ep10
一万字ほどありますので文章を長時間読むのが苦手な方は時間を跨いで読み進めることをおすすめします。
──ドオオオオオン───
梨佳が放った神気を纏った気弾がオルグレイに着弾する。
だが、なに食わぬ顔でオルグレイは立っていた。
「…ぬるい。この程度で私が傷を負うとでも?今度はこちらから─「遅い遅い。《臾俄糸》」
爆煙で視界が悪いのを利用し、桃崋が極細の糸を射出する。
「こんなもの!」
オルグレイは糸を躱そうとする。しかし、
「な、なんだこれは!?う、動けない!」
「へっへ~ん。糸はすでに吸血鬼くんの周りに張り巡らしておいたんだよん」
オルグレイは必死にもがくが、抜け出すどころかますます糸が食い込む。
「むだむだ~。動けば動くほど抜け出せなくなるよ~」
「しゃらくさい!こんな糸!蝙蝠化してしまえば!」
オルグレイが蝙蝠と化した次の瞬間、
「《祓・聖十字斬》!」
「ぐぁぁ…ガァァ……」
源助の放った閃光の斬撃がオルグレイの体を四等分にした。
「やった!」
「やはりこの程度でしたわね」
「私…何にもしてない…」
「……ふわぁ…」
女子たちはこれで自身たちの勝利を確信していた。しかし、
「なるほど。朝飯前、とはいきませんか…」
オルグレイは縦断された口で器用に話す。
さすがの源助もこれには動揺した。
「なっ!?"祓力"で斬ったはずなのになぜだ!?」
「"聖気"のことですか。ふむ、あの御方の言うとおり、君たちは異質のようだ。あまりにも強すぎる。その"気"の扱いの長け方、齢15、16にして考えられないほどのものです」
「くっ!ならもう一度だ!」
「そんなに生き急がなくてもいいじゃありませんか?では、私は食事を摂らないといけないので、失敬するよ」
「逃がすとでも?」
桃崋は再び糸を張り巡らす。
「ええ、今一度逃げさせてもらいますよ」
───スゥゥゥゥゥ───
オルグレイの体は霧となり、消えた。
「えぇ!?」
「…逃げられた…」
「くそ!柚井、どういうことなんだ!」
「し、知りませんわ!こ、こんなの!」
「喧嘩はよしてください!」
一同の空気は悪くなる。
「ご無事ですか!皆さん!」
監督者たちが異変に気づき、駆けつけてきた。
「あの吸血鬼、我々が用意した妖怪ではありません。試験は中止です。皆さん、退避してください」
「大丈夫だよ。あいつ、そんなに強くなかったし、他の人たちならどうかわからないけど私たちならよゆーだよ」
「そういうわけにはいきません。これは異常事態です。優秀な任役たちが用意した試験場にも関わらずイレギュラーな事態が発生しています。過去にこのような事例はありませんでした。それほど今回のことは異例なのです」
「…わかりました。他の生徒たちはどうなっているんでしょうか?」
「他の監督者たちが避難指示、誘導をしているはずです。さぁ、皆さんも早く門へ!」
監督者に促され、源助たちは門へと向かう。
しかし、門へと着いたとき、その光景は異常だった。
「なんで、誰も外へ出てないんだ…」
「門が閉ざされてるからだぜ」
「あ、あなたは…」
「よぉ、一年坊、おめぇの戦いぶり、目にしたぜ。すげぇなおめぇら、この学校でもトップクラスだぜ。一年にしてはバケモンだな」
「それよりも門が閉ざされてるってどういうことですか!」
「あぁ、それは俺も分からん。俺が来たときにはもう閉まってたよ。監督の任役の人たちが開けようとしてるが開かないらしい」
「……柚井!」
