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倒しました。町へ向かいます

 ──ドクン。


 心臓が大きく跳ねた音が聞こえた気がする。それを期に身体の支配権が俺から完全に離れた。


 視界が意志とは関係なく動き、敵を見据える。テレビ越しに映像をみているような気分だった。


 迫りくる巨狼。改めて見てみると異様なサイズだ。周りの木々の雄大さも相まって自分が小人にでもなったような錯覚を覚える。


 ふと頭に何かの漫画で読んだフレーズがよぎった。闘争か逃走、人は窮地に陥った時にその二つを頭に浮かべるらしい。


 まず考えたのは逃走。周りの木々を利用しつつ敵から逃れる手段。しかしこれは不可能だろう。速さが違いすぎる。目測ではあるがこの巨狼は俺に突っ込んできたトラックよりも早い。森という環境を利用しようにも今いる場所は開けた場所。木々へ向かうまでの間に5回は死ねる。


 ならば闘争? それこそ無理だ。勝てない。絶対に勝てない。戦うとか戦わないとかそんなことではないのだ。餌と猛獣、狩人と獲物。窮鼠猫を噛もうにも(ぶき)すらない。


 無理だ(・・・)。この状況はもう何をしても俺の死は免れない。確定している。



 ……しかし、完全に詰んでいると他人事のように思いながらも俺は何となくだが―――本当に何の根拠もない、ただの死を前にねじが飛んだだけかも知れないが―――


「(…死ぬ気が全くしない)」



 巨狼との距離が0になる直前、身体は勝手に体をひねりながら左側方へ大きくとんだ。所謂(いわゆる)側方倒立回転跳(ロン)び1/4ひねり後向き(ダート)。それは完璧なタイミングで行われた回避行動。狼の攻撃はその巨体をして俺の体に掠りすらしなかった。


 さっきまで俺がいた場所で牙がガチンと打ち鳴らされる音を確かに聞いた。すぐ隣を死神が通り過ぎるのを幻視する。


 全力攻撃を躱された巨狼は勢いを殺せずそのまま通り過ぎる。恐らく回避されるなど思ってもいなかったのだろう。



 しかしそこは流石は野生を生き抜いてきた獣。生まれ持った四足を最大限活用してすぐさま勢いを殺し、耳が壊れてしまいそうな程の咆哮あげながら再びこちらに襲いかかる準備をする。素晴らしい判断速度だった。その一連の行動にかかった時間はわずか数秒ほど。……たったそれだけの時間。普通の人間が相手ならばワンアクションすら起こせないような時間。それが巨狼の致命的なミスとなる。


「グャアアアアアアアアアア!!!! ガッ!?」


 ちょうど反転してこちらを見ようとした巨狼の両目に何かが刺さる。


 あれは……木の枝か?

 俺自身よく分からなかったのだが、恐らく回避行動中に拾った木の枝を相手が反転するまでの間にどちらも刺さるような形に二本に折って投擲した…のだと思う。身体の感覚は共有されないので視界に移ってないところでやっていることは推測しかできない。だがあの数秒でそれだけの行動が可能だとは……。


 視界を失った巨狼が混乱している間に、身体は次の行動に移った。


 まず近くにある倒れて腐っていた木のもとに走って移動した。まるでそこにあることを知っていたかのような迷いない素早い動き。そして倒木から生えていた見るからに毒毒しい大きなキノコを採ってから、それを期をみて巨狼に向かって投げた。適当に投げたようにしか見えなかったそれは的確に咆哮をあげてようとしていた口に入る。完全にパニックに陥っていた巨狼はキノコを飲み込んでしまったようだ。パニックが加速して周りの木々にぶつかりながら無茶苦茶に暴れまわる。


 ミシリ、と嫌な音がした。


 ぶつかった木の一本がメキメキと音をたてて傾き始めて、地を揺るがすような轟音と共に倒れる。土煙が晴れた後に見えたが巨狼は木の下敷きになっていた。大きな狼より更に大きな木がたまたま寿命を迎えて倒れたようだ。


 ……これは偶然なのだろうか。相手が勝手に自爆しただけのようにみえたが、何故か俺にはそこまで全て計算通りであったように感じた。



 ふっと能力が解除される。身体の血の巡りを感じながら狼を見る。地面と木に挟まれて気絶しているのかピクリとすら動かなくなった巨狼。恐らくは死んではいないだろう。


 俺が逃走すら不可能と断じた状況を、能力は無傷で圧倒してみせた。見惚れるような神業だった。恐らくこの状況を傍からみていたなら拍手と声援を送っただろう。だが今回は自分のことなので能力が発動せず死んでいた可能性を考えるとそんな気分にはならなかった。


「……神様さんにまた会えたらお礼言わないとな」


 彼女があらかじめ危険が陥ったら発動するように設定してくれてなかったら、今頃俺は狼の腹の中だろう。想像したら背筋に寒気が走った。



 さて、これからどうしようかと思考を切り替える。とりあえずこんな危険な森からはさっさと出て人里へ行きたい。


 しかしそれには大きな問題があるのだ。


「道が分からない…というか、道がない」


 周りは見渡す限り大自然。標識も看板もない。当てもなく彷徨うのも一興だが、それがいい選択肢だとは到底思えない。たった今死にそうになったばかりなのでもっと慎重にいきたいところだ。


「……あ」


 そうだ、忘れていた。その手があったか。


「能力で近くの町へ向かえばいいのか!!」


 思いつくや否や俺は能力を発動した。命令は出来るだけ安全な道を通って近くの町へとたどり着くこと。


 身体は勝手に動き出し、俺は視界に移る大自然を楽しんだ。

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