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ギュッと

作者: mako


埼玉県川越市は古くから栄える歴史ある街。

東武東上線の日中の急行や快速なら池袋から約30分程と気軽に来れる場所にある。出来てからまだ日が浅い地下鉄副都心線直通の急行Fライナーは日中に1時間2本しかないのが欠点だが渋谷・横浜方面に乗り換え無しでアクセス出来るのが最大の利点で横浜エリアまでは約1時間半程で着ける。更にJR埼京線・川越線で都内の東側や大宮まで行く事が出来るし、時間はかかるが川越の街中にアクセスしやすい西武新宿線も使える。

自動車も関越自動車道の川越インターがあり国道16号と川越街道が使えるので首都圏各地とのアクセスは申し分無し。最近は圏央道や外環道で行ける範囲がぐっと広がり、以前はアクセスが難しかった神奈川方面や千葉方面も快適に移動出来る。何処に行くにも便利で行動しやすい場所だ。

小江戸がキャッチフレーズで蔵の街には時の鐘や喜多院、菓子屋横丁など名所が多数ある。名物の美味しい芋を使ったスイーツが多いのもまた魅力。休日には首都圏の各地から多くの観光客がやって来て溢れかえる。歴史ある街歩きを楽しむも良し、食べ歩くもまた良し。そんな賑やかな街である。


この街のごく普通の家庭に育った小林真由はすんなり物事が決まりすぎてしまい苦労知らずで来た。

高校から大学…ずっと困る事を知らない。周りはその状態を羨むが実態は温室育ちでしかなく、何かあったら立ち行かないのかも知れない。

真由自身もそれは分かりきっている。だからといって何か対策出来る訳でも無いので余計に大変なのだが…

一般的な身長でこれと言った自慢出来るアピールポイントも浮かばない。手入れすれば美人とは言われているが派手な格好は全く好きではないし、そもそもファッションに疎すぎる。流行にもなかなか乗れない。メガネをかけて長い黒髪を下ろし、いつも本を持ち歩くどことなく地味な学生で恋人なんて出来た試しがない。

今は大学2年であともう少しすると就活が始まるのか…と憂鬱になったりもする。

大学ではそれなりに話せる相手は居るが、どういう話題なら話せるかが未だによく分からない。当然ながら彼氏云々と言われたら口を噤む様な有様で基本的に1人で居る事が多い。


大学は都内まで通っている。東武東上線の川越市駅から池袋まで行ってから地下鉄丸ノ内線に乗り換えていく。

朝の1限に出る時はなかなか大変だ。急行は川越市より先の小川町始発なので座れる理由が無い。しかもふじみ野、志木と大量乗車が続く。逆に他の路線と絡む朝霞台と和光市では降りる客もいるので車内は落ち着くことがない。これでは池袋に着くまでに疲れ果てる。始発の各駅停車も1時間近くかかるので使えないし、そもそもこの時間は途中の志木始発ばかり。ここから出るのは地下鉄直通がメインで縁がない。

そこで始発の準急に並ぶ事にした。これなら決まった時間に駅に行けば確実に座れる。

準急は池袋まで約50分かかり、都内に入った最初の駅の成増まで各駅停車。ふじみ野で急行に抜かれるが座っていく為にはこれに乗るしかない。準急も真由がいつも使う電車の他はもう1本を除いて小川町や森林公園始発になり座れない確率がかなり上がるので、基本的には毎回同じ電車に乗るしかない。

ひとたび座れば大好きな音楽を聞きながら講義の本を読んだり、眠い時は少し寝たり…池袋までは自分の時間だ。気にしたことが無いからいつも途中の景色を見たことがない。都会のラッシュ時の電車の乗り方としては我ながらかなり良い方だと思う。ただ、 流石に池袋で乗り換える丸ノ内線では読書しない。座れない事が多いし、座れてもそんな事をしたら通り越してしまう。合計1時間少々の通学でこれが1年以上続くルーティーンになっている。


この日もいつもの様に駅に行って乗車位置に並ぶと「おはよ!」と突然に中学、高校の同級生の吉田あさひに声をかけられた。

あさひは今どきの女子で流行に敏感。TwitterやInstagram(インスタ)等のSNSが…と言われれば誰よりも早く使いこなすようになった。そして趣味があり過ぎる為に一番好きなのは何なのかが最早分からない。

カメラにイラストに美術館巡り…挙句の果てには植物が好きで植物図鑑を持ってきた事さえある。

ファッションも流行に合わせたりするのに個性の塊みたいな格好で、そのギャップにはびっくりする事も多い。用が無くなった衣類は古着屋に売るという現実的な側面も持っていたりする。

恋に敏感で彼氏がいるという噂は常にあったし、女の子でさえ好きになってしまう『バイセクシャル』の噂さえあったりするのを隠し通せるのは凄いといつも感心していた。

平均的身長の真由より少し小柄で童顔丸顔のショートボブ。幼く見える。いきなり言われてかなり動揺してしまった。

「おはよ…ってびっくりした!なんでこの時間に居るの!?ここからじゃ赤羽に行けないじゃん。」

あさひは川越からJR埼京線に乗り、赤羽で京浜東北線に乗り換えの筈。川越市駅から次の川越までは僅か900mしかなく歩いて行ける距離でここからJR乗り換えは現実的では無く、言わなくても答えは分かりきっている。

「1ヶ月前に通学ルート変えたんだ。あっちは痴漢多過ぎて…数日に1回は知らないオッサンに触られるんだよね…一度なんて武蔵浦和でグイって引っ張られて。あのままトイレに引き摺り込むんだよね。防いだからいいけどさ…もう嫌だ!」

埼京線は京王線と並び、関東一…いや、日本一痴漢が多いという不名誉な称号を持つ。あさひも朝は始発の川越から乗れるので座れるから関係ないのだが、夜の帰りには座れない。その際に度々触られた。この路線は一部車両に防犯カメラを付けているが、カメラの死角を狙うか他の車両に移るだけだったりして痴漢が減る気配はなかなか無い。メインは新宿から赤羽までと言われている。夜遅くの電車なら赤羽を出ると乗客が減るのでいいのだが、夕方はそうもいかないし川越行きを待つ場合には夕方は通勤快速に乗るしかない。だが通勤快速は赤羽を出ると大宮までの間は武蔵浦和にしか停車しないので一度狙われると厄介だ。女性専用車両に逃げ込みたいが、乗車位置に行くまでに大量の人をかき分けなければ進めない。一番端の通路からなら簡単に行けるのではあるが、時間の兼ね合いもあってなかなか上手くいかなった。かと言って大宮まで京浜東北線に乗り続けると所要時間が延びる上に、大宮駅構内での乗り換え距離がとにかく長くて大変で難儀する。

「大変だね…これしか使わないから知らないんだよ。」

帰りも池袋で急行を1本待てば確実に座れる東上線ならまず痴漢に遭わない。座れるのはある意味では一番の痴漢対策なのだ。最近では東上線も昔に比べればかなり混み合うようにはなってしまった為に検索ワードに「東上線、座れない」なんてのが上がるようにはなってしまった。そして人身事故が多く迂回乗車で何度も和光市まで地下鉄利用をしたり、更に酷ければ西武新宿線で迂回したり…こんな時は楽ではない。それでも、毎日座れるのなら嬉しいのだ。

あさひは結局、東上線で池袋まで行ってから山手線に乗り換えるようにした。幸いにしてこの1ヶ月は全く被害に遭っていないのだが、満員電車に疲れ果てるのは真由と変わらない。朝に座れるかと時間を調べていくうちに奇遇にも真由が1限の度に乗る始発の準急に行き着いた。

定期券も川越市からに買い直してその時間にホームに立ってみれば、高校時代を一緒に過ごした真由が居たのでびっくりして声をかけた…という流れである。

「最初はもう痴漢されたくない恐怖でビビりすぎて…座れるからってTJライナーで通ったんだよ。お金があまりないから巫女(みこ)のバイトをしている学生なのにリッチだな!ってお父さんに言われて流石にやめた(笑)」

TJライナーは東上線唯一の乗車整理券が必要な電車で料金は下りが310円で上りが410円。長らく夜の下りだけだったが、最近になって朝の上りも出来た。ただ、上りは時間が朝のラッシュの前と直後しかない上にこの駅には止まらない。下りはふじみ野からなら乗車整理券は要らないが、そもそもの話で準急から乗り換える以外にふじみ野から乗る要件があまり見当たらない。

昔よりはかなり混むからTJライナーが出来たとはいえ、わざわざライナー券を買ってまで座りたくは無いので真由は滅多なことが無い限りは乗らない。

「そりゃそうだよ。でも…巫女のバイトはまだやってるんだ。まぁ、お似合いだからね。」

「やってる!ってか、お似合いってどういう意味!?」

あさひは川越氷川神社で巫女のバイトをやっている。まぁ、実態はあまり行っていない居酒屋のバイトとの掛け持ちだが…

夏休み期間の前後に開かれる風鈴祭りの期間中等のトップシーズンには、ほとんど毎日出ている。確かにあさひの風貌は巫女らしいのかもしれないが、真由がお似合いと言うのはもっと重要な意味がある。

「だって、氷川神社って恋の神様じゃん。恋多き女にはお似合いだよ(笑)」

「ちょっと!それは無しでしょ!」

川越氷川神社は2組の夫婦神が鎮座していることから古くから夫婦円満・縁結びの神様として知られていて、お守りも恋に因んだ物が多数ある。市民には鯛に入ったおみくじを簡易型の釣竿で釣る「鯛みくじ」等が有名だ。

