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ep30

         ※


「では、()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう言うと僕の頭の中から声が消えた。途端、体に衝撃が走る。それはとても苦しくて、苦しくて、気持ちいいものだった。


「がっ!あっ!」


 元々このような快感なのか。それともあまりの苦しみゆえ脳が快感へと変換したのか。どちらにしろ、僕にとっては苦痛でしかなかった。


「ぐううう!」


 四肢がちぎれそうな感覚が迸る。内臓が押しつぶされるような感覚が覆い被さる。右目の視界は真っ白に、左目の視界は真っ黒に。耳に入る笑い声は天使のものなのかそれとも悪魔のものなのか。甘い香りと腐臭が混ざったものが鼻腔をくすぐり、口の中で何かほろ苦いものを舌が転がすため、自然と胃液が昇ってくる。


「うああああああああああ!」


 頭の中で脳が飛び回り、走馬灯が駆け巡る。僕が生まれた日、家族の愛、友との友情、あの日の思い出。それらがなんだか、とても愛おしくて、思わず手を伸ばしそうになる。けれど、もう──


「ゲェェェ……」


 堪えきれず嘔吐する。僕の中の全てを流し出すように。


「────」


最後に出た言葉は、想い人の名であった。



           ※


「なるほど、よく()()に学園なんか建てられたな」


先ほど梨佳が発言した座標の原点とは、この国の魔標軸のことである。魔標軸とは、簡単に説明すれば、空気中に含まれる人外の"気"がどれくらい濃いのかによって定められる。よって原点に向かうほど人外に襲われる危険性は少ない。


「さて、どうしたものか」


虎太郎は転移中に頭を悩ます。が、そんな暇もなく学園のグラウンドへ着いてしまった。


「こたっちゃん!」


虎太郎の"気"を察知して、孝雄が飛び出てくる。


「おう」


「やけに遅かったじゃん!」


「まあな」


「その二人はどうしたの?」


「ちょいとな」


「ふぅん、まあ想像はつくけどさ」


「柚井さん、梨佳ちゃん!」

「梨佳ちん、柚井ぽん!」


虎太郎に抱えられてる二人の存在に気づいて杏奈と桃崋が駆け寄ってくる。


「二人は無事なの!?」


「寝てるだけだ。心配ない」


「よかった」


二人は溜飲を下げた。


「このことには感謝します、武立虎太郎。しかし、だからといって─「はいはい、怪我人を沢やんの元に連れてくからどいたどいた」


杏奈が何か言い始めるが孝雄が間に割って入る。


「どこにいるんだ?」


虎太郎は簡潔に問う。


「沢やんならあそこに立ってるテント」


「そうか。とりあえず運んでくる」


「……ん?」


「待ちなさい!話はまだ──」


「待って!!」


各々が口を開くが、桃崋が全てをかき消すぐらいの大声をあげる。その大きさと迫力ゆえ虎太郎も少し振り返った。


「げんげんは、いなかった……?」


先ほどとは対照的にかき消えそうな声で虎太郎に尋ねる。


「俺は見てない」


「そう……」


「こたっちゃん、俺もついてく」


そう意気揚々と着いてきた孝雄だが、救護テントにいくまでの間、口を開くことはなかった。


────


────────


─────────────


「おう、小僧。お前は無事だったか」


「まあ、なんとか」


救護テントに着くやいなや、沢井は虎太郎の存在に気づき話しかける。


「その二人は重症か?」


「いや、多分寝てるだけです」


「そうか、ならよかった。そこら辺に空いてるシートがあるから寝かせとけ」


「はい」


「おうおう、やけにおとなしいじゃねーか。さすがのお前さんも疲れたか?」


「ええ」


虎太郎はゆっくりと二人を降ろし、寝かせる。


「ねえ、こたっちゃん」


救護テントにいくまで口を閉じていた孝雄が口を開く。


「なんだ?」


「一つだけ、質問するよ」


「………」


「あ─「先生!お願いします!源助君を助けてください!」


孝雄の言葉を遮る形で、源助を抱えた杏奈と桃崋が救護テントへ入ってくる。


「早くそこへ寝かせろ!」


その二人の剣幕から重症かと思い、沢井もさすがに声を荒げる。


「場所、変えようか」


「わりぃ、何だかねみぃから寝かせてくれないか?質問はまた後で聞くよ」


答えを聞かずに虎太郎は空いているシートへ寝転んでしまった。


()()……」


孝雄は誰にも聞こえないような声でそう呟いた。


         

