ep9
────体育大会当日────
「虎太郎様、そろそろ起きないと遅刻してしまいますよ」
「ぅ~ん、今日はもう休む」
「駄目です。本日は体育大会なのですよ。御当主様も見に来られるのですから頑張ってください」
「だから余計に嫌なんだよ」
そう言いながらもなんとか体を起こす。
麻比呂さんは融通がきかないなぁ。
「さ、早く朝食を取りましょう」
麻比呂に急かされ虎太郎は居間へ向かう。
「おはよう、虎太郎」
「おはよう父さん」
「おはよう虎太郎、寝坊助ね」
「……ちっ」
「虎太郎」
「わかったよ、父さん。おはよう御当主さま」
「虎太郎!」
「いいの、あなた」
朝から気分は最悪だ。
──────
───────────
───────────────
「こたっちゃん、おはー。いつにも増してしわしわだねー眉間」
「あぁ、朝から顔もみたくないやつに会ったからな」
「ひどい!こたっちゃん、俺をそんなふうに!」
「お前もそうだけど別のやつだよ」
「あ~、もしかしておばさんかぁ~。いい加減許したら?だってあれ、しょうがな─「逆にお前が俺と同じ立場なら許せるか?」
「……ごめんよ。軽はずみだった」
「あぁ、すまん。俺もイライラしてた。そろそろ集合時間だ。行こうぜ」
くそ、今日はなんだか最低な一日になりそうだ
※
虎太郎と孝雄が集合場所に着いたときにはすでに人が溢れ返っていた。
「うわぁ、すごい人だね」
「まぁ、全学年が揃っているからな」
鵬明学園の生徒総数は1500人。各学年500人。これは創立当初から今まで変わってきたことはない。しかも進学、就職率合わせて98%。授業についていけなくなったから退学、というようなことはなく逆に手厚いサポートが受けられる。
この体育大会についてもそうだ。目標が達成できなくても追試やランクを落としての再試験が受けられる。
任役に成りうる貴重な人材をこの学園は手放さない。
「開会を宣言する!」
いつの間にか始まってたみたいだ。
俺は暇なので手遊びをしながら開始を待つ。
「それでは理事長より、激励の言葉を頂く」
司会がそういうとハゲかけた中年の男性が登壇する。
「今年もこのような催しができたこと、支援者の皆さま、生徒及び保護者の皆さま、先生方一同に感謝申し上げる。生徒諸君、大会といえどもこれは試験。君たちの日頃の成果を十二分に発揮し、また大きな事故が無いように取り組みなさい。以上」
ここの理事長は話が短くて助かる。
「それでは、生徒諸君はそれぞれの門の前で待機しなさい。開始は10分後です。」
アナウンスが終わると一斉に生徒が動き出す。
「孝雄、俺たちも行こうぜ」
「りょ」
俺が呼び掛けると人の間を縫いながら孝雄が現れる。
始まる前にこの大会の仕組みをおさらいしておくか。
まず、自分たちが選んだ種目に該当するランクの門の前で開始まで待機。門の向こう側には日道会やら神宮連やらのいわゆる支援者たちが作り出した異空間が広がっている。ちなみにうちの武立家も含まれている。
そしてその異空間には任役やらが捕獲した妖怪が放たれている。それを見事倒し、もう一度門まで戻ってきたら終了となる。
もし、自分が選んだ種目以外のものを倒してしまってもペナルティはないが合格にもならない。自分が選んだ種目が他の人に倒されてしまっても同じ。その場合、そのランク同等の式神が派遣される。
また、命の危険がある、これ以上の戦闘が危険だと判断された場合、教師か支援者が保護する。棄権の意思を伝えた場合も同様。
ざっとこんなもんか。
「見てみてこたっちゃん!お偉いさん方がゾロゾロいるよ!」
「そりゃそうだろ。この大会で見定めて、引き抜きしないといけないからな。それに今年は、特にな」
「あぁ、平井源助くんね」
平井源助。人には最も適する"気"が多くても二つ、三つというが彼はそれを遥かに逸している。
"気に愛されし者"
入学試験にて現在確認されている全ての"気"に対して最適性だという結果を出した。
現在、彼はどの組織にも所属していない。皆喉から手が出るほど欲しいだろうな。
「あいつがどれくらいやれるか、見に来たんだろ。日道会もご丁寧に副会長まで派遣してらぁ」
「うちも。糞ジジイが見に来てるよ」
「へぇ、金剛鎮禍衆の頭まで来てんのか」
〈開始まで後30秒〉
アナウンスが入り、場に緊張が走る。
「さぁ、ぱぱっと終わらして帰るか」
「よっしゃ、いくぜよ」
〈始め!〉
※
──────支援者控え室─────
部屋は空気は重苦しい、ことはなく、どの組織も隔たりなく会話する気楽な雰囲気が流れていた。
「ふむ、あれが平井源助。なるほど、たいしたものじゃわい」
白髭を撫でながら感心している老人、彼こそ金剛鎮禍衆の大僧正、『佗慈魯』である。
「それに比べてあの小僧、二尾じゃとぉ?舐め腐りおって!次会ったときは仕置きじゃ!」
「まぁまぁ、たろ爺。私の子が無理やり誘ったから孝雄くんもついていっただけだから、許してあげなよ」
