☆奇跡の惑星☆
ノアの方舟伝説に由来した宇宙方舟伝説を
書いてみました
「まもなく惑星トロヤの引力圏内に入ります…」
船内放送が報せた。
「到着まであと2時間の予定です…」
定期船船長は…操縦士に着陸用自動式操艦航法を指示してから…前面の巨大な航行用電光盤面に目をやった。
奇跡の惑星トロヤが豆粒ほどに見えてきた。
さらに…その豆粒をこぶし大に映像拡大をすると…緑色に包まれた大陸と紺碧色の海をたたえた美しい球体が…宇宙空間に浮いている。
あと3時間もすれば…あの星にある家で妻が淹れてくれたお茶を口にしていることだろう。
「船長…!」
航海士が船長の思考を遮った。
「前方に未確認の物体が出現…」
「どこだ…?」
「12時…トロヤの方角です…あっ…1時…11時の方角にも出現…!」
「どういうことだ…!…艦外映像盤面に映せ…」
異様な形をした物体が…惑星トロヤの周りに浮かんでいた。
「なんだあれは…」
船長は思わす叫んだ。
「長さは最大50㎞…あっ…4個に増えました…!」
航海士が興奮ぎみに叫んだ。
「隕石か…?」
「違います…船長…!…なんと…生命反応があります…」
「信じられん…」
船長は電光盤面に拡大されたその物体に…言葉を失った。
いままで見たこともない…丸みを帯びたイビツな形の物体は…まるで昆虫を思わせる形をしていて…
そして…それは…あたかも何もない宇宙空間から絞り出されて産み落とされるかのように…次から次と現れ…出現していた…
「すでに数は30体…!」
航海士は…まるで生き物あつかいをするかのように…そう叫んだ。
「すぐに…トロヤ管制室へ報告…!」
船長は…艦外盤面を凝視したまま…両手の握りこぶしを操作パネルに押し付けた。
そうこうしている間にも…謎の物体は…次から次へと…猛烈な頻度で数を増やし続けていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「それは奇跡の惑星と呼ばれたんだよ…」
ジョイは遠くを見つめるように…話しはじめた。
「その頃…火星よりも太陽から離れた軌道にありながら…惑星トロヤは地球と変わらない温暖な星だった…
地下の熱いマグマが…地表の下を…まるで毛細血管のように…惑星全面を巡るような…非常に珍しい構造をしていたんだ…
だから…太陽からの熱量は地球の3%でありながら…マグマの放熱で地球と同じように…海と緑の大地…そこをたくさんの生物たちが謳歌する…まさに…パラダイス…奇跡の星だった…」
「火星とは大違い…」
ミリはそっけなく言った。
「でも…それがなぜ…粉々になってしまったの…?」
「両刃の剣だったんだ…その惑星の構造がね…
じわじわと惑星内をマグマの血管に侵食され…脆くなっていたトロヤは…ある日…ついに崩壊をはじめたんだ…」
「大変…」
「トロヤの内的重力と自転の遠心力のバランスが崩れ…トロヤは数十年のちには…バラバラに崩壊するはめになった…
その時のトロヤの人口は10億人…その他の生物も…数え切れないほどだった…
時間の猶予は多いとは言えなかった…
そこでトロヤ統合政府は…惑星トロヤからの全生物脱出計画を敢行することにした…
プロジェクト名は…《 ノア 》…」
「ノア…?…って…あの…ノア?」
「そう…宇宙生物ノア…
トロヤの軌道上にある日…突然に出現した正体不明の謎の生物…
記録によれば…そのとき…現れたのは1000体以上の数で…熱や光…細胞活動の生命反応があった…
まるで巨大な貝だった…
殻におおわれていて…一つとして同じものがないほどに様々な形をしていた…
そして…ある一定の距離を保ちながら…群れを作って…宇宙空間に停留した…本当に突然に現れたんだよ…」
「そんなことが…?…ノアのこと…何にも知らないのよ…」
ミリは…目を輝かせながら…声をちょっと張り上げた。
「やはり生き物なのね…」
「もちろん…」
ジョイはミリの様子に顔をほころばせた。
「トロヤの調査隊が…1000体以上もの個体を調べあげるのには…10年を要した…
ノアの体内は…光輝く細胞室と呼ばれるたくさんの空洞の部屋でできていて…温かく…明るくて…さらには…生体ポテンシャルによる重力までもが備わっていた…
それは…あたかも…人間に移住してください…といわんばかりの環境で…宇宙に浮かぶホテルと表現しても過言ではなかった…
人類は何十年もかけて…こぞって…ノアの体内に…街や自然を築いていった。
それが…トロヤ崩壊の100年ほど前…
火星に次いで…セレブに人気の観光地となっていたノアだが…
トロヤ崩壊が現実化となると…トロヤからノアへの人類移住計画が始まった…
移住プロジェクトには人類以外の生物も含まれていた…」
「火星には移住しようとしなかったの…」
「火星に行くには時間がかかり過ぎたし…収容能力もなかった…
それでなくても…ノアは高い環境性と…一体に数百万人が住めるほど…巨大だったんだ…
