ep36
明けましておめでとうございます!
2021年、読者皆様のご健康及びご躍進、心より願っております!
そして、本年もこの作品をよろしくお願いします!
※
「さすがにここは寒いね……」
旧棟の屋上。本学園の屋上は転落による危険性はほぼ皆無であるので全棟の屋上は解放されている。それは老朽化した旧棟も同様である。また、夏や冬などの気温の高低が激しい季節は自然と人影は減る。それに加えて旧棟などそもそも人は寄り付かない。
「じゃあ、カイロやるよ」
虎太郎はポケットから袋を取り出して、源助へ放り投げた。
「これ、術式カイロじゃないか!校則違反だよ!」
術式カイロは自身の"気"をカイロに送り込むことによって、カイロに施された術式が反応し、程よい熱が身を包む仕組みとなっている。もちろん、校則により、無許可及び緊急時以外の"気"の行使は禁止されているので見つかれば没収、反省文のコンボである。
「バレなきゃいいんだよ。それにここの大人たちも隠れて使ってんだから実質公認だろ」
「そうなのかなぁ……」
「そんなことより、俺と話したいことがあるんだろ?」
虎太郎は壁を背にしてドカッと座り込んだ。頬をパンッ!と叩き、ふぅ、と息を吐いた。その顔は少し白い。
「大丈夫?顔色がよくないようだけど」
「お前にカイロあげたから少し寒くなっちまっただけだ」
返してくれ、と半ば強引にカイロをひったくり、懐へ忍ばせた。
「結構メチャクチャだね、武立君って」
「早くしないと、休憩終わるぞ?あと三十分しかない。飯食う時間を二十五分としてあと五分だな」
「どれだけ食べるつもりなんだ。そんなにかからないだろ」
「いいから早く言え。それ以上は無理だ」
「ああ、もう。ただ君と仲良くなりたくて世間話でもしたかっただけだ。そんなに畏まって話すことじゃないんだよ」
うんざりとした表情で源助は吐き捨てた。
「君と僕は同じ日に記憶を失くしたと聞いた」
「ああ、そうみたいだな」
「君は記憶を失くしたと自覚してどう思ったんだ?」
源助の問いかけ。世間話というにはあまりにも重い内容である。だが、虎太郎は顔色ひとつ変えずに口を開く。
「そうだな。少なくとも焦りはあった。それに周囲に対する疑心も拭いきれなかった。とにかく、何が真実であるかを模索しなければならないと思ったな」
「強いね。僕はただ、どうしようもない不安と絶望しか感じなかった。君のように冷静に行動しようだなんて思えなかったよ」
源助の目に諦観と羨望が見え隠れする。以前の彼からは考えられぬ表情だ。
「よく聞け。焦りもあったって言ったろ。だから、下手な手を打っちまったんだ」
「下手な手?」
「あぁ、おかげさまでお先真っ暗だ」
汗が一粒、頬へと伝う。
「少し暑くなってきたから、ほら」
虎太郎は立ち上がり懐からカイロを取り出すと、また源助へと放り投げた。
「俺はもういいや。やるよ、それ」
そして、扉へと歩き出す。
「あ、待ってくれよ!まだ話したいことが!」
「悪い。また、今度。そうだな、できれば今度は神社か寺で話そう」
ようやく源助は察した。先ほどからの不審な態度、動き、そして「下手な手」という発言。きっと、虎太郎は何者かから監視されている。そしてそれは──。
「わかった。なら、良い場所を探しておくよ」
「おう、頼むぜ」
虎太郎はサムズアップをしながら、旧棟の屋上を後にした。
「ようやくできた友達なんだ……」
源助はカイロをギュッと握りしめる。その暖かさは彼の心身を包み、そして一握りの勇気を与えた。
※
「先生」
放課後の教室、人が疎らになりつつあるとき、虎太郎は静枝に話しかけた。
「何かしら?」
「今日、西行が休んだ理由を知りたいんですけど、差し支えなければ教えてもらいたいのですが?」
「そうね。寮長からは体調不良と聞いているわ。調子もあまり良くないみたいね。昼休みに本人からかなり長期的に休むかもしれないと聞いたわ」
「そうですか」
「もし、良かったらお見舞いに行ってあげてね。貴方と彼、親友なんだから」
「はい」
俺と西行が親友だったというのはどうやら事実らしい。だが、あいつは俺に嘘を吐いた。他愛もない嘘であるなら笑い飛ばそう。だが、あれは俺の核だ。それを蔑ろにした時点で親友であろうが信用に値しない。
「─────!」
教室の後ろから何か金切り声が聞こえたので振り向くとそこには源助を数人の女が取り囲み、揉めていた。
「あ」
源助と目が合う。助けを求める目。おそらく、俺が気づくまでにも何人かはこの目を見ているはずだ。それでも、誰も助けない。それどころか、遠巻きで面白そうに見ている輩もいる。
その光景に何だか腹が立つ。こいつのことを馬鹿にされていることもあるのだろうが、それよりも神様気取りの野次馬の嘲笑が無性に気に食わなかった。それはきっと、俺自身の状況にあいつを重ねてしまっているからだろう。
虎太郎が源助の方へと踏み出そうとしたそのとき、
