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番外編 鹿島梨佳

鹿島梨佳についてのお話になります。

       ※


「感情というものは、この世で必要のないものよ。特に、神に仕える私たちにとってそれは枷でしかない。貴女も、私に憧憬を持つのならば、感情を捨てなさい」


「はい、母様」


鹿島梨佳は、生まれた頃から感情の起伏が乏しいわけではない。むしろ、よく笑う子であったという。しかし、ある日を境に、彼女の顔から笑顔が消えた。


「りかちゃん、あのねー」


「なに?」


「─ッッ、何でもない」


能面のように冷たい表情を浮かべるようになった彼女に、自然と人は寄り付かなくなった。彼女もその事については都合がよいと考えていた。


「ぅ」


その奥に秘められた感情を押し込めながら─




そんな日々を重ねる内に、彼女はついに自らの感情を殺しきった。感情から生まれる無駄な思考は削ぎ落とされ、己の使命ついてのみを考えて生きるようになった。その姿は、まさに神に仕える機械であり、人形。神職として辿り着くべき境地を彼女はわずか10代で成した。


その事について、神宮連は高く評価した。じきに、母を越えるのではないか、いや、歴代の代表をさえも、そんなことがまことしやかに囁かれた。そうして、東の鹿島、西の大神と称されるようになった。それでも、彼女の母は笑うことも誇らしげにすることも、恐れることも、妬むことも、悲しむことも、喜ぶことも




無かった。


         ※


「下らない、なぜ、こんなところに」


神宮連の推薦により、鹿島梨佳は鵬明学園へと入学した。彼女はこの入学について、腑に落ちなかった。神宮連はなぜ、修業に専念させてくれないのか。怒りこそ湧かなかったが、納得はできなかった。 


「おい、あのこかわいくね?」


「ねぇ、何かあの人怖くない?」


入学式当日、彼女の周りには様々な言葉が飛び交った。当然、そんなことで彼女の表情も感情も動かない。


「なあなあ、今回の特待生の話聞いたか?」


「ああ、なんだかとんでもない奴らしいぜ」


 

 『大神 照檎(おおかみ  しょうこ)』は鵬明には来ずに、そのまま西の名門、龍光学院(りゅうこうがくいん)に進学したと聞いたけど、まさか私まで学校へ行かされるとは……


「新入生代表挨拶。新入生代表、平井 源助」


「はい!」


そのとき、梨佳は源助を初めて見たが、感想は特にない。何も感じなかった。


そして、時は流れ、新入生のオリエンテーションのための林間合宿まで、梨佳は友人はおろか知り合いすら作らなかった。逆に言えば、この林間合宿が彼女の転機である。


「この森には精霊や善良な野良神が溢れてるね」


林間合宿は学園が所有している森にて行われる。日程も特に決まっておらず、各々の班が自由に消灯までの時間、この森を散策できる。


「ええ、この土地には特別な祭祀が行われているため、そのような稀有な環境になっているのですわ」


「へぇ、四条宮さんは何でも知っているんだね」


「もちろん!分からないことがありましたら、何でも聞いてくださいまし、源助さま」


「ねぇ、杏奈ちゃん。今時あんな言葉遣いっておかしいよね」


「天野さん!そんなこと言っちゃだめですよ。個性なんですから」


「聞いたか津羽、ここらへん神様がいっぱいらしいぞ」


「一、そんなにはしゃいでみっともないぞ」


 ………。確かに、この辺りの"気"は澄んでるような─


「大丈夫かい?」


思考を巡らすために下を向いていた梨佳は、頭上から降ってきた声に反応し、顔を上げた。


「えっと、鹿島さん、だったよね。疲れたのかな?少し休憩しようか?」


どうやら、考えながら歩いていたせいで皆より少し遅れていたらしい。


「………」


梨佳は黙って歩き出す。


「大丈夫みたいだね」


源助はその冷たい態度を気にも留めなかった。


「鹿島ちゃん、かわいいのにもったいねーなー」


「一、声に出しすぎ」


その日は、特に何の進展もなく、終わるはずだった。


消灯時間後、梨佳は日課の瞑想のため、無断で森の深部に訪れた。


 この神聖な環境で瞑想すればきっと、もっと強くなれる


そんな気持ちで、垣根を分け、もっとも"気"が濃い場所へたどり着いた。


「ぁ」


思わず、声が漏れる。


 なんて神秘的な舞いなのだろう─


その光景に目を奪われた。幾千もの神楽をこなし、また見てきた彼女であるが、ここまで華麗なる舞いは見たこともない。母、いや神宮連のどの者よりも、美しく、また儚く、厳かであるか。これは、もはや人の舞いではない。これはまるで─


