棚ぼたって不本意なんだけどっ(汗) ~モテない僕が美少女とデート!?~
「今年のイベントはこちら! 宝探しゲーム!」
生徒会長の声がマイクを通して体育館内に響く。
イベントに集まった全学年の在校生の熱気は最高潮である。僕も含め、全員男子だ。
「ただの宝探しゲームではない。今回のお宝は超豪華、モテないお前らに春がきたぞ! 俺の妹との一日デート券だーーー!」
シーン、と静まり返る館内。僕もそれに倣う。
「ふっふっふっ、俺の妹のスペックを舐めちゃいけねーぜ。さあ、絶世の美少女に腰を抜かすがいい!」
巨大スクリーンに現れた一枚の画像。そこに写し出された画像に、男子たちは大興奮。
相当可愛いのだろう。僕も見たいのだが、いかんせん背が低いので、男子の背中しか見えない。
まあいいけどさ、別に元々乗り気じゃないし。
「ああ、俺も本当は嫌だったさ。国宝級の可愛い妹を、むさいお前らに渡すのは。でも仕方ないだろう。今年は、女子高とのアポが取れなかったんだよおおおお」
生徒会長の悲嘆たる絶叫で、耳をつんざくような音が鳴り響く。
そういえば去年のイベントは、ドキッ、男女混合水泳大会だったっけ。倫理的に問題があるとかいって、途中で中断になったんだよね。企画が通っただけでも奇跡だよ。
男子校、生徒会主催の恒例イベント。今年もよく存続できたね。
「ルールを説明しよう。お前らが見つけ出すお宝は、俺の妹本人だ。妹を見つけ次第ゲーム終了だ。先着一名様限定。特殊ルールとして脱落制度というものがある。ケイドロみたいなものだ――――入ってきたまえ」
黒のスーツに身を包んだ男たちがぞろぞろと舞台袖から出てきた。三十人くらいはいるかな。
もうすぐ夏だっていうのに、見るからに暑苦しそう。
……あれっ、なんかこのゲーム、既視感が。
「彼らはこのイベントに協力してくれる有志たちだ。みんな足には自信がある。彼らにタッチされた瞬間、脱落だ。その後捕まえてもノーカン。捕まえたかの判定は、頭に取り付けられたカメラによって厳重に管理されているからな」
どうやって有志を雇ったか気になるところだけど、それ以前にこのゲームの完成度の高さに驚く。
「範囲は学校敷地内とする。制限時間は二時間。ゲーム開始時刻は正午。ゲーム開始後、三分後に追跡役が解放。質問は各自受け付ける、以上」
生徒会長の説明が終わると、館内にざわざわが戻り始める。皆一様に、自信に満ちた顔をしている。
生徒五百人弱に、追跡者が約三十人か。生徒側が有利な気がするな。
まあ僕には関係ないか。早めに見つかって脱落するとしよう。異性とデートなんて荷が重すぎる。
そして、開始時刻。
同時に、ブザーが体育館を木霊した。
館内にいた生徒は一斉に館内から外に出る。
それもそうだろう、追跡者が目の前にいるのだから、館内は後回しにしたい。
僕は早く見つかりたいから、舞台近くの小部屋――舞台袖に繋がる階段のある場所に、身を潜めることにした。
小部屋の中は、校章のマークや日の丸が描かれた旗棒が数本に、三角コーン、ホワイトボード、掃除用具入れのロッカーがおいてある。
階段の脇にはスペースがあり、掃除用具入れのロッカーもそこにあった。
ロッカーの隣に人が一人入れそうな隙間があるので、そこに隠れることにした。
(残り三十秒くらいで解放かな。こんな場所じゃ、あっという間に見つかるよね、さすがにわざとらしいかな)
他に隠れられそうな場所がないか、周囲を探る。
(あれ? この壁面、がたついてないか!?)
ちょうど今隠れている右手の、一見なんの変哲もない白壁。その一部が外れそうなくらいグラついていた。強く押し込めば取り外せそうだ。
奥に力を入れると、ガタンッという音をたてて外れる。
壁穴に身体を捩じ込ませて中を覗き込むと、そこには広大な空間があった。
(舞台の下に繋がってるのかな……、不安だけど入ってみるか)
四つん這いの姿勢で真っ暗闇の中に進入。
完全に入り込むと、小部屋に通ずる穴以外は闇一色だ。
もっと埃っぽいかと思っていたのだけど、息苦しさはない。
(この辺りで待機していよう。あまり奥に行き過ぎて迷子になったら嫌だし……ってそれはないか)
(あっ、追跡者が解放されたみたい)
ドタバタと、振動がお尻の真下にまで伝わる。
(まずい、誰か小部屋に入ってきた。もう少し先までいこう)
犬のように不恰好のまま、ぐんぐん移動する。意外にも気温は低くひんやりしている。
しばらくすると、先の方にある光源が視界に入り込んできた。
不安半分好奇心半分で、それに近づいていく。
光源の正体は、電球であるらしい。
もっと近寄ると、電球に照らされた付近がはっきり浮かび上がった。
(うん? 何かが置いてあるぞ…………えっ! なんでこんなところに布団が敷いてあるの!?)