「ごめん!!」
源助の謝罪が教室に響いた。
「僕は君たちの思うような強くてカッコいい平井源助じゃないんだ。だから、君たちが言うような唯我独尊な態度も発言もできない。そんな強さもない。臆病で弱くて泣き虫でダサイ男なんだ。だから、もう放っておいてくれ!」
それは早口で震えていて、途切れ途切れで、それでも最後までしっかりと発せられた。
辺りは静寂に包まれる。数秒の静止。源助は不安になり、虎太郎の方へと顔を向けた。
「やるじゃねぇか」
小さかったが、源助にははっきりと聞こえた虎太郎の発言。顔を見れば、嬉しそうに口を曲げていた。唯一の友人からの称賛。そして、握られた拳がこちらへと向けられる。
「へへ……」
疲れきってはいるが満足げな表情で拳を返す。絆の深さに時間の長さなど関係ない。共に長く過ごしたとしても浅い者もいれば、短く過ごした者でも深い者がいる。彼らが関係を持ったのは今朝だ。しかし、深めた友情は数年来にも匹敵する。好きと嫌いは紙一重。噛み合わぬものも何かの拍子でピタリと填まる。
「帰るか」
「ああ」
源助が虎太郎へ歩み寄ろうとしたとき、何者かに裾を掴まれた。
「それでも、私は構わない」
鹿島梨佳であった。
「源の弱さもカッコ悪さも辛さも苦しみも怨み辛みも全部、受け入れても、それでも私は源が好き。記憶が失くなったと聞いたときは、頭が真っ白になった。それからの源は確かに弱々しい感じがした。私の知ってる源じゃなかった」
「おい─「それでも!」
虎太郎が梨佳を制止しようと声を挙げたが、彼女の声に掻き消された。普段の彼女からは想像もつかない大きさだった。
「ごめんなさい、なんて今更。源のことも考えずにこっちのことばかり。それは記憶を失う前からずっとずっとそうだった」
彼女の顔に涙は見えない。むしろ、その顔は決意を秘めた力強いものだ。
「だから、今度は私が支える。たとえ、源が私のことが嫌いでも私は源を助け続ける。姿も見たくないなら影で支える。これは私なりのケジメであり愛。そして、最後の我が儘」
地平線の夕日は彼女を強く照らした。輝く瞳は揺らぐことなく、源助を見つめる。
「鹿島、さん」
源助に彼女の強い決意を受け止める勇気も無下にする勇気も今は無い。一握りの勇気は先ほど使い果たした。けれど
「僕にももう一度だけ、チャンスをくれませんか?」
「え?」
「貴女ともう一度友達になって、仲良くなって、それから返事をしてもいいですか?」
「うん!」
普段の能面のような冷たい表情からは考えられぬ顔。本心から溢れだした歓喜は、外面を剥がし、偽りの無い感情を最大限にさらけ出した。それはいつしか失ってしまった満面の笑みであった。
「ぁ」
マヌケな声を挙げたのは
虎太郎であった。
─私はたっちゃんの全てが好き─
─俺もお前の全て好きだし、特に笑顔が、この世で一番好きだ─
─なら、私が死ぬときは満面の笑みで逝くから満面の笑顔で送ってね?それこそ、幸せだった、て思えるように─
約 束 だ よ
─じゃないと、化けて出てやるから─
「縁起でもないこというなよ……」
「さっきから何ブツブツ言ってるんだよ!虎太郎君!」
源助に揺さぶられて、虎太郎は白昼夢から引き戻された。
「あ、ああ」
夢。あれはいつの日かの夢。実際にあったやり取り。声だけだったが、それは俺が愛していた者だとはっきり分かった。そしてその声の主は──。
「あぁ。じゃないよ!ここはどこなんだ!?なんで僕たちはいつの間に河川敷にいるんだよ!君がしたんだろ!?」
「見せ物じゃないだろ?鹿島の一世一代の告白なんだ。賤しい野次馬たちにはもったいない」
梨佳が虎太郎の制止を振り切った時点で虎太郎は自身を含めた二人を河川敷のような人気の無い場所へ転移させた。二人は告白に夢中でそれに気づくのは事が済んでからであった。
「心遣いはありがたいけど。それなら、貴方も遠慮するべきだった」
梨佳が恨めしそうに虎太郎を睨む。
「こいつの精神的支柱として俺は必要だったからな」
「それはそうだけど、飛ばすなら事前に言ってよ」
虎太郎の"精神的支柱"発言を源助が公認したことに梨佳は歯噛みした。今の源助にとって、虎太郎>梨佳ということが事実であるからだ。
「ライバル!」
梨佳は虎太郎をビシッと指さした。
「俺にこいつに対する恋愛感情はねぇよ」
「うるさい。ライバルはライバル」
「おい、源助。こいつってこんなめんどい性格なのか?」
「さぁ?彼女、今まで大人しかったから僕もよく分かんないや」
夕暮れの河川敷に男女が三人。この三人は後にさらに仲を深めるだろう。それこそ、以前の虎太郎や柚井、孝雄のような関係に。
※
ありえない
どこで間違った?
ここまで培うのにどれだけ苦労したと思っているんだ
まだだ
諦めてなるものか
絶対に逃がさない
彼はわたしのものだ
出会ったあのときからずっと
そうすると決めているのだ