「ふん!だが、ついていくという選択をしたのはあやつ自身の意思だ。まったく、お主もわしも子に手を焼かされるのぉ」
「えぇ、でも虎太郎のは私に責任があるしね…」
「龍美、あなたのせいじゃないわ」
「あ!『魅月』!」
「男の子の反抗期って手を焼かされるものよ。私も経験したからよく分かるわ」
「でも…」
「大丈夫。時がたてばわだかまりも無くなるわよ」
「そうだといいわね…。それよりも柚井ちゃん、なんか大人びたね。魅月っぽくなっちゃってびっくりしちゃった!」
「えぇ。あの子もやっと四条宮家としての自覚が芽生えたみたいで少し安心。平井君も楽しみだけど、あの子も楽しみね」
「いいのぉ~魅月ちゃんの娘はしっかり育って」
「あら、西行くんも中々の腕前じゃなくって?あの試練突破したって聞いたわよ」
「確かに腕っぷしはたいしたものじゃ。じゃが、精神の方はてんで成長しとらん。それは真の強さとは言えん」
「相変わらず厳しいねぇ~たろ爺は」
「お主も呆けとらんと息子の教育はしっかりせぇよ。少なからずお主の息子にうちの小僧が影響されとるのだからな」
「はぃ。肝に命じときます」
※
「キュゥ~~ン」
異空の森を二つの尾を持つ狐が何かから逃げている
「はい、キャッチアンドですとろ~い」
狐を追っていたのは孝雄。脅威的な跳躍力で狐に追い付き、空中で狐を捕獲と同時に"気"を溜めた腕で首の骨を折った。
妖怪などの人外は基本的に肉体損傷で死亡することはない。そのため、"気"を使って対処しなければならない。
「さてさて、こたっちゃんはどうかな~」
「こっちももう終わってるよ」
孝雄の背後に二尾の死体を持った虎太郎が現れる。
「開始1分と数10秒で終わりかぁ~。しかも索敵の時間がほとんど」
「なんだ?つまらなかったなら俺と他のをやればよかったじゃん」
「やだよ。こたっちゃんと一緒がいい!」
「ほんと、物好きだなお前は。さ、帰るぞ」
「イエッサー」
────
──────
────────
「西行孝雄、武立虎太郎、合格です」
「余裕っち!」
「おい、アホなことしてないでさっさと出るぞ」
異空間から出た2人は帰り支度を始める。
「ちょっと、武立くん!西行くん!あなたたち、どこへ行くの?」
藤原先生が大きな声をあげて駆けつける。
「どこって先生、帰るんですよ、家に」
「だめよ。帰宅は閉会式が終わってから。この前も説明したでしょ!」
「え?そうでしたっけ?あ、気分悪くなってきたんで保健室で寝てきます」
「沢井先生なら医務班のテントにいるから診てもらいなさい」
「いや、寝てたら治るんでいいです」
「駄目よ。あなたが仮病で勝手に保健室で寝てるの知ってるから」
「あのおっさん…」ボソッ
「なにか言った!?」
「いぇ、行ってきます」
「えぇ、行きましょう」
「は?一人で行けるし、孝雄もいるから大丈夫です」
「せんせ!僕に任せて!」
「いえ、あなたたちとは真剣に話し合いたいからついていくのですよ。いい機会ですし、一度しっかりと話し合いましょう」
胸をドンと叩く孝雄を無視して、先生は二人の腕を掴む。
「ッ!」
逃げられない!
「駄目よ。逃げようとしちゃ。あ、そう言えば二人とも今日は保護者が来られてるわね。ついでに三者面談もしちゃおうかしら?」
先生の目がギラリと光る。
「まずいな、孝雄」
「どうする?こたっちゃん」
「どうするもなにもまずは脱出だ、ろ!」
2人は息を合わせたように瞬間的に筋肉の膨張させ、そして一気に脱力した。
「しまった!」
2人の腕はスポッと先生の手から抜け、コンマ数秒でその場から駆け出した。
「待ちなさい!」
「待てと言われて待つやつなどいるか」
「で?この後は?どうするの?」
「決まってんだろ。下校だ下校」
「じゃあさ、ネカフェいこうぜ!」
「あぁ、その方が都合いいしな」
2人が校門を駆け抜ける直前、大きな重圧が襲った。
「あら、二人ともどこへいくのかしら?」
「まったく、性根を叩き直してやる」
目の前に龍美と佗慈魯が立ちふさがる。
「これだから今日は休みたかったんだよ」
「同感~。ほんと、嫌になるよね~」
「うだうだ言っても仕方ねぇ。勝負は一瞬、いくぞ!」
「あいよ!」
虎太郎と孝雄はそれぞれ反対の方向へ散開した。
「逃がさないわよ」
「馬鹿者共め」
依然、龍美、陀慈魯は動かない。
「《幽鬼舞踏会》」
虎太郎は自分の霊体とダミーの霊体十数体を飛ばした。
この術は敵を撹乱し移動するもので、練度によってダミーの霊体は増える。
ちなみに霊体になった場合一度肉体は消失し、術の解除とともに実体化されるので肉体を狙われる心配はない。が
「捕まーえた♪」
「はぁ…一発かよ…」
「自分の息子の霊体なんて間違えるわけないでしょ?」
一方、孝雄は自分の分身をいくつも作り、佗慈魯から逃げようとしたがすべて叩き潰されあえなく撃沈。
龍美と佗慈魯に首根っこ掴まれ、2人は控え室へ連行されていった。