39話 また、旅
事件の終わりをグラウに告げると、古い椅子に横たわる彼は静かに目を閉じた。
その姿はまるで、戦争の終結を知った賢王の様だった。
「そうか、終わったのか。トラ達もこれで安らかに眠れるだろう……ご苦労だったな。」
「ああ……」
私は頷く。グラウは笑った。以前の厳しい表情より少し柔らかくなった気がする。
「ナハト、一つマタタビでもどうだ?上質な実があるんだ」
「ああ、頂こう」
グラウは部屋の奥からマタタビの実を咥えて来た。
私はその香りを嗅ぐ。するとやがて心地よい気分がやってくる。これは人間で言う、酒に近い物だなと思った。なるほど、ご主人がワインを好む理由が納得できる。
「少し、昔話でもしようか」
彼は遠くを見つめながら口を開く。
「俺は元々お前と同じ、飼い猫だった。子供の時飼い主の身勝手で捨てられてから、ずっと人間を恨んでいた。人間は最低な生き物で、そのペットも同類だとな。」
私は俯く。
人間は残酷だ。獣になった今だからこそ感じる。
無責任に動物を飼い、無責任に捨てる。
生きる為では無く、利益の為に同じ種族を殺す。
それでもーー。
「だが、お前の主人のお嬢さんを見て、こんな人間もいるのだなと思ったよナハト、良い人間と出会えたな」
「ああ……」
ご主人の様に、優しさを生み出す人間もいる。
私にとって、グラウの言葉は最高の賞賛の言葉だ。
「ご主人と私は、これからこの街を出て行こうと思う。私たちなら、争いを無くす為に何かが出来ると思うんだ」
「そうか。ーーちょうど、げん担ぎになったな」
「?」
私は言葉の意味が分からず首を傾げると、グラウは微笑んだ。彼が初めて見せる笑い方だった。
「マタタビの実は昔旅人が実を食べて、また旅に出る力が出たから、マタタビと言うらしい。せいぜいお嬢さんを守ってみせろーーナイト」
私は強く頷く。
「ああ、この名に賭けて」
私達でも理解し合えたのだ。
人間同士だって出来るはずだ。




