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31話 Cat Killer

 アトリエに来る前、ご主人と男の話を聞く作戦を考えた。監視されてるというならば、逆に誘い出して話しを聞こうという私の意見にご主人は賛同した。

 作戦はこうだ。

 まず私が木の上に登り、窓を開け絵を描いているご主人の周辺を張る。そして私が怪しい者を見つけると、彼女に知らせる。知らせを受けたご主人はあらかじめ自分を映す設定にしたスマートフォンに合図を送る。少し離れた所に待機している冬香に知らせるというものだ。猫の言葉が分かるご主人だからこそ出来た策だった。仮に男がどれだけ用心深くても、まさか猫に付けられているとは思わなかっただろう。


 アトリエに入るとご主人は冬香と私を見つめ、微笑んだ。

「お姉ちゃん、私の事を信じてくれてありがとう!」

ご主人冬香に送ったメールはシンプルなものだった。

 ――話を聞きたい人がいるから、合図をしたら、捕まえて欲しい。

 ご主人は私と話せる事を知らないのに、一言、任せなさい。とだけ返信したらしい。


「当然。大切な妹の言う事だから、どんな事でも信じるわ。春香、私はね――」

 冬香は嬉しそうに笑う。その笑みは、傷つきながらも前を見続ける王女に向けられたものだった。

「世界を敵に回してでも、貴方の味方になるわ」

 王女は微笑する。 

「うん! 私はお姉ちゃんの妹で本当に良かった。」


「……仲睦まじい事だ」

 ずっと黙っていた男が口を開いた。その口調には憎しみが込められている様にも思える。


「貴方に、聞きたい事があります」

 ご主人は怯まずに問いかけた。男を見る瞳は怒りか、悲しみか、あるいは両方か。

 彼女の瞳は私の知らない色をしていた。


「少し前にこの街に住んでいた野良猫達が死にました。知り合いの獣医さんに聞いたら、人間でも致死量の猛毒だったそうです。貴方は猫達に食料を与えていましたね? そして私を監視していた。……知ってることを教えて下さい」

 問われた男は少しの沈黙の後、口を開いた。

 「……俺が殺したと言ったらどうする?」

 その一言で部屋には戦慄が走る。

 こいつが。

 こいつが私達の日常を壊したのだ。

 青い海と空に彩られた街で絵を描く、静かで優しい日々。

 私の黒い体毛が逆立つ気がした。猫の私が、獣の私が。

 本能にこいつを許さないと叫んでいる。今にも飛びかかりたい気持ちをどうにか抑える。



「……どうして、ですか」ご主人は絞り出すように叫ぶ。その声を聞いただけで、背筋に寒さを感じた。

「どうして! あの子達を殺す理由があるんですか!? あの子達は何もしていない……ただ穏やかに過ごしていただけです。」

「……金と、復讐の為だ」

男は低い声で答える。

「ある人物から萌音春香を監視し、この街の野良猫を殺せば巨額の金を貰えると言われてね」

「復讐……?」

 ご主人は唖然とした声を上げる。男はその言葉を聞いた瞬間、目つきが変わった。

「この国にお前達財閥の人間を恨んでいる人間がどれほどいると思う?」

「私達が恨まれている?」

 冬花が意外と言うような声を出す。声を荒げた男は冬香を無知だと言うように嘲笑った。

「お嬢様は何も知らないんだな。自分たちがどんなに恵まれた存在なのかを。俺は今まで萌音財閥の役員だった。俺の人生はまさしく財閥に忠義を尽くしてきたと言っても過言じゃ無い。小さい頃から財閥の一員になれるよう寝る時間も遊ぶ事も捨てて勉強してきた。俺の家は裕福じゃなくていつも見下されてきたから、馬鹿にした奴らを見返してやろうってね」

男は喋り続ける。その様子はまるでご主人にでは無く、自分自身に言い聞かせる様だった。



「10年前ようやく、財閥の一員になれた。その時結婚をし、子供も出来た。……幸せだった。そこまでは幸せだったんだ。だが、数年前いきなりリストラされたよ。お前の兄、萌音秋斗によって」


「兄さんが……」

 ご主人はポツリと呟いた。

 ご主人の兄がいる事は、以前から聞いているが、ご主人も冬香も、その男の話をほとんどしなかった。

 彼はご主人の為に柊を解雇した。解雇されたのは、ご主人に近い人物だけでは無かったのだろうか?

 

 萌音秋斗とは、どんな人物だ?

 私の中で強い疑問が過ぎった。


 男は感情的に声を荒げる。

「妻には別れを告げられた。当然だ。仕事ばかりで家にはほとんどいなかったからな。

そんな時、娘が難病が発症した。この国では1000人にも患者はいないらしい。……金がいるんだ。

 だが、せいぜい良いワインを飲む事くらいしか貰えない俺にはどうにも出来ない。ある人物から聞いたよ。萌音秋斗が溺愛する下の妹がこの街でのほほんと暮らしてるってね。それを聞いてはらわたが煮えたぎったよ。だからこの話に乗った!」


「あんたっ! 春香がどんな思いをしたのか分からない癖に!」

 冬香がご主人を庇うように叫ぶ。だが男は怯まなかった。


「裕福に暮らしてきた奴の事なんか知るかっ!……金目当てに寄ってきた妻の事なんかどうだっていいが、娘だけは俺に唯一残った宝だ。とにかく多額の金がいるんだ。なぁ、俺は朝も、夜も……春も夏も秋も冬も! ずっとあんた達に尽くしてきたんだ! ゴミの様に捨てられた俺の苦しみに比べれば、野良猫が死ぬくらいなんて軽いものだろう!」



「本当に、そう思いますか?」

 ご主人は静かにそう言った。

 この状況下で、驚くほど静寂な口調だった。私も、冬香も、男も。不安に駆られる様にご主人の顔を見る。憤りの感情でも無い、泣いてもいなかった。

 ただただ、空虚な表情だったのだ。

 

「そう思うなら、私を殺してください」


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