ep32
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「貴女がついていながら、とんでもない失態ね」
「申し訳ございません、魅月様。返す言葉もありません」
「きっと、政府も主人も貴女の責は問わないでしょう。ですが、あえて私は貴女に言います。失望したと」
「…ッ」
「悔しいのなら、もっと精進して強くなりなさい、菫」
「はいっ…!」
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「ということで、これからもこの学園のお世話になることになりました」
「今の話との脈絡が全く掴めないのですが」
「そんな細かいこと気にしないで、仲良くやっていきましょう静枝さん」
そう微笑む彼女は決して笑っている者が放つ気配ではない圧を放っていた。
ああ、また胃が痛む。
静枝は心の中で、ダラダラと涙を流した。
「しっずえさーん!よければお昼を─ってなんでこの女がまだここにいるんだよ」
「あら、まだ静枝さんにひっついてるのかしらこの髭蛸。正直迷惑してますのよ、静枝さんは優しいからそう言ってないだけで」
「んだと!……そんなことないですよね、静枝さん?!」
きっと、私の心が休まるときなんて──
静枝の頬が乾く日は来るのだろうか……
※
「俺って友達少なかった、というか、いなかったんだな」
試験事件から数日後、登校許可が出され、学校に来た虎太郎は少し項垂れた。
「なーにいってんの!このわたくしがいるでしょうよ!」
「朝からやかましいな、西行」
「んもう!また苗字だなんて!わたくし悲しきですわよ」
「俺は自分のペースでやらせてもらう。悪く思うな」
「まあ、こたっちゃんがいいならそれでいいけど」
「おはよう平井」「平井くんおはよー」「オッス源助」
「ん?」
虎太郎は今しがた教室に入ってきた人物に目が留まる。
「あれば特待生の平井源助だよ。彼ともまあ仲は悪かったね」
「あいつ、妙に"気"が薄いな」
虎太郎は源助の"気"が常人もしくはそれ以下だと感じられた。
「なんでも《献身》したみたいだよ。ちゃんちゃらおかしい話だけどね」
その言葉に虎太郎の眉がひそまる。
「都市伝説だろ?それ」
「でも、診たのは龍美さんだから間違いとは言い辛い話だよん」
俺の母が…
そういえばと虎太郎は思う。
この前、学園に来てたんだよな。それにしては顔を合わせなかった。よほど、忙しかったのか、仲が悪かったのか。どちらにしろ、早々に会う機会はなさそうか。
「おはようございます源助さま!」「…ょぅ」「ぉっはよう!げんげん!」「おはよう源助くん」
「ぁ、おはよう。皆」
虎太郎が思案を巡らせていると、例の女子たちが一斉に教室に入ってくる。
「なんだあれ、ハーレムでも築いてんのかあいつは」
その光景を見て虎太郎が悪態を吐く。その言葉に梨佳を除く3名が鋭い視線を虎太郎へと突き刺した。
「あー、すまん」
虎太郎が謝ると、三人は源助の方へ振り返り、各々の話を始めた。
なーるほどなぁ。
虎太郎は完全に理解した。元婚約者との関係とその好感度を。
「さっき、こたっちゃんが言ったこと、あながち間違いでもないんだよねぇ」
「真実でも言っちゃいけないことはある、か」
にしてもだ。
虎太郎は再び思案する。
俺と平井の仲が悪かったのは事実だろうな。ああいうタイプ、俺は好かん。男なら心に決めた女性ひとりを愛するべきだろうが。ああやって侍らしてるのは見ていて気分のよいものではない。多分それは、俺だけじゃないんだろうな。
教室を見渡してみると、源助に嫌悪の目線を送るものは少なからずいた。
「聞いてる?こたっちゃん?」
どうやら孝雄は虎太郎になにか話していたらしい。
「あ、すまん。考え事してた」
「だからさ、」
そこで朝礼のチャイムが鳴る。
「また後で話すね」
「わかった」
しばらくして、静枝が教室に入ってくる。号令がかかり、朝の挨拶が行われた。
「……皆さん、思うところは色々とあるでしょう。ですが、いずれ前を向いて歩かなければならないときが来ます。私は、その歩みをあなたたちとともに歩んで、生きたいです。ですから、何かあれば遠慮なく私に相談しに来てください」
良い先生だな、と虎太郎は思った。それは彼女が放った言葉だけでなく、表情、声色、雰囲気で直感的に思った。
あれで上辺だけなら、とんだ名役者だよ。
朝礼が終わり、虎太郎は静枝の元へ向かった。
「先生」
「あら、武立くん。なにかしら?」
「相談があるので、時間があればお願いします」
「そう!なら、今日の放課後にでもお話しましょう!」
なんだか上機嫌だな。頼られるのが嬉しいのか?
「よろしくお願いします」
「あ!それ我輩も参加していい?」
「西行、悪いが俺は一対一で話したい。駄目だ」
それに、こいつは信用してはいけない。あまり疑ってる素振りは見せたくないが、奴にも情報を落としたくない。あくまでも自然に、それでいてなるべく距離を取ろう。
孝雄は何も言わずに首を縦に降った。
「……」
静枝は一連のやり取りから何か重要なことであると理解し、表情を引き締めた。
「そうね、場所は保健室にしましょうか」
「わかりました」
その日は午前中だけで、学校は終わった。各々が帰路、あるいは遊びに向かう中、虎太郎は保健室へと向かう。
万が一にも盗聴される危険性がある。大事を取って結界を張るか。もちろん、許可を取って、だが。
「失礼します」
虎太郎が部屋に入ると、そこには髭面の男性がいた。
「おう坊主。話は聞いてるぜ。なんでも相談だってな。らしくねぇな、おいおい」
その男、沢井はケタケタと笑いながら虎太郎の肩を小突いた。
「先生は?」
「俺だが?」
「いや、あんたじゃない」
虎太郎は沢井を絶対に尊敬しない大人リストに一瞬でぶちこんだ。
「連れないなぁ。静枝さんならもう来るぜ」
「待たせたわね」
数分もしないうちに静枝が来る。
「まずは、座りましょうか」
虎太郎と静枝は向かい合って椅子に座る。その横に沢井は腰を下ろした。
「俺、この人に話を聞いてほしくないんですけど」
虎太郎は座るや否や、沢井を指差した。
「武立くん、沢井先生なら信頼できます。それにそこそこ親しい間柄でしょう?問題はないと思うわ」
「だそうで」
沢井は得意気に顎を撫でた。
「まぁ、それなら」
と虎太郎も折れる。
「それで、話したいことってなに?」
「すみません、その前にちょっと」
虎太郎は静枝を制して、話し始める。
「これは絶対に外へ漏らしたくないので、結界を張ってもいいですか?」
その言葉により、部屋に緊張感が走る。
「構わないわ。能力の行使を許可します」
「では」
虎太郎は自身が持つ力の全霊を込めて、結界を構築した。
「嘘、でしょ……」
「……とんでもねぇなまたこりゃなぁ」
その結界は完全に部屋とその外部の空間を遮断した。ここまで正確で無慈悲な結界はそれこそ彼の母である龍美を思わせるような─
「今から話すことはもちろん、他言無用でお願いします」