            ※


「もう大丈夫だ。治療は滞りなく完了した。後は目覚めるのを待つだけだ」


ふう、と沢井は額にたまった大量の汗を拭う。事実、治療は困難を極めた。源助のあらゆる内臓は捻転していた。また、四肢の関節は脱臼を通り越して骨が皮膚を貫通する始末。もう少し遅ければ命を落としていたことだろう。そのような重篤な状態なのにも関わらず、治療を成功させたのは沢井の能力の高さに他ならない。


「よかった、よかったぁぁ」


その報告を聞いて杏奈は胸を撫で下ろす。気が弛んだのか、涙もポロポロと流した。桃崋にいたっては「よかったあよぉ」と繰り返しながら泣いている。


「ああ、助かってなによりだ」


「沢井先生!武立さんと四条宮さんが到着しました!準備をお願いします!」


どこからか静枝の叫び声が聞こえる。


「了解です!」


沢井も大声で返す。


「さてと、先生はちょっくら行ってくる。もし、体調不良者や怪我人が来たら頼めるか?もうすぐ国立病院の医者が来るからそれまでな」


身支度を整えながら沢井は杏奈と桃崋に話しかける。


「えっ」


「さすがに治療術を使えとは言わん。そこに救急箱とクーラーボックスがあるからそれで簡単な処置をしてほしい。頼めそうな奴は、、お前らしかいなさそうだしな」


「わかりました」


「ああ、助かるぜ。今度何か旨いもんおごってやるよ」


そう言い残し、沢井はテントを飛び出す。


──

───


「もう、限界なんじゃないの?」


沢井が現場へ向かう途中、どこかにいたのか、菫が話しかけてくる。実際、沢井の体は先ほど治療で既に限界に近い。


「急いでるんだ。じゃあな」


「過ぎた力の行使は、それ相応の代償をもたらすわよ」


沢井は菫を無視して先へ進む。


「待ってよ!どうして、赤の他人のためにそこまでできるのよ!どうして、自分のために力を使わないの!? 治癒師にさえならなければ貴方は─「そこが、()()()()()()()()()


沢井は足を止めることはなかった。


「どうして、あたしをおいてくの………」


          

          ※


龍美と魅月が到着したことによって、まだ帰って来ていない生徒たちの捜索が始まった。生徒たちの"気"をたどりながら、着々と進む。


「ここは、残念ながら……」


龍美を首を横に振る。そこには生徒の死体だけが残されていた。感じた"気"は生前の残り香だったようだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