「分かりません…分かりませんわ…こんなの知らない…」
───ギャアアアアア───
突如、叫び声が森のなかに響いた。
「まさか!」
「あ、君たち!危険だ!待ちなさい!」
源助たちは叫び声の元へと向かった。
「ふぅ……。おや、あなたたち、先ほどぶりですね。ちょうど食事をしているところです。少しお待ちなさい」
そこにはオルグレイに噛みつかれている生徒の姿があった。
「その人を離せ!」
源助は剣を振るおうとする。しかし、オルグレイは牙を離し、生徒を盾にした。
「ぐっ!卑怯だぞ!」
「そうそう、私、実は口からだけでなく、指からも血を吸えるのですよ」
─ズキュウ、ズキュウ、ズキュウ、ズキュウ─
「あっ、あっ、ぁ…」
盾にされていた生徒の体がみるみるしぼんでいく。十秒もたたないうちにミイラのようになってしまった。
「あまり美味しくなかったですね。やはり、上質な処女の血でないと」
オルグレイはその生徒から指を外し、投げ捨てる。
「貴様ァ!」
「源助くん!待って!そんな無闇に突っ込んだら─」
源助は怒りのままに剣を振るう。だが、オルグレイは、
「もう少し血を摂りたいですね」
霧状となり、剣を躱し、先ほど血を吸った生徒の組の方へと飛んだ。
「ヒィィ!」
「しまった!」
「《咲花姫》!」
間一髪で杏奈の式神が間に合う。
「ぬぅ。やはり、君たちは厄介だ。後回しにさせてもらうよ」
「今度は逃がさないよ!《幼神の玩具箱》!」
桃崋が術を唱えた瞬間、四方に可愛らしい模様の壁が展開される。
「なんだこれは!」
「対象は私たちと吸血鬼くん」
襲われていた生徒たちは壁の外へ弾き出された。
「後は蓋をしておしまい。ささ、一緒に遊ぼうか♪」
「ふふ、これで私を捕らえたとでも?残念、逆に捕らえられたのは君たちの方です。愚かだなぁ、自ら退路を断つなんて」
「へぇー、さっきまでボコボコにされてた奴に言われても説得力ないよ」
「では見せてあげましょう。私の真の力を!」
そう言うとオルグレイは懐から丸薬のようなものを取り出し、飲み込んだ。
「クク、フフ、溢れる、あの御方の愛が、フフフフ」
オルグレイの体から異様な妖気が溢れ出す。
「なんだこれは!?」
「『玉藻の寵愛』…!なんで!今の時点でこんな─」
「さぁ、望み通り遊んで差し上げましょう」
※
《緊急事態発生、職員一同及び支援者は直ちに本部へ集合せよ。繰り返す──》
「あら、何事かしら」
「とにかく、本部へ向かいましょう。武立くん、西行くん、今話さないとしてもいずれ話してもらいますからね。後、帰っちゃだめですよ!」
「虎太郎、じゃあ母さん行くね」
「ふん!その意思の強さだけは褒めてやるわい」
大人たちは慌ただしく本部へと向かっていった。
「ふぅ~。なんとか命拾いしたね。ていうか、緊急事態ってなんだろね」
「さあな。とりあえず、一休みしようぜ。大人たちに任せてさ」
────
──────
「丙種の試験場に吸血鬼!?それに門が閉じられてるですって!?」
「はい、奥様。丙種の監督者からの通信によると丙種の試験場に管理外の吸血鬼が出現。それと同時に門が閉じられたようです」
「現在の通信状況は!?」
「遮断されております」
「なんてこと…。丙種にはあの子がいるのよ!なんとしても門を開けなさい!いえ、私が開けるわ!」
「し、しかし、あの門は"気"を遮断する材質で構成されています」
「それは妨害者が関与しないように私が設定し、造ったものよ。創造者である私にとって門の開閉なんて造作もないわ」
