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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

歩兵の戦は射撃にて敵を怯ませその隙に……

掲載日:2017/12/16

例え、一掴みの遺灰だけとなっても、故郷に戻れたものは幸運である。それすら残せずに死んだものはあの戦争では、あまりに多いのだから。

 雨足は先程に比べれば弱まった。鉄帽の縁、或いはそこからはみ出した戦斗帽(せんとうぼう)の眉庇から滴る水はそのまま塹壕の泥に混じって消えて行く。小銃の木被、その細かな木目の手触りが妙に気になり、何度も銃床をさすっている。惨めだ。寒さに震え水で軆の芯まで冷やされて。夢見た英雄的活躍など戦から無くなってしまっていることを今ここで思い知っている。半年前までは、半年前まではこんなことを知らずにすんだのだ。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 あの日は桜花が舞っていたのを覚えている。背嚢を負い帯革に弾盒と銃剣をひっ下げ雑嚢と防護面を下げたピカピカの新兵として小銃を担い、兵営から鉄道駅まで行進していた。万朶の桜花とも見まごう見送りの人々が手にした旗を。駅につくまでに親の顔を見つけて嬉しくなったりもしたし、旧友の顔を見つけられずに寂しくなったりした。一番の気がかりはウィルヘミーナの姿がなかったことだ。ウィルヘミーナとは将来を誓ったもので、軍隊に入ってからも毎週葉書を出したり二週に一度の面会日に話をしたりとしていた仲だから、来ていないはずはないのだが、見つけられなかった。

 そして母との別れに抱き合ったあと、列車の席についてホームを見ていた。汽笛が響いて列車が動き始めたときにやっとウィルヘミーナを見つけた思わず列車の窓を開けて身を乗り出してウィルヘミーナの名を呼び、手を振った。何かウィルヘミーナは言っていたようだが、見送りの『furra(バンザイ)!』の歓声に掻き消されて結局何をいっていたのかわからずじまいだった。結局二人で揃ったカロタイプはひとつもないけれど、彼女からはそれからもしばしば手紙が来る。この前はきれいな押し花が付いていた。もうこの花の季節かと思ったものだった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 突撃前のはりつめた空気。胃の中の物が逆流しそうな緊迫感が壕の中に漂う。実際に隣の兵が吐いた。名前もまだ覚えていない新兵だ。そしてそれに話しかける古参の兵がいる。その古参の兵は出征の列車で名乗ってから、一本の煙草も分けて飲み、ついた手紙も見せ合いながら身の上話を繰り返した仲だ。名はハンス・ボイメル、彼は中隊の勇だ。


「ナァ、ちょいと賭けをせんか?」


息も絶え絶えに、このままでも勝手にこの場で死ぬんでないかと云うくらいに息を切らしたその兵は青ざめた顔で返す。『賭けですか』と。


「そうだァ、賭けよ。おメェと俺がどっちが生き残るかだ。今晩のおかずを賭けるぞ」


その兵が真面目に答えるのはあまりにも面白かった。中隊の兵は皆笑い始めた。中隊長の大尉が大きな声で二人を指差しながら笑う。『どうやって死んだものの夕食の配給が得られるのかね。』と。


●○●○●○●○●○●○●○●○


「それで、だ、師団(ディビジョーン)長(コマンデァ)殿、説明してもらおうか。」


「帝国指導者閣下(ライヒスフューラー)、今度の作戦はそこの工兵(ピニオーネ)少佐(マーヨア)が発案したものであります。」


「そうか、して、少佐、解説したまえ。」


「今次作戦に於いてメインは坑道爆破であります。」


「坑道爆破、王道だな。」


「はい。しかし埋めた爆薬量はこれまでと桁が違います。総重量十四万二千貫目(532.5トン)‼魔力を使って掘ってもわからなくなるほど深い縦坑は手堀でしたが後は迅速を要求し魔法で掘っております。爆風対策の曲げ箇所は数えきれず。巨大地下迷宮(ダンジョン)などもはや目ではありません。勇者を砦もろとも消し飛ばして見せましょう‼しかし、このまま爆破したところで世界史上最大の安眠妨害にしかなりません。なので連中を守備配置につかせるために二個大隊を以て襲撃をかけます。それには勿論毒瓦斯も投入して本攻勢だと思わせるつもりです。」


