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お侍様とか弱い鬼  作者: ありまくとりま
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身丈山の鬼その五

 若い侍の犬歯の先が鬼の肌に当たる、鬼はその切っ先を感じ体を震わせる。短い悲鳴が若い侍の耳の届く、まだ犬歯の先が当たっただけ、皮膚を突き破ってはいない。ゆっくりと歯を沈めていけば、反発する皮膚の弾力は徐々に張りつめていき限界を迎える。皮膚を突き破るその寸前の、鬼の弱弱しい抵抗は若い侍にとっては可愛らしい喘ぎにしか思えない。密着した肌に感じる熱い雫、これは涙か、濡れた肌の感触と嗚咽を漏らし恐怖に震え咽び泣き、可愛らしい悲鳴を上げる鬼。なんと愛おしい。もっと声を聞かせてほしい、脳に響き性を喚起する叫びをもっと。歯を沈ませるたび、鬼の体は小さく痙攣し若い侍の体をほんの僅かに揺らす。子供ほどの力しか持たぬ鬼に、若い侍から逃れるすべなどない。

若い侍を喜ばせる事しかできぬ。可愛らしい抵抗は若い侍の嗜虐心を高ぶらせ、鬼から薄く垂れ流される瘴気は若い侍の魂を犯し、汚す。弱いとはいえ鬼の血だ、瘴気が多分に含まれている。瘴気が体内に取り込まれ、若い侍の欲である魔と反応すれば体内にも関われず魔は瘴気へと変じていくだろう。魔のままでさえ魂を犯す猛毒である、瘴気は肉体さえ犯す。魂、精神であれば時間とともに正常な状態へと回復する、だが一度変異した肉体は戻らない。異常な肉体は人の魂では耐えられず、いつか異常な魂がそれにとっての正常へと変わる。魔に落ちれば一生人には戻れない。若い侍はそのことすら忘れたのか、それとも異形の快楽に身をゆだね事実から目を背けているのか。どちらにせよ愚かな事だ、もう全てが遅い。

 若い侍が犬歯を沈ませていく、すると耳の奥でぷつり、と何かを突き破る音が聞こえる。犬歯の先で肌の反発がなくなり、犬歯全体を先から包み込む温かさを感じた。口の中に鬼の匂いが溢れる。歯が鬼の鼓動を受け止める。鬼の鼓動に合わせ口内に甘く粘つく液体が暴れる。零してなるものかと喉を鳴らし飲み込めば、若い侍は胃に落とし込んだそれが熱を発しているかの如く臓腑を焼く感覚に眩暈を起こす。それでも体は鬼の血を求めることを止めぬ、溢れるたびに体は勝手に嚥下を繰り返す。息が出来ぬ、たまらず鼻から息を吸い吐き出せば鬼の血の匂いを含んだ息が鼻孔を犯す。脳が犯される、血圧は上がり耳の奥で若い侍の鼓動がうるさい程だ。四肢も末端は寒いのに、臓腑が心臓が、顔が熱い。焼けた鉄を飲み干す様な苦しみ、体を満たす快感、魂が歪む絶頂。若い侍は自分が変質し変異していくことに言い知れぬ快感を覚える。一度、嚥下する毎に鬼の体は冷たくなり、若い侍の鼓動は大きく、早くなっていく。若い侍の瞳はもはや人のそれではない。虹彩は異様な黄金色に輝き、大きくなっている。瞳孔は虹彩の黄金に溶ける様に薄く淡く広がっている。鬼に喰らいつく歯は異様に伸びた犬歯と刃のように鋭くなった歯が並び獣の様だ。若い侍の肉体は急速に変異を始め、もはや若い侍を人とは呼べぬ獣へと変えていく。

 鬼の首筋に喰らいついたまま、若い侍はその鋭い爪で鬼の体を肩から腹まで切り裂く。鬼は瀕死の状態とは思えぬ絶叫を上げる。若い侍はその絶叫を聞き、たまらず鬼の首筋から口を放し雄叫びを上げた。野犬の如き咆哮は人の上げる声では無い、そこに含まれる悍ましい感情、汚らわしい情欲は獣さえ上げぬだろう。まさに獣に落ちた人の咆哮だ。

