第四話 正体
「どうして、ここにいるの? 聖也」
弥生が尋ねた。長すぎる髪が顔にかかって厄介そうだ。髪を払いあげ、蒼い蒼い眼が聖也を見つめていた。
(というか、髪の色も眼の色も違う……)
地球にいた頃は黒髪に黒い瞳、いや瞳は若干茶色だった。だがしかし、今の髪は真っ白な銀髪に、黒と蒼の『異色眼』。
聖也は思わず尋ね返した。
「弥生こそ、どうしたの? その髪色」
「あぁ、これ?」
自嘲するように笑った弥生。そこには色濃い疲労が浮かんでいた。
「この世界に初めて来たとき、私の髪の色は変わっていたの。ここに来てすぐだった。綺麗な湖に映った自分の姿を見て驚いたわ」
「この世界……?」
聖也はその表現に疑問を持つ。
「異世界。死んで気付いたら、この世界にいたの……」
弥生は静かに言った。
そして、ポツポツと語りだした。
燦然と光る太陽は地平線に沈んでいった。それは長い長い夜の始まりでもあった。
途方もなく長い時間、弥生は語った。
楽しかったこと、辛かったこと、泣きたくなったこと、笑ったこと……。あり得ないような経験を、よくも悪くも、古い古い思い出のように語った彼女はもう笑ってはいなかった。
少々長かった弥生の過去を聞いた聖也は、凄惨な経験は人を変えるのだと確信した。今の弥生は少し変わってしまった。
口調、容姿、能力……エトセトラ。
だがしかし、根っこの部分は変わっていないと聖也は感じる。
「というわけ……」
最終的にそういうことらしい。
聖也は弥生を抱きしめる。
「よく頑張ったな」
そう言うと、弥生は泣き出した。
「やっと……ぜいや゛にあ゛えだ……」
ぎゅっと抱きしめる腕の力を強めた。
「あぁ……頑張ったんだな。弥生」
そして、聖也と弥生は、熱い口づけをしようとし……
「……んん?」
倒れていたはずのナミが起き上がった。
咄嗟に弥生は聖也を突き放すように押した。
「あ……えと、とりあえず、彼女は知り合いだよ……」
聖也は若干、言い訳のように不自然な感じに言った。ナミは倒された恨みでもあるのか、敵と相対した時のように構える。
「そこの少女……! 何者よ!」
聖也は本当のことを言えばいいのか悩む。だが、悩んでも答えは出せなかった。そう思っていると、意外にも弥生の方から答えた。
だが、その第一声は間違っても、質問に対する答えではなかった。
「『ひれ伏せ』」
その声は普通の朗らかに笑っている弥生の声とは違った。低く尊厳と威厳に溢れた偉大な王を思わせるような声だった。
その声と共に、ある能力が発動した。それは弥生が持っている数多ある『権能』の一つ。『玉音権能』。
この『権能』の能力は対象への動作を強制させることができる。
聖也は弥生が対象に設定しなかったので、能力は効果を発揮しなかった。
だが、効果を受けたナミはまるで、上から重たいものがのし掛かっているようにして、ひれ伏す。
「うぐぅ」
ナミは思わず声を漏らす。
「私は南雲弥生……聖也の彼女よ」
「……おい」
弥生はそこで一息ついた。その短い間に聖也が突っ込みを入れる。茶番は止めろと言っているみたいだった。
「そして……世界の支配者『王』よ」
その言葉によって、時間が止まったような感覚がナミを襲った。
「『王』って……嘘でしょ? 三重や四重かもしれないけど……まさか……?」
「そのまさか。私が所持している『権能』は数百を超える。なぜか使えないのもあるけどね」
ナミが聖也に尋ねた。
「とりあえず、その命令みたいなのを解除してあげて……一応、恩人だから」
「聖也が言うなら」
弥生が即答すると、ナミにかかっていた異常な力が消えた。
「とりあえず、起こすから、待ってて」
ナミは倒れているアギ爺を起こしに行った。
「う……ん? ナミか」
朦朧とする意識を明確に覚醒させたアギ爺は弥生を見て、叫ぶ。
「化け物めッ!」
そう叫んだ後、戦闘態勢を取るが、同じく弥生の「『ひれ伏せ』」という一声によって、動きは封じられる。
(さて、どうするか……)
聖也は考え、一瞬迷う。だが、この二人なら……そう思い、聖也は声を張った。
「俺は……いや、俺たちは異世界から来たんだ」
一拍の空白。そして、劈くような悲鳴が赤色の大地へと響き渡った。
「え……えぇええええええ!!!」
次話投稿は八月六日を予定しております。どうぞ、お楽しみに