「よろしい。我々はこれまで艱難辛苦を共に乗り越えてきた。奴等は戦士に非ず、兵器なり。これを粉砕するは我らが義務なり。これにて勇者は倒せると信ずるや?」


「不可能ではありません。しかし、死には至らない可能性も否めません。だが、もし勇者が負傷後送されしならば少なくとも旧国境は取り戻せると確信し得るかと。」


「ふむ。良いだろう。して、攻勢はあとどのくらいで行われるか。」


「あと三分二十八秒であります、閣下。」


「あい解った。爆破の引き金は余が引こう。」


●○●○●○●○●○●○●○●○


 突撃前の支援砲撃が始まった。どうも瓦斯弾が使われているようだ。これはとても苦しい戦いになる。主に息が。


「中隊!装面‼」


「そうめーん!」


復唱しながら鉄帽と戦斗帽をぬぎ、面甲嚢から防毒面を取り出して被る。この防毒面の触り心地は不気味という他はない。面甲嚢の底にある防毒塵濾しの栓を抜く。そして改めて戦斗帽と鉄帽を被りなおす。


「つけーぇ、剣!」


左手で銃剣のさやを払い、逆手に抜いたそれをくるりと返しながら銃口に環を通し、柄頭の留め金が作用するまで着剣ラグを柄頭の溝に差し込む。慣れた作業といえ、なにしろこのあと死ぬやも知れんとの緊張は確実に動作を蝕む。さらに防毒面の息苦しさも追い討ちをかけ、現に三度もうまく剣を着けられなかった。隣の新兵はもっと苦戦しているようだが、それに言葉をかける暇はなかった。中隊長は軍刀を振り上げて声を張る。


「突撃にィ!」


腹の底から叫ぶ。あらんかぎり叫んで頭のなかを真っ白にする。そもそも頭のなかを真っ白にしないで突撃が出来るものは居ない。


「前へ‼」


塹壕の胸土を乗り越えて飛び出す。防毒面のせいか息が続かない。


●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


「閣下、攻勢がはじまりました」


「そうか。」


「爆破の配線も完了しました。後は適宜この電鍵を落とせば、発破します。」


「うむ」


●○●○●○●○●○●○●○●○


 砦の逆茂木に取り付いた。誰かの『Feurer fri!』の怒鳴りにつられて小銃を撃つ。城壁の角から身を乗り出す連中を狙うがなかなか当たらない。槓桿を引きながら思わず叫ぶ。


「畜生、毒瓦斯なんか考えた天才様なんざクソ喰らえだ‼辛いのは俺たち兵隊ばっかりじゃねーか‼」


 新たに弾倉を満たして撃つ。あまり弾倉の弾は使いたくない。だから撃つ度に弾盒から取り出して込めながら撃っている。


 何発撃ったか、その時に城門の塔の窓に女の姿を見た。偉大なる我らが帝国指導者閣下と同じで人間の癖に艶やかな黒い髪、そしてこの戦場にそぐわないような宝剣。噂に聞いた勇者というものはあれかともなんとも感慨よりも先に、自分でも何を言っているかわからないようなことを吐きながら、半狂乱に小銃を執って撃発した。その時に斃れたのか転んだのか、その姿が見えなくなった。そして問うとも知れぬ七色なる光が天を突く。噂に聞く『破滅の燈』とはあれかとも思う暇なく、敵の放つ矢にいよいよ鉄杭が混ざり来て居る。


●○●○●○●○●○●○●○●○


「閣下!」


「うむ。この戦いが戦争の早期終結に繋がることを祈る。この犠牲は我が業なり。死してなお、我が抱く業なり。勝利(ジーク)万歳(ハイル)‼」


▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△


勇者によるものを除くという条件が着く、世界最大の爆破が行われたのは西方帝国帝都攻防から半年たった頃だった。

帝国指導者の名に於いて遂行されたこの作戦は百十七万ポンドを越える爆薬を以て行われたものである。

退却戦を戦っていた連合国側の殿軍として配置された中には勇者もいたがため、彼女を排除するための行動であった。

この結果として砦だけでなくその砦があった丘ごと吹き飛んでしまった。

両軍は多くの兵を失ったが勇者一行は生残り、その後もありとあらゆる形で相対した。

(フランク皇国 歴史民俗教科書1873年度版)


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 上から滴る冷たい雫に目を覚まさせられた。まだボンヤリとする頭を振って上を見る。そこに居たと言うか有ったというべきか、胸を大木の枝に貫かれて息絶えた件の新兵が。その血を浴びて目が覚めたその如何ともしがたい不気味さ。そして云うことを聞かないこの體(からだ)。硝煙とも瓦斯ともつかぬ靄の中であとからあとから追い抜くように走る友軍の将兵。それもみんな掠れて消える……

彼はこの後負傷後送され、故郷に帰る。

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