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序章 泡恋

 「ここはどこだ」


 少年――駒原聖也こまはらせいやは呟いた。


 眼前に広がる広大な荒野。赤茶色の土を踏みしめ、どこに向かうかもわからない幽霊のような足取りでフラフラと彷徨う。燦然と輝く太陽は容赦のない日光を浴びせる。あまりの暑さに衣服を脱ぎ棄たい衝動に駆られた聖也は息を吐いた。


 一歩、一歩、足を進めるごとに照りつける日差しは激しさを増すようだった。汗がポタポタと首元を伝う。


 (暑過ぎて頭が馬鹿になったかな)


 変質者のような思考を聖也は振り払い、せめて人家が無いか調べるように周りを見渡す。あるのは永遠に続きそうな青い青い空と真っ赤な荒野だった。


 不意に、聖也は夏用の制服の右ポケットを探る。


 「馬鹿な……」


 驚嘆を交えた声でポケットから手を引き抜く。


 「何もない」


 買ったばかりのスマホ。家の鍵。売店で昼ご飯にと買ったパンのお釣りと先ほどのパフェのお釣り。エトセトラ。


 所持品が全て消え去っていた。


 すぐさま左ポケットも調べるが塵ひとつない。


 古い記憶の糸を手繰るようにして、数分前の記憶を思い出す。


 あれはそう。こんな風に暑い夏のある日だった。








  「暑い……」


 あまりの暑さにぐったりしながら、聖也は教室で授業を受けていた。暑さ故か、無能な数学教師が一段と無能に見えてくる。


 「――というわけでこのような回答になるわけです。わかりましたか」


 論理的で淡々としたつまらない授業はもうすぐ終わる。時計の短針が6を指すと同時にチャイムが鳴った。


 「よし、ではここを宿題とします。明日までにはやりましょう」


 教師の声が響いて、酷く虚脱感を感じた。


 (面倒だな……)


 うだるような暑さは来週になっても終わらないらしい。


 聖也は疲れた気持ちを振り払うために、周囲の空気を仰ぐ。


 「わっ!」


 唐突に後ろから高めの声が聞こえた。恐らく彼女だろう。聖也はそう思い、後ろを向く。


 クラス一、もしかしたら学年一かもしれないほどの美少女――南雲弥生なぐもやよいは明るく朗らかな笑みを浮かべて続ける。


 「いやぁ、暑いねぇ。今日も熱中症で学校から早退者が五人だって」


 最近の日本は暑くて、熱中症患者が多発している。厳しいまでの暑さ。赤道直下の国より暑いのではないだろうか、と聖也は考えた。


 「いやぁ、大変だよね! こんな日こそ、スイーツでも食べたいね」


 言い方を変えただけで、要は今日もおごってほしいのか。


 聖也は溜息を吐いたが、幼馴染の溢れんばかりの笑顔を見て、反論する勇気は失せた。


 「わかった。放課後にいつもの店な」

 「うん!」


 喜びが抑えきれないといった感じで弥生は呟いた。


 「聖也って、完全にお財布キャラだよねぇ」

 「うん? 何かいったか」

 「いや、何も!」


 明るい笑顔で誤魔化す彼女。


 (聖也と一緒に、スイーツが食べれればそれでいいのっ♪)


 他の男は論外だ。ジロジロと見定めるような視線で、自分の胸に視線を向けてることを知っている。いやらしいことを考えているのだとすぐにわかる。


 だが、彼はそんなことしない。


 (一緒にいたいと思える男は、聖也だけ♪)


 これをクラスの女友達に話したら、キャーキャー騒ぎ立てるだろう。


 (はぁ、下らないなぁ)


 変な考えにストップをかけ、甘い甘いスイーツを想像していたら、弥生は放課後まで一瞬の出来事に感じた。








 (さて、そろそろ行くか)


 聖也は教室から出て、目的地を目指す。


 正門の近くにいくと、弥生がいた。制服姿だけど、部活には行かなかったのか。

 聖也が声をかけようとすると、彼女の方から声をかけてきた。


 「やっほっ! 聖也!」


 聖也は声を返す。


 「よぉ! 待っててくれたの?」


 「勿論♪」という声が返ってきた。ニヤつきたくなったが、ここは学校だ。流石に不味いと思い、真剣そうな顔を作ろうとした。


 「あははっ、何その変な顔!」


 どうやら他人から見たら相当、変な顔みたいだ。抱腹絶倒のギャグのようにケラケラと笑い続ける。


 弥生が言っているスイーツの店は商店街の一角にあり、一目ではスイーツの店だとは思えないだろう。一階部分は普通の果物屋さんであり、スイカやメロン、マンゴーやリンゴ。様々なフルーツが置かれている。ただ二階に上がると、お洒落なカフェが現れる。


 店内は洋楽が流れつつ、数人のグループが談笑している。


 「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか」

 「二人で」

 「かしこまりました!」


 ウェイトレスさんが、声をかけてくれた。それに聖也が返し、二人で椅子に座る。


 「ご注文は?」

 「スペシャルメガフルーツパフェで!」


 決め台詞のようにフルーツパフェを頼んだ彼女だったが、聖也は若干、顔を引きらせる。


 (うわっ出た!)


