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7話 灯りのついたアトリエ

 日が暮れ、街は暖色の灯りが付く。そろそろご主人も帰っているので無いだろうか。

 彼女は、ほとんどの場合当日中に帰る。理由は私に料理を作らないといけないかららしいが、苦手だがキャットフードも常備しているので、気を遣わないで欲しいと思う。


 帰り道を歩いていると、1年前に建てたご主人のアトリエが見えた。

 ご主人の財力をふんだんに注いだ木の材質にこだわった一戸建てで、コンパクトながらも、存在感を出している。

 中は、画材、沢山の書物が置いてある。まさに作業場という風貌だ。

 アトリエには、灯りが付いていた。


「ご主人、そこにいるのか?」

 玄関の前で、一鳴きした。しかし、しばらく待ってもご主人は出てこない。絵に集中しているのだろうか。私は裏に回り込み、エアコンの室外機に上り、そのまま小窓に飛び移る。このアトリエは私が自由に出入り出来る様に小窓の鍵は全て開けてある。今日の様に、ご主人がいない時の為の措置だ。窓は人間が入れるサイズでは無いので、私だけの特権である。


 前足で窓を開け、アトリエに入り作業場に着くと、灯りは最小限で、キャンパスに絵を描いている人物がいた。

「ご主――」

 声を掛けた瞬間、突然人影は慌てて絵を隠す様に身体で覆った。近づいて見ると、人物はご主人では無く、海人少年だった。彼は色白で、人間の雄としては髪がかなり長いので一瞬ご主人と見分けが付かなかった。

「ナハト……びっくりした。先生かと思ったよ」

 そう言って海人少年は息を大きく吐き、キャンパスを片付け始める。

 彼はご主人の弟子だ。当初、私は適当にあしらうつもりなのだろうと思っていたが、彼女は本気らしく、様々な技術を彼に教えている。このアトリエも自由に使えるように、合鍵を彼に渡している。


 しかしなぜ彼は絵を隠したのだろうか? ご主人には秘密にしている絵なのだろうか? 

 隠す前に見た絵は、女性の絵だった。

 推測してみた結果、一つ仮説が浮かび上がる。


 顔はまだ描かれていなかったが、絵に描かれた女性はきっとご主人だろう。根拠はもうすぐご主人の誕生日が近い事。彼は誕生日プレゼントに、彼女を描いた絵をプレゼントするつもりかもしれない。昨日研究した恋愛映画では、男が若い女に指輪をプレゼントしていた。女は驚き、涙を流して喜んでいたのだ。日々の人間研究が成果を出した。口元が緩む。


 どうも少年には、ご主人に対して師弟子以上の感情が見える。絵の事はご主人には秘密にしておいて置こう。

 "人の恋を邪魔する事は、この世で一番の悪である。"

 これは、昨日見た映画の言葉である。


 ガチャリ、と玄関の方向で音が鳴った。

「海人くん、アトリエに来てたんだ。それにナハトも」

 現れたのは、今度こそご主人だった。朝と同じ、黄色のパーティドレス姿のままだ。

 海人少年の目が輝く。


「先生、個展開催の件、おめでとうございます! 僕も参加出来たら良かったんですけど」

「いいよいいよ、その代わり、今度見に来てよ」

 ご主人は笑った。いつも以上に声色が高い。


「よーし!今日はお祝いしよっか!ピザとかお寿司とか出前で頼んじゃおう!」

 寿司のネタの部分は好物だ。賛成の意味を込めてにゃあと鳴く。

 しかし、少年は申し訳なさそうに、「ごめんなさい、今日はこれから塾があるんです」


「そっか、じゃあ仕方ないね」

「本当に残念です。では先生、さようなら」

 去って行く海人少年を玄関で見送った後、ご主人は残念そうに息を吐いた。

「しょうがない、いつもどおり、私とナハトでお祝いしよっか」

「ああ、そうしようご主人」


 その時、ご主人のスマートフォンが鳴り出した。ご主人は目を目を丸くして電話に出る。

「お姉ちゃん! どうしたの?…… 知ってたんだ! ありがとう! えっホント? うん! じゃあ今から来てよ! それじゃあまたねー」


電話を切った彼女は嬉しそうに私に話す。

「お姉ちゃんが今日仕事が休みで近くにいるんだって! こっちに来てくれるみたい!」

 ご主人の姉……確か名前は萌音冬香。私は数回しか会っていないが、ご主人とはとても仲が良い事は日頃聞いている。


「帰るよナハト! お姉ちゃん時間に厳しいから、遅れたら怒っちゃう」

 ご主人は微笑み、アトリエを飛び出す。

「ヒールでそんなに走ったら、転んでしまうぞ」そう口にしながら私も後に続く。

 心にかかった黒い雲は、綺麗に流れていった。

 彼女のほころんだ顔は、そうさせる力があるのだ。 








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