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11話 悪意

 空は曇り、どしゃぶりの雨が降ってきた。ご主人の叫び声がいつまでも脳裏に焼き付いている。

「ご主人……」私ぼんやりと呟く。言葉は彼女に届かず、むなしく響くだけだった。

 彼女は悲鳴を上げた後に意識を失った。その姿はまるで、テーブルから落ちて砕けた、ワイングラスの様だった。


 絵の講義を受けに来た海斗少年が彼女を見つけ、急いで救急車の手配をしたのだった。

 現在海斗少年はご主人の様子を見に行っている。

 トラと猫たちは、後から来た数人の人物が丁寧に箱に入れ、車に乗せて運んで行った。その中には以前、トラが倒れていた時に駆け込んだ、動物病院の獣医の姿があった。

 

 性別は女。ご主人より年はいくつか上に見える。以前と同じ長い茶髪をしていて、いつも煙草を咥えていた。彼女なら彼らを直せるかもしれない。一瞬そう思ったが、それはあまりにも現実逃避的な考えで、彼女は静かに手を合わせ祈るだけだった。


「おい、ナハト」隣を見ると灰猫がいた。私は今まで彼がまだいることに気が付かなかった。やけに視界が狭く感じる。

 灰猫は私を睨む。憎悪を宿した瞳だった。

「今回の件は、人間の仕業だ。そうに違いない」

「……どうしてそう言い切れる」私は力なく尋ねる。

「俺はあいつらと昨日まで一緒だったんだ。流行り病を疑ったが、それなら俺も一緒に死んでいる。それに、昔仲間に聞いた事がある。人間は遊びで動物を殺すんだってな」

 

「!? そんな事は……」

 私は咄嗟に否定しようとしたが、その話は聞いた事がある。しかし、そんなものはナンセンスな噂話だと思っていた。このスカイブルータウンは沢山の動物達とそれ以上に沢山の人間が共に住んでいる。ご主人や柊、海斗少年や先ほどの獣医やホームレス彼女たちは笑顔で私に接していた。

 

 そんな彼らが猫を殺す。

 好奇心や余興を理由に嬉々としながら。

「……私にはとてもそうは思えない。」

 私は震える声で言葉を絞り出す。今の現状を見て絶対に無い、とは言い切れないのが恐ろしくてしょうが無い。


「そう思うのは、お前が飼い慣らされた奴隷だからだ」

 灰猫が吐いたその言葉は鋭利で、私を非難するような口調だった。

 猫と人は共存している。そう思っていたのは、私だけだったのか。

「今回の件で、お前のおめでたい考えは消えただろう。……皮肉な事だが、人間の言葉にこんな物がある」

 灰猫は怒る口調でその言葉を告げる。

「猫を殺せば七代祟るってな。俺は犯人を捜し出し、必ず往復をする。だが、俺にとってお前ら飼い猫も敵だ」


「なら……なぜ私にあの光景を見せた」

 あの時、私が公園に向かわなければ、ご主人はあの光景を見ることは無かっただろう。行き場の無い怒りが沸き上がる。

「今回教えてやったのは、トラの顔を立てたまでだ。あいつは……良い奴だった」」

 

 そう吐き捨てると、灰猫は去っていった。私は一人公園で取り残される。雨は強さを増す一方だ。

 私は一歩も動く気力も無く、唯々立ち尽くしていた。


 ふと、急に雨が止んだ。後ろを振り返ると、傘を差した柊が立っていた。

「ナハト、ここにいたのですね。春香さんの事は聞きました」

 柊……? 彼といつも一緒にいるアデールの姿は無かった。

「ここにいたら風邪をひきます。とりあえず私の家まで行きましょう」

 私は柊に抱えられる。

 ――人間は遊びで動物を殺すんだってな。

 先ほどの灰猫の言葉がよぎり、ぞくりとする。私は反射的に柊の腕から逃れようと暴れた。


「おやナハト、一体どうしたんです?」柊は眉をひそめる。その時、

「貴方は……柊?」

 前方には青い傘を差した冬香が立っていた。信じられないと言うように目を大きくしている。

 柊は噛みしめる様にゆっくりと呟いた。

「御無沙汰いたしております。冬香お嬢様」





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