月に2回ほど良縁祈願祭を行うが、開始時間も末広がりに因み8時8分または8時38分からと徹底している。

こんな神社なのでカップルや恋に悩む男女がよく来る。絵馬も恋愛成就祈願のものが多数見られ、その絵馬は何処と無く華やかな気分にさえなる。2014年に始まった縁むすび風鈴はインスタ映えすると評判で、若い女子が更にたくさんやってくるようになった。そんな神社の巫女は恋多きあさひにはお似合い…と言いたいのだ。

「何だったら真由も巫女やりなよ!私が紹介してあげるし、彼氏見つかるかもしれないよ(笑)」

「いや…それは…私だってバイトやってるし…」

俯く真由。自分に自信が持てないでいるので、恋に絡んだ話題を自分に振られただけでこうなる。さっきまであんなに元気だったのにいきなり変わってしまう自分ではダメだとは思っていても、耐性が無いので仕方ないと諦めている。真由のバイトは市内のカフェで裏方スタッフをしている。

『まもなく3番線に当駅始発、準急池袋行きが10両編成で参ります…』

いつもの駅の放送が今日は助け舟に感じられる。とはいえ、池袋まで一緒らしいのでまだ先は長い。いつもは時間を感じない50分だが今日は長く感じそうだ…


いつものように席に座る真由とそれにくっつくように隣に座るあさひ。真由としてはなるべくいつもと同じに過ごしたい。そう思って、ひとまず読みかけの本を取り出す。

準急はふじみ野で急行を先に通すので利用客もさほどは多くないのだが、そこから先は先着電車になるので一気に混み合う。最後の一区間となる成増~池袋が一番混み合う。その状況は最早、急行とほとんど変わらない。その前に用意しておかないとマズイと知っているので、通常通りの行動を早期に始めなければいつもと同じにはならない。

「初めて乗った。これなら快適だし座れるんだね!」

急行なら間違いなく無理だ。次の川越で多少なりとも降りる客がいるのでチャンスが無いとは言わないが、かなり厳しい。準急は急行が通過する駅に向かう客も乗る筈だが、4つ先のふじみ野であっさりと後から来る急行に追いつかれてしまう。その為にわざわざ川越市で乗り換える客も川越で乗る客もそこまではいないが故に急行よりは空いている。

「真由ってやっぱり真面目だよね…いつも見ていて思っていた。こういう時に読書するとかさ…」

言われなくても分かってはいる。ただ、言われると変に意識してしまう。

「そうかな?これが毎日だから当たり前だと思っていたよ。」

「私の周りには真由以外に居ないタイプだったから、ある意味で感心していたよ。」

ドアが閉まって電車が走り出す。乗り慣れたいつもの電車は何の変化も無い。唯一、あさひの存在だけがいつもと違う。

「私は多分不器用なんだよね…ある意味でね。だからずっと彼氏も居ないし、そういう話題から逃げてる気がする。」

膝上に置かれたカバンの上で開いた本に目線を落としたままで本音を話している。こんな事は電車内ではなかなか言わないだろうが割に空いているから言える話だ。混みあっていたら絶対言えない。

川越市駅を発車した筈の電車はゆるゆると少しだけ走ったと思ったらすぐに減速。停車してドアが開くと川越駅でドアが開いている事を知らせる音が車内に響く。狙って乗る客が中に入ってくるが、まだそこまでは居ない。座席はほぼ埋まっているが、立つ客はあまり居ない。

しばらくするとドアが閉まったが立ち客はそこまで居らず、小声ならまだ少しは話せそうだ。あさひもつい本音を話す事にした。

「私は恋人が常にいるって噂があったじゃん?あれは違うからね。まぁ、付き合った人もいるけどさ。」

サラッと言ってのけた。その続きはこうだ…

「女の子が好きって噂まであったけどそれも違うからね。流石にそこまでじゃない。まぁ…あの子がかわいいとか、この子をイメチェンさせたら絶対かわいいだろうとかはあって…今もちょっと思ったりする。」初めて聞いたがかなり気になる。

『イメチェンさせたら…ひょっとして…私!?』

頭の中で聞き慣れないフレーズが妙な想像を伴ってグルグルと渦巻いている。

「今度さ、休みの日に買い物行かない?今週末なら巫女は休みだよ(笑)」言われてもなかなか分からない位に錯乱している。

「ねぇ?聞いてる?」

「えっ?私?」

他に会話の相手が居る訳が無い。仮に違えば誰に話しかけるんだ?となる訳で…

「ゴメン!ぼんやりしてた…」珍しく落ち着きのない真由。こんな事は滅多にない。

「びっくりした…初めて見たよ。真由のそういう姿。ねぇ?週末空いてる?もしも空いてるならまた連絡するから宜しくね。」

電車はまだ空いているが、ふじみ野から先は池袋に先着となり最後には大混雑になる。この辺りで会話を終えるのが無難だろう。

「うん…分かった…空いてるよ。また連絡してね」

偶然会ったと思ったらいきなりこれである。いいやら悪いやら…

真由は心中複雑なままで大学に着いた。

真由の身の回りにはあさひの様なタイプの友人は昔からほとんど居ない。地味で大人しい真由とは正反対のあさひなので最初は抵抗があった位で、中学の時はクラスは一緒だったが仲良く無かったし寧ろ遠ざけていた程。

高校でも同じクラスになったのを機にあさひから話しかけられたのがきっかけでここまでの関係性になった。

真由は静かにマンガや小説を読むのが好きで中学の時は空気の様な存在だと自負していたし、実際にそうだった。何故に高校であさひが声を掛けてきたのかを最初は理解出来なかった。そういう不思議な間柄である。あさひからは「残念な美人」とよく言われていた。確かに髪型を変えてメガネをコンタクトにでもすればイメージがかなり変わるかもしれない。

ただ、どうしたらいいかが全く分からなかった。ファッションも(うと)いし、正直に言うとどうでも良い。別にジャージで買い物だってお気楽でいいじゃないか。要するに楽に生きたいだけなのだ。お洒落も恋愛も全く興味が無い。但し、最近はこのままでは良くないのかも知れないとは思っているが…


あさひから見ればチャンスだ。そろそろ自分に飽きてきたし、周りを見回しても寂しい。

男子と言うか彼氏にギュッと抱きしめて貰いたいとは思うが、それもなかなかチャンスが…

いっそ…誰かを巻き込んで大変身してもらい、自分と同じ感じにコーディネート出来る様にしてしまえば張り合いになる…

お洒落さんと言われているあさひだが、ファッションで趣味の合う知人は居ない。

と言うか、それ以前に意外な迄に孤独を感じている。

今までに仲良くなった友人は多数居るが、なかなか話が合わない時がある。残念な美人の真由をうまく巻き込んでイメチェンさせてしまえばある意味では解放される。恋バナの話し相手も居ないから助かるかも分からない。

ここで出会ったのも何かの縁だし今がチャンスだ。そう言ってしまうと何やら物騒な考えにも見えるが、紛れもない本心。

そんな事を何も知らない真由だけがじたばた慌てているように見える。その結果、無事に誘えた。あとは自分なりにプランを練ろう。何か楽しくなってきた。


迎えた週末の朝。

あさひは真由と10時前に川越市駅で待ち合わせをしていた。

巫女のバイトが休みの日は買い物に行くに限る。今日は例の計画により買い物に真由を巻き込む。お洒落は不思議と心を開く力があると信じているからこそ、折角なので真由が行ったことが少ないであろう買い物をじっくりとしたい。しばらくして、待ち合わせ時間ギリギリに真由が来た。

「ゴメン!待った?」

目の前に居る真由は相変わらずのラフな格好で近所のコンビニにでも行くようなイメージで残念な感じさえする。これはイメチェンさせるかいがありそうだ…

「待ってないよ!今日はメールで言った通りに買い物ばっかり行っちゃうけど、大丈夫?」

「うん…私、よく分からないかもしれないけど平気?」

「いいよ!もしあれなら、私がコーディネートしてあげようか?意外にZARAやH&Mはもちろんだけど、古着は案外安いから結構買えちゃうし(笑)」

いきなり突っ込んでしまったが問題ないだろう。どう変化するか楽しみになってきた。


真由はその言葉が何の事なのかさえ分からない。ファッション用語全般が何を言ってるか分からないのだ。そして、そういう買い物をするなら副都心線沿線の原宿や渋谷のイメージでいた。ところが、池袋行きの快速急行に乗るという。

快速急行の2本後に来る急行Fライナーなら間違いなく副都心線に行くがこれでは乗り換えをしないと副都心線には行けないし、どこに行く気なのかがさっぱり分からない。

「これで合ってるの?池袋行きだよ…」

その手の買い物には全く行ったことがない真由はただただ付いて行くしかない。

「合ってる!まずはやっぱり古着から!」

古着は違うのか…不安がる真由を従えて副都心線乗り換え駅の和光市をスルーして池袋で山手線、更に新宿で中央総武線の各駅停車と乗り換える。

何から何まで初めてで未知のエリアに突き進むのは不安だが、付いて行くしかない。黄色い総武線は大学近くの駅から乗れるので知ってはいる…とは言え新宿から西には行った事がなく心配が募るばかりだ。


