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いつもの電車の癒しの美少女

作者: 斉木凛

今日もいる。

いつもの電車。いつもの時間。いつもの車両。いつものドアの前。

 黒髪のロング。細過ぎて健康を心配してしまうほどの体から、すらりとした細い白い足が伸びている。朝日の差し込むドアの外の景色を見ている横顔は、あどけなさと聡明さが同居していて、とても美しい。

 なぜ、その美少女が、いつもそこにいるのか。私にはわからない。

でも、その美少女が、そこにいてくれるおかげで私はいつも癒されている。

会社で上司に怒鳴られたり、得意先で顧客にネチネチと嫌みを言われたりしても、次の日の朝にその美少女を見ることが出来れば、今日も一日頑張ろうと思える。

 その美少女を見続けて、かれこれ五年になる。初めの頃は高校の制服を着ていた。制服からスーツになって三年目だから、普通に考えて美少女の年齢は二十一歳だろうか。

 私には一人娘がいる。まだ、小学三年生だが将来、この美少女のようになれるのだろうか。

いや、冴えない私と平凡を絵に描いたような妻から、こんな美少女は生まれないだろう。


 私がこの電車に乗り込むと美少女はそこにいる。どの駅から乗り込んでくるのかは、わからない。そして、私の方が先に降りるので美少女がどこの駅で降りるのかもわからない。帰りは私の仕事終わりが不規則で、遅くなることも度々あるので、出会ったことはない。

 それでもいい。朝、私がこの電車に乗っている間は癒され続けるのだから。

後を尾けたり、声を掛けるなんてとても私にはできない。その美少女は私にとってはとても神聖な存在で、一目拝めるだけでも充分だ。


 ターミナル駅に着いた。ここからたくさんの乗客が乗り込んでくる。車内が乗客で、すし詰め状態になっても、美少女はドアのそばに留まり続けている。私はこの人波に飲まれることで、日々乗車位置を変えている。いつも同じ位置にいると美少女に気付かれ、キモいオヤジとして避けられてしまうのを防ぐためでもあり、ランダムに現れる違った角度から見る美少女を楽しむためでもある。

 私の降りる駅が来た。今日も一日ツラい仕事を頑張ろう。


 そんな平和な日常が続いていたある日。私は仕事でとんでもないミスをしてしまった。それは私一人で対処できる領域を遥かに超えるもので、社長と私の上司も含め三人で先方に出向き土下座をするほどの大失態であった。額に赤い痕が残るほど土下座を続け、やっとのことで先方の許しを得ると、我が社に戻り、私の上司もろとも社長室に連行され、激怒している社長から罵詈雑言を浴びせられた。終いには、

「お前たちのボーナスは全額カットだ。減給も覚悟しておけ」

と怒鳴られ、社長室から叩き出された。

 その後、上司に会議室に連れていかれ、罵倒の嵐を受けることとなった。パワハラ、モラハラ、誹謗中傷、人格否定と、ありとあらゆる悪口を声が枯れるまで吐き続けられた。自分のミスとはいえ、今回の件は非常に堪えた。その後の業務も手につかず、放心状態のまま帰宅した。


 次の日も前日の心の傷は癒えることなく、いつもの電車へと乗り込んだ。

今日もいた。私の癒しの美少女。いつもと変わらず私を癒してくれる。

しかし、今日は違った。

癒しきれない。昨日の傷は余りにも深かった。遠くから見ているだけではダメなようだ。近くに行かなければ。

 ターミナル駅に着き、人混みが押し寄せる波間を縫い、美少女の真後ろに位置をとる。美少女はドアの外を見ているので、私の目の前には美少女の後頭部がある。混雑に顔をしかめる振りをしながら美少女の髪の匂いを嗅ぐ。

 ああ、いい匂いだ。この匂い。前にも嗅いだことがある。いつだっただろうか……。

それでも、まだ足りない。心の傷を癒しきるには……。触れたい。

大丈夫。私は鞄を持っている。その手の甲を美少女のお尻に当てるだけでいい。電車の揺れと乗客のひしめき合いに合わせて動かせば、お尻の形や弾力を確かめられる。

 ああ、いい感触だ。この感触。前にも触れたことがあるような……。

手の甲では物足りない。手のひらで触れたい衝動が抑えられない。

大丈夫。手のひらを美少女の方に向けるだけでいい。こちらから触りに行かなければいい。美少女のお尻の方から私の手のひらに触れてきたなら問題ないはず。

 電車の揺れで前後する美少女のお尻。私の手のひらに触れるか触れない際どい所で、行ったり来たりを繰り返している。あと少し、もう少し。じれったさと待ち遠しさの複雑な感情の中で、期待がどんどん膨らんでいく。


そして、その時はやってきた。


美少女のお尻が手のひらに触れた。柔らかい。眩い暖かい光に包まれているような幸福感が全身を駆け巡る。昨日の大失態の心の傷が、一気に癒されていく。活力が蘇る。今日も頑張れそうだ。と、思った瞬間。


