40話 猫探偵ハルカ
「そっか、猫娘は今日出発するんだ? 寂しくなるねえ」
牧野は海を見ながらそう言って、煙草を吹かした。
私とご主人は牧野を連れて海岸にある岬までやって来た。崖下の海は穏やかで、眺めていると吸い込まれそうだ。
「そういえばあの絵、ほんとにあたしが貰って良いの?」
ご主人が描いた絵は、牧野の診察室に飾られる事になった。
「はい! 牧野さんはこの街で一番動物が好きな人ですから。それに牧野さんもきっと私と同じ、〝猫女〟だと思うんです」
「……そうだと嬉しいねぇ」
牧野は嬉しそうに笑った。
ご主人のその一言で、牧野は救われた様に私は見えた。
彼女は、いつも誰かを救うのだ。
「私、探偵になろうと思うんです」
ご主人の髪が海風に揺れる。瞳は海面の様に輝いていた。
「探偵? なんで?」
牧野は目を丸くし、咥えた煙草を落としてしまう。
そう聞かれた彼女はその言葉を待ってたという様に微笑む。
「子供の頃、ミステリー小説で名探偵が言っていたんです。探偵は人を幸せにする仕事なんだって。私は頭が良い訳じゃないけど、誰かの不幸を失くしてあげたい。誰かの涙を止めてあげたいんです。ーーだから私は探偵になろうと思います」
「ーーそっか。じゃあ猫探偵春香だね。助手はナハト」
「ニャア! それいいですね! 」
ご主人は手を合わせ目を輝かせる。
「私は助手では無く、騎士なのだが……」
私が苦言を口にすると、ご主人は声を低くし、「初歩的な事だよ、ナハト君」とわざとらしい口調でおどけた。
「さて、そろそろ始めるかい」
牧野の言葉にご主人は静かに頷き、持ってきた花束と、瓶を手にした。
ビンの中身はトラ達の遺灰、海斗少年の砂だった。
彼女は目を閉じ、祈りを込める様に花と瓶を抱きしめると、コルクの栓を開け、海に流した。
灰はキラキラと輝き、群青の海に溶けていった。
私は一度死んだが、天国という存在は体験していない。
それでも、彼らが天国に行ける様に祈った。
ご主人は泣かなかった。それは彼女の決意の表れだった。自分が泣いている様では、誰かを笑顔に出来ない。
彼女ならそう考える筈だ。 だから私も、この場では涙を流さないと決めたのだ。
さざ波の音が、静かに私の猫の耳に反響していた。