「はい!到着!」あさひに連れられて電車を降りたのは高円寺駅。当たり前だが真由は未知の場所だ。

「ここが目的地?」

「そうだよ!私の古着の聖地!」

高円寺は動員人数日本一の阿波踊りと関東有数の古着の街。古着は下北沢や三軒茶屋などと並ぶと称されるが、何より値段がお手頃なお店が多数あるのが魅力的だ。芸能人やアイドルも買いに来る程に知られた存在で、関東の古着好きには高円寺は有名なスポットになっている。古着店は駅南側一帯に複数あるのでハシゴすると掘り出し物に出会える確率も上がる。古着好きのあさひのような人は見ているだけで楽しくなるし、あれもこれもと欲しくなる。ウインドーショッピングだけでニヤニヤとしてしまう。


そんな場所に来るとは知らずにラフな格好で来てしまった真由。あまりにラフな格好なのでこの街では浮いてしまって仕方ない。

事前に両親に今日の話をしたところ、怒られるどころか喜ばれた。実は家族も真由の将来を心配していて、このままでは先行き不安で仕方ないと思っていた。お洒落はしない。身の回りの事を話したとしても、彼氏の話はもちろん異性の話さえ無い。スレていないで喜べる年齢は通り越したのでそろそろ自分磨きもして欲しい。年齢=彼氏無し年数では両親も不安になったとしても仕方ない。

そこへこの話だ。チャンス到来と直感した母親はバイトの給料に足しなとこっそり1万円をくれた。何で…要らないのに…とは思ったが、何しろ初めて買うかもしれない物なので値段が分からない。高過ぎれば何も買えないかも知れないので、ひとまずは「ありがとう。足りたら返すね」とだけ伝えた。


前夜の流れもあり不安に思いながら歩いていくと、「はい!1軒目!」と声がしてお店にそのまま入っていった。入ってしまうとは思わなかったので仕方なく付いて行くと、たくさんの商品があるが、700円からどんなに高くても4000円しない位で買えるその値段に驚いた。相場から見たらかなり安いのは素人目にも分かるし、新品で買えば相当に値が張りそうな物も複数見受けられる。

「えっ…!?安い…」

貧乏性でも無いし、何がお洒落かなんて分からないのに値段を見てついつい言ってしまった。

「でしょ!だから高円寺に来たんだ!電車代はちょっと高いかもしれないけど、すぐに取り返せちゃうよ(笑)ねぇ?コーディネートしてあげようか?」

「えっ…でも、何がお洒落とか知らないし…」

挙動不審になりそうな位にキョロキョロ見回しては見るが、何をどう選んだらいいかは全く分からない。

ついつい言っただけでここまでになるとは…つい、うっかりでは済まないとはまさにこの事である。

「任せて!真由に似合う服探してあげるから!」

張り切って探しに行ってから1分程度で戻ってきたあさひの手元には明らかに自分では買わなさそうなフリルの付いた花柄のトップスに真っ白なスカート…想定外の一式があった。それを見て、訳も分からずにただただ立ち尽くす真由。

「1回試着してみなよ!」

一瞬迷ったが、あさひに言われたからにはやってみようと思い切って試着してみたら、そこに居たのはまるで違う自分だった。

「これが…私…」鏡に写るのは明らかに今までと違う真由。着るものが違うだけでこうも違うのか!

そのまま、あさひの前に立ってみた。

「凄い!印象違うよ!」やっぱり誰しもが驚く展開でしかないしこれがどういうファッションなのかはよく分からない。

ただ、少なくとも今までとは明らかに違う。そして、お洒落な人が多い場所でも浮くことは無いだろう。

それに金額が安いので罪悪感は無い。今日の真由にはいい事づくめである。

気付くと店員さんに「これ買いたいんですけど、着たままって大丈夫ですか?」と聞いていた。

「大丈夫ですよ。タグだけ外せば精算出来ますので。」

思わず、勢いで買ってしまった。

そんなつもりでは無かったのだが…

お店から出ると、ついつい嬉しくなって「どう?」とあさひに見せびらかしてしまったりしている。

あまりにいつもとは違いすぎるが、重いものが何処か軽くなった気がする。これが楽しいかと聞かれたら、素直に楽しいと答える。

「まだまだ教えて!」

今日が真由の『デビュー』の日になる事は間違いないようだ。


あさひは『イメチェンして巻き込む』作戦を、思い切って真由相手に実行した。実はあさひ自身は先月に買ったばかりでそこまで買わなくても大丈夫だった。

今日は真由の変身に集中したい。今のままの真由でも似合う服装…

お気に入りの店から探すのは楽しくて仕方ない。

1軒目で早々と値段に釣られてくれたのは本当に驚いたが、早速チャンス到来。本気でコーディネートしてしまおう。やっぱり女子に『かわいい』は正義だと思うから。

あれこれと悩まずに清楚感溢れる物を選び出した。

「はい!これなんかどう?」不安気な眼差しでおどおどしているだけだ。

「1回、試着してみなよ!」

こういう時は思い切って背中を押すイメージ。

試着室に入った真由をドキドキしながら待つこと1分。

出てきた姿を見て驚いた。 かわいい!

それは真由にはよく似合っていた。何処か清楚感溢れる女の子…

言うならこんな感じだろうか。

「凄い!印象違うよ!」

我ながら素晴らしいコーディネート!と内心で自画自賛していると、このまま買うと店員さんに声をかけていた。

早っ!まぁ、最初ですからね…

あのラフで残念な服を袋に入れて、店から出てきたその姿は最初とはまるで違う。

本当にイメージが違いすぎる。華やかだし重荷から解放された様で軽やかに見える。

しかも、くるくる回って見せびらかしてくる。今まででは考えられない大変化。これは本気でいこう!チャンスがあるのは間違いない!

「真由、楽しいでしょ?」と聞けば楽しいと言ってくれたし、まだまだ教えてとも言ってくれた。

よし!予定変えちゃう!こうなったら古着コーディネートに集中しちゃえ!

あさひの考えは間違いなく変わった。お洒落になってもらおう!

最初は自己満足なだけだったのに、真由がここまで楽しそうな姿を見ると自分まで楽しくなっていった…


幾つも店を見て歩き、2時間程で真由の両手には持ちきれない程の袋が下がっていた。

「まさか、1週間毎日変えられるだけ買うなんて…」

持ち合わせのレギンスを活かす服装なども合わせて、更に8着も購入したので流石に大量過ぎる量になった。あさひが1人で来てもここまで買ったりはしない。

「私は服が無いからさ…ありがとうね!今着ているこの服…勝負服にしようかな(笑)」

その勢いにはあさひが驚く位だ。まぁ、あさひばかりではなく今までとの変化の激しさには誰もが驚くだろう。

『貯金しておいて良かった… 』

今日の支出金額自体は古着メインなので、たかが知れていた。

ただ、そうは言っても予算はある訳で…母親のお金まで使わなくて済みそうなのはラッキーである。

「それにしても勝負服って…真由からそんな言葉が出るなんて!」

初めて聞いた。今までの真由では考えられない。やっぱり、お洒落は心を開いてくれるきっかけ。一緒に来て良かった…


お昼は新宿で途中下車してカフェに寄っていこう。そんな時、真由に初めての事が…新宿駅から歩いていたが、あさひが前で真由が後ろだった。

その時、後ろの真由だけに声をかける男が現れた。

「かわいいお姉ちゃん!今、時間ある?」

ナンパだ。正直に言うとあさひはよく遭う。対処法も知っている。ただ、真由は初めて遭う。

今までの服装ではナンパなんてされる対象では無いだろう。

「えっ!?私!?」パニックになっている。

その声で異変に気付いたあさひが前から振り返って、真由の手をグッと引いた。

「私と一緒なんで!」

あさひはそう言い放つと、そのまま真由を引っ張って救出した。

1人だったら危なかった。


いそいそとカフェに入るとホッとした。

「怖かった…初めてだよ…」

まだ少しだけ涙目になったまま。ただ、 意外に前向きだ。

「私なんて今まで対象外だったんだろうね(笑)あんな地味子じゃあね…それがかわいいお姉ちゃんって(笑)あれがイケメンだったらなぁ(笑)」

あさひもこの前向きにはホッとした。

「自分で地味子って、真由らしくないね(笑)あっ!イケメンでもついて行っちゃダメだよ!」

激変の1日である。朝の真由とは別人になった。髪型等が何も変わらなくても、服装だけでこうも違うのか!

