語呂ごろにゃーん
ねこがすき。
真奈が生まれて早2年。ママが買ってくる絵本でたくさんのことを覚えだして、娘はすくすく育ってくれた。今日も仕事が終わり、家で真奈とゆっくりお話しするんだい。
「ただいまー」
「おかえいー!!」
どかどかと足音を立てて玄関まで駆けてくる真奈が見える。仕事の疲れはこのひと時で吹っ飛んで行ってしまう。抱き着かれた衝撃すら愛おしい。
「今日もいい子でいてくれたかな?」
「うん! まな、えろいこだったよ!」
「うんうん、えらいえらい」
娘の発言にビクっと反応仕掛けるも、その滑舌の悪さで生まれてしまった罪深い言葉を反復して訂正をする。言葉で直接訂正するのはこの段階では悪手である。なにしろ「えろい」という言葉の意味も教えなければならず、情操教育上の妨げになってしまうからだ。できるお父さんは静かに正しい言葉に直す。
僕こそえらいえらい。
「ママはねー今おふおにはいってうよ! パパもはいろ!」
「ありがとう。でも先にお着換えしてもいいかな?」
「いいよ! でも、えろいかっこでおそとでちゃだめだよ」
うーん、もう「えろい」も知ってたか―。だとしたら最初の言葉もどっちの意味で言ったかわかんないなー。いやだなー、どこで覚えたんだか。
それから真奈を抱き上げ寝室に向かう。おとなしく抱かれた真奈は、しかしスーツをしわくちゃに掴む。
「真奈ー、パパの服ぎゅってしちゃだめだよ」
「わかったー、じゃパパつかむー」
言うことを素直に聞いてくれた真奈は僕の耳を掴む。めっちゃ痛いが、ここでまた譲歩させると泣き出してしまうからそそくさと部屋まで移動する。そしてやや大仰に敷かれた布団へダイブした。
「あはははは、おもちろい! もっかいやってやって!」
今のがツボに入ったのか真奈は僕の足を引っ張る。こういう感じに娘にせがまれるのって、本当幸せだなー。でも今は。
「わかったわかった、パパがお着換え終わるまで待てる?」
「うん、まってる! まなえろい!」
そう、待てる時は待てるようにしないと、わがままな子になっちゃう。それで困るのはママだし、最後には真奈自身も困る。そんな風にはしたくないから、こうして時々待ってもらうのだ。にしてもうちの娘はえろいなー。
部屋着へとクラスチェンジしたところでママがお風呂から上がってくる。
「あら、あなた。おかえりなさい。真奈、ちゃんとお出迎えできた?」
「うん! パパのお出迎えできたよ! まなえらい?」
「えらいわねー、パパ好きだものね真奈」
うんうん、と頷く。ママの前ではえらいね。
「それじゃパパ、私あなたのご飯温めてくるわね。その間にお風呂入っちゃってくださいな。真奈もまだ入ってないからついでに入れたげて。真奈ったらパパとお風呂に入りたいんですって。嫉妬しちゃうわほんと」
共働きのため、ママも疲れている。介護をやっているからか臭いには敏感で、愛娘に触れるのはきれいになってからと自戒を込めていつも先にお風呂に入っている。普段なら真奈も一緒に入っているが今日は勝手が違うようだ。なんだかうれしいこと言ってくれちゃってるなあ。
「じゃあ真奈、パパとお風呂はいっちゃおっか」
再び抱き上げ、二人分の寝間着を持ちお風呂場へと足を運ぶ。
「さあ、服脱いで」
「はーい」
ちゃっちゃと着替えてお風呂へざぶん。湯船に浸かると、デスクワークで凝った肩も癒されるー。隣で数を数える天使は心を癒してくれるし、一日の終焉としては上々すぎる。
「ねえ、パパのこと好き?」
数える指を止め、こちらを覗く真奈。
「うん! 大好き!」
余りにも幸せ過ぎて昇天するかと思った。しかしここで死ぬなら本望。もう一歩踏み込む。
「じゃあどこが好き?」
ここで「全部!」って言ってくれるのを大いに期待しながら。
「うーんとね、でんぶ!」
臀部……お尻かあ。まだまだ育ちざかりな娘の髪をわしゃわしゃと掻きむしってありがとうと告げた。
猫でてこないじゃん。