さらに、布団の上で寝ていた人物を視認した瞬間、
「お、お、お、女の子!!!???」
と大声を上げた。
あれだけ大音量で叫んだのに、今だ熟睡を続ける少女。
ふと僕は、白雪姫の童話を思い出した。
眠っている白雪姫を王子様のキスで……、って何を考えているんだ全く。非現実的な空間なせいか、つい幻想的な妄想をしてしまった。
とにかく、なんで男子校に少女がいるのか、そっちが問題だ。
監禁とかの可能性も否定できない。
「大丈夫ですか!? こんなところでどうしましたか!?」
僕は眠る少女の肩を掴んで揺らす。
そして少女はゆっくり瞼を開いた。
「あんた……誰よ……」
寝起きの少女はまだ覚醒しきれていないのか、目をこすりながら僕に視線を向ける。
それは僕のセリフなんだけど、というのは腹の内に抑えておく。
「ええと、僕はここの高校に通う八雲優斗です」
「ここの高校……、はっ! もしかして、あんたがあたしを見つけたの!?」
「え? 何のことですか?」
「あんのバカ兄貴! 何が絶対見つからないから安心したまえ、だ。まんまと見つかっちゃったじゃないのよ!」
僕は、自身がしでかした失態に気づいてしまった。
急に顔が青ざめる。
「あっ、あの、僕、このイベント、全然乗り気じゃなかったんです。なので、僕は何も見なかったことにしましょうか?」
これなら少女も安心だろう。
この気遣いに対し、少女は、
「なによ、あたしとのデートじゃ不満なわけ? 見下されたものね。いいわよ、あんたとデートしてあげようじゃない」
「え、ええええ!」
少女は、布団の脇にあったスマホを操作して、誰かに送信した。おおよそ生徒会長だろう。
ほどなくして、校内放送にてゲーム終了の知らせが告げられた。
デート当日。
極秘に伝えられた待ち合わせ場所は、都会の駅前だった。都心ほどではないにしろ、大勢の人が集まる。
目印である銅像の前に時間ピッタリくらいに到着。
遠目からでも惹かれる外見の少女に、僕は声をかけた。
「ごめん、お待たせしました」
「おっっっそーーい! なんで女の子を待たせるの!?」
憤りを隠せない様子の少女は、先日衝撃的な出会いを果たした生徒会長の妹だ。ただでさえ切れ長の目をさらに吊り上げている。
「でも時間通りですよ」
「女は男より早くくる、これ常識だから。そ・れ・に・」
彼女の集中砲火は続く。
「なにその身なり。やる気あるの? ねえ? ジーンズはダボダボだし、髪はぼさぼさ。最悪ね」
確かに僕と比べると、彼女の恰好は決まっていた。刺しゅう入りのトップスに、すらっとした足を強調させるミニスカ。
夏を先取りしたような服装は、露出度が高い。
「無駄話はこれくらいにして、どこに連れてってくれるの?」
「え……、特に決めてないですけど」
「はああああ!?」
小言はまだまだ終わらなそうだ。
朝ご飯をしっかり食べてこなかったらしい彼女。
ファミレスを推そうした僕だったが、即刻却下された。
なので、軽食がてらカフェテラスに立ち寄った。
テーブル席で彼女と向かい合うように座る。
人の往来を眺めながら飲むコーヒーもいいものだな。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。あたしは瀬戸真綾。あんたは……、優斗だったわね」
いきなしの呼び捨てにムッとするが、これも彼女の性格なのかと思えば気にならなかった。元から敬語もなかったしね。
話題はお互いの学校のことや、この間のイベントについてが中心だった。真綾さんは高校一年生。僕の一つ下で、共学らしい。
「イベントが終わって舞台の上に立ったとき、あんたへの怨嗟の声がすごかったわ。よく殺されなかったわね」
「死にはしなかったですけど、数日間誰も口利いてくれませんでした」
和やかな雰囲気が続く。
異性とこれまで接してこなかった僕は、すでに真綾さんに引き込まれていた。
しかし、楽しい空気は、思わぬ闖入者によって引き裂かれた。
「あら、もしかして真綾?」
突然僕らの前に現れたのは、綺麗な女性だった。
「あれー、もしかしてデートかしら? へー、この人が彼氏? ……、ぷっ」
僕の姿を見た途端、馬鹿にするように失笑した。
さすがにムカつくな。
「あははっ、真綾にはお似合いね」
「……」
険悪なムードだ。