その昔には渋谷デビューなどと言って、まだスレてない女子高校生にギャル系ファッションを無理矢理に(まと)わせてから変身させるというのがあった。あれは自分の意志だけではなく、半ば外圧とでも言うべきで似合おうがなんだろうがお構い無しだった。

だが、今回は違う。真由のスイッチが入ったのかも知れないが、全てを自分の意思で購入した。

あさひがあまりの変貌に驚いてしまうのも無理はない。

一気に垢抜けたとでも言うべきだろうか。

「こうなったらさ…ヘアアレンジとかもやるべきかな?」

朝とは違うファッションだが、それ以外は何も変わってはいないのでまだ髪は重々しい。

「うん!やれば違うよ!」ヘアカタログと言うのがあると言って、あさひはスマホを見せてくれた。確かに変わる。と言うよりも、画面を見る限りでは変わりすぎる。

真由は自分自身がここまで思い切れるのは今日だけだろうと思っていた。変われるうちに変わってしまえば後には引けなくなる。自分の性格を分かっているから、気分がいい時に全てを変えてしまいたい。

そう思いながら、そのヘアカタログを見ているとピンとくるのが1つ見つかった。

「これって…どうかな?」

指差す先にあったのはミディアムのアッシュヘアで黒髪ロングの真由には大変身。もちろん黒髪は変えずに済む。さっきの古着だってそのまま着れるし寧ろ似合いそうだ。

今は黒髪ロングを整える為として稀にしか使っていないヘアアイロンとドライヤーはあるし、やり方さえ教えて貰えば何とか出来そうだ。

「えっ!?凄いじゃーん!似合いそう!」

コンタクトにでもすれば、完璧。

「今日行っちゃいたいなぁ…あさひは美容院は何処に行くの?」

真由は本格的な美容院にはほとんど行かない。長さを整えるだけなので、父親世代が行くような床屋で何とかなっていた。

「私は東田町の方だよ~!何なら、空いているかを電話で聞いてみようか?予約制ではあるんだけどね…」

東田町は最寄り駅は川越駅になるが、自転車を置いてきた川越市駅からでもそこまで遠く感じるほどの距離ではない。

二つ返事で頷いた真由だが、流石に当日では無理だろうなぁと思っていた。

「はい…えっ!?本当ですか!当日なのに?ありがとうございます!」そう聞こえる。

電話を切るなり、あさひはこう切り出した。

「急に具合悪いから無理ってキャンセルが入ったんだって。だから空いてたよ!夕方6時からになっちゃうけどいい?」

もちろんだ。ここまで気分がいい時に切らなければ有耶無耶(うやむや)になるだろう。それにまだこの辺りに居てみたいので、今すぐに移動は嫌なのだ。

「うん。あさひじゃなきゃ頼めないからさ…ありがとうね!」

今回は何から何まであさひに頼りっぱなしで申し訳なさがある。

ただ、1つだけ引っかかった事が…

「あさひは自分の買わないの?」

これにはあさひに一瞬のタイムラグが起きたのだった。『ヤバい!作戦がバレる!』バレる前に…

「ううん!買うよ!欲しいのがあればね…」

あさひは毎回、そういう買い方をするので欲しいのが無ければ手ブラもザラにある。そうアピールしておいた。

「凄いなぁ…そこまでになってみたい。」

『バレなくて良かった…』何とか凌げたようだ。

まぁ、真由の場合はすぐには無理かも分からない。でも、きっとそういう日がやってくるに違いない。あさひはやって来て欲しいと願っている。

その後もあちこち回ったが、2人共に荷物が増える事は無いままにタイムアップになったので今日の買い物を切り上げて帰る。帰ってからも、更なる変身が待っているのだし。


6時よりも少しだけ前に目的に美容院に着いた。普通は真由が1人で行くのだろうが、今日はあさひが真由を紹介する格好になる。どうしていいか分からなかったら困るのであさひもついてきた。

「こんばんは。予約した…」

「お友達の子のカットでしたよね?」

「はい。そうです。」

ちゃんと伝わっていて良かった。

「では、こちらへどうぞ…」

異常なまでに緊張してきた。

「アレンジはどういう感じに?」

真由はおどおどしながらも、自分のスマホの画面に出された『ミディアムアッシュ』を指差した。

「バッサリいっちゃうけどいいですか?」そう言われると頷くしかない真由。

椅子に座ると「はい。じゃあ始めますね。」と言われた。内心ドキドキしている。

その様子を見つめるしかないあさひ。バッサリと言うだけあって、容赦なく長い黒髪は切られていく。ただただ、鏡を呆然と見つめるしかない。変身後の想像が出来ないままひたすら切られる感じでしかなかった…


始まってから1時間半近く。結構かかった…怖くて途中からは前を見れないほどにガチガチになっていたので1日位かかったかのような緊張感だった。

鏡を見て欲しいと言われて見てみると、そこには別人がいた。

「私…ここまで変わったんだ…」

目を丸くして鏡を見る姿にあさひもやってきた。

「わぁ!凄い!かわいい!」

あさひは最早単なるガヤにしかなっていないのだが、それはそれは…大変身だ。

腰の近くまで重たそうにのしかかっていた髪は肩上辺りまでになり、ウェーブが少しかかったゆるふわ系で爽やかな感じになっている。

前髪も少し()いたので、重さは消えた。

「残念な美人」ではなく「正真正銘の美人」である。

「メガネじゃない方がいいのかな?」

「流石にそれは言い難いよ…」

付け加えると、メガネでもそこまで悪くは無い。出来れば変えた方がいいだろうが…

あさひが想像していた以上の仕上がりになり、こうなると悔しいのだがあさひから見ても真由の方が美人に見えてしまう位だ。

支払いを終えて2人並んで帰る。

「今日は1日ありがとうね!お陰様で大変身出来ました。」

そう言って笑う真由に朝の面影は全くない。

「こちらこそ!いろいろ付き合わせちゃってゴメンね!でも…私よりかわいいなぁ(笑)」

もちろんこれはお世辞抜き。

「そんな事言ってくれるなんて(笑)また行こうね(笑)私、あんなに楽しかったのは珍しいからさ!」

「うん。2ヶ月に1回は買いに行ってるからまた誘うね!」

あまりに激しい変化を1日でしたが、無事にこの日は終わっていった。

この大変身が真由に激変の波をもたらす事をまだ真由もあさひも知らない。価値観さえ変わる出来事が起きる事を…


その1週間後にはメガネがコンタクトに変わり、カバンも男子学生が使うようなタイプから白地のお洒落なものに変わった。その結果、更に見た目が『美人女子大生』になった。

コンタクトにした翌日に大学に行った時は流石に焦った。

知らない男子学生から『初見の美人学生がいる』とザワつかれたし、大学の知人からは『誰か分からなかった』と言われた。

分からないと言われても仕方ない。ただでさえ、髪型と衣類の激変で見分けがつきにくかったのだ。以前から変わっていないのは靴とカバンとメガネだけだったのに、そのうちのカバンとメガネが無くなれば分かりそうにない。靴だけで真由を見分けるのは無謀だ。ちゃんと髪型もゆるふわ系をキープしている。朝の準備が少し長くなったが気にはしていない。

更に安物ではあるが、ワンポイントとしてネックレスまで付け始めた。雑貨屋などで1000円前後で売られている物ではあるが中心部のピンクのハートが気に入ってしまい、バイト帰りに川越駅のアトレで衝動買いをした。

今までなら有り得ないだろうが、今の真由は普通に欲しいとなったら買ってしまう。

ここに来て女子力向上が止まらない。週に2回は朝の電車で会うあさひも会う度に変化する真由に驚くのみでまさか、僅かな期間でこんなになるとは思っていなかった。人の変化は時として恐ろしいまでに進むのだ。

自分で今考えてみると、今までの服装が(にわか)には信じられなく思える位に気持ちが変化していた。これもあさひのお陰である。今までの服は着たく無いし見たくもないと思う様にさえなり、遂にはレギンス以外の着回しに使えない衣服は全てリサイクルショップに売り払ってしまった。量は多かったが流石に流行でも無い地味服では幾らにもならなかった。ただ、安いアクセサリー位は買える金額にはなった。これでまたアクセサリーは買えると考えるのが楽しみでついにやけてしまう。

『今度はあの勝負服で大学に行こうかしら?』そんな気さえある。ただ、恋愛には奥手のまま…


この日はゼミのメンバー達と話し合いをしてから帰る事になった。

メンバーは皆、帰る方向がバラバラで1番遠いのは千葉県にあるJR外房線の東浪見(とらみ)駅でそこは大学から帰るだけで2時間もかかる遠さ。そんな場所は未知の場所で定期券を見せられた時はどこにあるのか分からなかった。それに対して、最短は僅かな時間で着く丸ノ内線の新大塚駅。大学らしいバラバラさである。

真由は遠過ぎず近過ぎずの類に入ると言った感じで同じ方向のメンバー同士が話しながら帰る流れになった。方向が一緒なのは池袋迄だと3人居る。

その先へ行くのは西武池袋線のひばりヶ丘、東上線の東武練馬と朝霞台が1人ずつだ。西武線だけでなく、同じ東上線でも東武練馬は各駅停車しか止まらない別になる。ただ、朝霞台は川越市と同様に急行停車駅なので同じ電車で帰る。

朝霞台まで一緒なのは伊藤祐樹。みんなからは祐樹君と名前で呼ばれているが、真由は恥ずかしくなってしまって伊藤君と名字でしか呼んでいない。

池袋迄はまだ女子学生と一緒だったので平気だったのだが、この先は祐樹だけになるので不必要な位に警戒してしまう。

2人で並んで座ったのは初めてと言うよりも、男子学生と並んで話すだけでも初めてだ。

新潟県小千谷市出身の祐樹は荷物を運び込みやすくて家賃も手頃で、大宮からの上越新幹線や池袋からの高速バスに乗るのに便利な場所としてこの場所を選んだ。

実際には志木市在住で志木駅の方が僅かに近いのだが、ほとんど似たような距離で2つの駅が使えるのなら大学に近い駅を使うべきと考えて朝霞台から利用している。朝霞台なら武蔵野線の北朝霞駅が使えるので大宮へも楽に行けるし、万が一に人身事故で東武東上線が止まっても武蔵野線周りで帰れるので気は楽だし実際、それで何度も帰っている。

