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18話 仮面の二人

 もう、何も見たくない。

 もう、何も聞きたくない。

 このままずっと、眠っていたい。

 もし神様がいるのだとしたら、どうしてこんなに私をいじめるのだろう。何が楽しいのだろう。


 私の大切な物は、みんな手から滑り落ちていく。

 ムンター、シュレム、ヒュプシュ……

 あの猫達は野良猫だけど、みんな名前があった。

 名前が無い子は私が名付けた。気にいってくれるかは、分からなかったけど。

 あの子達の顔は全員覚えているのに。もう二度と見ることが出来ない。ナハトと仲良くしてくれたトラだって。

 沢山の「どうして?」が何度も頭の中に響く。あの時助かったトラは招き猫の様に笑っていたのに。


 パパとママの事も、思い出しちゃった。思い出したくなんか、無かったのに。

 二人は、私のせいで死んだんだ。

 私の記憶は深く暗い場所に潜っていく。




 あの日、15歳になったばかりの私は、学校の帰り道を歩いていた。

 迎えの車は断った。理由は町中を歩いて、猫と遊びたかったから。当時はまだ猫と話せなかったけど、餌をあげたり、頭を撫でたりする事が何より好きだった。


 運転手の執事の人(顔と名前が思い出せない)は少し寂しそうだった。今思うと、少し悪い事したかな。

 帰ったらお姉ちゃんと一緒に、刑事ドラマを見る予定だった。お姉ちゃんは当時テレビで放送していた刑事ドラマが大好きで、いつも私を誘った。――前の回で刑事の一人が犯人に撃たれて死んじゃったんだよね。お姉ちゃんはその刑事のファンで、朝は元気が無かった。


 お姉ちゃん大丈夫かな? そう考えていた瞬間、突然視界が揺れた。身体に衝撃が走る、少ししてから、ようやく私は車に乗せられたと言う事に気がついた。隣座席と運転席には仮面を被った二人組がいた。顔は分からないけれど運転席は男性、隣には髪の長い女性だった。女性は刃渡りの長いナイフを握っていた。


仮面の女性はフリルの付いた黒い服とスカート姿で、仮面も相まってどこかのパーティーに参加してきた様な印象だった。

仮面の女性は私の喉元に、ナイフを突きつけた。

「騒がないで。騒ぐと、殺すから」

 若い。というより、幼い女の子の様な声だった。

 私はただただ怖くて、何度も頷くと、彼女に両手を縛られ、目隠しされた。

 

 その後はどこかの建物の中に連れてこられ、椅子に座らせられた。

「娘は預かっている」

 今度は男の低い声が聞こえた。

「……電話に出ろ」

 私は言われた通りに携帯電話を渡され話す。身体は、どうしようも無く震えていた。


「春香! 大丈夫か?」

パパの声だった。急に心細さがどっと胸を埋め、私は泣き叫んだ

「助けて パパ! 怖いよ!」

 パパの言葉を聞く前に電話は取り上げられてしまった。

「……返して欲しければ約束の時間に3億円を持ってこい。場所は○○――。必ず二人で来るんだ。警察を呼んだ場合は娘を殺す。俺たちは躊躇しない。いいな」

 


 どれくらい時間が経ったのだろう。ドアが開く音がした。

「金は持ってきた! 娘を早く返してくれ!」

「春香!」

 パパとママの声だ。

「よし、トランクの中身を確認する。近くまで持ってこい」

「わ、分かったから早く娘を解放してくれ」

「駄目、お金が先」

 パパの悲痛な声に対し、女の子の金属の様に冷たい口調が聞こえた。


「……確かに金はある」

 男が言った。

「うん、約束は守る」

 縛られていた手を解かされ、目隠しを外された。目の前には涙を流しているパパとママの顔があった。

「パパ、ママ!」


 良かった。

これで家に帰れる。安心してそう叫んだ時。女の子の冷たい声が響いた。

「貴方達は、返さないけれど」

2発の、銃声が鳴り響いた。

火薬と、血の匂いがした。

「もう用事は終わったから、貴方は自由よ」

仮面の女の子に縛られた手と目隠しを外された。

 現れる視界を前に、膝から崩れ落ちる。

 何だろう、この景色は。


 どうして、パパとママが倒れているのだろう。

 地面には刑事ドラマで見たような、赤い血が広がっている。視界がぐちゃぐちゃに歪む。もしかしてこれは、ドラマの撮影なのかなと頭の隅で考えた。


「こいつは"ターゲット"じゃないがどうする?」

男性は懐から銃を取りだし私の頭に突きつける。

「ほっとこ」

「お前が良いというなら……」

 二人は短い会話を終えると、何事も無かったかの様に歩き始める。すれ違い様に女の子は私の耳元でささやいた。

「いい気味ね、"お嬢様"」

私は視線を1ミリも動かせなかった。多分、彼女は嗤っていた。

 そして2人は歩き去って行った。遠くでサイレンが聞こえる。

「本当に、パパとママは……死んじゃったの……?」

 そう呟いた瞬間、"何か"が砕けた。そこで私の記憶は、テレビの電源を消す様に、消えた。







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