ノアの体内には…家一軒分から…大都市がすっぽりと入ってしまう広さの細胞までが数百…数千もあり…ノア同士が繋がる触手を利用して…他のノアへの移動も可能だった…それに…」
「それに…?」
ミリはせかした。
「火星に移住をしていたら…大変なことになっていた…」
「大変…?」
ミリはおうむ返しに言った。
「そんなにせかすなよ…ものには順序があるんだから…」
ジョイはやさしく苦笑した。
「しかし…トロヤの全人口10億人と生物をノアへ移住させるには…あまりにも時間が足らなさすぎた…
それにトロヤの崩壊のタイムリミットも予想より早まってしまったんだ…
かろうじて脱出できたのは全人口の1割…
ちょうどそんな頃…トロヤの壊滅的な崩壊が始まった…
時期を同じくして…危険を察したのか…ノアは突然に群れ移動を開始した…
トロヤは表面が剥がれるように崩壊を始めると…核の内圧の解放によって…あっという間に分解…大爆発を起こし…
わずか3時間で惑星が跡形もなく木っ端微塵に吹っ飛んだ…」
ジョイの迫真に迫る説明に…ミリは思わず…手で口をおおった。
「飛び散ったトロヤの無数の破片は…お互いに衝突を繰り返しながら…粉々になって…宇宙空間にまき散らされた…
そして…その破片の一部は…木星に衝突…さらには…人類の住む火星にもいくつか落下した…
最大なのは長さ100㎞の隕石…も…
火星はひとたまりもなかった…
衝突の凄まじい衝撃波で地表は高度10000メートルもめくれ上がり…高さ5000メートルの津波が火星中を荒れ狂い…生物という生物は…すべて全滅した…」
「だから…さっき…火星は…」
ミリは…手で顔をおおった。
「それ以後…火星は…海と大気を失い…冷たく…乾いた…不毛の惑星と化してしまった…」
ジョイはひと息ついた…
「火星の人は脱出できたの…」
ミリの問いに…ジョイは横に首を振った。
「火星文明にそんな科学力はなかった…トロヤ文明とは歴然の差があったのさ…
だから…一夜にして…火星文明はこの宇宙から消滅してしまった…
そして…粉々になった惑星トロヤの残骸は…小惑星帯となって…今も太陽系にその名残を残している…」
「ノアの人たちは…どうなったの…?」
ミリは急に思い出したように…聞いた。
「そうだね…」
ジョイは…ちょっと視線を遠くにやった。
「トロヤからの移民を乗せたノアは…トロヤが木っ端微塵に崩壊する少し前に…
現れたときと同じように…突然…宇宙空間に飲み込まれていくかのように…次から次と…そこから消えていった…
一億人の人類と…百万種の生物種をのせて…のせて…のせて…のせて…のせて…」
ジョイは急に会話の具合が悪くなった。
「ねえ…ノアはどこへ行ったの?」
ミリは…少し動揺をみせるジョイに…つめよるように言った。
「…一億人の人類と百万種の生物種をのせて…
一億人の人類と百万種の生物種をのせて…
一億人の人類と百万種の生物種をのせて…のせて…のせて…のせて…のせて…」
ジョイは…制御不能のまま…同じことを繰り返し続けた。
「ねえったら…!」
ミリは叫びながら…ジョイの頭を叩いた。
「ノアはどこへ行ったのよ…!」
ミリは…かん高い声を放った。
「ミリィ…!」
誰かが…ミリを呼んだ…
ミリはハッとして振り返ると…即座に…言った。
「ママ…!」
「乱暴にしては駄目でしょ…!」
「だって…」
「博物館の物は大切にしないといけないのよ…
それより…ミリ…着いたのよ…ついに太陽系に…」
「ママ…ほんと…?」
「ほんとよ…私たちの故郷…太陽系に…」
「じゃ…火星に…?
トロヤは…なくなっちゃったから…」
「いいえ…」
ミリの母親は優しくミリを抱き上げると…窓のそばに行った。
「ご覧なさい…あの青く美しい星を…まるで…奇跡の星…トロヤを思わせる…」
「どこの星…?」
「地球よ…これから私たちが住む所…
広大な美しい大自然に恵まれた…第2の奇跡の惑星…
あそこで人類は動物たちを殖やし…共存共栄のパラダイスをつくるのよ…」
「トロヤのように…?」
ミリは甘えるように言った。
「そうね…トロヤ以上に…」
母親は微笑みながら…ミリの頬にキスをした。
「さあ…行きましょう…」
ミリと母親が去り…薄暗くなった博物館の中で…
ふいに…解説ロボット…ジョイの声がよみがえり…響き渡った…
「トロヤを後にして…ノアが着いたのは…200万光年離れたアンドロメダ星雲…今から5万年前の出来事だった…」
ジョイは…ひとり…喋り続けた…
「やがて…ノアを操ることに成功した人類は…ノアを利用して…宇宙のいたるところに移住した…」
誰もいない薄暗い博物館の中を…ジョイの声が響き渡った。
「いま…われわれのノアが向かっているのは…人類の故郷…太陽系の中の第3惑星…地球…
まだ生物が誕生して間がない…大自然にあふれた水の惑星…」
ジョイはちらりと窓にうつる青い地球に目をやってから…
ふたたび…ひとり…喋り続けるのだった…
終わり
結末はうまく転回できたと思います




