第一話 巨石
赤茶色の荒野は人というか生命が住むのには向いてないのだろうか。民家どこら、人工物すら見えない。少なくとも聖也には見えなかった。見逃してる可能性もあるかもしれないと一考したが、そんなことはないだろうと振り払う。
聖也はクラクラする身体を何とか持ちこたえ、自分の奮い立たせる。彼の体力は限界に近かったが、何とか一歩ずつ足を進める。
足を進めた先にあるのはひたすら続く荒野だった。出口のない迷路を彷徨っているような感じがしてきた聖也。ここまで気力で持ってきたが、ついにばったりと倒れた。
赤い土が軽く舞い上がる。
(ここで死ぬのか)
無情に降り注ぐ日光は柔らかなものではなく、悪魔の攻撃のように感じれた。
「死にたくない……」
だが、身体を起こす気力はなく、建材が身体に突き刺さったときのように全く動けなかった。
「なんでこんなところで死んでいる人がいるの!?」
可愛らしい声が聞こえた。
顔だけを微かに動かし、上を見上げる。
――淡い水色の布地が見えた。
もうちょっと上を見ると、覗き込むように見ている美少女がいた。淡い水色の髪に、青い目。そして、白色のワンピースのような感じの服。
さっきのパンツだったのか……。聖也は若干、不埒なことを考えたが、頭の中から追い出す。今はそれどころじゃない。
「た……すけて」
聖也は少女に慈悲を乞うた。ただ、数時間炎天下を歩いていたのと、水分を全く取っていなかったことから、喉はカラカラだった。なので、口から出た言葉は掠れていた。
「えっ、喋れるの!?」
まるで幽霊を見たように驚いた少女。だが、すぐに背負ったバックパックから筒のようなものを取り出し、聖也に差し出す。
「はい。これ、水……温いかもしれないけど」
そう言って、筒のようなものに入れられた水を飲ませてくれた少女を見上げて、聖也は立ちあがった。
喉が潤ったことにより、ある程度、話せるようになった聖也はお礼を言った。
「ありがとう。倒れて死ぬとこだった」
「いいわ。別に。水だって、無限にとれるし……」
少女はそう言った。
「私はナミ。あなたは?」
「俺は聖也。駒原聖也」
「ふーん。まぁ、何も持ってないようだし、家に来る?」
思いがけない提案に聖也は驚く。迷惑にならないかと考えたが、このままでは死ぬだろうと思い、好意に甘えることにした。
「お願いできる?」
「勿論。情けは人のためならずよ」
優しそうな彼女はそう言って、微笑んだ。
一瞬、ドキッとしてしまった聖也は、弥生のことを思い浮かべて、ぶんぶんと頭を振る。
ナミの後ろに彼はついていくことになった。
そこで食事と寝る場所を借りて、少し休憩しよう。聖也はそう考え、後ろをついていった。
赤い荒野を彷徨うように歩いた聖也たちの前に現れたのは巨大な一枚岩だった。とても巨大だ。オーストラリアのエアーズロックを想起させるような岩は彼の前に突如として現れた。
(こんなに大きい岩があそこから見えないなんて、馬鹿なことがあるのか?)
聖也は考えるが、答えが出ない。考えている間にもナミは結構なペースで歩いていくので、聖也はついていくのがやっとだ。
ナミはどんどん岩に寄っていく。
「もしかして、ナミ。家って……」
聖也が恐る恐る尋ねる。
「うん。この『巨岩』の中よ」
リンっと鈴の音が鳴る。
「帰ったよぉ!」
ナミが言った。
眼の前の空気を撫でるように触れる。すると、見えなかった扉が姿を現す。まるでさっきの岩のようだ。自分の眼を疑ってしまう聖也だが、無理もないだろう。
「おぉ、帰ったか」
そこには優しそうな爺さんがいた。好々爺という言葉が正しいだろう。
「今日の夕食はシチューだぞ……って誰だ、その坊主」
優しそうな笑みを浮かべ、老人は言う。だが、すぐに目を怪しげなものを見る目に変え、聖也を眺める。
「うん? 『権能者』か?」
爺さんが声をかけてくる。
「珍しい髪色だな。どこの出身だ」
聖也は素直に答えるべきか悩んだが、答えることにした。
「東京です」
「「トウキョウ」?」
「はい……」
「ふむ」と呟き、爺さんは少し考えているようだ。
「すまない。その「トウキョウ」という地名は知らぬ。一体、どこにあるのだ」
(はっ?)