因みに志木駅は元々は本当に志木市にあったのだが、数十年前に駅が少し移設され、今ではほとんどが隣の新座市に属している。西口駅前には新座市役所の出張所まである程で、東口も多くが新座市になっている。その昔は東口に放置自転車対策で『新座市は本気で撤去します』と書かれた看板が設置されたりもした。本当に一部だけが志木市という名は体を表さない駅。僅かにある志木市のエリアにはゆるキャラグランプリで優勝して有名になったカパルのイラストがあちこちに見られるようになった。市内の新河岸(しんがし)川に伝わるカッパの伝説から作られたキャラクターで、作られてから10年封印されてしまうなどの経緯を経てから今の状態にまで上り詰めた。愛らしい見た目の緩さとは似ても似つかぬ苦労をしたゆるキャラだ。最近では住みやすさやアクセスの良さから、埼玉県の中でも人気のある街になった。駅前も活気に溢れている。祐樹自身も志木市は大好きな街で第二の故郷と言ってもいいと考えている。


「真由さんもこっちなんだね。」

「そうなんです。私は川越市からですよ。」

何故に敬語調かと問われたら、男性とほとんど話したことが無いからとしか言えない。

「川越ってまだ行ったことないなぁ…1度行ってみたいとは思うんだけど…」

祐樹は1年生の時は必修科目とバイトに必死になり過ぎて、プライベートの時間がほとんど無かった。それ故にあまり出掛けた事がない。今年度からは授業のコマ数が減った為に余裕が出来たしオフも取りやすくなったから、都内以外の場所にも行ってみたい。

「川越…時の鐘と菓子屋横丁が1番おすすめですかね。でも、本当に来て欲しいのは川越まつりかなぁ…」

川越まつりとは毎年10月の第3土曜・日曜日に開催される川越で最大の祭りだ。

見せ場は江戸の天下祭を今に再現した山車行事。精巧な人形を乗せた豪華な山車が蔵造りの町並みなど町中を曳行(えいこう)され、何台もの山車が行き交うその姿は荘厳で毎年2日間で人口の2倍に当たる70万人程度が押し寄せる。

「いろいろあるんだね!一度見て見なきゃかな…他にもおすすめの場所は無いの?」

「あとは…喜多院と川越氷川神社ですかね…それにスイーツは美味しいですけど…意外に地味なんですよ…」

まぁ、確かに派手な物は少ないかもしれない。逆に言えば人知れない隠れた名所があったりして、悪い事ばかりでは無い。因みにスイーツは名産のさつまいもを使った物が多い。中でも時の鐘のすぐ横の菓子店は人気でよく行列が出来るし、さつまいもを使ったソフトクリームの店もやはり行列が出来ている。

「地味ってさ、逆に言うと落ち着いていていいよね。俺の出身地なんて冬は1m以上も雪が積もるし、夏は暑いし。花火大会位しか自慢が無くて、名産品は錦鯉…ろくな場所じゃないからさ(笑)そうやって言えるって…羨ましい!」

小千谷は新潟県の中でも雪の多い中越地方の西部に位置する。

名産品としては他に織物の(ちぢみ)がある。最近では新潟県内の他の市町村と同様にラーメンが人気で、人口の少ない地域とは思えないような行列店が多数ある。

気になって、真由はどんな所なのか調べてみていたがWikipediaの該当ページを開いた瞬間に思わず笑ってしまった。

「何この写真(笑)面白い(笑)」

小千谷市の紹介ページの先頭は牛の角突き。本来は闘牛の一種なので勇壮な物ではあるが、写真のそれはある意味でユーモラスだ。

「あぁ…それね…笑っちゃうよね。他にはこんなに酷い写真使われる町なんて無いだろうなぁ。」

因みに川越市は時の鐘で志木市は市内の天然記念物の桜の古木…

日本全国にある全ての市区町村を見るのは難しくてなかなか出来ないが、こんな写真を使われているケースはなかなか無いだろう。誰が設定したんだ?と思いたくもなる。

「へぇ…花火凄いんだ!見てみたいなぁ…世界一大きい花火…」

市内西部の片貝地区で9月9日に開かれる片貝まつりの花火大会は正四尺玉という特大の花火が上がる。大きさ120cmの球を使い、打ち上げる高さとそれが開いた時の直径が共に800mという花火として世界一大きい物だ。最近でこそ、毎年10月に同じ埼玉県の鴻巣(こうのす)市で開かれる鴻巣花火大会でも見られるようになったのだが、それまでは片貝以外では見る事が出来なかった。会場の雰囲気が普通の花火大会とは違いかなり独特なので、好き嫌いの好みは分かれるのが弱点ではある。

この祭り自体は小さな農村の秋祭りなのだが、四尺玉見たさに全国各地から人が押し寄せる。開催日は固定なので平日に当たる時も多いが、大学生はまだ休みの期間なので行きやすい。祐樹も去年のは見ることが出来た。

「あ~!それね!去年は友達と見に行ったなぁ!大き過ぎるから開いた瞬間の音って言うか、衝撃がお腹に響くんだよね…良ければ見に来る?多分、美人が来るって言ったらすぐにいい場所取れるよ(笑)」

「えっ…!?」

ドキッとしてしまった。ただでさえ、そこまで行くと想像しただけで勇気が要るのに美人って…

「あぁ!ゴメンね!」

顔を真っ赤にしてどうしていいか分からない真由に祐樹は気付いたら謝っていた。

「気にしないでね!そういう意味じゃないのは分かっているから!」

祐樹は今までに自分の身の回りに居た女子と同じ感覚で喋っていたが、どうやら真由にそれは良くないようだ。

こんなにスレてない女子と話したことは最近は無いが、反応を見る限りはスレてないと言うレベルでは無い。ここまで来ると純真無垢なのかもしれない。別に祐樹もイケメンでは無いし、ゼミの初回に来た時のイケてない真由なら気にならなかった。

しかし、今の真由は違う。

フワッと香るシャンプーの(ほの)かな匂い。ゆるふわ系の髪に優しい喋り方。スレてない反応…

クラクラする程に見つめていたい。一方的に恋に落ちた…

たったこれだけで恋に落ちるなんて…

祐樹の中でも初めての事。どうしていいか分からない位だ。


閑話休題(かんわきゅうだい)となり、朝霞台まで気まずい時間が流れていった。

「さっきはゴメンね!じゃあまた!ゼミの時にね。」

そう言って祐樹は降りていった。

ホッと胸を撫で下ろしたが、まだ落ち着けなかった。自分の中では初めての出来事になるのは間違いないし、それと同時に自分の至らなさも痛感した。

無駄に気を使わせてしまったし、悪印象を与えかねない。そういう事はあってはならないと分かっていたのに…情けない限りだ。

自己嫌悪と反省の中にいる。そんな自分が悔しくて仕方ない…

気付いたらあさひにメールをしていた。『自分自身、どうしたらいいか分からない』と。


祐樹は今までに一度も経験した事の無い感覚のまま、帰宅してからも悶々としていた。

「あの子にあんな感情を抱くなんて…」

そう思っていた。

しかし、現実に真由にそういう感情を持って接している。情けないやら、嬉しいやら…

友人関係から発展した事はある。

しかし、今回の様なパターンは初めて。戸惑うのも無理はない。

興味を持った(ついで)に川越には行ったことは無いが、気になって調べていた。

すると気になる存在を見つけた。

「川越氷川神社…縁結びの神様…」

思い切って行ってみようかな?

そう思わせるには充分すぎる場所。真由の地元の縁結びの神様…

こうなったら内緒で行ってみよう。そう決めていた。

この決意は今後に重大な影響をもたらす事になる。


真由からいきなり『どうしたらいいか分からない』とだけ書かれたメールが来たあさひは直感した。

これは間違いなく男女の恋の話だと。

『良かったらいつでも聞くよ!電話でも電車の中でも…』

真由から来た答えは明日の帰りにでもと言う。

時間帯を聞けば、あさひは真由より20分早く帰るだけ。

これなら時間調整するだけだ。

池袋のカフェでコーヒーでも飲みながら話を聞こうと決まった。


翌日。人が少ないだろうと見込んだはずのメトロポリタン口のカフェは予想外に賑わっていたが、何とか無事に2人分の席は確保出来た。

真由の顔をじっと見つめるしかないあさひ。少しの間の後、真由はそっと語り出した。

「実はね…多分、2人の学生に好意持たれちゃってるんだ。私は初めてだからさ。どうしたらいいか分からなくて…」

やっぱりそう来た!あさひの読みは的中した。

「2人ってどんな人なの?」

「えっと…」

1人は祐樹。これは説明しやすい。

もう1人は…

その名は椎名晴人という。 方向違いの神奈川県在住で全く同じ学部で年度も同じ。もちろん、まだこの時はお互いに名前も何処に住んでいるかも知らなかったが。

どういう訳か分からないが、受講する講義がよく被る学生で最近までは気にしていなかった。

しかし、ここ数日に気にして見れば真由が座る場所の近くに座ったりする。

真由自身は警戒していたりはしないが、視線がどうにも気になる。因みにイケメン。

ここまで話すと、また思い出してしまい動揺している。

そこまで聞くとあさひはこう切り出した。

「なるほどね…でも、2人目とは話したことが全く無いんだ?」

無言のままで頷く真由。

「だったらこうすればいいよ。2人目の人がどう思っているか試すならね…」

それは古典的な方法。

筆記用具を相手の足元目掛けて落とす。拾ってくれたらありがとう位は言える。 そうすれば、相手が気にしてくれてる人なら話しかけてくれるはず。

そうではないなら勘違い。1人目に集中するべきとアドバイスをされた。

「でも、まさかなぁ…真由が2人からって…いきなりとは言え、びっくりだなぁ…」

それは間違いない。真由自身が想像していなかった。

そして、あさひからある提案をされた。

「この前買ったのは基本的にレギンスベースがメインだからさ。次に2人共同じ講義になる時はあのスカート…勝負服で行ってみたら?」

まさに究極の提案。

確かに真由のスカート姿を見たのはあさひだけ。他には見せた事は無い。悪くは無いと思う。因みにその日は月曜日。

「うん…やってみる…」やる気になった。

「頑張って!勉強じゃ真由に負けるけど、恋愛なら任せて!あと、今週は巫女やってるから直接は無理だけど、何かあったらまた何でも聞いてね!」あさひも応援していると言ってくれたし…

勇気を出さなきゃ始まらない!


