ep21
※
本当に俺のことを理解してくれている奴なんて誰もいない。
俺が本当に何を求めているかを理解してくれている奴なんて一人もいない。
ただ、ただ一人だけいた。
何が悲しくてこんな世の中を生きていかなければならないんだ。苦しくて、血反吐を吐きながら、どうして俺はこんなことをして生きているんだ。
金も地位も名誉も強さも、そんなもの別に必要なかった。
俺はあの子との平穏な日々を望んだだけだ。それは望んではいけなかったものなのか?
悩んでいても運命の時計針は俺を待ってくれない。俺が止まっている間もそれは着々と、残酷に、刻み続ける。
俺の考えが甘かった。柄にもなく期待してしまった。
築けるのではないか と。
その気の緩みが俺に遅れを生じさせた。ならば、もう寄道はできない。為すべきことを成す。
たとえ、それによって何をもたらしたとしても──
※
目の下の隈をより一層濃くして、虎太郎は今日も登校する。
「こたっちゃ~ん、おはおは」
「あぁ」
「いつにも増して形相が悪いね~」
「あぁ」
「もしかして寝不足?そんなんじゃ今日のテスト乗り切れないよ~」
「どうでもいい」
「今日ノリ悪いね~」
「そんなことより、もう身体は良いのか?」
「えぇ…いつの話してんのさ。もう二週間以上前の話だぜ?とっくに完治してるっての」
「そうだったか?それならいいんだが」
虎太郎たちは教室へ入り、席へ着く。
「おはよう二人とも。調子はどうだい?」
息つく隙もなく、源助が話しかけてきた。
「平井か。お前は相変わらず元気そうだな」
「あぁ、今日は実戦試験だからね。コンディションは高めてきたよ」
「は?実戦試験?実技じゃなくてか?」
「まさか、ちゃんと話を聞いてなかったのかい?この前の体育大会の件を経て、生徒の経験を積ませるために今学期から導入されるって先生が話してたじゃないか」
「はぁ」
「戦うのは生徒同士。その結果によって実技科目のクラス分けをより精密化するらしいよ」
「へぇ」
「こたっちゃん、まじでなんも聞いてないのかよ」
「これだけじゃなくて、まだまだ追加される行事があるらしいんだ。噂によると、他学年との交流戦とか、他校との合同合宿とか………」
「源助様!」
源助が色々喋っていると、遠くから怒鳴り声が聞こえた。
「あ、柚井だ。ごめん二人とも、君たちとは仲良くしたいんだけど如何せん彼女たちがうるさいんだ。じゃあね」
「別にもう来なくていいぞ」
その言葉に応えることなく、源助は去っていった。
「実戦試験か……何年か前に人間の子供同士を争わせるのは倫理的観念に反すると取り止めになったのに今更だな…」
「この前の事件でそうも言えなくなったんでしょ。お偉いさん方もより迅速に任役候補の育成、強化をしたいんだろうね」
「もはや、式神による戦闘訓練だけでは間に合わないってか?」
「思ってるよりもはるかにこの問題は深刻そうだね」
「そうだな」
二人が話していると、予鈴が鳴り始めた。
「とにかく、行こうか、こたっちゃん」
「どこにだ?」
「はぁ~、グラウンドだよ」
※
「皆、そろっているようね」
担任の静枝が点呼を取り終え、クラス全員が揃っていることを確認する。
「今日は前々から言っていたように実戦試験を実施します。この試験及びこれから行われるであろう科目は数年前に子どもの権利に関する条約に反するとして~」
「ふぁぁ」
虎太郎は静枝が丁寧に説明している前で大きな欠伸をする。
静枝はそれを見て一瞬、眉をひそめるが無視して話を続けた。
「ですが、現状、あなたたちは人外による脅威にさらされています。あなたたちが自らの命を守ることを可能にするため、学校は再びこれらを導入しました」
静枝が見渡すと時折不安そうな生徒が見受けられる。
「これからあなたたちが怪我をしないということはほぼないでしょう。苦しいことも痛いこともあるでしょう。それが嫌ならこの学園を辞めて他の学校へ転入しなさい。相手の学校に話はつけてあげます」
ゴクリ と生唾を飲み込む音がした。
「今、この時点で試験を受けたくないものは名乗りでなさい。別室で転入手続きをしてもらいます」
だが、そこへ名乗り出るものは誰もいなかった。
「まぁ、どれだけ口で説明しても受けてみなければ分からないわよね。辞めたくなったらいつでも言いにきなさい。それで私たちは失望や軽蔑など決してしないわ」
「お話はそろそろその辺にして試験を始めましょうか」
先程から静枝の横で黙っていた菫が口を開く。
「そうですね…。試験の内容については先日説明した通り、一対一の戦闘。制限時間は10分。どちらかが戦意喪失した時点で決着とする。成績評価は勝ち負けでなく、どれだけ上手く戦えてたか、よ。」
「対戦相手はこちらでできるだけ強さが近いもので組んだから安心してくださいな」
「それでは今から試験を開始するわ。まず、対戦表を配布するわね」
先生たちによってプリントが配られる。
虎太郎もそれを受け取り、自分の分を取って後ろに回した。そして自分の組とコートだけ確認して畳んでポケットに入れる。
「それでは、5分後に始めます。最初の者は準備しなさい。それ以外の者は待機。自分の組が来るまで各自で調整しておくように」
解散の指示で一気に人が動いた。
その中で表を見て憂う者、喜ぶ者、困惑する者、相談する者。それぞれの反応を見せた。
虎太郎はというと一目散に人目を避けて、体育倉庫へ侵入した。そして、高跳び用のマットに清掃術をかけたかと思うとそこへ寝転んだ。
「悪くない」
虎太郎の順番はBコートの最後。結果によるが1時間は眠れるであろう。
目覚ましアラーム術を一時間後にセットして虎太郎は眠りについた。
1時間後、アラーム音で目を覚ます。
起床後のストレッチをして、体育倉庫から出る。
自分のコートを見てみると丁度9組目の試験が佳境に入っているところだった。
「タイミングや、よし」
そう呟き、虎太郎は自分の待機場所へ行く。そしてそこである人物を目にした。
「やぁ、武立くん。嬉しいなぁ、君と戦えるなんて」
平井源助が待機場所にいた。
虎太郎は黙ってポケットの中にある表を開いて、見る。
そこにはしっかりと
平井源助─武立虎太郎
と書いてあった。
「はぁ…」
もはや虎太郎は溜め息しかでなかった。
「次、平井源助、武立虎太郎。コートに入りなさい」
9組目の試験が終わったようで、Bコートの審判である菫が二人を促す。
「さぁ、行こうか。いい勝負にしよう!」