「少し落ち着いて、魅月。おかしいと思わないの?対策してあるのに門が閉じられてるのよ?何かまずい気がするわ」
「…とりあえず門へ行きましょう。見てみないとどうとも言えないわ」
「私も行きます。大事な生徒が巻き込まれているのです。いてもたってもいられません!」
「あ、待ちたまえ藤原先生。まだ話が─」
魅月、龍美、静枝の三人は門へと向かった。
「確かに閉じられてるいるわね。…あっ、魅月」
魅月は門に手を掛け、霊気を集中させる。だが、
「あ、開かないっ!」
門はピクリとも反応しなかった。
「なぜっ!?一体なんなのこれは!?」
「落ち着きなさい魅月。あなたが取り乱したら全体の士気に関わるのよ」
龍美が必死に魅月をなだめる。
「アハハハハ!やっぱり人間の感情が荒ぶるとこ見るのって面白いなぁ」
突然、空中にモニターが現れ、そこに10歳ほどの容姿の妖怪が映し出される。
「これはあなたの仕業かしら?」
「ふふ、まぁ僕の仕業でもあるね」
「祓われたくなかったら、今すぐあの子たちを解放しなさい!」
「アハハ!この状況でどうやって僕を祓おうというのさ。少し状況を考えなよ、おばさん♥️」
「このガキィ!」
「魅月!相手の手玉に乗ってどうするの!一旦冷静になりなさい!」
「そんなこと言われても無理よ!逆に考えてみなさい!虎太郎くんが危険に晒されてて、あなたは我慢できるの!?」
「…ッ」
「うーーん、その子どもへの想い。感動しちゃうな。でも僕知ってるんだ、君が過去にあの子に対してどんな─「黙れ!」
「あのときの私は愚かだった…。でも、だからこそ今は…」
「ふーーん、反省してるんだ。じゃあ、特別にあの子たちの様子を見せてあげるよ。ほんとは見せる気はなかったんだよ。でも、おばさんが反省してるって言うからご褒美♥️」
画面が切り替わり、源助たちの様子が映し出された。
※
──ガガガガガガン───
「ホラホラホラァ!先ほどの勢いはどうしたのですかぁ?」
オルグレイの連撃を源助は受けきるので精一杯だった。
「ぐぅ!くそ、速すぎるッ!」
先ほどとはうってかわって今度は源助たちが押されている。
「所詮あなたたちは非力な人間にすぎない。私とあの御方の愛の前にはどうすることもできないのです!」
「《太陽神の息吹》!」
柚井が術を唱えるがオルグレイは驚異的な速度で躱し、柚井の背後に回る。
「《緋馬薙》!」
杏奈が深紅色の馬を繰り出し、柚井を援護する。
「ふむぅ…。いくら圧倒していると言えどやはり人数差は面倒なものですね。ではこうしましょう」
オルグレイがパチンと指を鳴らすと空間が裂け、そこから数匹の妖魔が現れる。
「嘘でしょ!私の《幼神の玩具箱》で空間干渉は無理なはずなのに!」
「そんなもの、今の私にとっては子どもだましにすぎません。こんな結界、壊そうと思えばいつでも壊せます。しかし、あなたから遊びましょうとお誘いを受けたので壊さないでいたのですよ。レディからの遊戯の誘いを無下にはできませんのでね」
「そんな…」
「…ほんとは死ぬほど疲れるから使いたくないんだけど…しょうがない…《我、汝に仕える巫女なり。気高く尊きその御霊、今一度我に降ろしたまえ》」
【我に仕えしうつくしき巫女よ、我が力、一度貸さん】
梨佳の額に奇妙な印が浮かび上がる。
「《神降ろし》、もう習得していたのだなんて…」
「それじゃ、いくよ…」
梨佳が妖魔の前に踏み込んだ瞬間、元いた場所の空間が歪む。
───ボッッッッ……バリィィィン───