あさひが真由から話を聞いた次の日は土曜日だった。


祐樹は初めての場所を目指し、いつもは使わない志木駅から電車に乗った。志木から川越までは急行電車で2駅。時間もさほどかからない。

初めてなのでなかなか分からないが、調べておいた川越氷川神社と時の鐘位は行っておきたい。

駅でフリーきっぷを買い、初めて行く場所へ。

片想いがきっかけでこんな事をするなんて…夢にも思わなかった。

川越駅からバスに乗り、まずは気になる川越氷川神社へ行ってみる。バスで18分…意外に遠い。

着いてからまずは参拝して…「片想いが実りますように…」と祈願した。

折角だから片想いが両想いになるように、何かお守りを買って行こう。しかし、あいにく種類が多い。

流石は良縁祈願で縁結びの神様だ。種類があり過ぎて自分だけては分からないので、思い切って巫女さんに聞いてみよう。

「すみません…両想いになれるようにって思っていて…どのお守りがいいですか?」

勇気を出して聞いてみた。

「そうしましたら…こちらのよりそい守りが良いかと思います。」

『意中の人と長く寄り添っていけるように』との願いの込められたそれは理想に叶う物だった。

「これ下さい。あと絵馬も…」

買う度に願いをしっかり込めてくれるその姿に自分もと気合いを入れてみる。

「これだけでも来たかいがあるなぁ。」

そう思いながら、その後もぶらぶらと散策を楽しんだ。

「こんな街に住んでいるのか…」

久々にこういう感じで街を歩いたが、発見が多かった。

やはりオフの日に散策するのは楽しい。

そう実感した。


あさひと真由は2人ともバイトだ。

あさひは巫女で真由は菓子屋横丁からほど近いカフェの店員。

真由は今までは裏方に徹していたが、イメチェンと共に表に回るようになってフル回転だ。

真由は夕方近くまで働いた後に久々に散歩を兼ねて、氷川神社まで行ってみた。

のんびり歩いて行ってみると、まだあさひは巫女のバイト中だった。

人が少ない時間帯。思い切って見えにくい場所から「あさひ!」と声をかけてみた。

「えっ!?真由!今は仕事中!あと30分ちょっと待っててくれる?」

「いいよ!いくらでも…ちょっとぶらぶらしてるね(笑)」

30分待ちならまだ余裕がある。折角だから絵馬でも見てから御神木を一周しよう。

ここは裏側にある祠と御神木に行く時に絵馬の脇を通っていく。両側に下げられた絵馬を見る事になる。これだけ時間があるならじっくり見れる。本当はあまり見るべきではないのかもしれないが…

そうなれば1つずつ丹念にでも…とはなるが、流石に個人情報が満載なので斜め読み程度に見ていく。

大学や高校への合格祈願だったり家内安全だったり…いろいろな物があるが、やはり縁結びが多い 。

専用の絵馬がある程なので、ダントツに増えるのは当然なのだろう。絵馬の1つ1つには色々なドラマが隠れている筈…

そう考えながら歩くのも悪くない。

絵馬の架かるスペースがあと僅かにきた所で、気になる絵馬を見つけた。

今日の日付が書かれた絵馬には、大きな字でこう書かれていた。

『片想いが両想いになりますように…』

左下に書かれた名前を見た瞬間にピンと来た。

「これって…もしかして…」

間違いなく祐樹の文字だ。

ゼミでこの字を何度も見ているのでピンと来た。

「こっちに来た事なんて無いって言っていたのに…」

昨日、収まった筈の動揺が再燃している。どうしていいか分からなくなってしまった。

あさひが巫女のバイトを終えるまで、どう過ごしたかを思い出せない位。背中をポンとされて振り向けば、巫女姿から普段着に着替えたあさひが立っていた。

「真由、ずっと絵馬の前でパニックになってるから何かと思って来ちゃった!どうしたの?」

どうやら、ずっと絵馬の前で立ち尽くしていたようだ。

「これ…」

指差す先には問題の絵馬があった。

「あぁ!思い出した!それは…」

本来は秘密にしておくべきだが、見てしまっているので今回は言ってあげる事にした。昼前に1人でやって来た若い男性が、片想いに効くお守りと絵馬を買っていった。その主に間違いない!普通の人に見えたのだが…

そう説明した。

「どうしたの?」

「これ…私に好意持ってる人の1人なの…」

「えっ!?」

祐樹もこの神社の巫女が真由の友人、ましてやイメチェンの主導者だったとは知らなかったのだろう。故にここに絵馬を奉納したのだ。1つ目の誤算が正しくこれである。

「川越まで来た事なんて無いって言ってたのに…」

間違いなくこの耳で聞いた筈だった。だから、あんなに話したのに…

「そもそもさ…なんでここに来たの?」

この場所は市街地でも奥まった場所である。あさひが巫女のバイトをしているからと様子見に来た真由はともかく、観光名所とは言え何らかの理由が無いと来にくい場所ではある。

「えっ…たまたま電車で川越のおすすめを聞かれてね…時の鐘と菓子屋横丁と喜多院とここって…だから、それ以外には無いんだろうけど…」

確かにそれは答えた。

しかし、こうなると話は明らかに違う方向へ向かう。あまりの事態に2人共に言葉が出ない。

「まぁ、ストーカーって訳じゃないからいいんだけど…」と前置きはした上で「ちょっと荷が重いよね…」と言うだけが精一杯だった。

2人で神社からの道を帰るのは初めて。あさひは自転車を押してゆっくり帰る。

「真由の所には来なかった?」

「うん…店には来てないよ。まぁ、うちの店は女性の利用が多いから入りにくいのかもしれないけど…」

確かに真由がバイトをしているカフェは女性やカップルの利用が多いから、男性1人では入りにくいのかもしれない。

「まぁ、それはあるよね…それと真由、カフェで立つ位置変わったんだって?」

「うん!たまたま接客スタッフに欠員が出ていてね…髪を切ったら明るい雰囲気があるってなって…気付いたら接客側に回ってた(笑)」

「良かったじゃん!瑞帆に聞いたよ!やっぱり、明るく見えるって思ったのは自分だけじゃなかったんだ!(笑)」

確かに1週間前に高校の同級生、新井瑞帆が来ていたっけ…

瑞帆とあさひは仲良しだった筈で、そこからの情報らしい。

瑞帆には「誰だか分からなかった」と言われた。

3年一緒に居たって、これだけ変われば気付かれなくても無理はない。

観光雑誌にも載る人気店で働く真由にとって、接客側に回るのは無理だと思っていた。それだけにこの効果を実感していたし、変わって良かったと素直に思える。

「たかが買い物ってナメてかかったんだけど、こんなに変われるんだね。実は今日もアトレの雑貨屋さん行きたくて…いいのがあればワンピースも欲しいし!あさひも行く?」

真由から誘われるなんてびっくりするが、是非行ってみたい。

このままではお洒落で真由に負けてしまいかねない。

「行くよ!真由に負けたくない!」

「ちょっと!負けたくないってどういう事!?」

2人の笑顔は夕方の茜空の下でも消えることは無かった。


週が変わった月曜日の朝…いつもより緊張の表情で講義を受ける真由の姿があった。

土曜日に買った可愛らしいアクセサリーにフリル付きの花柄トップス、そしてスカート…これぞ勝負服である。

髪もいつもより念入りに時間をかけて手入れしてきた。

そして周りを見ると…やはり晴人の姿があった。

「やっぱり…」

こうなったら、意を決してやるしかない。

まだ始まるまで5分以上はある。

『今だ!』

宙で放物線を描いたカラーペンは見事に晴人の足元、理想的な位置に落ちた。

一瞬、戸惑った様子の晴人だったが、直ぐに拾ってくれた。

「あっ、ゴメンなさい…」

「いえいえ!」

そう言って渡してくれるその表情に思わず、キュンとした。

『この心のトキメキ…何なんだろう!?』勇気を出して続きを話してみたい!