真綾さんは侮辱されているのにも関わらず、無言を貫く。
だが、テーブルの下から覗く真綾さんの膝元。そこにプルプル震えた握り拳が見えた。
「せいぜい低俗なデートを楽しんで頂戴な」
そう言い残すと、女性はスタスタと歩き、雑踏に紛れた。
俯いて歯を食いしばっている真綾さんに、やんわり話しかける。
「その……、大丈夫ですか?」
「うがーーーー! なんなのよあのアマ! 人のプライベートまで邪魔することはないでしょーが!」
真綾さんの大声に、周囲の人々が視線を向ける。
「もう、ほら次いくわよ優斗」
「は、はいっ」
彼女に振り回されるようにカフェを後にした。
憤懣遣る方無い真綾さんを宥めるのにそう時間はいらなかった。切り替えが早いほうなのかもしれない。
それにしてもさっきの敵意剥き出しだった女性は誰だったんだ? タイミングを見計らって聞いてみたい。
引っ張られるようにやってきたところは、ショッピングモールだった。様々なテナントが立ち並ぶ。
セレクトショップや古着屋を転々として、手荷物が増加していく。
時折、「どう似合う?」とか、「どれがいいかしら?」と聞いてくるが、あまり参考にされていないと思った。
大量の荷物持たされた僕は、両手が千切れんばかりの状況である。
それなのに映画を観にいくといいだしたので、一旦ロッカーに荷物を預けてから、映画館に向かった。
内容は流行りもののラブロマンス映画で、コメディー色が強かった。
終盤に差し掛かるにつれ、緊迫とした雰囲気に変化し、静けさが館内を覆う。
僕は途中から集中力が切れ始めてうとうとしていたところを、真綾さんにグーパンをもらい受けた。
上映が終えたころにはお昼をとっくに過ぎていたので、遅めの昼食を取る。
こじゃれたレストランに何件か寄るも、どこも一杯で、ファミレスで妥協してもらった。咎められたのはいうまでもない。
それから運動を兼ねて周辺を散歩した後、公園のベンチに落ち着いた。
夕方になって陽も傾き始めているが、遊具や砂場にはまだ子供たちの活気がある。
そんな平穏な光景を見ているからか、沈黙の一時も心地いい。
そろそろ今朝の出来事を聞こうと口を開きかけたとき、思考が通じたのか、彼女自ら語りだした。
「カフェで突っかかってきたあの女、真理子は中学からの腐れ縁なのよ」
「えっ!?」
「お互い離れようと距離をあけても、気が付けば隣にいる。その度に何度も喧嘩した。言い争ってはいたけど、本気で嫌いだったわけじゃない。あのときまでは……」
ここで少し間が空く。
「中三のとき、あたしが付き合っていた彼氏は二股してたのよ。あたしと真理子の二人に。最初付き合っていたのは真理子。それが発端となって殴り合いの大喧嘩に発展したわ。そのうやむやになった状態のまま、卒業。これで苦痛から解放されるかと思いきや、まさかの同校。まあ、クラスは別々になったけど」
衝撃的な過去に、開いた口が塞がらない。
「もちろんあんなクズとは別れたわ。真理子は知らないけど。もとを正せば、あたしたち二人は被害者なのよね」
はあーっと、真綾さんは長い溜息をついた。
二人の関係性がここまで複雑だったなんて。
お互い敵視するのには十分過ぎる理由だった。
「さて、とっ」
張り詰めた空気を断ち切るかのようにベンチから立ち上がり、そのまま伸びをする真綾さん。
僕も彼女の隣に並び、背筋を伸ばす。
こうして横に並ぶと、真綾さんの身長は高いんだなーと感じる。
まあ僕が小さいだけなんだけどさ、なんだか情けないなあ。
「それじゃあそろそろ帰るわよ! 途中までは一緒だったわよね」
「はい。今日はありがとうございました」
「そうよ、感謝しなさい。それと、今日指摘した点、ちゃんと直しなさいよ。男を磨いてきたらまたデートしてあげなくもないわ」
ロッカーから荷物を降ろしてから、僕と真綾さんは駅に向かった。
電車に乗り、数駅を過ぎた後、乗り換えのため駅に降りる。
目的地への電車はちょうど発車したばかりのようで、十分程度待たなくてはならないらしい。
乗車目標マークの場所の一番前で待つことにした。
「喉が渇いたわ。なにか買ってきてくれない?」
「はい、荷物はここに置いておきますね」
辺りを見渡したところ、自販機の設置場所まではここから少し距離がある。のんびりと歩くことにした。
