ep13
※
「ほう。怖じ気づいて来ぬと思ったが、まさか本当に来るとはな」
「どうせ来なくても無理やり連れてくるだろ」
「ふん。よくわかっとるじゃないか…」
寺の講堂に居るのは孝雄と佗慈魯のみ。
「龍美の倅は来とらんのか」
「なんでこんな汚いところにこたっちゃんを連れてこないといけないんだよ」
「汚い、か。お前からみえるものとわしらが見るものの違いか」
「ワケわからんこと言ってないでとっとと始めろよ」
「まぁそう急ぐな。今日という時間はまだたっぷりとある」
「俺にとっては貴重な時間なんだがな。それをせっかくジジイに使ってやってんだ。早くしろ」
「まったく、お前は変わらんのぉ。昔から人と意思疎通をしようとせん」
髭を撫でながら、沁々と佗慈魯は語る。
「そうか。そっちにやる気がないなら俺帰るわ」
「待て、と言っておろうに。今日の煉獄百刑は無しじゃ。代わりに少々話に付き合ってもらうぞ」
「話って?俺のか?それともジジイの与太話でも聞けばいいのか?」
「そうじゃな。お前の話でもある」
「俺の話ならこの前せんせとの面談でしたじゃん」
「あれは先生が話しただけじゃ。お前らは黙ってただけじゃろ」
「せんせの言ってることが全てだよ。その他に話すことなんてひとつもない」
孝雄がそう答えると、佗慈魯の表情は険しくなった。
「…単刀直入に聞くぞ。お前ら、何をしようとしているのだ?」
「別に、ただ俺は楽しく学校生活を送ろうとしているだけだが?」
「おい、質問に答えておらんぞ。わしはこれからお前らが何をしようとしているのかを聞いとるのだ。何をしているのかは聞いておらん」
「これからのこと?そりゃ学校卒業して進学するか、任役に就くかでしょ」
埒があかない、と佗慈魯は思いながら足を組み直し、神妙な面持ちで再び話し出す。
「…先日の大会、龍美の倅、虎太郎といったか。其奴の霊気から、ほんの、ほんの極かだが異様なものを感じた。このわしですら余程集中していないと感じとれない違和だったが、確かに感じたのだ」
「ふぅん。異様なもの、ね。そういうことか。つまりジジイは俺とこたっちゃんが似た者同士って言いたいんだ。類は友を呼ぶってことでしょ?」
「違う!わしはそういうことを言っているのでは断じて無い!」
「だってそうでしょ。はぁー、今までどんなに綺麗事吐いて来ても、結局ジジイもあいつらと同じだってことか」
やれやれ、とポーズをとりながら孝雄は溜め息を吐く。
「馬鹿者!物事を曲解して真実と捉えるな!わしはお前を決して─」
「あーあ、化けの皮剥がされちゃったから必死だねぇ。気分を害したからもう帰るわ。出来れば二度と会いたくないね」
孝雄はそう吐き捨て、講堂を後にした。
「ううむ。この年頃の男子は難しいのぉ…」
その現状に佗慈魯はうなだれるしかなかった。
※
「ここが、虎太郎くんの家…」
柚井に無理に教えてもらってここまで来たけど、こんなに大きいとは…。
日曜日、なんと源助は虎太郎の家に赴いていた。
虎太郎の家は和洋折衷の屋敷。
大きな敷地の中で西は洋式、東は和式というなんとも壮大な造りとなっている。
「あの、祓い屋『武立』に何か御用でしょうか?」
源助が家に魅とれていると、使用人と思われる者に話しかけられた。
「あ、あの僕は、その、虎太郎、くんの友達、で」
源助は普段、このようなやり取りに支障をきたす人物ではない。
しかし、この時は緊張していた。
「ぼっちゃ、虎太郎様のご友人でしたか。失礼しました。私、呼衆の佐秦 幸助と申します」
「平井 源助です」
「平井様ですね。虎太郎様をお呼びいたしますので客室で少々お待ちください」
「はい。ありがとうございます」
よし!上手く入れたぞ
掴みが悪かったので不安だったが、うまく事が運んだので源助は心の中でガッツポーズをとった。
「…連絡。虎太郎様の友人を名乗る者が現れました。客室に通すので早急に事実確認を」
幸助は通信機で屋敷内の呼衆に連絡を取る
「了解」
ぼっちゃまが孝雄様以外と交流を取っている素振りは見せなかった。こいつが危害を加える者ではないといいが…
源助の喜びと裏腹に幸助は警戒していた。
「虎太郎様。ご友人を名乗る者が来られてますが…」
呼衆の一人が虎太郎の部屋をノックしながら虎太郎へと呼び掛ける。
「ぐーぐー」
「虎太郎様。…寝ておられるのか。これは起こした方がいいのだろうか。……連絡。虎太郎様は現在睡眠を取っておられる。起こした方がいいのか?」
その報告を聞き、幸助は、あちゃー と額を手で押さえた。
「尋ねる、ということは起こしたくないんですね?分かりました。私が起こしにいきますので客人の世話をお願いします」
「すまない。虎太郎様を起こす勇気は俺には…」
「分かります。寝起きの、特に起こされた時の虎太郎様の機嫌はすこぶる悪いですから…」
以前、寝てばかりでは健康に悪い、と呼衆の一人が昼寝している虎太郎を起こしたところ、虎太郎が暴れだして大騒ぎになった。その時は好物の飲むプリンを与えて事を収めたが、それ以来、呼衆たちのルールに虎太郎の睡眠を邪魔をしてはいけないというものが足された。
「はぁ、僕も穏便に済ませる自信は無いんだけどなぁ」
これから起こるであろう事柄に少々うなだれながら、飲むプリン片手に虎太郎の部屋へと幸助は向かう。そして、
「虎太郎様」
コンコンコン、とノックをしながら虎太郎に呼び掛ける。
「ぐーぐー」
「虎太郎様。入りますよ」
「ぐー」
「それでは失礼します」
幸助がドアノブに手をかけようとすると
「ッ!」
結界が!
