13話 従者(前編)
部屋の中は静かで、外から土砂降りの音が微かに聞こえるだけだった。二人とも無言だったが、
「さて、どこから話しましょうか」
柊の方が先に、ゆっくりと口を開いた。
「まずは私が貴方のお父上で、萌音財閥当主の萌音志季様とその妻である萌音絢夏様があの事件でお亡くなりになり、春香お嬢様がご乱心になられました。ご存じの通り、当初の春香様は誠に酷い有様で、亡くなった二人に関係する物に過剰に怯えておりました。そこで志季様の遺言状により急遽当主となられた貴方の兄上の秋人様はこうお考えになりました」
柊は冬香を見つめ頬笑んだ。顔の皺が深く刻まれる。
「春香お嬢様がお二人を思い出す事は全て、遠ざけよと」
「兄さんがそんな事を……? それじゃあ」冬香は目を見開く。
「私自信長い年月、志季様にお仕えしていたので解雇になりました」
柊は寂しそうに笑った。
「そんな、私何も知らないわ! 兄さんは家族同然だった貴方にこんな酷い仕打ちを!」
冬香は声を荒げる。今日の彼女は明らかに取り乱している。
「秋人様はあの事件依頼、寡黙になられましたから。春香お嬢様や貴方たちの為なら私は一向に構いません。幸い、頂いた退職金はここで一生を過ごせるほどの額でしたし、」
「だけど……」冬香は納得がいかない様子で唇を噛む。
「次になぜ解雇となった私が、何故今でも春香お嬢様のそばにいるか、という質問でございましたね。理由は至ってシンプルです」
柊は照れた様に自分の白くなった頭髪を撫でる。
「心配だったからでございます。春香お嬢様は貴方と秋人様よりずいぶんと危ういお方なので」
私は彼の表情を眺める。……やはり、彼はそうだったのか。
彼は持っていた。主に心から仕える者だけが見せる瞳の色、従者の眼差しを。
彼には従者としての誇りが、確かにあった。
その瞳の輝きは、愛情の色に似ている。
「そして最後の元執事という事を明かさない理由は、春香お嬢様が私の事を思い出さない為です」
「柊……貴方は……」冬香は口を押さえる。目には涙が滲んでいた。
柊は立ち上がり、額に飾られた子供が描いた様な絵を見つめる。私は気づいた。――そうか、あの絵は幼い頃のご主人が柊を描いたの物だったのか。彼はずっとその絵を、宝物の様に大切にしてきたのだ。
「立ち直った春香お嬢様が世界中を旅し、この街に住んだ事は風の噂で聞きつけました。最初は気づかれないように遠くで見守っていたのですが、美術館に春香お嬢様の描いた絵が飾られる事になったとき、私はどうしても彼女の成長を見たくなり、結局そこに向かう事にしました。お恥ずかしい話ですが、その先で、春香お嬢様と出会ってしまったのです」
――私は思い出す。ご主人と柊が美術館で出会った時の事を。