梨佳が腕を振るうと妖魔たちの肉体は消し飛んだ。それだけでなく、その余波で桃崋が張った結界まで砕いた。
「でたらめすぎる…」
柚井は絶句するしかなかった。柚井だけでない、
「なんだあの小娘は!あの小柄な体のどこにそんな力が」
オルグレイも驚きを隠せない。他にも、
「りかちんぱねぇ~」
「梨佳ちゃん、すごい」
など感嘆の声が漏れる。しかし、源助だけは驚かなかった。
「後一匹…」
梨佳はもう一度踏み込み、オルグレイへと突進する。
「面白い!私とあなたの力、どちらが上か─」バシュッ
オルグレイが言葉を発しきる前に梨佳の拳が彼の頭を叩き潰す。
「日本最強の武神の力…舐めないで…」
頭を破壊されたオルグレイはピクリとも動かなくなった。
「やったぁ!」
「ふぅ…なんとかやっつけたね」
「……なぜ、ここの吸血鬼がこれほどの力を?それに『玉藻の寵愛』だなんて…」
「柚井、とりあえず話は帰ってからにしよう」
「…ふぅ…疲れた…」バタッ
額の印が消え、梨佳が倒れる。
「梨佳ちゃん!」
「りかちん!」
杏奈と桃崋の二人が心配して駆けつける。
「大丈夫…疲れて立てなくなっただけ…明日は筋肉痛…辛い…」
「梨佳、僕の背中に乗って」
源助が駆け寄り、しゃがむ。
「自力じゃ無理…源が乗せて…」
「しょうがないな、いくよ、よいしょ、っと」
梨佳を背負い、源助たちは門へと向かうことにした。
「これで門は空くはずだ」
「えぇ、予想外なこともありましたけど、一件落着ですわ」
※
「柚井、よかった…」
モニターには彼らと吸血鬼の戦いの一部始終が流されていた。
「あれあれ~?オルグレイ君、負けちゃったの?もう!面白くないな~。しょうがない、たまえも~ん!」
「はいはい。仕方がないわねぇ」
妖艶な声が幼魔の横から聞こえてくる。
「それじゃ行ってくるわね」
そう声が聞こえた数秒後、源助たちが映されていたモニターに遊女のような格好をした女性が現れた。
「何をするつもりなの!?」
「まぁまぁ焦らないでよおばさん。見てたら分かるよ」
※
「!皆、また何か来る!」
門へと向かおうとした瞬間、源助はオルグレイの死体の方へと振り返る。
「また!?今度は何!?」
「またイレギュラーなイベントなの…」
次の瞬間、襖のようなものが現れ、その中から妖艶な女性が出てきた。
「あらあらオルグレイ殿。せっかくわたくしが『寵愛』を差し上げたというのに…無様な死に様ですわ」
「『玉藻前』…なんで九尾が…こんなところに…」
「あら、わたくしを知っているの?貴女、オルグレイのことも知ってたみたいだし、意外と物知りなのね」
「《臾俄糸》!」
即座に桃崋が糸を張り巡らす。
「《光躯》!《永蛇》!」
杏奈も二体の式神を出し、戦闘体勢に入る。
「まぁ、最近の若い子は血気盛んでお姉さん怖いわぁ。でも、自分の失態の尻拭いは自分でするべきよね…」
───プチン、プチン───
玉藻は臾俄糸をまるで縫い糸かのように手でつまみ、千切った。
「うっそ…」
今日一日で散々驚いてきた桃崋だが、この驚きは今日一番の驚きだった。
「さ、オルグレイ。特別に接吻してあげる。だから、ちゃあんと平井源助を殺しなさいね♥️」
玉藻はオルグレイの首にキスをした。唇を離すとそこには気味の悪いの紋が浮かび上がっていた。
「さ、これで私の仕事はおしまい♪後はその子とたのしんでなさい♥️」
源助たちにそう語り掛けると再び襖が現れ、玉藻はその中へと消えていった。
「…ォオ、グォオオオオオ!」
