身丈山の鬼その三
胸糞&グロ展開が発生します。注意
身丈山の山頂、そこには薄い紫の花が疎らに咲いている。山頂に向かうにつれ背が高かった草は徐々にその背丈を縮ませ、ついには茶色の地面が見える程になる。
「紫の花、紫酔草がこんなところに。」
若い侍は紫酔草を見て眉を顰めた、この紫の花は所謂毒草の類である。味は甘く、酒のような風味が特徴で口にすれば軽く酔う。ただ、大量に摂れば胃をただれさせ血を吐くという。
周囲を警戒しながら若い侍は歩く、山頂に近づくにつれ僅かだが鬼の気配がするのだ。瘴気は依然薄く、鬼がいるとは思えぬほどだが、侍は瘴気の揺れるような感覚にその眼光を鋭くする。感覚を頼りに山を歩くと、幼い子供の姿が見えた。
麓の村にいた子供のように日によく焼けた褐色の肌に乱雑に切られた髪、農民が着るような継接ぎだらけの服は見た目だけならどこにでもいる子供だ、しかし若い侍にはそれが鬼であると理解できた。異形の証である角が子供から生えているのだ、瘴気を感じられる侍は子供の体から立ち上る淡い瘴気が額で小さく渦巻いているのが分かる。
「お前が身丈山の鬼か」
若い侍が子供、鬼に問いかける。鬼はその声でようやく若い侍の存在に気付いたのか驚いたようにこちらを向いた。若い侍はその顔を見て、案外整った顔をしていると思った。鬼を見た時点でその弱さを若い侍は理解した。鬼の宿す瘴気の量、角の大きさ形、それは若い侍一人でも容易に勝てると確信できるものだった。その余裕が鬼の顔を見てまずその造形を批評するのに繋がった。黒目黒髪、この国の大多数の人と変わらぬ色で異能を身に着けた存在が持つ、異色さはない。瞳は気が強そうな吊り目で警戒心の強い野生動物を思わせる。歳差の無いせいか男か女かわかりづらいが、気になるのなら殺した後に検めればいい。
若い侍が鬼に声をかけたのは、奇襲の必要はないと判断したからだ。運が良ければ村人が鬼を恐れる理由をその口から聞けるのではないか、そう思い刀に手をかけたまま鬼に問うた。お前がこの山の鬼かと。すると鬼は若い侍の殺気立った気配に恐怖したのか、一歩あとずさり逃げようと背中を若い侍に向けた。これは若い侍には予想外の行動であった。鬼が、戦いもせず逃げるなど。これほど弱いなら知能もあまり高くなく、鬼の持つ本能に任せてこちらに襲い掛かってくるのではないか。若い侍は逃げられてはたまらないと、一歩足を踏み出す。瞬間、鬼のすぐそばで風が鳴った。
「へ?」
間の抜けた声を鬼が出す、すぐ近くに何かがいる。そう思った瞬間背中に強い衝撃が走った。若い侍がその小さな背中を強く蹴ったのだ。
若い侍は鬼が背を向け逃げ出したのを確認すると異能を発動した。若い侍の持つ異能、それは早駆と呼ばれるもの。身体能力、それも脚力を大幅に増強するもので単純だが強い異能として知られる。異能は個人が一つ持てれば役職を頂けると言われ、極めれば異形を屠るのが容易いとされる。若い侍はそんな異能を3つ持っていた。若いながらも皇に仕える侍と認められていたのも多く異能を持って生まれたからに他ならない。
若い侍は早駆を使い、一歩踏み込むだけで鬼へと迫りその小さな背中へと蹴りを放ったのだ。刀を使い、一息で首を刈り取らなかったのは慢心以外に他ならぬが。
速度の乗った重い蹴りに鬼は無様に吹き飛び、顔から地面に倒れこむ。
「鬼よ、どうした?向かってこぬのか、人がここにおるのだ。魔を喰らいたいとは思わぬのか?」
若い侍は嘲る様に鬼へ語る、警戒していたのが馬鹿みたいだ。そう態度で表している、鬼に声をかけたのではなくただ喋りたいだけ、返事など最初から聞く気にはなれぬ。
何とも楽な事か、手間を賭けず鬼を倒せる。これ程弱い鬼が存在しようとは、若い侍の口は弧を描いた。
「かは‼、ぐっぅぅ」
鬼は蹴られた衝撃でうまく息が出来ないのか、うめき声を上げていた。それでも必死で逃げようとする様は何ともけなげで阿保らしい。
鬼へゆっくりと近づけば、うまく動かぬ四肢をばたばたと動かし這いずっている。少しづつ移動できているが若い侍の歩みの方がずっと速い。逃げようともがく鬼へ近づくたび、傾き始めた陽が伸ばす若い侍の影が鬼を覆っていく。足音が、影が近づく毎に鬼の必至さは強くなっていく。それが若い侍には何とも心地よく、甘美でたまらなかった。もう後一歩、早駆など要らぬ。ただ一歩踏み出せば鬼に触れらる、そこまで来て鬼の動きが止まる。それに合わせて若い侍も止まった。まさか反撃でもしてくるか、そう思い身構えると鬼はゆっくりと、出来の悪い人形が軋みを上げるが如くこちらへ振り向く。
