知らなかった
「好きだよ」
終礼が終わり、私は古典的だなと思いつつ、靴箱に入っていた所謂ラブレターに書かれていた場所に来ていた。
校庭の隅の青いベンチに彼は腰掛けていた。
彼は私を一目見て、あの手紙と同じ言葉を短く吐き出した。
結果的に見下ろすような感じになってしまったことを少し後悔した。
彼の言葉が熱を含んで、じわっと胸の中で広がっていく。―ねぇ、ほんとに?
言ってしまいたいのをすんでのところで、喉の奥に留める。
「ありがとう」
飲み込めない懐疑の言葉が消化不良を起こす。今日も結局、都合がいい子になっていた。
また、誰かの特別になろうとして、おかしい子になっていくんだ。
気づかれないように、そっと溜息をつく。
「でもね、私、好きな人がいるの」
右手で髪を耳に掛けた男の子は、「そっか」
とひとこと言った。
気にしない方がいいとは思うのだが、彼は、髪が耳に掛かる程長くない。重力に逆らうことなく、髪は先ほどの位置まで戻ってきていた。
彼に「またね」と別れを告げて、スタスタと校舎に向かって歩いた。
彼はまだおんなじ場所に座っているのだろうか。聞こえるのは、砂上を歩く私のローファーの靴音だけだった。
部活に行く予定はなかったのだが、取り敢えず部室でふわふわと宙に浮かんだ心を落ち着けようと思った。スケジュール帳を取出して、「部活」と小さく書き込んだ。