「いや、でも日本語を話してるし、日本の首都がわからないってどういうこどですか?」
「「ニホンゴ」? 「ニホン」? すまないが、それは地名か? そんな場所、全く聞いたことがない」
「そうですか」
そう言われた引き下がるしかない。
聖也は逆にこちらから質問することにした。
「すみませんが、ここはどこでしょうか」
「うん? ここは『巨岩』だが……あぁ国名か。ギリギリ『魔道国家シャルム』の領地だな。付近一帯が荒野だから実際に誰かがしっかり管理していることはないぞ」
(シャルム……? そんな国、聞いたことないぞ)
もしや……という気持ちが聖也を襲う。
「いやしかし、『権能者』とは珍しい。儂ぐらい有名人になっててもおかしくないんじゃけどなぁ」
(うん? ナルシスト?)
「そうだね。爺さんは『幻顕権能』を持っていた魔法師だったから、確かにそうなんだけど、なんかイラッてくるよね」
ナミもそんなこと言った。
「ふむぅ。しかし、儂のことすら知らんとは……【幻想】っていう二つ名を持っていたのになぁ。活躍度が足りなかったか」
ブツブツと小さな声でアギは呟く。聖也はアギ爺と呼ぶことにした。
「そんなこといいから、ご飯でも食べようよ」
ナミがそう言った。
「おぉ、そうだな。坊主は何か食べれないものはあるか?」
「特にないです」
「おぉ、そうか」とアギ爺が呟き、ご飯を取りに行った。
「その眼の色は『権能者』だろう」
熱々のシチューを木の皿に盛りつけられていた。どうやら、普通のスプーンを使って食べるようだ。非現実的な場所だったが、食事は普通なのだなと、聖也は思った。
「異色眼。『権能者』にしか持ち得ぬ特徴だろう」
(うん? 異色眼?)
聖也は自分の知らない単語を聞いて、不思議に思った。尋ねてみる。
「異色眼とは?」
「それぞれの眼の色が異なっている眼よ」
当たり前だろうといった感じでナミが答える。
「『権能者』は?」
更にわからない質問をした聖也。だが、今度の反応は先ほどのものとは大きく異なった。まるでサンタクロースが実在しないと知った子どものような反応だ。
「えっ? 知らないの?」
「大丈夫か、記憶喪失というやつか?」
ナミとアギ爺が驚きの声を上げた。
「え、えぇ。もしかしたら、そうなのかもしれませんね」
聖也は適当な相槌を打ち、どちらかが質問に答えてくれることを願った。
「はぁ、まぁでは、基本的なところかじゃ。いや、待て、先にお主の『権能』を調べよう。そうした方が説明しやすいかもしれない」
そう言って、アギ爺はスプーンを起き、奥の部屋に行った。何やら、探し物をしているようだ。ガサガサと何かを探る音が聖也の耳まで届いた。
「あった。『解析板』。これに血を垂らしてくれ」
アギ爺は手に小さなナイフを聖也を渡した。白銀の刃が鈍く光り、恐ろしく思えた聖也は少し躊躇う。だが、悩んでいても仕方がないと割り切り、親指の腹を軽く切った。
「うっ……」
少し呻くような声をあげてしまう。
「情けないなぁ」
ナミはそう言った。若干、じと目だ。これは怒ってるのでは……と彼は考えたが、特に何も言わなかった。
「出たぞ……えと……『召喚権能』『継承権能』? はっ……?」
『権能』の名前を読み上げた後、アギ爺は硬直したようになった。その後、ぎこちない様子で聖也を見た。
当の本人の聖也は自分がなぜ、そんな風に見られているのかわからず、戸惑ってしまう。
「『二重適正者』? 嘘だろ」
アギ爺が呻くような驚きの声を上げる。まるで信じられないというこった感じの表情なナミとアギ爺。
そんな中、聖也が的外れなことを言った。
「それで、それは一体何なんですか?」