ep19
おまたせしました。
前回のあらすじ
依頼人は同級生
※
「全然見つからん」
探し続けること三時間、虎太郎は途方に暮れていた。
手分けして探すことになり、別れて犬を捜索するも一向に見つかる気配はない。
「あ、家に連絡入れるの忘れてた」
虎太郎はそのことを急に思い出して、携帯を取り出して画面を見る。
「うわぁ…」
画面の通知は無数のメッセージ、メール、着信履歴で埋め尽くされていた。
「とりあえず、メッセージだけでも」
今日は遅くなる とメッセージアプリで送信するとすぐさま既読が点き、携帯が震えた。画面には 麻比呂さん と映る。
「はぁ~。もしもし」
虎太郎は溜め息をつきながらその電話に出た。
「もしもし、じゃありませんよ。どこに居るんですか?すぐ迎えを寄越しますよ」
「今仕事中。今日は遅くなるけど晩飯は作っといて。帰ったらチンして食べるから。それじゃ」
「お待ちください。切らな─プッ」
虎太郎は言いたいことだけ言って電話を切り、携帯の電源を落とした。
「はぁーあ。街中も、その付近も探しまくったってのに影も形もねぇや。本当にいるのかよ。そのペットは」
愚痴を吐きつつも仕事を投げ出さずに続けるのは彼の性なのだろう。
「それにしても白木種とはな。お家の方から貰ったもんだろうが、それを逃がしてしまってことを家にバレるのが嫌で組合の方に出したのか…?」
清水家と言えば陰陽道において名高い家流に入る家柄。
いかに白木種が希少だと言えどかの家が手に入れるのはそれほど難しいものではない。
「しかも10歳と来た。そこらの犬と変わらん大きさだ」
妖犬の寿命は人間よりはるかに長い。そのため式神となるものは脈々とその家に受け継がれているものが多い。それなら見た目も大きく妖力も高いので、探知をすれば場所を特定するのは容易かった。
だが、今回のは余りにも幼い。普通の犬で言う幼犬だ。
妖気も小さく、見た目も普通の犬と変わらない。野犬も多い中でその妖犬を見つけ出すことは至極困難であった。
「陽も落ちたし、少しは見つかりやすくなったと思ったんだがなぁ」
妖犬も妖怪の一種であるのでもちろん昼よりも夜の方が活発化する。だが、その虎太郎の目論見は短絡的としか言えない結果となった。
虎太郎は公園のベンチに座ったかと思えばまた立ち上がり、自販機の前に行き、飲み物を物色していた。
「カフェオレにするか、ココアにするか…」
よし と踏ん切りを付け、虎太郎はあったか~いココアのボタンを押した。
「ふぅ…」
ベンチへ戻り、一息つきながら腰掛けると同時に缶の栓を開けた。
─カコッ─
閑散とした公園に開栓音が響く。
「ズズッ…ふぅぅ…」
湯気と共に甘い香りが辺りに漂う。
「まさに至福の一時…ん?」
虎太郎が悦に入っていると足元に僅かな妖気を感じた。
「ハフッハフッ」
そこに居たのは小さな白い犬であった。
「もしかして、こいつか?」
「ワウ!」
そうだ! と言わんばかりに犬は吠えた。
「なんてこったな。まさかそっちから出てくるなんて」
「クゥン」
よく見ると犬の視線は虎太郎の手元に向かっていた。
「なるほどな。腹減ってココアのミルクに反応したか」
白木種の鼻のよさは生物界随一。どんな複雑な混合物であろうと鼻腔内で純化し、一つ一つの匂いを感じることができる。
「よしよし。飼い主の元に帰ろうな」
虎太郎が頭を撫でようと手を伸ばすと
ガブッ
とその手に噛みついた。
「!?」
犬は確かに噛みついた。犬自身もそう確信していた。しかし、気がつけば虎太郎に抱き抱えられていた。
「まあ、そう怖がるなって」
虎太郎はココアを飲み干し、缶をゴミ箱へ捨てる。
「さてと、連絡入れるか」
虎太郎は携帯を取り出し、杏奈へ連絡を入れた。
「クゥクゥ」
その際、犬はジタバタともがいていたがやがておとなしくなった。
そうして、二分ほどたった頃に公園に全員集まった。
「シルク!」
杏奈は犬の姿を見るなり速足で駆け寄り、虎太郎の手から抱き寄せた。
「もう心配したんだから…」
「そいつさ、腹減ってるみたいだから早く何か食わせた方がいいぞ」
「ありがとう、武立くん。そうだ!二人ともご飯まだでしょ?この子も入れる所で何か食べよ!私が奢るから!」
上機嫌で興奮気味に杏奈が提案する。
「あー、俺は飯が…」
虎太郎は断ろうと思ったが
─ジー…─
シルクという名の子犬の熱い視線になぜか気圧された。
「そうか。そうだな。じゃあお言葉に甘えて」
「西行くんもそれでいい?」
「うん…」
かくして三人と一匹はペット同伴OKの飲食店にて捜査の打ち上げを開いた。
「じゃあ私、みんなのお水取ってくるね」
セルフサービスの水を杏奈は進んで取りに行った。おそらくこれは別に今日だけのことではない。
「…よく了承したね。断ると思ってた」
ようやく言葉らしい言葉を孝雄は放つ。
「あぁ、自分でもびっくりだよ」
「おまたせ!氷は入れなくてよかった?」
「あぁ、構わん」
「大丈夫だよ」
そうして各々はメニューを注文する。
食事が来る間、杏奈が話題を提供してくれるため、空気は悪くなかった。
「それにしてもこの子が人を見て逃げなかったなんて珍しいね。極度の人間嫌いだから私以外の人には姿すら見せようとしないのに」
その犬は今、彼女の隣で水をピチャピチャと飲んでいる。
「へぇ。確かに俺が抱えようとしたらちょっと嫌がったな」
「うん。だから見つけたら足止めだけでもしてもらって逃がさないようにしてもらいたかったんだけど、思いの外あっさりと捕まえられたみたいで安心した」