「神…」


「おっと、どうやら人間の観客も来たみたいだ」


「名前」


「ん?」


「私は鹿島梨佳。あなたの、名前を、教えて」


「僕は平井源助。改めてよろしく、鹿島さん」


 平井源助。これが私の仕える()()()()()


その日から梨佳は、源助に引っ付いて学生生活を過ごすこととなった。しかし、


「源、これ忘れてる」


「あ!助かったよ、ありがとう。」


「源、ここの途中式、違う」


「ほんとかい?どう違うんだ?」


「源、神気の運び方はそうじゃなくて、こう」


「難しいな。やっぱりすごいよ、梨佳は」


一緒に過ごしてみると思ったよりも人間臭くて、最初に感じた敬愛の念は徐々に薄れていった。そして、それに反比例するように芽生えてきたのは恋心であった。


「─────、ふぅ」


瞑想をしていても、すぐに頭の中が源助で一杯になる。これではまともに修行もできない。


「明日は、どんなこと、喋ろうかな」


それでも、今の梨佳にとってそれは悪いことではなかった。源助と一緒に過ごすこと、いつの間にかそれが彼女にとって強さよりも大事なことになった。


「ふふ」


それは、いつしか彼女が閉ざした感情の蓋を開くこととなった。



「…お母様からの手紙」


体育祭が終わった翌週、下宿先に一通の手紙が届いた。


「御呼び出しか」


 きっと、お母様は、私の学校での振る舞いについて言及するつもりだ。


表情が強張るが、「ふぅ」と息を吐くと、自然と笑みが溢れた。


 なんだ、こんなものか


翌日、実家へ向かう彼女の足取りは、軽いものでありつつ、またしっかりと地面を踏みしめていた。



「ただいま戻りました」


その声が境内に響くと、社の戸が静かに開く。


「入りなさい」


母の声が重く、響く。


「失礼します」


梨佳は丁寧な所作で、社へ上がると、何の躊躇いもなく、母の前へ座った。


「此度の呼び出しの意図、分かっていますね」


「はい」


「申し開きがあれば、聞きましょう」


「なにも」


多くは語らず。なお、その語気は重い。


「梨佳、貴女は本当に巫女という使命を理解していますか?」


「はい」


「ならば、分かりますね?」


「お言葉ですが、お母様」


度重なる問答。それでも、彼女の瞳は揺らがない。


「よろしい。申しなさい」


「お母様は、今までお父様を愛したことは」


「子の貴女にそれを教えるつもりはありません」


「私に愛を感じたことは?」


「その話は今関係ありませ─「私は、()()()()()()()()()


その声は決して大きくはない。しかし、母の言葉を掻き消すほど意志の強い声であった。


「いつしか夢見た貴女ではなく、私は鹿()()()()になる」


 そう、私は私だ。これは、私の人生で、私が望んだ生き方で、私が求める強さを目指していくんだ。


「私が愛しているのは、源だけではありません。お母様もお父様も愛しています。それが、弱さに繋がるとは微塵に思っておりません。むしろ、その想いが私をさらに強くさせる。だから、私は感情も愛も捨てない。たとえ、命令されても従わない。それが、当主である貴女の命令であっても絶対に」

 

 これが私の思いであり、願い


「……よろしい。ならば、証明しなさい」


「!」


「今年の大晦日に行われる神楽で、私よりも神の寵愛を受けなさい。もし、私よりも劣るのであれば、これから先、私の言うことに従うように」


「承知しました」


二つ返事で言葉を返す。だが、そこに迷いはない。


「以上。下がりなさい」


「失礼します」


梨佳は靴を履くと、母の方へ振り返った。


「お母様、どうかお身体に気をつけて、お父様にもよろしく伝えてください」


そう言うと、「いってきます」と微笑んだ。



梨佳の姿が見えなくなると、後ろの襖が開く。


「まったく、見ないうちに大きく成長したもんだな」


「ええ、よく喋るようになって、口答えするようにもなって、あのような顔で笑いますのね」


ふわりと白檀の香りが優しく、柔らかく、風とともに突き抜ける。


「ん!?お前、今─!?」


「あら、どうされまして?」


肌に刺すような寒さが目立つこの頃、この日の鹿島神宮は小春日和であった。

   

ゆくゆくはヒロイン全員のお話を閑話として書く予定です。順番は決まっていないので希望があれば、感想欄にてお申し付けください。

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