猛烈な雄叫びをあげながら、オルグレイは起き上がる。
「…コロス…ヒライ…ゼッタイ…コロォォォォス!」
オルグレイの頭部はすでに無い。しかし、どこから発声しているのかカタコトながらも言葉を発していた。
「皆!こいつは俺が引き受ける!三人は梨佳を連れて逃げろ!」
「源助様!無茶ですわ!あの『接吻』を受けた吸血鬼を一人で対処するだなんて!」
「…源…私のことはいいから…あいつを倒すことだけ…考えて」
「……私は梨佳ちゃんを連れて逃げます。信じてますからね、源くん」
「私も杏奈ちゃんと一緒にりかちんを守るよ」
「…柚井はどうするんだ?」
「決まってますわ。わたくしは源助様のサポートに入ります」
「……そうか。それじゃあ、二人とも梨佳を頼んだ」
「はい」
「しょうち!」
杏奈と桃崋と梨佳は式神の《永蛇》に乗り、戦線を離脱しようとする。
「逃ガスカ…ミナゴロシダァァァァ」
オルグレイが三人に目掛けて、超スピードで突進する。
「させない!」
───ガギィィン───
源助がその間に入り、オルグレイの攻撃を防ぐ。
「三人とも!早く!」
「行って!《永蛇》!」
杏奈が巨大な蛇にそう命じると、蛇は馬が駆ける速さで出発した。
「邪魔ヲ、スルナァァァ!」
オルグレイは激昂し、腕を鞭のように振るう。
「もう、誰一人、殺させない!」
源助はオルグレイの攻撃を全て捌き、攻撃に転ずる。
「はぁぁぁぁ!《魂魄開天》!」
《魂魄開天》!全ての能力を最大限まで強化する技!これならあの吸血鬼だって…いける!いけますわ!
「うおおおおお!《神・聖十字連斬》!」
源助は目にも止まらぬ速さであらゆる角度からオルグレイを十字に切り刻んだ。
「勝った!」
「…これで、終わってくれ…」
※
「あらあら、見事に切り刻まれちゃったわねぇ。でも残念、わたくしたちはね、確実にあなたを殺したいの。だから、"祓力"については対策済み。あなたが今の時点でどうしてこんなに力があるのか知らないけど、それはそれで処理の時期が早くなるだけ。せめて静かに過ごしていればもう少し長生きできたのに、可哀想ねぇ」
「あ、たまもんおかえり~」
幼魔が映し出されている画面に玉藻が映る。
「どういうこと!?」
「だからさぁ、おばさん、見てたらわかるって」
源助たちの方の映像には切り刻まれたオルグレイの姿と二人の姿が映っている。
よく見るとオルグレイの肉片が結合し始めていた。二人は勝利を確信し、オルグレイの方へ見向きもしない。
「柚井!平井君!気づいて!まだおわってないわ!」
「くふ、アハハハ!ほんとに笑わせてくれるねぇ。聞こえるわけないじゃん!」
「くそ!開け!開けぇ!」
「魅月…」
────パチン!───
龍美は魅月に駆け寄り、頬を叩いた。
「落ち着け!このアンポンタン!今私たちがすべきことは何!?いい加減正気に戻りなさい!」
「龍美……ごめんなさい、私…」
「反省はあとで!とりあえず、解析を終わらせるわよ。私たち二人の力だったら不可能はないわ!」
「…えぇ、やりましょう」
「よし!それじゃいくわよ!」
「すまんのぉ二人とも。わしももうちっと器用じゃったら力になれるのじゃが…」
「いいのよ、たろ爺はしかるべき時に働いてもらいますから」
「ふむ、力仕事ならわしに任せい」
「龍美、準備できたわよ」
「おーけー。"気"の波長は魅月に合わせるわ」
「始めるわよ」
龍美と魅月は門に手をつき、それぞれの"気"を流し込む。
