14話 従者(後編)
今から2年前。あの日はご主人の絵が初めて飾れる事になった。
今では私の方から観賞しにいくのだが、最初はご主人の方から「ナハトお願い! 一緒に見に行こ」
と頼まれたのだった。勿論私は断る理由はなく快諾した。当時は彼女に頼られる事が嬉しかった事を覚えている。
彼女の絵は街の風景画で、沢山の猫達が描かれていた。
タイトルは「生活」。
それを真剣な目差しで観賞している高身長の老人がいたのだ。
「あの人ずっと見てる。よーし! 話しかけてみる!」
ご主人は嬉しそうに顔をほころばせ、老人に近づいた。珍しい出来事だった。彼女は社交的な性格に見えて、実は自分から話しかける事は滅多に無い。まるでもう傷つきたく無いように。
「こんにちは! この絵、気に入って下さったんですか?」
声を掛けられ、振り向いた老人はとても驚いていた。しかしすぐに微笑み、
「ええ、とてもいい絵だ。貴方が書いたのですよね?」
ご主人は目を丸くした。
「すごい、どうして分かったんですか?」
「それは――実は貴方が絵を描いている所をこの間偶然見ましてね。入賞、おめでとうございます」
そう言って彼は深々と頭を下げた。洗礼された、とても優雅なお辞儀だった。
「わ、そんなにかしこまらなくても」ご主人は驚く。
「はは……つい癖で。では私はこれで」
老人は少し照れた様に笑い、その場を後にしようとしたとき、
「待ってください。お名前を聞かせて貰えませんか?」
私はご主人の顔を見た。彼女はどこか真剣な眼差しだった。
老人は少し考える様に目を閉じ、ゆっくりと答えた。
「柊です。どうかお見知りおきを」
「改めまして、萌音春香です。柊さん、またどこかで会いましょう」彼女はお辞儀をする。いつもとは違う上品な仕草だった。彼は優しげに頷くと、その場を去っていた。
彼が去った後、ご主人はどこか不思議そうな表情で話す。
「ねぇナハト。私、あの人と前にどこかで会った様な気がするよ。すごく懐かしい気分。会った事が無い筈なのにね」
その時ご主人の表情が、どこか嬉しそうだった事を、私は覚えている。
それが彼が彼女の為についた、優しい嘘だった。