杏奈はシルクを愛おしそうに撫でる。
「相当極限の状態だったんだろ。俺のココアのミルクに反応して出てきたしな」
「やっぱり、ここ数日は何も食べてなかったんだね…」
撫でるその手をそのまま伸ばし、ギュッと抱き締める。
「おまたせしました。黒挽きステーキとライスのお客様」
「あ、俺のです。ありがとうございます」
話しこんでいると頼んでいたメニューが届く。
「パンケーキのお客様」
虎太郎は小さく手をあげ、受けとる。
「ありがとうございます」
「ボロネーゼのお客様」
「私です。ありがとうございます」
「特製ドックフードでございます」
シルクの前に器が置かれた瞬間、シルクはおもいっきりがっついた。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
「「「いただきます」」」
三人同時に挨拶をし、食事を始める。
「虎太郎くん、それでよかったの?」
パスタをクルクル巻きながら、杏奈は虎太郎に問う。
「あ、あぁ、俺、甘党で少食だし」
虎太郎が頼んだのはパンケーキ一枚。夕食としてはあまりふさわしくない。
「そうなんだ。ちょっと意外だなぁ、普段の態度とちょっとギャップがあるっていうか…」
「そういうやつほどこんなもんだよ」
「虎太郎くんってさ、思ったよりも取っつきやすいね。もっと小難しいかと思ってた」
「先入観じゃないか?」
「そうかもね」
そう言って球状なったパスタを口に運ぶ。
「そういう清水こそ、案外フランクなんだな。もっとかしこまってるイメージがあったんだけどな」
「あぁ、それはね、外目とか色々とあるからかな。桃崋ちゃんととかならこんな感じだよ」
「へぇ」
「あ、でも源助くんの前でも何か固くなっちゃうんだ。なんだか緊張しちゃってさ」
「ふぅん」
「でもそれって好きだからってものじゃないんだよね。もちろん好きじゃないわけじゃないけど────」
乙女のマシンガントークに虎太郎は相槌を打つしかなかった。ちなみに孝雄は無心でステーキにかじりついていた。
食事も終盤に差し掛かり、今度は今回のメインであったシルクの話になった。
「この子ね。種こそ上位のモノなんだけどね、実はそんなに強い子じゃないの。力は申し分ないんだけど、それを扱う才能が欠如してる」
虎太郎は黙って水を飲む。杏奈は構わず、話を続けた。
「お家はね、調教さえすれば、って色々この子にしてたみたいだけどそれも全然だめだった。挙げ句の果てにこの子は人間不信、家長の言うことでさえまともに聞こうとしなかった」
「あのさ、清水さ─「孝雄、まだ彼女が話してるだろ?」
孝雄が話に割り込むが虎太郎がそれを制す。
「こたっちゃん…」
「すまん。続けてくれ」
「…いいの?じゃあ続けるね。お家の中ではもうシルクはだめだって話になって、なら 棄てましょう って話になったの…」
「……」
『わたし、この家に生まれてきてよかったのかな?』
「だから、私いてもたってもいられなくなってこの子を無断で家から連れてきたの。ちょうど一人暮らしにもなるところだったし」
「なるほどな。だから今回の依頼も」
「うん。この子が行方不明と家に知れたら、介入される。一応、まだシルクの所有権は家にあるから」
「悪いな。裏の事情まで聞いちまって」
「いいの。元はと言えば私の不注意で始まったことだし」
「そうなのか」
「うん。戸締まりがダメだったみたいで窓から飛び降りてたみたいなの」
「そうか、次からは気を付けないとな」
「そうだね。これ以上私たちの勝手でこの子を苦しませたくないもん」
杏奈がシルクの頭を掻いてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
「ごちそうさま。今回の報酬はこの飯ということで」
「いやいや、それとこれとは別。ちゃんと後で依頼の報酬も払うよ」
「いや、今日は色々話してもらったし、金にも困ってるわけじゃないしな。俺は」
「ぼくちんもお金に関しては困ってないね。こたっちゃんに任せる」
「じゃあなんで組合で仕事を?」
「…暇つぶし、かな?」
「なんでそっちが聞いてるの…フフ」
虎太郎の疑問系に杏奈は思わず吹き出す。
「とにかく、今日は本当にありがとう。正直言って二人にはあんまりいい印象を持ってなかったんだけど今日で改められたかな。これから学校でもよろしくね。あ、あと源助くんとも仲良くしてあげてね?」
「はは…善処するよ」
そうして食事を終え、現地解散となった。
「またね!バイバイ!」
「あぁ、さよなら」
「ばいばーい」
別れを告げ、それぞれの家路へと向かう。
彼女と別れて数分後、孝雄は口を開く。
「こたっちゃん、わかってる?」
「あぁ」
「本当にわかってる?いや、わかってないよね。今日のあの態度見てたらそう思うよ」
「分かってるから」
「いいや、解ってない。これはこたっちゃん自身が言い出したんだよ?」
「わかってる」
「こたっちゃんが昔から情にもろいことは知ってる。特に今日のそれがひどいことも。でも、だからといって、入れ込んだらだめだ」
「…すまない。俺が悪かった」
「…今日はとっても疲れたね。こたっちゃんも早く帰って寝ようね」
「あぁ」
澄んだ夜空に星は煌めき、月は二人を照らす。
それでも一寸先は闇。
今回もお読みいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いしますね
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