強力な結界が貼られていた。
怪我こそはしないものの手の痺れはかなり残るようなものだった。
仕方ない。ここは意を決して!
「虎太郎様!ご友人を名乗る方がお越しになられてます!」
幸助は大声で叫んだ。すると、
「んぁ?友人?孝雄か?」
寝ぼけ声で虎太郎が反応した。
「ふぅ。いえ、平井 源助という方です」
騒ぎにならなかったことを内心ホッとしながらも客人の名を答える。
「平井?……そいつは俺に付きまとうストーカー野郎だから追い払っといて。じゃあまた寝るから、おやすみ」
「了解しました。夕食までには起床なさってください。後、飲むプリンを持ってきたのでよろしかったらどうぞ」
「マジ?」
飲むプリンがあると聞くと否や、部屋の扉が開く。
「ありがとう幸助。あ、平井って奴、結構強いから処理するんだったら麻比呂さんに任せた方がいいぞ」
「アドバイスありがとうございます。後はこちらにお任せください」
「ん」
幸助から飲むプリンを受けとると、虎太郎は再び自室へ戻った。
「連絡。客室に通した者は友人を騙る変質者だった模様。虎太郎様曰くストーカーだそうです。今後の処理は兄の麻比呂へ引きいでください」
「了解」
返答の後、通信が切れる。
まさか、嫌な予感が当たるとは…。
平井を通したことに少々責任を感じつつ、幸助は兄のサポートへと向かった。
「あの?虎太郎くんは来れそうですか?」
源助は虎太郎が来る気配がないので部屋の給仕に尋ねた。
「少々お待ちを。今、担当者が来ますので…」
「担当者?」
源助が疑問に思っていると
「失礼します」
と言いながら細目の男性が部屋に入ってきた。
「お疲れ様です。後は私が処理しますので下がっておいてください」
「はい、後は頼みます」
源助を置いて、二人は事を進める。
「あの、すみません。虎太郎くんは?」
「平井様、でしたか?少々聞きたいことがありますのでそちらへお掛けください」
入れ替りで来た男性が源助に着席を促す。
聞きたいこと?
源助はその質問を疑問に思いながら、着席する。
「では早速。貴方は本当に虎太郎様のご友人ですか?」
「ッ!」
いきなり核心を突く質問。その言葉が発せられた時、部屋の空気は一気に張りつめた。
「おや、どうしてそんなに気を張ってらっしゃるのですか?」
「あ、いえ、まさか疑われるとは思ってなくて」
「それで、どうなんです?本当のところは」
「本当に友人ですよ。いつも仲良く、学校で過ごしてます」
「へぇ、そうですか。しかし、虎太郎様は貴方のことをストーカー、と言ってますよ」
「え?いや、違います。それは照れ隠しですよ。ほら、虎太郎くんってそういうとこあるじゃないですか」
「それでは貴方は我が武立家の御子息が嘘をついていると、そう仰るのですね」
「いやいや、だから─「もういい加減諦めましょうよ。虎太郎様が私を指名した時点で貴方の黒は確定です」
「え?」
「今なら穏便に事を済ませてあげます。ここからおとなしく去り、今後一切、虎太郎様に関わらないと誓うのならばこちらも手は出しません」
「………」
「さぁ、もうお帰りなさい。従わなければ『武立』を敵に回すと見なします」
「まさか、ここまで拒絶されるなんてね」
「早く立ってここから去れ!これ以上虎太郎様に関わるな!」
「あの、一度でいいですから虎太郎くんに会わせてもらえませんか?」
「…侵入者の処理を開始する」
「やれやれ、あまり事を荒げたくはないんだけれど、今回ばかりは君に折れてもらうよ」
両者、共に戦闘態勢に入る。
名家『武立』と"気に愛されし天才"との闘いが今、まさに始まろうとしていた。