「ありがとうございます。あの…一緒の講義、多いですよね…」

『何て言い方をしてしまったんだ!』と心の中で悔やんでいた。

「あっ!確かに!多分、週に3日以上見ますね(笑)」

『良かった…失礼にならなかったみたいだ』

「ですよね…凄く親近感あります(笑)」

それだけ接点があれば、親近感が出てきても不思議な話ではない。

「そろそろ始まるから、また終わってからでもいい?確か3限は…」

「休みです(笑)次は4限!」

「やっぱり(笑)自分もだよ(笑)じゃあ、また終わったら声掛けるね!」

心の中が軽くなったまま受ける2限は現代史。決して楽ではないが頑張れた。無事に90分間頑張れた自分にご褒美をあげたい。


晴人は戸惑いを隠せなかった。

実は真由の近くに居たのは別の理由だった。それは真由があまりに同じような講義を受けているからで、要は『この子が居るからこの教室で合っている』と言うある種の確認だからだった。

高校時代にいた恋人の古河真奈果は京都の大学に進学してしまった。最初はそのまま付き合っていたのだが、遠距離恋愛に耐えられなくなったのが理由でこの冬に別れたばかり。

もう恋なんてしたくない…と考えている。

例え、イメチェンをして可愛らしい感じになった真由が居たとしてもすぐには恋する気にはなれなかった。

晴人は神奈川県厚木市に家があり、小田急の本厚木駅まで自転車で行ってから電車に乗って通う。通学にかかる時間は1時間半以上と長いが、当たり前になったので苦にはならない。淡々と日々を過ごしている。

それがこんな事になるなんて…

晴人は直感で『これは片想いされている』と察した。それでも、いつかその気にでもなったら…そんな気持ちもあるにはあるから、反故(ほご)にはしたくなくて好意を受け止める事にした。

3限が無くて次が4限となると、お昼休みからしばらく間が開く。学食でサッと食べたら図書館に(こも)る真由にはどう過ごしたらいいか分からない。時間の使い方としては正しくないのだが、知らない以上は仕方ない。

これでは晴人には声を掛けられそうにない。

晴人はいつも、サッと学食に行く真由を見ているので声をかけるタイミングに迷っていたが、早くしないと行ってしまいかねないので勇気を出して声を掛けた。

「お疲れ様!お昼ってどうするの?」

「私はいつも学食だけしか行かないから全く知らなくて…何処かいい場所ありますか?」

「じゃあ、時間ある事だし…ファミレスとかどう?」

それは安くて助かる。長居しても言われないので、時間も潰れる。

「いいですね!私も場所覚えたいからそこでいいですよ。お願いします!」

大学からちょっとだけ歩いた場所にあるファミレスは混み合う直前の時間に入れたので無事に座れた。

「あっ、さっきはすみませんでした…なんか、始まる前に集中していた様に感じて…あんな時に落としちゃって…」

「いえいえ!誰でもあるから気にしないよ。それより名前教えて。何て言うか…変じゃん?この状態(笑)」

確かにおかしな話だ。

「そうですよね…私、小林真由って言います。」

「ありがとう!俺は椎名晴人。よろしくね!」

不思議なもので名前を言うと安心感がある。

「下の名前で呼んでくれたらいいよ!」

「分かりました!私も真由って言って貰えれば…」

「じゃあ、真由ちゃんで!よろしくね!気になってたんだけど、科目いくつ被ってるのかな?」

1番気になる点ではあるので数えてみた。

「9つ!?」

あまりの驚きに2人同時に声が出た。大学の2年次以降ともなれば自分で選択する科目が増えてきて、友人と揃えたりという事をしない場合は3つも被れば多いのだが…その3倍。これでは、確かに晴人が真由の姿を見て確認していても全く不思議ではない。

「びっくりした…そんなに被るなんて…」

滅多にない話。ゼミとあといくつかが違うだけである。

9つも被ったら愚痴は出ない方がおかしな話。あれこれと出てきても仕方ない。

気付いたらかなり長く話していて、4限に遅刻寸前だった。

『連絡先も交換出来たし意気投合出来たのかな?』

そんな思い込みだってしてしまうのは無理もない。


夕方はゼミだ。

今日は勝負服。気合いを入れて小教室に入ると、その場に居

た全員の視線が一斉に向いた。

特に祐樹は正しくフリーズしていると言った方が正しい位だ。

このゼミの人数は僅かに10人。少人数なので今日は思い切って差し入れを持ってきた。

「はい!今日は暑いから、キンキンに冷えた飲み物を買ってきたよ(笑)」

ただでさえ可愛らしいスカート姿なのに、差し入れの気配りまで。

完璧すぎる。

皆が思い思いに飲み始めた。


祐樹も有難く飲み始めたが、どうやら祐樹には冷え過ぎたらしく「はっこい!」と声が出た。

「ちょっと!祐樹君!それってどういう意味なの!?」

みんなの関心はそちらに集中。ところが祐樹は分かってない。

「えっ?誰も言わない…?これ、方言?」

そう。これは立派な方言。意味は『冷たい!』である。新潟県内では通じるが少なくとも首都圏ではまず理解されないだろう。


真由は自分の分をまだ飲んでいなかったので、すかさずスマホで調べてみた。

「えっと…新潟県の言葉で冷たいだって!面白い言葉だね。」

これで恥をかかなくて済んだ。

地方出身者はついつい癖で方言を使ってしまうが、相手が同じ県内出身でも無い限りはまず理解されない為に恥をかく事がある。

このアシストで命拾いしたので今回は助かった。

清楚な雰囲気の衣服にこの気配り。

祐樹の真由に対する評価は青天井で上がり続けていくのだった。


終わったら、前回のように方向別で帰ることになった。

そうなると池袋から先はまたしても祐樹と一緒になる。

「今日はありがとう!あの一言で助かりました。」

「そんなに(かしこ)まらなくても…」

真由からしたら、当たり前の事をしただけにすぎない。

ただ、その気遣いはそうそう出来るものでは無い。

祐樹としては目のやり場に困ってしまう。

ただでさえ好きになってしまったのに…

『その清楚な姿に似合うスカート。堪らん!』

間違いなく誘惑だらけではある。

「ねぇ?ちょっと話したい事あるんだ。ちょっといい?」

ある事を思い付いた真由はそう言うと、和光市で祐樹を連れて途中下車した。

2人で駅前のファミレスに入ると、真由がその雰囲気のままにゆっくり話し始めた。

「伊藤君に提案があるんだ。今度の土曜日ってバイト入ってる?」

真由にしてはいきなりの直球だが、今までに無い事なので裕樹も困惑している。

「いや、日曜日だけだから大丈夫。」

祐樹は志木駅近くの飲食店でバイトをしているが、前年度に入れ過ぎた為に今はセーブしている。2週連続で土曜日が休みなのもこれが理由だ。

「そっか…なら、良かった。あのさ…私と一緒に…街歩きしない?」

突拍子も無いことではある。

しかし、祐樹なら否定しないだろうと真由には読みがある。

「いいよ!何処に行くの?」

やっぱり釣られたか。読み通りだ。

「せっかくだから、私の町を案内してあげる。」

何故に急にそんな決断をしたのか…それは、祐樹の例の絵馬が理由だ。本当に本人なのか、反応を見てみたいと思っていた。

しかし、確認するには川越に連れて行くしかないと考えた為だ。

無事に話をまとめてその日はお互いに帰った。

真由にとってはここまで神経を使う1日も珍しい。

帰宅してからも自分の行動を思うと不思議な気持ちになる。

数ヶ月前ならありえない事。それが現実に目の前で起きている。

自分自身でもどうしたらいいかは分からないし答えも出ない。

しかし、一歩踏み出さないと話は始まらない。


真由自身、まだ分かっていなかった。

本当に1人だけ、全てを見透かされてしまいたい人が現れる事がある事も、それが時に苦しくなる程になる事も…


数日経ったが、あれからも毎日のように晴人に会う。しかし、ご飯に行ったのも話をじっくりしたのもあの1回だけ。そんなにうまく進む訳がない。

当たり前ではあるのだが、それが心苦しい…真由は味わった事がない感覚に支配されていた…


そうこう考えているうちに約束の日が来た。

今日は祐樹が川越に来る日…歩きやすいけどオシャレに見える服装を意識して、ブレること無きナチュラルメイク。

あくまでも清楚で可愛らしいを意識した真由は待ち合わせ場所の川越市駅の改札に立つ。

本当は川越駅の方がいいのだろうが、あちらはターミナル駅。しかも東武東上線とJR川越線の間に連絡改札が無いので一度改札を出る必要があり、通る人がとにかく多い。

ドッと押し寄せる人混みが苦手な真由は、そこまで人通りが無い上に分かりやすい川越市駅を指定した。

因みに見所の多い旧市街へは川越駅より西武新宿線本川越駅や川越市駅の方が近い。


真由の今の本音を言ってしまえば晴人が来てくれたら喜んでしまうだろうが、それは期待出来ない。

それよりもまずは祐樹がどう思っているかを探る方が先決。

あの絵馬の真相だって、まだ分からないのだし…

あまり待たずに祐樹が来た。今日の格好は相変わらずラフな感じでいつも通りだ。おかげですぐに見つかった。

「おはよう。待った?」

「ううん。全然」

「それなら良かった…」

祐樹も本当はドキドキが収まらないが、それを言うのは憚られる。そもそも真由と祐樹とではドキドキする理由が違い過ぎる。


「じゃあ、行こうかな。今日は1日案内してあげるね!まずは…レンタサイクルしよっか!私は自転車だし、川越は自転車あった方がいいよ」

早足でレンタサイクルが置いてある場所へ歩き出す真由を追いかけるようにして行く祐樹。

置き場に着くと指定された方法で自転車を借りる手続きを終えた。無事に借りられて一安心。

「出発するね」と言われてついて行く。レンタサイクルはまさかの電動アシスト自転車だが、この街ではあまりアシストしてもらう場面は少ない。

「私が選ぶ道だから、地元の細道に入っちゃったりするけど…ちゃんと付いてきてね!」

確かに祐樹1人で来ればまず分からないであろう細道に、真由は躊躇い無く突っ込んで行く。しかも予想に反して速い。のんびりブレーキかけながらでは引き離されてしまう。これはしっかり付いていく以外には選択肢は残されていなそうだ。それでも楽しく感じる。「今日はなかなか楽しめそう!」