顔面から転んだせいで傷だらけで、泥に汚れ、涙に塗れ、涎がだらしなく零れるその表情はただ怯えに支配されていた。そうか、納得と同時に若い侍は背骨を駆け抜ける衝撃に眩暈さえ感じた。この鬼は恐怖で、認めたくないという思いで、すぐそばに若い侍がいないと願って、振り向かずにはいられなかったのだ。若い侍を見て、もう恐怖で体に力が入らないのだろう。鬼は呼吸さえ忘れ、その瞳を若い侍に向けたまま動けないでいる。四肢は恐怖でびくびくと痙攣しているようだ。若い侍は今まで体験したことがない様な快感に、目を細め自然と笑みが深くなるのを抑えられなかった。
「逃げるなど、私に失礼とは思わぬか?薄汚い鬼が、侍である私に挑まず背を向けるなど許されぬぞ?」
自分でさえ驚くほどやさしい声色だった、鬼は顔を青くし、歯を鳴らし始めた。若い侍の場違いなほどやさしい声色と、嗜虐に満ちた言葉、先程とは違う悍ましい気配、もう逃げられぬという恐怖を鬼は感じてしまったのだ。
若い侍は、うつ伏せで顔だけを此方へと向けている鬼の横腹をつま先で蹴った。あまり力を入れていないが、鬼は大げさなほどの声を上げた。子供特有の甲高い悲鳴は何故か心地よく、もっと聞いていたいと思うほどだ。
蹴られた衝撃で、鬼がうつ伏せの状態から仰向けになった。はだけた服から子供の柔らかそうな腹が見える。若い侍はその腹に足を乗せ、力を加えてた。
「このまま踏み抜いてしまえそうだな。」
苦し気なうめき声を上げ、それでも動けぬ鬼はついには失禁してしまった。恐怖身を震わせ、抗えぬ恐怖に怯え、痛みに苦しむ。ずきりと胸が痛んだ。何故、疑問に思うと共に若い侍は鬼の苦し気な顔を見て、ふと我に返った。
「なんだ?私は楽しんでいた?」
体に満ちていた快感と熱気が一気に引いていく、あれは誰だ私なのか?私は一体何をしていた?
若い侍は先ほどまでの異常な感情、快感、行動に愕然とする。侍は高潔でなければならない、いくら強者たる鬼を圧倒できるからと言ってこのように嬲るとは、ありえぬ。侍だぞ、皇に仕える正しき者がこんな。視線が鬼に固定され動かせぬ。見れば子供と変われぬ容姿だ、だからと言って、見逃せぬ、育てばどんな厄災を起こすか分からぬのだから。鬼である以上殺さぬわけにはいかぬ。ならば一瞬の痛みも感じさせぬ程速く首を落とすべきだ。誤魔化す様な言葉が頭を何度も過る。殺すことは悪ではないのだ、と。
鬼が背を向けた瞬間、若い侍は早駆により一気に間合いを詰めその腰の刀で首を断ち切るつもりであった。だが、気付けば蹴りを放ち、鬼を甚振っていた。否定したい、が言葉が見つからぬ、殺すことが悪ではない、ならば甚振ることは?それは悪ではないのか。あの時の自分は欲に溺れていたのでは?違う、違わない、繰り返す言葉は堂々巡りだ。本当は分かっている、が認めるわけにはいかないのだ。若い侍にとって、欲に溺れるなど有ってはならぬ事なのだから。
落ち着かなくては、呼吸が早く、浅くなっていた。一度深く息を吐き、深く吸い込む。
「甘い、香り?」
息を吸った時、甘い香りが鼻の奥まで入ってきた。まるで熟れ過ぎた果実が放つ、腐臭とも思える甘い香り。冷静になってみれば若い侍は周囲を満たす香りに気付いた。それほど鬼に視線を奪われていたのか、周囲の風景ががらりと変わっている。地面は紫の花で覆われている、紫酔草が辺り一面に咲いている。匂いが強くなっている、若い侍は愕然とした面持ちで立ち尽くしてしまった。
「わたしは、まさか・・・。」
立ち込める紫酔草の香りに思考力が奪われていく、寒気で鳥肌が立つ。なのに何故、これ程までに体の中が熱いのか。胃が燃えるような熱を孕んでいる、血管が広がり熱を逃がそうとしている、心臓の音がやけに大きい。耳の奥で一定の感覚で煮立った血潮が轟いている。音が大きくなっていく、若い侍はまとまらぬ思考が意識を黒く塗りつぶすのを感じる。このままでは自分はどうなるのか、分からぬ、分からぬ、言いようのない焦りだけが膨らむ。
その時
「がふっ」
足元で小さく音がした、あれ程煩かった鼓動が一瞬にして引いた。視線を落とせば、力が知らぬ間に入っていたのか、鬼が口から血を吐いていた。柔らかな腹は、若い侍の足に圧迫され凹み、痛々しく紫に変色していた。青白い顔をして、焦点の定まらぬ視線をさ迷わせ、必死に浅い呼吸を繰り返す鬼。そして赤く、鮮やかな血液を口から垂らしている。
「ああぁ、私は・・・。」
甘い香りが、鬼の血からしている。胃が熱をまた孕みだした、思考がまたまとまらなくなる。若い侍はこの瞬間純粋な感情に飲まれた。そして一言、歓喜に満ちた声で呟く。
「なんて美味そうなんだ。」
酒に酔ったように思考が鈍る、鬼の持つ力に中てられ人の本性は曝け出す。理性などなく獣性が魂を汚しだす。紫の毒は人の欲を掻き立て、弱い鬼は人を惹きつけ離さない。弱さとは、人の欲を絡めとる毒だ、人の悪性は善性で消すことなど出来ぬ。若い侍も高潔で善であれと自らを律してきただけ、一皮むけば悍ましい獣が顔を出す。もう戻れはせぬ、己の悪性を突き付けられ善性剝がされた。あとは欲を溢れさせるのみ、もう若い侍は獣に落ちてしまったのだから。
次もっとグロくなると思うから注意