人はまばらで、あまり多くない。
――特急列車が通過します。危険ですので黄色い線の内側に下がってお待ちください。
構内アナウンスが流れる。
僕が飲み物両手に戻ろうとする頃には、遠くのほうに電車のライトが見えた。
「あれ?」
あそこにいたはずの真綾さんが見当たらない。おかしいな。
乗車目標マーク位置まで近づいたそのとき! 雷が脳天を直撃したかと錯覚した。
片方だけ脱げた靴、その先にある線路。
線路内にうずくまる少女。
僕は考えるより先に走り出していた。
線路に飛び込んで真綾さんの居場所に辿り着く。
強引に後ろから羽交い絞めにして、側溝部分に引き寄せる。
彼女の身体全体を押し潰すように、上から覆い被さる。
直後、轟音と風圧が僕らを支配した。
背後を駆け抜ける物体。死に誘う魔の手が、僕の背中を撫で続ける。
生々しいほどの恐怖にひたすら耐え抜く。
彼女の存在だけを、感触として確かめながら。
長い長い時間。
風圧による圧迫感が背中から消える。
僕は電車が完全に通り過ぎたにも関わらず、鼓膜を振動し続ける轟音のせいで、身体の緊張は解けない。
突如肩に触れた手の感触によって、我に返った。振り返ると、大人の男性と、駅員が心配そうにこちらを見ている。
改めて正面に向き直ると、守り抜いた目の前の少女は、意識を失っていた。
救護室に運ばれた真綾さんに僕も付き添う。
ベッドの上に横たわらせて数分後。蛍光灯の眩しさに眉間にしわを寄せ、うっすらと目を開いた。
「う、ん? ここどこ? 優斗?」
「ここは構内にある救護室ですよ。具合はどうですか?」
「ええ、大丈夫よ」
僕は目を覚ました真綾さんの様子をうかがった。
ひとまず異常はなさそうでほっとする。
彼女の額と腕には白い包帯が巻かれている。軽い擦り傷程度で済んだようだった。
僕らはその後、駅事務室で事情聴取を受けた。
なんでも真綾さんは、誰かに背中を体当たりされたせいで、線路内に転落したらしい。
防犯カメラの解析を警察も交えて明日やるそうだ。明日また赴くことで、今日は解放される。
僕らが乗って帰ろうとしていた電車は運転見合わせのため、少し遠回りをすることになった。
真綾さんの自宅がある最寄り駅に到着すると、護衛として家まで送ることにした。
二人肩を並べて、人気のない夜の住宅街を歩く。
静寂に包まれていて、時折聞こえるのはカエルの鳴き声や、犬の吠える声くらいだ。
「今日はとんだ災難に見舞われたわ。まさかすぐ横から特急列車が迫ってたなんてね」
「本当に、間に合ってよかったですよ」
死を目前にしたはずなのに、何事もなかったようにけろりとしている。
メンタルの強い人なんだなあと感心する僕。
「あ、そうだ! よくもせっかく買った服を台無しにしてくれたわね!」
僕が両手に抱える紙袋群は、当初よりいくつか消失している。
真綾さんを助けるとき、何袋か蹴とばして、線路に落としてしまったようだ。
「許さない!」
「ひい、ご勘弁を」
至近距離まで詰め寄り、僕より高い位置から怖い顔で見下ろす。
彼女が振り被った手のひらは、僕の頭の真上から降り下ろ――――されず、代わりに背中に回された。
「バカ、なんであんな危ないことしたのよ……ひどいことばかりいったのに……どうして」
「絶対死なせたくないって思ったら、身体が勝手に動いたんです」
真綾さんに抱きしめられ、温もりに包まれる。首筋に垂れ落ちた雫が、素肌を通り抜けてくすぐったい。
「ごめんなさい……迷惑かけて。今日一日不快な思いをさせたわね」
「真綾さんは悪くないじゃないですか。それに、真綾さんと過ごした一日、楽しかったですよ」
「ふふっ、あんたも物好きね」
「自分でいいますか」
そうして心地いい雰囲気のまま、真綾さんを家まで送り届けた。
家に帰った僕はスマホを開くと、一件の通知がきていた。
『来週も今日と同じ場所、同じ時間に待ち合わせね。拒否権はないわ』
僕は高揚して、ガッツポーズした。
後日談。
真綾さんのことを突き落とした人物。
防犯カメラの映像解析の結果、驚くべき人物が容疑者として浮かび上がった。
デート中に僕らを邪魔した真理子である。
一日中尾行していたのかもしれない。
この事実を知った真綾さんは、「ごめんね真理子」と独り言のように呟いた。