祐樹もそう言ってしまう位に気分が乗ってきた。これはいい日になると信じよう。


一方、晴人には不思議な展開が起きていた…


木曜日の夜。いつものように電車に乗り、帰宅を急いでいた。

通学ルートは半蔵門線に表参道まで乗り、そこから千代田線に乗り換える。表参道から本厚木までは1時間程かかるが、最近は夕方の小田急直通が劇的に増え、小田急線内を急行運転してくれる電車も出来たので快適に帰れるようになった。但し、急行になる本数は限られているので結局は千代田線の終点である代々木上原で乗り換える時もそれなりにあるが。

運良く直通急行に当たり、乗り換え無しで本厚木に着けた。後は自転車に乗って帰ろうと改札を出るとそこには京都に居る筈の 元恋人、古河真奈果が立っていた。

「えっ!?」一瞬、我が目を疑ったがどう見ても真奈果に間違いない。

「よっ!久しぶり!」

そう言われたので「久しぶりだね…」と返す以外に言葉が浮かばなかった。

「やっぱり、厚木はいいなぁ!久々に帰ってきて実感したよ~」

確かに1年以上は厚木では会っていなかった。間違いなく久々なのだが不思議だ。何故にこんな長期休みでも無い平日に居るのだろうか?

「あれ?大学は?」

「今日からしばらくは自主休講(笑)今まで頑張って居たから、たまにはね。リフレッシュ休暇ってやつかな(笑)単位余裕だし!」

なるほど…

「それにしても来るまで1時間は待ったなぁ(笑)最初の20分位はもしかしたら居るかな?ってホームに居たし(笑)空気感もそうだし、YELL聞くと帰ってきたなぁってなる(笑)」

本厚木駅は厚木市と海老名市出身のいきものがかりの3人に因み、電車の入線する時にヒット曲の「YELL」が流れる。2010年から流れ続いているこのメロディは今や定番化した。一方の海老名駅では、時を同じくしてデビュー曲の「SAKURA」が流れ始めていてこちらもお馴染み。駅のメロディには明るい曲とは言い難いが独特の雰囲気を生み出していて、聞けば帰ってきたと実感する位には耳馴染みではあるだろう。

「いきなり連絡も無しでいるとかびっくりしたよ…元気そうで何よりだけどな。」

「そっか…昨日の夜に見てたらね…たまたま東京行きのバスに空席見つけて、何となくの勢いで来ちゃった(笑)」

余程疲れる事でもあったのかと心配になると同時に久しぶりに見る真奈果に気になる変化を見つけた。

「ピアス空けた?」

今まで見たことの無い物が目に入る。

「うん。1個だけね…あんまりやりたくは無かったけど、気分でやってみたよ。」

やっぱり…何かあったのかは不安になる。

真奈果が京都に引っ越したあとの最初の夏休みに小田原から在来線を乗り継いで会いに行った事がある。

それはもう、かなりの長旅だったから疲れた。金が無いからと在来線で行ったのを後悔した位だ。特に静岡が長かったと記憶している。横に長い上に基本的にロングシートの各駅停車しかない静岡県の縦断には軽く3時間程は掛かり、18きっぷの旅人達からは地獄とも言われる。とにかく初めての事で苦労してばかり。その長旅をして京都に着いた後も、猛暑で厚木とは比較にならない暑さを感じた。内陸部の盆地なので熱気が籠るため、夏の京都は猛烈な暑さに頻繁に見舞われ、同じ近畿地方で海のある神戸と比べると気温差はかなり開く。平野部でも山裾の厚木とは真夏の暑さは洒落にならないものがあるのだ。

その時はそういった事情もあってか、折角会えたのに2泊3日であっさりと帰ってきた。真奈果に会うのはそれ以来になる。

「京都という街にはこれでも慣れては来たんだけどね…私、向こうの言葉遣いや習慣があんまり好きじゃなくて。未だに馴染めていないなぁ…何で京都に進学しようとしたのかな…自分でもよく分からないんだよね…」

独特の言葉や文化を持つ地域だが、真奈香は未だに抵抗がある。

「そうだ!昔みたいにミロードでコーヒー飲んでいかない?(笑)」

2人のデートの締めはいつも、駅ビルのミロードイーストにあるカフェでコーヒーを飲んでいた。

あの頃はそれが幸せであるとは気付きもしなかった。当たり前でしか無かったから…


「なんか懐かしいなぁ。いつ以来なんだろうね。あっ、そう言えばだけど…ハルは彼女出来た?」

突拍子もなく言われて、一瞬焦ってしまいそうになった。

「いや、全然だよ。だいたい、直ぐに出来るわけが無いだろ?そういうマナは?」

「私も…なんか上手くいかないなって思っちゃってた…私から見たらだけど、ハルが目標掲げて突き進む姿が早足に見えちゃって…ブレーキかけたまま追い付くなんて無理だから…負けられないって思い過ぎて全力疾走しようとしたら迷っちゃった…今の自分はその結果なんだろうね。」

初めて聞いた。そんな感じに思っていた事さえ知らなかった。

「結果として、遠くに行って後悔して…まぁ、いろいろあるよね。」

誰からも羨ましがられる2人だったのに…いつの間にかすれ違ってしまっていた。何故にこんな事になったのだろう。

晴人には秘密だが真奈香はその後悔を片付けたくて、厚木まで帰ってきた。

「しばらくいるんだけど、空いてる日ある?あったら話したいし2人で出かけたいなって…」

「いいよ!土曜日と日曜日なら…偶然バイトは両方休みだし。どこ行きたいの?」

「う~ん…そうだね…片方は江の島!もう1日は考えていい?」

急展開すぎて驚くばかりだが懐かしい。

江の島は2人の初デートの場所。海老名と大和の間を相鉄線に乗るのが最短ではあったが、電車賃を抑えたくて相模大野で江ノ島線に乗り換えて行った。良くぞここまで来たなと思った記憶がまるで昨日のことの様に思い出される。お金が無いとか言いながらも行きたい場所は大体行った。食事代に予算がかかってしまって新江ノ島水族館だけは行けなかったが、あとは隅々まで行ったっけ…よく行った横浜みなとみらいと並び、思い出深い場所だ。

2日続けて出かけてもいいかな?真奈香と2人で行くのは久々だからそう思っている位でいる。

真奈香の事はいつも忘れられないままで、真奈香が例えどこに行ったとしても目を閉じれすぐ思い出す位の存在。晴人には久々の感情が湧き上がっていた…

「じゃあ、10時にいつもの改札前に来てね。折角だからフリーきっぷで行こうか?」

「賛成!いいね!帰りに買って行こうかな(笑)」

「俺も買っていく」

高3の1年間はデートもままならなかったから、こうして2人で買うのは2年以上間が開いている。本当に久しぶりの感覚。

ただ、並んで買うとあの頃にタイムスリップ出来る気がする。

「ハル、どのボタンだっけ?」

「ちょっと待ってて!えっと…これだ!」

何気ない動作さえも2人を過去に戻してくれるのだ。まるで高校生に戻ったように…

「明後日待ってるよ!おやすみ」

「わかった!楽しみにしてる!おやすみ」


約束の土曜日。朝から落ち着かないままに時間より30分近く早く来た晴人。さすがにまだ真奈香は来てないだろうと見回すとスマホとにらめっこしている姿を見つけた。

「マナ!」と呼べばあの頃と変わらない笑顔で振り返る真奈香に安堵した。

「えっ?ハルって遅刻の常習犯なのに早いじゃん(笑)」といたずらっぽい笑顔を見せる。

「そんな事あったか?」いや、誰よりも晴人が分かっている。

残念ながらデートはいつも5分遅れが日常だった。それを笑って許していたのが他ならぬ真奈香だ。

「いくらなんでも家が荻野だからって、遅刻常習犯が偉そうに…って怒って居ないから安心して!ってか…こんな日位バスに乗りなよ(笑)南毛利(なんもうり)より遠いのにバスじゃないってアスリートじゃないんだから(笑)」

確かに距離があるし、バスセンターから出ている神奈中バスの半原(はんばら)行きに乗ればすんなり行けるのでわざわざ自転車使わなくても…と真奈香はずっと思っている。この半原行きはかなり本数が多いので決して不便ではないし、真奈香が晴人の家近くにある運動公園に行く時はいつもバスだったので自転車でわざわざ来るのが理解不能に近かった。

「体力落としたくないからな…今日はいつもより早く着けたから良し!それに休日は本数少ないから自転車でいいんだよ(笑)」

まだこの時間は少ないはないのだが、もう少しすると30分に1本程度にまで減るので自転車はそういった時には便利だ。

とはいえ、雨や雪の日と猛暑の時は流石にバス利用にする。

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