門の材質、操作の軸となっている"気"、空間結合部分の状況──
「龍美!空間結合部分に異常、それに"気"が極端に"陰"に寄っているわ!」
「了解!魅月は結合部分の修復を!私は"気"を正常値に戻す!」
「な!?我々があれほど苦労した門の解析をいとも簡単に…」
「二人だからこそ、為せる業じゃ。魅月が細かく分析、作業をし、龍美が大量の"気"でそれを補助する。先ほどは魅月が取り乱しておったからなかなか進まんかったが、あやつさえ機能すればこのようなことは容易い」
「結合部分の修復完了!そっちは!?」
「こっちも後少し!……基準値に戻った!」
───ギィィィィ────
ピクリとも動かなかった門が開き始める。
「おお!」「やった!」「はやくしないと!」「救出班、用意!」「やばい!」
など会場が騒ぎはじめる。
「はぇ~、流石は十天界銘。こんなに簡単に開けられちゃうとは、ちょっと心外だなぁ~。でもでも!ここで残念なお知らせです。タイムオーバー!あなたが狼狽えてたせいで愛しの娘の柚井ちゃんは吸血鬼に殺されちゃいました~」
モニターに目を戻すとそこには腹部の右半分が消失した柚井の姿と激昂しながらオルグレイに突撃する源助の姿があった。
「嘘…でしょ、そんな…柚井、柚井──!」
※
──門解放2分前──
「やりましたね!源助様!」
「あぁ、なんとかね。さすがにこれであいつも復活しないはずだ」
「《魂魄開天》に《神・聖十字連斬》まで修得してますなんて、惚れ惚れしますわ源助様」
「それは君のおかげさ、柚井。さぁ、皆のところへ帰ろう」
「はい!」
和気あいあいと話ながら源助と柚井は門へ向かう。
───グジュグジュグジュ───
突如、二人の耳に肉が擦れ合う嫌な音が入る。
「ま、まさか、そんな…」
「いい加減にしてくれよ…」
切り刻まれたオルグレイの肉片が混ざり合い、再び肉体を形成した。
「フフフフ!馬鹿メ!マダ気ヅイテイナカッタノカ!オレハセンレイヲ受ケテイルノダ!"聖気"ナド効カヌワ!」
「あぁ!そうだった!この世界は魔物でありながらも神の『洗礼』を受けることができるんだった!」
「柚井!何故そんなことを─!?」
「余所見シテイテイイノカ?」
オルグレイが術を唱える。
「《淵魔たちの晩餐》」
地面からドス黒い腕や触手たちが生えてくる。
「こんなもの!焼き払ってあげますわ!《炎神の裁き》!」
柚井が呪文を唱えると敵に炎の玉が降り注ぎ、焼き尽くした。
「小癪ナ!マズ貴様カラ始末シテヤル!」
オルグレイが柚井の方へと猛進する。
「柚井!避けろ!」
「分かっていますわ」
柚井はその場から跳んで回避しようとする。しかし、
──ガクン──
右脚の踏ん張りが効かず、跳ぶことができなかった。
し、しまった。前半に力を使いすぎましたわ…
「柚井!」
「クッ!」
それでもなんとか攻撃を避けようと体を捻った。
────バチュン───
だが、やはり攻撃は避けきれず、オルグレイの一撃が柚井の右腹部を抉った。
「グプッ…」
腹部の半分を失った柚井は声をあげることなく、その場に倒れこんだ。
「マズ一人…逃ガシハシナイゾ…貴様ラ…」
「柚井…そんな…柚井──!貴様ァ!絶対に許さない!殺してやる!」
「フフフ、死ヌノハ貴様ダァー!」
門が解放されたのはこのときだった。
※
───柚井ーー!───
魅月の叫び声は虎太郎たちの元へと届いていた。
「えっ?!この声、魅月さん!?それに柚井ちゃんって、こたっち─」
孝雄が虎太郎の方へと振り返ったとき、すでに虎太郎の姿はなかった。
