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ep40

      ※


 四条宮柚井は()婚約者だ。だが、どうにも腑に落ちない。一度本人と話してみたが、あまり好意的ではなかった。嫌われているというよりも興味を持たれていない。また、俺も彼女に惹かれることはなかった。政略的婚約といってもここまで薄い関係だとは思わなかった。そして、その虚ろな関係に何の感情を抱かないことに気づくこともなかった。


 西行孝雄は()親友だ。彼はどう思っているかは知らないが少なくとも俺は彼に不信感を抱いている。言動はともかくとして、彼は()()()()()()。源助は嘘をついたとしても腹の内が見える。しかし、彼は見えない。自ら親友と謳っていながら、俺に見せようとしない。それが何とも気味が悪い。それに、どこかしら粘着質な気性が感じ取れなくもない。とにかく、彼は苦手だ。


「ふむ、それで?」


「平井源助は俺の友人だ。最初こそ女たちを侍らしている生け簀かない二枚目だと思っていたが、話してみると素直で実直で一緒にいて気持ちがいい。力こそないが、そんなものよりも大切なものがあいつにはあると思う」


「それは?」


「純粋さ。俺にはない太陽のような輝き。あいつといると心が温まる。反面、あいつは正直すぎる。あれじゃ狡猾な妖怪にすぐ殺される」


「なるほどな。()()()にか、いや?逆か?」


「だから...ぅう゛、う゛っ!っう゛ぇ!」


「ほう、ここから()()()()()。意外と早かったのう」


虎太郎は急激な嘔吐感で目を覚ます。視界には玉藻の顔。そして、己が膝枕をされているのに気がついた。瞬時に身を転がし、玉藻から距離を取る。


「そんな態度を取られると、乙女心に瑕がつくのぅ」


玉藻は目尻に袖を当てる。


「なにしてやがった!また毒でも仕込んだのか?」


虎太郎は気にも留めず、眉間に皺を寄せる。


「人聞きの悪いことを。ほんの少し、お主の身の内を聞いていただけよ」


「ちっ、夢問答(ゆめもんどう)でか。(たち)の悪いことしやがる」


「寝言など漏らすお主の未熟さを恥じよ。しかし、中々に愉快であったぞ。心配は要らぬ、他言する気はない。我だけの肴だ」


それにしても、と玉藻は鼻を鳴らす。


「お主はやはり稀代の任役たちと影が重なるのう。誰よりも()()()()()、誰よりも()()()()()()。いや、()()()()という方が正しいか」


「何が言いたい」


「お主はただの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。可哀想な坊や」


「黙れ」


虎太郎が拳を握りしめる。眼差しに殺気がこもる。


「そう怖がるな、雨に降られた捨て犬よ。初めこそ怖かろうが受け入れられれば楽になる。我がその欲を充たしてやろう」


玉藻が両腕を開き、この胸に飛び込んでこいと言わんばかりに振る舞う。虎太郎は先ほどと打って変わって困惑の色をにじませた。


「お前、なんでそこまで俺を手懐けたいんだ?お前に靡かなかっただけだぞ?」


「前にも言うた。靡かぬお前を堕としてこそ、わが生き甲斐。未だ拒まれるこの瞬間も、堕ちへの最高のスパイスよ」


カカカ、と笑う玉藻を見て、虎太郎もまた冷たい笑いが漏れた。


「なるほど、()()()()()()()()()()


「なに?」


玉藻から笑みが消え、眉が上がる。


「てっきり、()()()()を言っているのかと思ったんだがまさか()()()()()()()()()()()()()()


「訳の分からぬことを。仮にそうだとして、我に当てはまることはない。我はこの世で最も多くの者から寵愛を受けた生物と言っても過言ではない。他の者からの愛など腐るほど受けてきたわ」


「でも俺に固執する。それは俺がお前を愛さないから。堕とす堕とすと言えば聞こえはいいが要は俺に愛して欲しいんだろ?」


「思い上がるなよ小僧。我は貴様の愛などは欲しておらん。ただ、我に跪けばよいだけだ。それこそ、犬のようにな」


「方法は他にもあった。例えば、暴力による恐怖支配。まぁ、俺には効果がないが跪かせたいだけならこれでもいけたはずだ」


「我の魅力で堕としてこそ、意味があるのだ!」


「ほら、やっぱり。それは愛して欲しいってことだ」


「違う!それとこれとは全く別のものだ!」


「いいや、違わないさ。そうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「的外れな考察はよせ!余りの変哲さに身の毛が逆立つ!忠誠と恋愛を履き違えるな!」


「誰も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「もうよい。戯れは終わりだ」


「可哀想なのはお前だよ。本物の愛を知らず、渇きを潤すために塩水を飲み続ける憐れな狐だ」


─私はどうにもお前が稚児にしか見えぬのだよ。母親に遊びをねだる幼き童だ。母親などおらぬのにな─


─お前と私は同じだ。私はお前を祓わない。憐れなる狐よ。お前はきっと気づかないだろう。だから満たされぬ。だが、私より永く生きる故、その苦しみも永かろうて─


「ではお主()()問おう。本物の愛とはなんぞや?」


「それは愚問だよ、玉藻前。()()()()()()()()()()()()()


「くだらぬ。お主も晴明も()()()()()()()()()()()()。言葉にできぬだと?ふざけおって」


「最恐の妖怪も蓋を開ければ愛の求導師か。なんか笑えるな」


「笑いたければ嗤え。お前には陳腐に見える願いだろうが我にとっては万金よりも尊いのだ」


「ああ、いや、ギャップってやつだ。お前の願いは今の俗にまみれた人間たちよりも儚く尊いものだと思うぜ」


「ふん、今更煽ておって」


「本心さ。お前のご指摘通り、()()()()()()()


「なら、それが我でもよかろうて」


「残念ながらピースはお前じゃ填まらないみたいだ」


ともに語らう青年と獣


欲すものは同じなれど()()まみえることはなし


悲しげに笑う青年は紅の地平線に沈み


狐もまた空の底へと溶けていった


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