 カロリーなんて知るかと言わんばかりに大きなグラスに入れられたイチゴ味のアイス、その上にオレンジソルべ、更にレモンソルべが、といった感じで三つの味のアイスが入れられ、それぞれウエハースやコーンフレークで仕切られている。

 上に盛りつけられているのはメロン、イチゴ、オレンジ、レモン、マンゴー、エトセトラのフルーツ。まるで生け花のように飾られたそれはフォトジェニックなパフェだ。


 さて、そんなパフェだが、お値段がとてもお高い。税込、三千七百円。それがそのパフェの値段だった。


 聖也は大人しくマンゴーパフェを頼む。この店の中で最安価のパフェだが、それでも千円。頭痛がしてきた。


 一週間のバイト代が今日一日で吹っ飛んだ。


 「むふぅ。美味しそう」


 すぐさま出てきたパフェを見て、彼女が喜びの声を上げる。


 「確かに美味しそうだよね」


 聖也は確かに一瞬、現実を忘れ、自身の眼前に広がるパフェを見る。


 「食べる?」


 弥生がスプーンを差し出してきた。


 (それって間接キスになるのでは?)


 聖也は考えたが、せっかくなので貰う。


 「ほら、あーん」


 ぱくりと食べると、爽やかなレモンソルべの味が口の中で広がった。


 (美味いっ!)


 聖也はもう一口欲しくなったが、流石に衆目の下で二度目のあーんは恥ずかしい。


 諦め、大人しく自分のマンゴーパフェを食べる。これもまた美味い。


 「美味しいね♪」


 彼女は幸せそうに笑い、さらに一口食べた。


 彼女の笑顔はとても魅力的だった。こんな時間が続けばいいのに、なんて思いつつ、聖也はパフェを食べ終わった。









 「――四千七百円になります」


 ウェイトレスさんの声を聞いて、目が覚めた。


 「はい」


 聖也は右ポケットから財布を取り出し、お金を支払った。


 「五千円ですね。お釣りの三百円になります」


 そう言われて、財布を左ポケットにしまい、お釣りを右ポケットにしまった。これは後で分けるためだ。


 聖也は今日も無駄遣いをしたことについて溜息を吐いた。


 (いや、でも弥生の笑顔が見れたし、案外悪くない買物かもな)


 そう考え、手を繋いで、商店街を抜け、聖也は商店街を抜ける。抜けた先は現在、建築中の新しい総合商業施設の工事現場だ。


 なんかいい匂いがする、と思い聖也が隣を見る。


 あまりにくっつくようだから、柔らかな感触が腕越しに伝わってくる。なるべく気にしないように、平然を装って聖也は歩く。


 弥生は聖也の腕を離し、数歩を足を進めて、後ろを振り向くようにしてこっちを向く。




 「ねぇー、聖也。私たちさ、付き合わない……?」



 ――唐突だった。

 ――軽々しい口調だった。

 ――でも、彼女は真剣だった。



 「えっ……」


 聖也は思わず戸惑いの声を上げる。


 「ほらっ! 私たち、仲いいじゃん! それに……実は聖也のこと――」


 いつもの元気で朗らかな顔とは別人のような真剣な顔。だが、若干の羞恥が浮かび、躊躇うようにして言った。




 「――好きだし」




 その一言で聖也は決めた。一篇の曇りもない透き通った声音で、答えた。


 「うん……いいよ」


 結局、弥生には敵わない。そんな顔で言われたら、どんな男も一発でオチるだろう。


 「いいの?」


 真剣な顔を緊張した面持ちに変え、彼女は尋ねた。


 「いいよ! 勿論だよ」


 聖也の声は意図せず、大きくなってしまった。驚いたのか彼女は少し後ろに下がった。聖也は一歩前に足を進め、真剣な表情で自分の心の内を紡ごうとした。


 「俺も実は弥生の事――」


 そう言った瞬間、嫌な予感がした。


 ふと上を見た。空が灰色だった。いや、灰色のパイプのようなものが落ちてくるのが見えた。視界一面に映った落ちてくる建材は、聖也の思考を加速させた。


 脳の制限が外れたように、ありえない速度で腕が動いた。


 「弥生ッ!」


 自分が大好きだという美少女を押し飛ばした。後は自分が逃げるだけ……という状況。このまま逃げ切る。


 だが、一歩遅かった。


 引き延ばされた感覚と思考の海の中で聖也は思った。


 空中で飛散した建材は聖也の身体に深く突き刺さった。深紅の血しぶきが噴水のように噴き上がる。


 「聖也ッ!」


 弥生の叫び声が聞こえた。泣きそうな顔が彼の眼に映った。だが起き上がれる気力はなく、ぐたりと横たわった身体の中で無数の言葉を紡いでいた。


 (死にたくない)(生きたい)(彼女ができたんだ)(こんなところで死ねるか)


 だが一つとして口から零れることはなく、心の中で反芻し消えていく。


 「嘘でしょ! 聖也ッ!」


 彼女は悲鳴を上げながら、建材が突き刺さった聖也を助けようとした。


 「あ……ぶ……な――」


 聖也のか細い声が聞こえた。


 その時、聖也の黒い瞳に映ったのは、もう一度落ちてくる建材の山だった。


 (流石に二回目は無理だって)


 諦観の感情が心の中で渦巻く。最後の力を振り絞る。これだけは言わないと……


 「お……れも……大好……きだ……よ」




 ガッシャッッンッッッ!!!




 激しい音と共に落ちた建材は、聖也と弥生を貫き、冥界へと誘った。








 そこまでが聖也の覚えている記憶だった。


 聖也は気付いたら、赤い赤い荒野にいた。太陽が燦然と輝き、酷く熱く、視界が歪むような環境だった。


 聖也は死にたくない……生きたいと思った。


 弥生と再会するまでは――

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