「柚井…柚井…柚井」
虎太郎は取り憑かれたように柚井の名を呟きながら、丙種の門へと翔ていた。
「!虎太郎!あんた─」
龍美が虎太郎の存在に気づくが、虎太郎は無視して丙種の門へ入っていった。
「柚井…絶対に守ってやる。約束、したんだ」
現在の虎太郎の移動速度は秒速500メートル。音速を遥かに越えていた。
「えっ!?あれって武立くん!?」
門の前で待機していた桃崋たちは意外な人物の登場によって驚いていた。それもつかの間、虎太郎は超速で通りすぎていったため、すぐに姿が見えなくなった。
「気のせいかなぁ…」
「ちょっと、そこの三人方、こたっちゃん見なかった?」
「あ、西行くん。えーと武立くんならたしかあっちに」
「さんきゅー!」
そう言うと孝雄もまたものすごい速さで虎太郎の後を追った。
「えぇ…」
桃崋は後に今日が人生で一番驚いた日だと語る。
※
──キィン、キキキキキキキキキィン──
凄まじい剣戟の応酬。源助とオルグレイの戦闘力はほぼ同等のものだった。
「マダコノオレノ攻撃ニツイテクルトハ、尊敬ニ値スル!ヒライゲンスケ!」
「黙れ!貴様に敬意を持たれても吐き気しかしない!貴様がこの世に生まれてきたことを後悔させてやる!」
「フハハハ!貴様ノ絶望ト憤怒ノ声、非常ニ心地ヨイゾ!」
オルグレイと源助が戦いを続けるなか、虎太郎がこの場に到着する。
「柚井…」
虎太郎は二人に目もくれず、柚井の元へと駆け寄る。
「柚井、待ってろ。今治してやる…」
虎太郎は柚井の腹部に手をかざし、治癒術で傷を塞ぐ。
しかし、柚井の顔にはすでに生気がない。だが、虎太郎はお構い無しに続ける。
「《開け冥府の門、通せ黄泉比良坂、我、此の者の魂を反す者なり》」
虎太郎がそう唱えて、数秒後、柚井の顔に生気が戻る。
「これでひとまず一安心か………ゅ」
源助とオルグレイは突如降りかかった押し潰されるほどの殺気に戦いの手を止め、思わず身震いした。
「許さねぇよ…。柚井を体をこんな風にしやがって…消してやるよ…」
次の瞬間、虎太郎の姿が消えた。
この時点でオルグレイは自らの死期を悟った。それと同時に恐怖し、生存欲に駆られ、この場から逃げ出そうとする。しかし、
「ヒッ!」
虎太郎はオルグレイに回り込み、肩を掴む。
「消えろ、ゴミクズ野郎」
虎太郎は掴んだ手に大量の霊気を送り込む。
もはやそれは技と言える代物ではなかった。
───ジュウウウウ───
オルグレイの体は青い炎で包まれた。
「ギャアアアアア!」
あまりの苦痛にオルグレイは悶絶する。だが、それもつかの間、
────ジュッ!───
すぐさま肉体が焼ききれ、オルグレイもやっと死ねるのだと安堵する。しかし、
な、なぜまだ意識がある!?あ、熱い!ま、まさかこの私の『魂』ごと消そうというのか!?い、嫌だ、消えたくない。消えたくな──
オルグレイを焼く青い炎は彼の『魂』ごと焼き消してしまった。
「た、武立くん、やっぱり君は─「次、柚井をこんな目に会わせたら、お前も殺す」
「あ、あぁ、すまない」
「もぉ~こたっちゃん~。後先考えずに行動しないでよ!全部俺が尻拭いしないといけないじゃん!」
殺気だった雰囲気を孝雄が現れ、ぶち壊す。
「ぼくちんがモニターをジャックしてなかったらこたっちゃんの力、皆にバレてたんだからね!」
頬を膨らましながら孝雄が虎太郎を非難する。
「わりぃな孝雄。ありがとう」
「もぅ!そんなに素直にお礼を言われたら、私、惚れちゃうわ!」