静枝は死体ひとりひとりの前で膝をつき、赦しを乞う。沢井は、せめて綺麗にと、術でその容貌(かたち)を整えた。


その姿を龍美たちは黙ってみることしかできなかった。


「行きましょう」


幾分かした後、魅月が出発を促す。生徒の死体はそこに生えていた木々で作った簡素な棺に入れられた。


───


────────


「ここも、だめみたいですね」


「おそらく平井たちが戦ってた場所だな」


それはこの空間に入った者全てが理解した。


「彼、よく生き残ったわね」


そこにはこれまでの空気とは違い、神聖な"気"が流れていた。


「もしかして、私たちと渡り合えるかも」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


龍美と魅月が感心する裏で、静枝は変わらず、死体に赦しを乞い、沢井は術を施した。


「今はそんなこと言うべきじゃないわね」


「ええ……」


────


───────


「ここも、全滅………」


残っていた数名の生徒は全てそこにいた。死体となって。


「ああ」


遂に、静枝が倒れた。


「静枝さん!」


地面と衝突する寸前、沢井が抱き抱える。


「無理もないわね」


「沢井先生、静枝先生をお願いします。私も簡単な治療術ぐらいなら使えるので」


龍美はそう言うと、死体の前に跪き、術を施す。


「ごめんなさいね」


術を施しがてら、自然とその言葉が口から出てきた。


「あぁ、酷いわ」


その死体は頭が吹き飛んでいた。他にも二人、似たような死に方をしている。


「なんて残酷なのかしら」


龍美は可能な限り、綺麗にする。おそらく、沢井や他の治療師であってもこれは復元できない。


「え」


死体に触れた瞬間、龍美はすっとんきょうな声をあげる。


「どうしたの?」


近くにいた魅月が心配して声をかける。


「ううん、大丈夫」


龍美は何事もなかったかのようにそのまま処置を続けた。


「これで、全員ですか?」


このエリアの処理も終え、魅月が沢井に尋ねる。


「そうですね」


「貴方も大丈夫かしら?顔色悪いわよ?」


「そんなこと言ってられないですよ」


「決して無理はなさらず。後は学園の運営に任せなさいな。私からも口を添えておくから」


「ありがたいです」


こうして、捜索活動は終了した。


         ※


「んんぅ」


それと同時刻、源助が目を覚ます。


「ここは?」


「源助くん!」「源!」「げんげん~!」「源助様!」


源助が言葉を発すると、四人は源助に飛び付いた。梨佳は、源助が目覚める三十分前に、柚井は五分前にそれぞれ目を覚ました。


「うわわわ!」


「ちょっと皆さん!そんなに一気に飛びつかれたら源助様が困りますわ!」


「柚井ぽんだって人のこと言えないじゃん」


「桃崋さん!その呼び方止めてと─「相変わらず、騒がしい」


「聞こえてますわよ、梨佳さん」


柚井が梨佳を睨む。


「もう、源助くんが起きたんだから喧嘩しないでよ」


杏奈がその場を窘める。


そうやってあーだこーだー騒いでると


「あの~」


源助が声をあげる。


「どうしたの?」「どうしました?」「なに?」「どしたの?」


四人は一斉に源助の方を向く。


「君たちは、その、僕の友達ですか?その、覚えてなくて、すみません……」


「「「えぇ~!!!」」」「キュゥ……」

「ああ、梨佳ちんが倒れたぁ!」


三人は叫び、一人は倒れた。その叫び声は学園中に響いたという。


          


           ※


「飛び交う蝶は、交わることなく、共に墜ちたか」


「所詮人の子、それまでのことよ」


「しかし、何とも愛おしいものだ」


「ふむ、確かに『()()()』が堕ちてしまうのも無理はない」


「そう考えると、出遅れてしまったな」


「そう焦るな、()()はまだ仮のものに過ぎぬ。きゃつが独占する前に、我らで分けてしまえばよい」


「下らない画策をしているから、私に出し抜かれるのですよ」


「聞いておったか、アリア」


「私は彼をこの地に迎え入れようと思います」


「なんと!?」


「この()()に人の子を!?」


「前代未聞であるぞ!」


「そうすれば、貴方様がたも私の救済(おこぼれ)を頂戴できますよ?」


「……よかろう。私は許可する」


「正気か!?」


「彼奴、平井源助はこの地に立つ資格を持つ力を秘めている」


「なるほど、そこまで()()()()()()()()()()


「では、貴方様がたも協力を頼みますよ」






加速する運命。これから何が起こりうるのか。それは神すらも知ることはない。光の中で煌めく欲望があれば、闇の中で蠢く野望もあるのだから──

なんとこの小説も本編が30話、そして10万字を突破しました。1年と2ヶ月ちょっと、ここまで来るのにかなりの時間がかかりましたがここまでこれたのは読者様の応援に他なりません!!これからも頑張りますので応援よろしくお願いします!!!


《追記》話の節目ということで第一部分のキャラクター、用語解説を更新しました。そちらも良ければご覧ください。



感想・評価・ブクマ、よかったらよろしくお願いします。頂いた評価で顔をにやけさせる日々を送っていますのでぜひ!

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[良い点] とても楽しく見させてもらってます! ヤンデレ作品はいいですよね!! これからも更新楽しみにしてます! [気になる点] あまりまだヤンデレの子は出てないですか? ヤンデレの子見たいです! …
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