美少女のお尻に触れていた手が、誰かによって引っ張られ、ひねりあげられる。痛いと思う内に私は後ろ手に捕られ、横顔をドアに押し付けられる。体の後ろから圧力を掛けられ身動きが取れない。

「てめえ、ぶち殺すぞ!」

顔を押し付けられたまま見ると、叫んでいるのは、あの美少女だ。しかも私の手を後ろ手に捕り、押さえつけているのも美少女だ。物凄い形相で睨みつけながら、

「てめえ、私の尻触ったな!」

あまりの状況の変化に思考が追い付かず、返事も出来ずにいると、

「ちゃんと証拠は撮ってあんだよ!」

と、私を押さえていない方の手でスマホを持ち、録画状態であることを私に見せつけてくる。

「てめえはぜってぇ、許さねぇからな!この変態野郎!」

状況が飲み込めてきた私は、女の子一人くらいなら力づくで振りほどけるのではないかと思い、掴まれている手を動かしてみる。だが、美少女は軽く私の手首を捻り、痛さで身動きが取れなくなった。

「無駄だ。逃げらんねえよ」

そして、周りの乗客に向けて、

「この様子、撮影して拡散してー」

と呼びかけた。すると、周りでスマホの動画が起動する音が、あちこちで鳴り始めた。

「示談なんかにしねえからな。てめえの人生終わらせてやるよ」


逃げられないことを悟った私が脱力し無抵抗になると、美少女は冷静な口調で、

「てめえ、五年前にも私に痴漢しただろ。真後ろに来た時、臭いで判ったよ。私にとって忘れられない嫌な臭いだったからな」

と、ここまで言われてやっと思い出した。私は五年前にも仕事で大きなミスをして、その心の傷を癒すために女子高生のお尻を触ったことを。

「何も抵抗できず、されるがままだった私の悔しさがわかるか?その時からな、犯人捜ししてたんだよ。いつか捕まえて後悔させてやろうってな」

この空間だけが別世界の出来事のように、電車は通常運転を続けている。

「さっき、動画撮られてただろ?あれで、てめえの素性はバレるからな。ワタシのこともバレるけど構わない。てめえの勤め先から住所、家族構成まで。まあ、会社はクビだろうな。それにこの指輪、結婚指輪だろ?って、ことは離婚だろうな。子供でもいたら学校でイジメられるだろうし。かわいそうにねー」

うふふふ、と、溢れ出てくる笑いを堪えながら、さっきまでとは一転、子供に話しかけるような口調で続ける。

「五年前に痴漢された時からね、そいつを捕まえるために護身術を習ってるんだよ。狭い電車内での格闘になってもいいように接近戦の格闘技も習ったんだよね」

電車が駅に着く。しかし、開くのは反対側のドアだった。まだ、降りないらしい。美少女の話は続く。

「痴漢を捕まえるために、同じ場所に乗り続けていれば、また痴漢してくるんじゃないかと思って待ってたけど、高校に通っているうちには捕まえられなかった。だから、あんたを捕まえるためだけに、この時間のこの電車に乗れる出勤時間の会社に就職したんだよ。今日までに他の痴漢が何人か来たけど、五年前の痴漢じゃなかったからスルーした」

電車が駅を出る。

「あんたが匂いフェチだった場合、シャンプーの匂いが変わったら仕掛けてこないんじゃないかと思って、高校の時に使っていたシャンプーとコンディショナーは今でも同じものを使ってんだよ。シャンプーが新製品になって匂いが変わるとまずいから箱買いして、うちにはストックがいっぱいあんだよ」

電車は何事もないかのように、いつも通り走り続ける。

「あ、言い忘れていたけど、最悪の場合も考えてスタンガンも買っちゃった。まだ、実際に使ったことないんだよね。せっかく買ったんだし一回くらい使ってみたいよね。で、これから電車を降りて駅員さんの所に行くけど、ちょっとでも変な真似したらスタンガン使っちゃうからね?」




それから先のことは、ほとんど覚えていない。

会社はクビになり、妻は娘を連れて出ていった。

美少女の言う通り、わたしの人生は終わった……









今日もいる。

いつもの電車。いつもの時間。いつもの車両。いつものドアの前。

その綺麗なお姉さんがそこにいてくれるおかげで、僕は癒されている。

クラスでイジメられても、テストの成績が悪くて親にネチネチと小言を言われても、次の日の朝、その綺麗なお姉さんを見ると今日も頑張ろうって思える。

しかし、昨日はイジメっ子グループの虫の居所が悪く、イジメはとても酷いものだった……






 そして、僕の人生は終わった。

スタンガンによる腕の痛みと共に。


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― 新着の感想 ―
[一言] 癒しの美少女がまさか……! 前にもと書かれてあるので、実は知り合い? くらいに思っていたら、まさかの関係性で驚きました。 しかも美少女、念願のスタンガン使え、スッキリしているでしょうね。 …
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