 若い侍はただ夢中に鬼を貪る、飛び散る血の飛沫で赤く染まり、溢れる臓腑に塗れる。何時からか若い侍の髪は鬼の血で染まったようにどす黒い赤に変色し、対して肌は死人の如く青ざめていた。象牙の様な白い光沢をもった鋭い爪を何度も鬼の肌へ沈め、肉を切り裂き口へ運ぶ。鬼は体を喰われ、もはや呼吸を止めていた。徐々に無くなっていく鬼の体を若い侍は悲し気に見つめる。手を止めることはない、今もなお貪り続ける。悲しい、なんと悲しいことか。至福の時が終わってしまう。鬼を食べ尽くせば幸福な時間が終わってしまう。若い侍は幸福と悲しみを感じながら、鬼の体を見下ろした。鬼の胸の中心、動きを止めた心臓を見る。赤い小さなそれを、愛おしそうに両手に包み、鬼の体から引きちぎる。太い血管から少量の血がたれ若い侍の手を染める。

 先ほどまで夢中で貪ったどの部位よりも、濃厚で旨そうな香りがする。たまらず一口で飲み込み、胃袋へ納める。体中を駆け巡る何か。胃袋を中心に体が溶けていくような感覚、それは熱く身を焦がし、溶かし尽くし別の自分へと変えていく。若い侍は絶頂の極みに意識を持っていかれる。人の感覚は擦り消え、魂は歪み、肉体は変異した。そこにいるのは侍ではない、そんな者はもう死んだ。人として死に、獣へと生まれた。

 人から変異した肉体から瘴気が沸き上がる、立ち上る瘴気はそれの頭部で何度も渦巻き、角の形作っては崩れる。額から伸び始めた角は濃く渦巻き、形を留めるとすぐ解ける。徐々に角は垂れ下がり、額からずり落ちていく。瘴気は耳の位置でようやく動きを止める。何度も崩れては角を形作ろうとした瘴気は、角ではなく犬の耳に見える。

 角は魔に落ちた人の証、鬼の発する瘴気の渦。それが歪に形成された影響で、それは瘴気を体に上手く留めておけぬ。溢れる瘴気は尾骨の辺りから垂れ、肉体から離れた影響で霧散していく。見ればまるで犬の尾の様だった。

 身丈山の鬼が持つ力、それに犯され魔に落ちた。だがその獣は知るだろう、魔に落ちても、魂が歪もうとも。身丈山の鬼がもつ毒は時間とともに抜けていく。今は正気を失い、獣の如くふるまえても次に目を覚ませば人であった事を思い出す。獣に成り果てた己を見れば、それは何を思うだろうか。毒は一度抜ければ、二度落ちることはない。己が無残に喰らった鬼、幼子を見て侍だった獣はどうなるか。瘴気に塗れた己をどうするのだろうか。人だった事を思い出しても、もはや獣になってはそのことは苦痛でしかないだろう。その記憶は前世の様なもの、獣となった今世では獣として生きるしかない。獣の肉体は人よりも敏感だ、その感覚に耐えれるだろうか。歪んだ魂は獣の意識を押し付ける、それは人の常識で測れはしない。己の意識に反して、全てが変わった世界でそれは生きていけるのか。今までの獣は耐えられず、みな一様に出会った影に懇願した。どうか私を、俺を、僕を喰ってくれと。若い侍だった者はどうだろうか、耐えられたならそれはきっと素晴らしいことだろう。

 今まで獣を喰ってきた影にとっては。

分かりにくいと思うので捕捉

魔って何?

人、知性を持つ生物の魂が生産するエネルギー。欲望を抱いた時に魂から発生して肉体に蓄積する。蓄積された魔は一定量を超えると肉体から漏れ出す。で、魔は蓄積されると魂を悪い方向へ歪める。そうすると人は怒りっぽくなったり、貪欲になったりと精神が不安定になる。ポジティブな気分になると減っていく。


瘴気って何?

瘴気は魔が肉体から離れて変異した状態の事。瘴気は肉体、物質に作用する。魔の状態なら精神にしか作用しない。だけど瘴気になったら一時的に物質として存在しちゃう。物質として存在するから触れる。都とか人が多いところ行くと田舎者が空気が悪い、とか重いって思うのも瘴気が物質的に存在するから。瘴気もちょっとならすぐ霧散して消えちゃうから無害なんだけど、量が多くなると大変。人を鬼に変えたり、動物を妖に変えたりする。普通の人には見えないけど、侍とか神官や術師なら見える。


捕捉はちまちま後書きに書いていきます。

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