだろうしな。ダンス1つで嫌われちゃあ世話ねぇよ」
「彼女にとって、今年の神楽は特別なんだ」
陰鬱な声色から徐々に悔しさが滲み出ている。
「以前の僕にも出来たんだ。今の僕にも出来ないはずがない」
「源助……」
それは源助が虎太郎に初めて見せる顔だった。気弱で吹けば飛びそうないつもの表情からは考えられない、野心と闘志が込められていた。
「とりあえずやれるだけやってみろよ。俺もできることは応援するぜ」
「うん。ありがとう、虎太郎くん。やっぱり君に相談してよかった」
源助はなにか思い立ったかのように突然立ち上がった。
「まずは図書室で色々調べてみるよ!それじゃあまた教室で!」
意気揚々と走り去っていく源助に虎太郎は応えるように手を挙げた。
「最大の敵は己、か」
あの温和な源助が対抗心を持ったのはかつての自分自身。それがどれだけ価値があるものであるかは語るまでもない。必ず、彼は大きく成長するだろう。その姿を見た虎太郎はますます、源助の背中を支え押してやりたいと思うようになった。
「それにしても、なんで今年の神楽が特別なんだ?」
何気なく流された会話の一部が脳内で反芻される。その中でふつふつと疑問が湧いてくるが、答える者もいないので、虎太郎は悶々としながら飲むプリンを啜り続けた。
※
「それで、用って何?早く源とお昼食べたいから少しだけにして」
虎太郎たちが屋上で昼食に勤しんでいる一方で、人気のない教室に梨佳と桃崋、そして杏奈がいた。
「相変わらずお熱だね〜。あの男の何処がいいのさ、以前の彼なら分からなくもないけど今の彼に良いところなんてあるの?」
桃崋の言葉に梨佳の表情が強張る。
「どういう意味?」
「そのまんまの意味。梨佳ちん、悪いことは言わないから彼から離れた方がいいよ。記憶が戻る保障なんてないし、戻ったとしても甲クラスの化け物たちが狙ってくる。もうあの人に引っ付いていくメリットは皆無!だから、いい加減目を覚まそ!それで、これからは私たち3人で一緒に行動しようよ!だってほら、バランスいいじゃんこの3人!火力の梨佳ちん、万能の杏奈ちゃん、サポートの私って感じでさ!」
梨佳はつまらなさそうに髪を弄りながら、ふぅ と息を漏らした。
「貴女がそんなに軽佻浮薄だとは思わなかった」
「んん?それは梨佳ちんのことだよね?」
あくまでニコニコとした表情は崩さない桃崋。しかし、かかる影は少しずつ濃くなっている。
「兎死狗烹とはよく言ったもの。それが貴女の本性?そんな生き方してたら、いずれ貴女の周りには誰も居なくなる」
「私の心配してくれてるの?優しいね〜、梨佳ちんは。でもさ、それよりも自分の心配した方がよくない?だって、梨佳ちん。今、実質1人だよ?」
「私の目にはそうは映らない。これ以上は時間の無駄。さよなら」
「待って梨佳ちゃん!」
去ろうとする梨佳を杏奈が引き留めようとするが、彼女はそのまま背を向けて教室の扉に手を掛けた。
「貴女も、もう少し自分の意思を持った方がいい」
そう言い残し、梨佳は教室を後にした。
「あー、それは同感かも」
桃崋は杏奈の方にくるりと向き直った。
「杏奈ちゃん、なんでずっと黙ってたの?私にだけ汚れ役させといて、自分は最後の最後だけ引き留めて仕事しましたアピール?」
「それは……」
「これは別にさ、杏奈ちゃんを虐めたい、責めたいから言ってる訳じゃないよ。これは将来のパートナーに対してのアドバイス!」
桃崋は人差し指を立てる。表情は変わらない。
「もっと自分を持とうよ。これまでげんげんとかと一緒に居たのだって、何となくそれっぽい空気だったからでしょ?皆が彼を魅力的だと思ってたから、自分もそう思った。だから、いざその彼から拒絶されたときに自分の感情が処理できなかった。だって、それは周りの雰囲気に委ねたものだったからね。杏奈ちゃん自身の意思感情は含まれてないもん」
「あ、う」
杏奈は否定できなかった。桃崋の言っていることは正しい。それ故に、反論する言葉は見つからず、言葉にならない声が自然と喉から這い出てきた。
「さっきの話にしてもそう。私に話すだけ話させといて、杏奈ちゃんは突っ立てるだけ。うんうんわかるよ、嫌われたくないもんね。でもね、それでもわかる人にはわかってるんだよ、八方美人の空虚さ。空気を読めることは立派だけど、そんなもの任役にとってガラクタなんだよ?戦場にいい子ちゃんはいらないの」
「ごめん、なさい」
「あー、怒ってるわけじゃないよ!アドバイス、アドバイスだから!そんなに頭を下げないで〜!」
「悪いところは直します。言われたこと全部します。だから、捨てないでください。お願いします。悪いところは─」
もはや杏奈に桃崋の声は届いていない。カタカタと震えながら何かに駆られたように懇願を繰り返していた。
「も〜、大丈夫だよ杏奈ちゃん。私が杏奈ちゃんを捨てるわけないって。だって、杏奈ちゃんは陰陽師、私は調伏師だよ?最高のパートナーじゃん。大丈夫大丈夫、心配しなくていいからね〜」
子どもをあやすように杏奈の肩を抱く桃崋。梨佳との話し合いから杏奈を抱きしめるに至るまで、彼女の表情は一辺して変わることはなかった。