ep3
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「はぁ、結局あの子、何にも教えてくれなかったわね」
恨み言のように言葉を吐き出すがこれを聞くものはこの部屋にはいない。それもそのはず、時計の時針もう二桁台へと突入しかけている。
「武立虎太郎、厄介な子ね、ほんとに」
孝雄のお仕置きの後、静枝は虎太郎の捕獲にも成功していた。しかし、どのようなお仕置きや対話をしても、はぐらかされるばかりで会話にならなかった。
───あんたの自己満足に付き合う気はない───
このようにきっぱりと拒絶されてしまったのだ。
「自己満足、自己満足ね…自己満足で何が悪いの?自己満足で結構!人間、やりたいことをやるのが一番!」
「その通り!さすが静枝さん!至言だ!」
と廊下から踊り出てきたのは保健医の沢井だ。
「あー、えっーと、どこから聞いてました?」
「"自己満足で結構"ってところです!」
「えぇ…また中途半端ところね、それ」
「そうですか?いやーでもやっぱり静枝さんは素晴らしいな。容姿、性格だけでなく、言葉すら美しいとは。」
「気持ち悪いほどのヨイショね。それより、沢井先生はなぜここに?」
「そりゃ、もちろん、静枝さんがここにいるからじゃあありませんか。それ以外の理由、いります?」
「えぇ。とりあえず、身の危険を感じたら速攻対処するわよ?」
「あぁ、そんな静枝さんだからこそ、良い!」
※
「お屋敷に着きましたよ、虎太郎様」
「ん、あんがと『幸助』」
幸助は麻比呂さんの弟だ。歳は俺とほぼ変わらん。
「虎太郎様、今日は御当主様がお帰りになっております。どうか、お顔だけでも。」
「ん。嫌。」
「そんな!御当主様が合間を縫って虎太郎様に「いや、そんなんじゃねーよ、あいつは。」
「虎太郎様…」
「んじゃ、幸助。迎え、あんがとな。おやすみ」
「おやすみなさいませ…」
やはり彼は変わってしまったのか。昔は、敬語なんて使ったら『俺と幸助はそんな仲じゃない!!』と駄々を捏ねられていたのに。
これだけ見れば単に精神が成長しただけかもしれないと思うだろう。しかしこれだけでない。笑顔が消えたのだ。笑顔だけでない、あの日からぼっちゃまが消えてしまったのだ。
もしこれが思春期特有の不安定さや反抗期であればどれほど微笑ましく、また可愛らしいものに見えただろう。だが、これは違う、混沌としているのではなく、その逆、純粋なものだ。
この性格も、発言も、行動も、思想も、全て"完成されたもの"から来ている。まるで"確信犯"のように。
だが、その"もの"が何なのかがわからない。兄上は一度、その"もの"に辿り着きかけたらしいが、それを一切語ろうとしない。呼衆のネットワークでも厳重なロックがかけられている。けれど、ぼっちゃまを変えたその"もの"に俺一人でも…。そのための鍵となるのはおそらく、婚約者である柚井様だろうか。
※
「はぁー、あぁ、早く卒業してえなぁ」
叫び声のようなため息をあげ、自室の布団へ飛び込む。
今日は最終下校ギリギリまで静枝に拘束されていたため、余計に疲れが増している。
「なんでこんなに遠いんだよあの学園。片道を車で2時間半とかイカれてるぜ。あいつとの約束が無けりゃ絶対行かねぇよ、あんなとこ」
「へぇぇ、せっかく私が"虎太郎のために"って思って入学させたのにそんなこと言うんだー。」
いつの間にか襖の前に30代くらいの女性が正座していた。
「おい、てめぇ、息子の部屋に入る前にはノックしてから入るという一般常識も知らねぇのかクソアマ。」
「母親に対してその言葉遣い、ほんと、我が息子ながらクソガキに育ったわねぇ」
「はぁぁ、やっぱ会話が成り立たねぇなぁ。まずは'勝手に部屋に入ってごめんなさい'だろ?」
「あ、そう言えばさっき言ってた約束ってなぁにぃ~?」
「ダメだこいつ、もう手遅れだ」
「あ!もしかして、柚井ちゃんとの~?いやぁねぇ、お熱いこ
「出ていけ。」
「照れちゃって~もぉ~」
「黙れ。お前が"あいつの名前"を口にするな。」
「柚井ちゃんが羨ましいわぁ~こんなに愛されちゃ──」
────パキィィィィン─────
豪快な音と共に部屋に閃光が走る。
「ちょっとあんた、本気で─「何も知らないお前が知ったように口を出すな。何も知らないお前があいつの話をするな。何もやらなかったお前が───」
「………ごめんなさいね。」
「分かったんなら出てけよ」
そこに残ったのは親子による和やかな雰囲気ではなく、ただただ重苦しい空気だけであった。
※
いつからだろうか、息子が私と目を合わさずに喋るようになったのは。いつからだろうか、私と息子がまともに会話できなくなったのは。
わからない。わかっているのなら、こんなに苦労しない。だから、理解しようと努力した。あの子のことを理解できるように、暇さえあればコミュニケーションを取ってきた。だけど、あの子は何も語らない。
あの子の口から出てくるのは中身の無い、空っぽの言葉だけだ。あの子との会話で、あの子自身のことを知ることはできない。まるで、AIと会話している気分だ。ただ、それでも唯一わかることがある。それは、婚約者である四条宮柚井に対しての異常な執着。
息子はあの子のことを話題に出すと、決まって機嫌が悪くなる。先程は、私を本気で殺そうとしてきた。実の母である私をだ。これが彼女に対する愛情による行動だとするとあまりにも異常すぎる。だから彼女に何か秘密があると思い、以前、呼衆に彼女のことを調査させたが、私が知っている情報と変わらず、何もわからなかった。
ただ、息子とあの子の関係にはただならぬものがあるに違いない。でも、今は昔と違ってお互いに仲が良くないみたいだし、それだとこの執着に説明がつかないわね。お互いに意識し合って意地になってるのかしら?まぁ、どちらにしろ彼女を頼りにするしかないわね。
※
最悪の気分だ。ただただ不快だ。何も知らない奴が知った風な口を聞き、こちらの領分に入って来るのは。その行動は偽善と自己満足でしかない。先生にしろ、母親にしろ、だ。特に、母は幼かった俺をずっと放置していた罪悪感、それを埋め合わせているようにしか見えない。
今更だ。ずっと放ったらかしにしておいて、肝心な時にも助けてくれなかったくせに、今更親の顔なんてするな。せめて、せめて力があったのが父さんだったら───。
風呂に入って床につくまで、俺は気分が沈んだままだった。
こんな状態で、約束の時までもつのだろうか。せめて夢ぐらいは良いものがみられるよう、祈るように瞳を閉じた…。
感想、アドバイス、評価などいただけましたら、作者は狂喜乱舞するのでどうぞよろしくお願いします。




