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23話 魔除け

彼が住んでいる古い館まで来た。あの時は雨のせいか、おどろおどろしい雰囲気だったが、今見てみると、中々赴きがある建物だ。灰猫は良い趣味を持っている様だ。

「ここが彼の居場所だ」


「えっ……ここ?」

「ああ。すでに人は住んではいないし、雨風も防げるから野良猫にとっては絶好の場所だろう。さぁ行こう」

 私はそう言って歩き始めるが、振り返ると、ご主人はその場から動かない。顔を見ると青ざめていた。

「ご主人……?」

「無理、私行けない。だってここ幽霊が出るって有名だよ」

「幽霊はいなかったぞ」

「嫌! 無理!」

 そう言って彼女は首を振り続ける。珍しい光景だ。

 

 そういえば去年の夏。テレビで怪談特集の番組が映るとすぐにチャンネルを変えていたな。

 これは……面白い。いつもからかわれてる分の、ちょっとした仕返しをしてやろう。

「これは灰猫から聞いたのだが……」わざと声のトーンを落とす。

「えっなに……?」不安げなご主人。

「夜な夜な女の叫び声が聞こえるらしい……」

「いやぁ! やめてよ!」

 彼女は耳を塞ぐ。そんな彼女が可笑しくて口元が緩む。これくらいでいいだろう。

「ははは、冗談だ」

「……もぉ! ナハトの馬鹿!」


 ご主人は顔を赤くして目をつり上げた。これも珍しい表情だ。彼女は急に私を抱えた。……心なしか、いつもより抱える力が強い。今度は私が顔を赤くする番だった。

「い、いやご主人。そんなにくっつかなくてもいいだろう」

「? いつもの事だよ?」

 

 今の私は猫と人間の記憶が混在している。遥か昔は人間の男だったのだ。

「私も雄なので……」

 ご主人はにやりと笑う。しまった……。

「何よ、前は私では欲情しないーとか言ってたくせに。ふふっ、もっとくっついちゃお!」

 私の声真似をしつつ彼女は私を一層強く抱きしめる。彼女のふくよかな胸が頬に押しつけられる。恥ずかしさと同時に心地良いと思ってしまうのが紳士として悲しい。


 これからはご主人のスキンシップに慣れていかなくては……

「ナハトを抱いてれば多分大丈夫! 昔からの言い伝えで、黒猫は魔除けになるんだって!」

 彼女は子供の様に微笑み、館の中の方へ歩き始める。

「やれやれ、私はお守りでは無いのだが……」

 私は冷静さを装い、高揚する気分を落ち着かせようと必死だった。









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