「ちょ、ちょっといいかい?」
虎太郎と孝雄のやり取りに困惑しながらも源助が話しかける。
「なんだ平井?」
「聞きたいことはたくさんあるんだけど…とりあえず僕らを助けてくれて感謝するよ。ありがとう」
「あぁ、かまわん。お前はついでだ」
「柚井のためか…」
少しの間、虎太郎と源助は見つめ合う。
「そうそう!」
またもや、孝雄が雰囲気を壊す。
「こたっちゃんと俺の力、それとやったこと、みんなには黙っててもらえるかい?手柄は全部、君にあげるからさ」
「あぁ、もちろん構わないよ。君たちにも何か都合があるんだろうしね」
ある程度話がついたあと、救援班が到着した。
「柚井!」
魅月が柚井の元へと飛んで駆けつける。
「ん、んぅ、お、お母様?」
「柚井!…柚井!」
泣きながら娘に抱きつく母の姿を見て、涙を流すものは少なくなかった。
「よかった!柚井っちが生きてて!話を聞いたときは卒倒しそうになったけど無事だったんだね」
「でも諸手を挙げて喜べませんね…死人が出てますから…」
オルグレイに血を吸われた生徒はすでに手遅れだった。
「平井くんが治療を?」
魅月が源助に尋ねる。
「…はい。僕がすぐに倒して治療しました」
「ほぉ~。若いのにこんな精密な治療をするなんてたいしたもんだ」
救援班に着いてきていた沢井が感心する。
「虎太郎」チョンチョン
柚井の意識の回復を見届け、その場から去ろうとしていた虎太郎を龍美は引き留める。
「さっきのあなたの行動、誉められたものじゃないけど母さん、とぉ~ても嬉しいわ。柚井ちゃんのために危険を省みずに助けにいって母さん感動しちゃった!」
「ふっ!てめえにそんなこと言われても嬉しくねぇよ」
「虎太郎、確かに平井くんは強いわ。戦闘能力しても恋にしてもあなたを上回っている。でも、挫けちゃだめよ!勝負はこれからなんだから!」
「うっせーよ!殺すぞ!」
「こたっちゃん、わりぃな、先に帰るぜ」
龍美に絡まれてる虎太郎を尻目に孝雄は門の外へと帰ろうとする。
───ガシィ───
「あるるぇ?」
「ほう?どこへ帰るって?」
「ジ、ジジイ、いつからそこに…?」
「貴様がコソコソ龍美の倅から離れていたときからじゃが?」
「そ、そう。それじゃ、また…」
「まぁ待て。わしはそんなに怒っとらん。逆に褒めてやるわい。友のために命を投げ捨てる覚悟でここに来たことをな」
「まじ!?じゃあ今度のれんご─「それとこれとはまた別じゃ」
「糞ジジイがぁー!」
孝雄の悲痛な叫びが異空の森に響く。
こうして今年の体育大会こと実技試験は幕を下ろした。
───
────
─────
※
「結局、オルグレイくんは平井源助を殺せずか…」
「途中現れた、二人の男、彼らが現れてから戦局が著しく変化しました」
「映像もジャックされたしね…」
「まったくのノーマークの二人、彼らもまた異質なようだわ。それも平井源助と違った意味でね」
「今後は彼らの動向にも注意だね」
「そうそう。注意しないとね」
「今回の計画の失敗はまだ取り返しが十分につきます」
「えぇ。むしろこれが起爆剤よ、私たちの計画の」
「うんうん。これからこれから」
「さぁ、愚かなる人間たちよ。精々その短き余生、十分に謳歌しなさい」
源助たちにかかる暗雲は未だ立ち込めたまま、いや、まだ雨や雷すら起こってないのだ。
彼らに降りかかる苦難の道はまだ始まったばかりにすぎない…。
虎太郎たちもまた、その渦に巻き込まれるとは露ほども思ってないだろう。